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伝説騎士リベルタード  作者: ハイパーユリカ
第一部「ウィメンズ・パーティーの乱」
3/95

第一話「悲劇の誕生(水曜の夕方、午後6時)」の二(パーラー、ぶん殴られる)

 舞台変わって、どこぞの平野。見渡す限りの大草原。快晴で、澄み渡る青空。


「うーん、今日は絶好の戦日和だねぇ」


 そうつぶやいたのはピンク色の甲冑かっちゅうに身を包んだ馬上の少女。

 甲冑と言っても西洋甲冑ではない。

 少女が着ているのは日本の甲冑、被っているのも日本の兜。

 そして、そこにいるのは少女一人だけではない。

 同じように、ピンク色の日本の甲冑と兜に身を包み、馬に乗った兵士たちが少女の周りにはたくさんいた。


「サウンド・ビッグムーン様にいただいた先鋒の名誉。無駄にするわけにはいかない。みんな!今日の戦、必ず勝つぞぉーっ!!」

「おおーっ!!」


 少女が部下の兵士たちに声をかけると、部下たちは大声で応えた。その声はいずれもかわいらしいものであり、野太い声はひとつもなかった。

 少女の率いる部隊は大将だけでなく、部下も全員女性だった。女性だけの騎馬部隊だった。

 そんな少女が意気揚々と進軍しようとした矢先、どこかから馬の蹄の音が聞こえてきた。


「な、なんだ、この蹄の音は?」

 少女は突然聞こえてきた馬の蹄の音を聞いて、キョロキョロと辺りを見渡した。

 自分の部下たちは誰一人動いていない。

それなのに蹄の音がする。


「もう敵が攻めてきたというのか? しかし、いくらなんでも早すぎでは?」

「パーラー様。この音は前からではなく、後ろから聞こえてくるように思いますが」


 謎の蹄音を聞いて、馬上で、顎に手を当ててあれこれ考え始めた少女指揮官・パーラーに、隣にいた部下の女性騎馬武者が話しかけた。


「後ろからだと、まさか、そんな…」


 部下の言葉を聞いて、わかりやすく動揺し始めたパーラーを嘲笑うかのようにますます大きくなる蹄音。

 たしかに後ろから聞こえてくる蹄音。パーラーは震えながらゆっくりと後ろを振り返った。


「おい、パーラー! 何をモタモタしてるんだよ! あたしたちが先に行くからな!」


 そうやってパーラーの部隊の後方からものすごい勢いで走ってきて、一気に追い抜いていったのは、同じような顔の二人の女性指揮官が率いる、赤い甲冑、赤い兜の赤備えの騎馬部隊だった。

 もちろんパーラーの部隊と同じで、大将も部下も全員女性の騎馬部隊。


「ソングさんにサングさん! 抜け駆けするってどういうことですか! ふざけないでくださいよ!!」

「お前がモタモタしてるのが悪いんだよ! もう戦は始まってるんだぞ!!」

「それにな、パーラー! こういうのは、早い者勝ちなんだよぉっ!!」


 抜け駆けしていく部隊の中にいる指揮官の双子の姉妹、ソングとサングを見つけたパーラーは抗議したが、ソングとサングの二人は捨てゼリフとともに、一瞬で駆け抜けていった。

 ちなみに先にしゃべった方が姉のソングで、早い者勝ちと言った方が妹のサングである。


「くっそー! せっかくサウンド様に先鋒の名誉をいただいたというのに、このまま黙って奪われてたまるか! 皆の者! 急いであとを追いかけろ! 先鋒を奪われるわけにはいかない」

「おーっ!!」


 パーラーの命令でピンク備えの騎馬部隊も動き始め、ソングとサングの赤備え騎馬部隊を追いかけ始めた。

 しかし、パーラーはすぐに止まった。騎馬部隊が進軍している街道の脇に、倒れている二人の人間を見つけたからである。


「パーラー様。いかがなさいました?」


 突然止まったパーラーに部下が話しかける。


「いや、ほら、あそこに人が倒れているだろう。あの二人。なぜあんなところに倒れているのかは知らぬが、とりあえず保護してあげなさい」


 パーラーは自分から見て右側に倒れている二人の人間を指さして、馬上から部下に指示した。


「はぁ、先鋒の件はよろしいのですか?」

「見知らぬ人が倒れているのに、放っていくなんてことができるわけないじゃないか。誰かあの二人を保護して、安全な場所に連れていってあげなさい」


 パーラーの命令を受けて、ピンクの騎馬武者たちのうち、何名かが馬から降りて、街道の脇に倒れている二人に近寄った。


「むむ! パーラー様! 倒れているうちの一人は明らかに女ですが、片一方は男かもしれませぬぞ! 髪が(みじこ)うございます。それに何やら、見慣れぬ服を着ております。怪しいことこの上ない…」

「それがどうした! 人命救助に男も女もないし、着ている服も関係ないだろう! 怪しいも怪しくないもない! 早く助けてあげなさい!」


 パーラーは馬に乗ったまま、部下に向かって怒鳴った。


「し、しかし、男を助けたとなると……」

「口説い! 早く助けてあげなさい! 何回同じこと言わせるんですか!!」

「か、かしこまりました」


 パーラーと部下がこのようなやり取りをしたのち、ピンクの騎馬武者たちが倒れている二人を抱きかかえ、輸送部隊の使う荷車に二人を乗せて戦線を離脱していった。

 それを見届けたパーラーは言った。


「フゥ、いいことをすると気分がいいなぁ。皆の者、今の善行ぜんこうを神様は見ていてくださったに違いない。だからこの戦、必ず我々が勝つのだ。行くぞ!」

「おーっ!!」


 パーラーの鼓舞こぶで士気が上がったピンクの騎馬部隊は再びソングとサングの赤備え騎馬部隊を追いかけて進軍していった。


 今度こそは止まらなかったパーラーがソングとサングの赤備え騎馬隊に追いついた時、すでに戦いは始まっていた。


「ようやく追いつきましたよ、サングさん」

「遅いぞ、パーラー。いったい何やってたんだよ」


 馬に乗ったままのパーラーは、いつものように馬上から矢を放ち、前線にいる姉ソングを支援しているサングに話しかけた。

 サングは弓の名手であり、姉のソングは槍の名手である。

 ソングは大将でありながら、自ら先陣を切って戦う勇猛な武将であり、サングはそんな姉をいつも後方から弓で援護していた。


「ちょっと人助けをしていましてね。ボクがいいことをしたから、今日の戦は必ず勝てますよ、サングさん」


 そしてパーラーはボクっ子だった。


「人助け? 戦の前に? 相変わらずお人好しだな、お前は、このこの」

「や、やめてくださいよ、サングさん」


 背の高いサングは小柄なパーラーの兜を両手でつかんで、右に左にパーラーの頭を動かした。

 パーラーはそれをやめてほしくてジタバタしたが、体格差があるのでやめさせることはできなかった。

 ちなみにサングと双子のソングももちろん背が高く、パーラーはいつもこの双子の姉妹におもちゃのようにいじられていた。

 そんな彼女たちが戦っている軍隊は、西洋甲冑に身を包んだ男たちが中心の部隊だが、覇気も気迫もまったくなく、ちょっとやられただけですぐ後退してしまっていた。

 兵士というよりも、雑兵(ぞうひょう)と言った方が正しいような集団だった。


「まったく、相変わらずの烏合の衆で、手応えがないなあ! ほら、もっと楽しませてくれよ!」


 馬上から槍をふるって、次から次に敵を討ち取るソングがそう言ってしまうほど、対戦相手は弱かった。

 ソングに挑発されても、反発したり、激怒する者も特におらず、ただただ後退、逃げていくばかりだった。

 ソングに自ら向かっていく者、ソングと真っ向勝負しようとする者は、ただの一人もいなかった。


「この感じなら、あと一時間もしないうちに勝てちゃいますね、サングさん」


 そんなソングの活躍を望遠鏡で見ていたパーラーが明るい口調でそう言った矢先、それまで晴れていた空がにわかにかき曇り、突然辺りが暗くなった。


「な、なんだ? さっきまで晴れていたのに、どうして急に?」


 これを見たサングはあわてて空を眺めた。

 それまで快調に進撃していた女性騎馬部隊たちも、逃げ出していた西洋甲冑の雑兵たちも、さすがに動きが止まって、みんなが一斉に、突然曇った空を眺め、戦いは一時休戦となった。


「ああ! サングさん! あ、あれを見てください!」


 パーラーはそう言って空を指さした。


「どうした、パーラー……って、ええっ!?」


 パーラーの指さした先を見たサングは驚いた。

 戦場の近くにある森の上に浮かんでいる雲に突然、穴が開き、その穴の中から二人の人間がゆっくりゆっくり降下してきて、森の中に消えていったのだ。

 そう、空から突然人間が降ってきたのである。

 穴が開いた雲から漏れた日光が、まるでスポットライトのように二人の人間の降下をはっきりと映し出し、戦場にいたほぼすべての人間がその降下を目撃していた。


「な、なんなんだ、あれは!? 天使か? 悪魔か?」


 サングが愕然がくぜんとして大きな声を出した時、パーラーは馬の手綱をしごいて発進させ、森に向かって駆け出していた。


「あ、パーラー! お前どこに行くんだよ! まだ戦の途中だぞ!!」


 サングがそう叫んだ時には、パーラーと馬はすでに森の脇にある道に消えていた。






 パーラーが森の中でお目当ての二人を見つけた時、そこにはすでに先客がいた。

 先客は小柄なパーラーとは比べ物にならないくらい大柄な女性だった。ソングやサングよりも大きかった。

 その大柄な女性はパーラーが探していた二人の人間を担いで、森に面した道に停まっている馬車に運び込もうとしているところだった。


「あのー、すいません、ちょっとお話があるんですけど……」


 馬から降りたパーラーは、甲冑を着込んでいるくせに、まるで道でも尋ねるかのような口調で、大柄な女性に話しかけた。

 その女性はこの世界では一般的な服を着ていて、甲冑は着ておらず、武器のような物も持っていなかった。


「え? な、なんですか? いきなり……」


 その女性は明らかに警戒したような口調で答えた。

 左手には、落ちてきた二人の人間のうちの一人を抱えていた。

 その人間は気を失っているようで、抱えられてもまったく動くことはなかった。


「いや、突然すいません。その、あなたが担いでいらっしゃる二人の人間。それねぇ、先程、空から落ちてきた二人なんじゃないですか? もし、そうだとしたら連れていかれては困……るぅっ!!」


 パーラーは和やかに話しかけたが、空から落ちてきた二人の話をした途端、大柄な女性は気を失った人間を左手で抱えたまま、空いた右腕でパーラーの顔面に強烈なストレートパンチをお見舞いしてきた。

 防具で守られていないところを突然殴られて、パーラーは鼻血を吹き出して卒倒してしまった。

 大柄な女性は倒れたパーラーを見て、抱えていた人間を地面に寝かせた上で、気絶したパーラーの上に覆いかぶさり、さらに二発三発と顔面を殴りつけた。


「何やってるのよ、ミズキ。早くしなさいよ」


 そんな大柄の女性に話しかけたのは、馬車の中にいた小柄な少女だった。

 少女は馬車の窓を開けて、大柄な女性に話しかけていた。


「でも、アカリお姉ちゃん。この女、伝説騎士様を連れていかれては困るとかなんとか言ってたし、ここで始末しといた方が……」

「こんな森の中で気を失ってるんだったら、ほっといたって死ぬでしょ。それよりさっさと伝説騎士様とやらを回収しなさい。そして、さっさとずらかるわよ」


 ミズキと呼ばれた女性が物騒な話をしたが、アカリと呼ばれた少女はそれを制した。


「わかったよ、お姉ちゃん。でも最後にもう一発だけ……」


 ミズキはそう言うと、気絶しているパーラーの首に強烈な手刀を叩き込んだ。

 それを食らったパーラーの体は一瞬ビクンと痙攣けいれんしたが、その後はピクリとも動かなくなった。

 それを見て安心したミズキは、地面に倒れている二人の人間を一人ずつ担いで、馬車の座席に座らせた。

 二人は完全に気を失っていて、馬車の座席に座らされても目を覚ますことはなかった。


「お姉ちゃん。あそこに落ちてるカバンは持っていった方がいい? それとも置いていく?」

「この二人のカバンだったら、置いていったらかわいそうでしょ。ちゃんと拾ってあげなさい」

「うん、わかった」


 ミズキは馬車から降りると、森に落ちていた学生カバンを拾って、アカリの左隣の空いている席に置いた。

 それらの作業を終えると、自ら御者台に乗り込み、馬車を発進させた。


「誰だか知らないけど、お気の毒様ね」


 アカリは窓から顔を出して、倒れているパーラーを眺めながら、そうつぶやいた。

 パーラーの口元は噴き出した鼻血のせいで赤く染まっていた。

 馬車は目覚めないパーラーを置き去りにして、いずこかへと走り去っていった。

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