#1 想いを形に
ちょっと一息
喫茶店でのアルバイトを始めてから早一ヶ月。初めての仕事にも少しずつ慣れ、制服姿も板についてきた頃。そして迎えた、初めての給料日。
「はいこれ、園田さんの今月分のお給料ね」
「あ、ありがとうございます」
控え室にて、店長からお給料の入った茶封筒と明細を手渡される。わたしは緊張を隠せず、ふるふると震える手でそれらを受け取った。
初めてのお給料。初めて、自分で稼いだお金。これが、わたしの努力の重み。
そう、今のわたしは、自分でお金を稼ぐこともできるんだ。わたしは今、大人の階段を二段飛ばしで駆け上がっていくような高揚感を抱いていた。
人生で初めてのお給料。その使い道はもちろん、大好きなハルちゃんへのプレゼントだ。ふふ、きっと喜んでくれるに違いない。
しかし、わたしはそこではっとする。ハルちゃんへのプレゼント。はたして何がいいのだろう。これまでハルちゃんへ何かを贈りたいという気持ちでずっとバイトをしてきたけど、いざお給料を受け取ってみれば、具体的に何をプレゼントするかを全く考えていなかったことに気が付いた。
どうしよう、ハルちゃんに直接訊くか? いやいや、折角だからサプライズってことにしたい。まあ、バイト代で何かをプレゼントしたいってことは本人に言っちゃってはあるんだけど。せめて、何を贈るかだけはナイショにしたい。
となると、う~ん……一体何を贈ろうか。
「どうしたんだい? そんな難しい顔をして」
給料袋を手にうんうん悩んでいると、店長が声を掛けてきた。
ん~、この際だ、店長に相談してみよう。
「このお金で、ある人にプレゼントを贈りたいんです。サプライズってことにしたいんですけど、何を贈ればいいか分からなくて」
「ふ~む、贈り物かぁ」
店長は顎を右手で撫でながら、ファンの回転する天井を見上げる。
「……その人とは、よく会うのかい?」
上を見上げたまま、店長が口を開く。
「はい、一緒に住んでますので」
答えると、店長は天井からわたしへ視線を戻す。
「そうか、それなら都合がいい」
店長の言葉に、わたしは首を傾げた。
店長はニコリとわたしに微笑みかける。
「サプライズで何を贈ればいいのか。そのヒントは、思いの他近くにあるんじゃないかな。一緒に住んでいるなら尚更。その人の言葉、行動。それらをよく思い返してみるといい」
その言葉を残し、店長は革靴の胸のすく音を響かせてアルバイト控え室を後にした。
プレゼントのヒント。ハルちゃんの、普段の言動。
「……これだ」
わたしの脳内に、一つの考えが浮かんだ。
***
ハルちゃんはあまりおしゃれをしない。あまりというか、全然。自分を飾ることに、随分と消極的だ。アクセサリーはつけないし、服装にもこだわらない。化粧だって普段は決してしない。仕事の時だけ、最低限のお化粧をするだけ。まさにありのままの状態。
でも、わたしは知っている。本当はハルちゃんだっておしゃれしたいんだって。
一緒に買い物に出かければ、ハルちゃんが時々ふと立ち止まるときがある。その度に、どうしたの? 何か気になるものがあった? と訊いても、何も無いと答えるだけ。
そんなバレバレの嘘はわたしには通用しない。わたしは知っている。ハルちゃんが何を見ていたか。何に心を惹かれていたか。
だから、ハルちゃんへの贈り物はこれで決まり。きっと、きっと喜んでくれる。
***
その日、わたしが家に帰りついた頃には、日はすっかり沈んでいた。
「ただいま~」
家の玄関の扉を開き、わたしの帰りを知らせる。奥の居間から光が漏れている。ハルちゃんがもう帰っている証拠だ。
心が高揚する。
スキップしそうになる気持ちを何とか抑えて居間に入れば、ソファに座ったハルちゃんがテレビからこちらに目を向けた。
「あっ、リンちゃん。おかえり~、今日は遅かったね~」
「あぁ、うん。ちょっとね」
いつもののんびりとした口調。ハルちゃんの声を聞くと、とても落ち着く。
いやいやしかし、今日はのほほんとはしていられない。だって、ハルちゃんにアレを渡すって決めてるんだから。あぁ、初めてのプレゼント。ドキドキするし、すっごい恥ずかしい。でも、ここで引いちゃだめだ!
わたしは鞄から小さい紙袋を取り出し、心を決める。
「ねえ、ハルちゃん?」
「ん? なあに?」
声を掛けると、ハルちゃんが首を回してこちらを振り返る。目が合った瞬間、心臓がびくりと跳ねた。わたしは心を落ち着かせるために一度深呼吸をし、ハルちゃんの側へ移動する。
そして彼女の隣に座り、紙袋をハルちゃんの前に差し出す。
「こ、これ! ハルちゃんへのプレゼントだよ!」
「え、えぇ! え~っ!」
テレビの中の芸人さながらのリアクションを見せる。その反応に、わたしは思わずほっとした。これぞサプライズ。
「これ!? これをわたしに!?」
「うん、そうだよ。今日ね、初めてのバイト代を貰ったから、それで、ハルちゃんにいつものお礼の意味を込めて選んだんだ。受け取って?」
すると、今度は先ほどとは打って変わって、ハルちゃんの顔に笑顔が満ちた。
「え~! 嬉しいなあ! 何だろ何だろ!」
ハルちゃんは小袋を丁寧に開け、中身をそっと取り出す。そして、中から現れたのは、一本のネックレス。銀色の細いチェーンに、ダイヤ形の金具。そして、そこにはピンク色の透き通った石がはめ込まれていた。
安物のネックレス。言ってしまえばそれまでだ。石は宝石でも何でもないし、ブランド品でもない。バイト代で買えるものといえばこのくらい。それでも、ハルちゃんに似合うと思って買ってきた。これが、わたしの精一杯の感謝の印。
「これ……」
ネックレスを手に言葉を失っているハルちゃんに、わたしは言葉を続ける。
「わたし、ハルちゃんがこういうのに憧れてるって知ってた。だから、精一杯選んだんだ。ハルちゃんに似合いそうなものを」
大好きなハルちゃん。わたしとの生活の為に自分の好きなことを犠牲にして。だから、せめてその恩返しをしたかった。
「でも、バイト代じゃあこれが限界だった。安物でごめんね。でも、喜んでくれたら、嬉しいな」
言った瞬間、ハルちゃんがわたしに抱きついていた。わたしは背中を反り、彼女の重みを受け止める。
「嬉しいっ! ありがとう! リンちゃん! これ、宝物にするね!」
耳元で聞こえるその声は、涙で震えていた。
強く強く抱きしめてくるハルちゃんの背中をそっと撫でる。
「そ、そんな、泣かなくても」
「ううん、こんなの泣いちゃうよ。嬉しくて、嬉しすぎて!」
そして、とうとう堪えきれなくなったのか、ハルちゃんが声を上げて涙を流した。そんな彼女の体を抱きながら、わたしも目に涙が溜まるのが分かった。
あぁ、渡してよかった。喜んでくれてよかった。ハルちゃんの思い出になれて、よかった。
でも、これは始まりだよ。ハルちゃんがわたしにしてくれた分、わたしも、たくさんハルちゃんにお返ししなきゃ。
「ありがとうっ! 鈴、ありがとうっ!」
「えへへ、どういたしまして」
彼女の背中をとんとんとたたきながら、わたしも一つ、涙を流した。