第一話「悲劇の誕生(水曜の夕方、午後6時)」の一(異世界転移)
エピグラフ
「うつくしき春の夕や人ちらほら(正岡子規)」
「ごめんなさい!」
池川サトシが幼なじみの国司ナナに告白してフラれたのは、高校一年生の入学式から約二週間後の四月十七日水曜日の夕方六時頃のことだった。
場所は山口県 防府市の防府天満宮。二人は高校受験に成功したお礼参りとして、遅まきながらこの日、学問の神様たる天神さまこと菅原道真公を祭る防府天満宮を訪れていたのだ。
なぜこのタイミングで告白したのか。
本殿参拝のあと、二人で境内を散策していた時に見つけた、仲睦まじそうな夫婦の銅像を見て、なんとなくイケそうな気がしたからである。
だからつい勢いで告白をしてしまった。
結果はご覧の通りである。
現実は厳しい。
「あ、あのね、別にサトシのこと嫌いなわけじゃないんだよ。これからも仲良くしたいと思ってるし。ただ、どうしてもそういう風には見れないっていうか、なんていうか……」
ナナは優しい。
フラれて固まってしまったサトシを慰めている。
黒髪ロングのストレートにスレンダー巨乳の抜群のスタイル。そして性格も優しい、絵に描いたようなメインヒロインの国司ナナ。
一方のサトシは先程来、一言もしゃべっていない。
やがてサトシの体は震え出し、今にも泣き出しそうな表情になっていた。
「ほ、本当にごめんね」
それを見たナナはあわてて謝るが、相変わらず、サトシは何もしゃべらない。
「あの、それじゃあ、そろそろ帰ろうか。もうすぐ暗くなっちゃうし」
山の上にある防府天満宮、平日の夕方は人がまばらではあるが、困ってしまったナナはとりあえず天満宮の外に出ることを提案した。
サトシは例によって一言もしゃべらなかったが、ナナの言葉を聞いて、出口にあたる大階段に向けて歩き出したので、ナナもそれに続いて歩き始めた。
「あのね、嬉しかったんだよ、サトシに好きだって言われて、でもね、その……」
ナナはいまだに一言も発しないサトシに慰めの言葉をかけ続けている。
サトシは相変わらず黙り続けている。
しゃべる女子としゃべらない男子の二人は大階段を並んで、ゆっくりゆっくりと歩いていた。
そこに大階段を登ってくる制服姿の女子高生が二人。
「あれ? ナナちゃん? サトシくん?」
そうやって声をかけてきたのは福原セイラ。
サトシやナナとは小学校からずっと同級生の黒髪セミロング、メガネ、志望校は東大か京大の秀才美少女である。
もちろん高校も一緒で、なおかつサトシやナナと同じクラス。
「セ、セイラちゃん? どうしてここに?」
突然友達に出会って驚いたナナ。
「高校に合格したお礼参りにね。今さらすぎるんだけど」
そう言って、口に右手を当てて微笑むセイラ。
「き、奇遇だね。私たちもお礼参りに来たんだよ」
「そうなんだ」
大階段の途中で立ち止まり、話し始めた女子二人。二人とも穏やかに微笑みながらあれやこれや話している。
一方の池川サトシは暗い顔をしてうつむいたまま、いまだに黙り続けているが、ナナがセイラと話すために立ち止まると一緒に立ち止まった。
決して自分だけさっさと進んでいって、天満宮の外に出てしまうということはしなかった。
「どうしたんですか、坊っちゃん。何かひどく落ち込んでるみたいですけど」
「坊っちゃんって呼ぶなぁっ!!」
そんな池川サトシに話しかけて、ついぞしゃべらせたのは益田チカ。
黒髪ショートの見目麗しきイケメン女子。女子にモテモテの剣術少女。やはりサトシたちと同じ高校、同じクラス。
そんな彼女の剣術の師匠がサトシの父であり、師匠の息子であるサトシのことをチカは「坊っちゃん」と呼んでいるし、同い年なのに敬語で話している。
しかし、サトシは「坊っちゃん」と呼ばれることを嫌っていた。
「俺は親譲りの無鉄砲じゃないし、松山の数学教師でもねえ!」
「フフッ、なんですかそれ? 夏目漱石ですか?」
ようやくしゃべり出した池川サトシの謎の言葉を微笑みながら受け流すチカ。
「うるさい! 俺はもう帰るんだ。早く家に帰りたいんだ!!」
大階段の真ん中で情けないことを叫ぶサトシ。
「そうだね、早く帰ろっか、サトシ。じゃあ、セイラちゃん、また明日学校でね」
セイラに手を振り、階段を下りるナナ。ついていくサトシ。
「うん、それじゃあまた明日ね。バイバイ」
ナナに手を振って階段を登るセイラ。ついていくチカ。
「サトシ、ようやくしゃべってくれたね」
「え?」
ナナは自分に追いついて、再び並んで歩き出したサトシに微笑みかけた。
それを見て、それまで暗い表情をし続けていたサトシの目の色が変わった。
サトシの目線の先にはナナの綺麗な顔があった。とても防府の女子高生とは思えないほど、美しい容姿をしているナナ。
しかも、おっぱいが大きい。腰は細い。
「あのさぁ、ナナ」
「ん? 何? どうしたの?」
階段の途中で立ち止まり、ナナに声をかけたサトシ。笑顔で振り返り、サトシの顔を見るナナ。
「ナナ。俺、やっぱりナナのことが…」
諦めの悪いサトシがナナに何かを言おうとした矢先、突然二人のスマホが大きな音で緊急地震速報を流し、すぐに大地が揺れ始めた。
二人がスマホを取り出して確認するだけの猶予もなかった。
「え? 地震」
ナナがそう言った時にはまだ余裕があった。
しかし、揺れはどんどん大きくなり、気づけばサトシとナナが今まで経験したこともないような、とてつもなく大きな揺れになっていた。
「キャー!!」
「ナナ! 手すりに掴まれ! これは大きいぞ!!」
「サトシ! 怖いっ! 怖いよっ!!」
「大丈夫だ。何かに掴まるなり、しがみついたりしていれば死にはしない!」
サトシとナナは揺れが激しくなる前にかろうじて大階段の手すりに掴まり、なんとか揺れに耐えていた。
地震は大きさだけでなく、長さもサトシとナナが今まで経験したことのない異常な長さであり、最初の揺れから一分ほど経過しても、まだまだ収まる気配を見せなかった。
「サトシ! この地震、いつまで続くの!? 怖いよ!」
「大丈夫! 大丈夫だって! 階段から落ちさえしければ大丈夫だ! だから落ち着けよ、ナナ!」
そう言ったサトシも別に落ち着いているわけではなかったが、これほどの激しい揺れは生まれて初めての経験であり、どうすることもできず、ただ揺れが収まるのを待つしかなかった。
「えっ! 何? あれ!?」
そう叫んだナナの視線の先には黒い穴があった。
相変わらず揺れ続けている大階段の真ん中に突然、謎の黒い穴が空き始めたのだ。
「何、あの穴……」
その穴を見て泣き出しそうな表情になったナナ。
またしても何もしゃべらなくなったサトシ。
逃げようにも揺れが激しすぎてどこへも行けない。
どんどん大きくなる階段の穴。
それはまるでブラックホールか何かのようであり、階段が揺れで崩壊して、物理的にできた穴のようには見えなかった。
やがて穴は本物のブラックホールのように、何もできない二人のことをゆるやかに飲み込み、それが完了すると同時に黒い穴は消え去り、ようやく揺れも収まった。