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04 萌え萌えオムライス

秋空や つくつくと鳴く 蝉ひとつ


この俳句は本編とは全く関係ありません。

 入学式からもう一週間が経つ。クラスのみんなは高校という新しい環境に馴染んできたようで、クラス内の雰囲気も少しずつ落ち着いてきた。

「ねぇねぇ、何か考え事?」

 そして今はお昼休み。自分の手作りお弁当を片手に外をぽかんと眺めていると、真向いに座る恵理子ちゃんがそんなことを訊いてきた。

 彼女へと視線を戻す。

「あ、いや、なんでもないよ」

 本当に何も考えていなかったので適当に流すと、彼女は訝しげな表情でこちらを見つめてきた。

「ほんとぉ?」

「ほ、ほんとだって」

 真っ直ぐな視線に思わずたじろぐ。固まるわたしを見て、恵理子ちゃんがはぁ、とため息をついた。

「何か鈴ちゃんってそういうトコあるよね。ぼぉ~っとしてて人の話聞いてなかったり……今もそうだった」

「え……」

 まったくの無自覚だった。それより、一体何の話の途中だったんだ? 頭の中で必死に過去を振り返るけれど、恵理子ちゃんと一緒に席についてからの記憶には自分の弁当の味についてしかなかった。

 わたしは誤魔化すように引きつった笑顔を浮かべた。

「ご、ごめん。何の話だっけ……?」

「はぁ、もうこの話はいいよ」

 もう一度ため息をつくと、この話はお終いと言わんばかりに一度手を叩いた。そして、

「それよりさ、来週から部活の仮入部だよね。部活どれにするか決めた?」

 次の瞬間には次なる話題へと話は移っていた。

「わたしはやっぱバレーかなぁ。中学んときもバレーやっててね、これでもエースだったんだよ」

 恵理子ちゃんはバレーボールをトスするような仕草をしてみせる。おぉ、それっぽい、と思っていると、ねぇ、鈴ちゃんは? どの部活い入るの? と目をきらきらさせて訊いてきた。

 部活かぁ。そういえば全然考えてなかった。と言うより、そもそも部活に入ろうという気持ちすらなかった。だって、放課後は家事とかで何かと忙しいし、それに……

「わたしは……部活には入らないよ」

「え!? ど、どして?」

「その、言いにくいんだけど……バイトがあるから」

 そう、アルバイト。中学の頃、ハルちゃんと一緒に住み始めた時から決めてたんだ。高校生になったらバイトするって。だから、部活に費やす時間はないかな。

 まぁ実の所、ハルちゃんにはバイトのことは一切話してないんだけど。

「えええ!? バイト!?」

 恵理子ちゃんは口角を上げて大袈裟に驚く。その様子はまるで、珍しい生き物を生け捕りにしたかのよう。こいつぁ珍しい。興味深いってね。

 そのままの調子で恵理子ちゃんは続ける。

「バイトって、どんなの? もう決まってるの?」

「ん? うん、もう決まってるよ。喫茶店、公園の近くの、個人経営のやつ。今週の頭から始めたんだ」

 答えると、彼女はなるほどと言いたげな表情でうんうんと頷いた。一体何だろうと頭上に疑問符を浮かべていると、今度は少しニヤつきながらわたしの肩をぽんぽんとたたいてきた。

「そっかぁ喫茶店かぁ。良いよね、鈴ちゃんは美人で。きっとバイト先でもお客さんとかからちやほやされるんじゃない? 鈴ちゃん今日も可愛いねって」

 ちやほやって……。恵理子ちゃんはわたしのバイト先の喫茶店を変な類のものだと思っているのか? メイド喫茶的な。思わずため息をつく。

「はぁ、言っとくけど、恵理子ちゃんが思ってるようなキャピキャピしたお店じゃないよ。おじさんの店長がブラックコーヒー出すような普通の喫茶店。もちろん、わたしの制服はフリフリなメイド服なんかじゃないよ」

 変な勘違いを起こさせないように釘を刺すと、恵理子ちゃんはあからさまに興味を失ったように、

「えぇ~? なぁんだ、つまんない。メイド喫茶とかだったらよかったのに……」

 と零し、手に持っていたサンドイッチを一口齧った。


 ***


 放課後。いそいそとバレー部の練習する体育館へと向かう恵理子ちゃんと教室で別れ、わたしは一人で学校を後にする。このまま家には帰らず、バイト先へそのまま行くつもりだ。

 傾き始めた太陽の橙色を背に、街中をのんびり歩く。わたしの歩く道は、周りを住宅で囲まれたごく普通の裏道。ときどき数人の小学生たちとすれ違うとき以外は、ここには人が住んでいないんじゃないかと思えるほどに静かだ。聞こえるのはわたしの足音だけで、他の音は聞こえない。何も無い道をわたしは淡々と進んでいく。

 家へ続く道を逸れて歩くこと十数分。民家から少し離れた一画に一軒の建物が見えてくる。『Cafe Reizo』 玄関上部にそう刻まれた木造のこれが、わたしの勤めるバイト先の喫茶店。お店の周りには丁寧に整えられた背の低い木々や花々が並んでおり、こげ茶色で落ち着いたお店の外観を慎ましく飾っている。わたしはその植物達の間を抜けた先の裏口へと向かう。

「お疲れ様です」

 重い色の木製のドアを開いて店内へ入れば、真っ先に感じるのは木の匂い。どこまでも落ち着く懐かしい匂いだ。

 一度、ほぉっと息をつき、目の前の大きな木製テーブルに荷物を下ろす。そのタイミングで、奥から店長が顔をひょっこりと覗かせてきた。

「あぁ、園田さん。お疲れ様」

「お疲れ様です」

 店長の後に続き、軽い会釈と共にもう一度繰り返す。その後店長はわたしのいる控え室へ何やら書類を手に持ちながら入って来た。

「こんな早い時間から来てもらっちゃって、本当に助かるよ」

 そう言って、店長が目尻にしわを寄せた。ふと壁に掛けてある古そうな振り子時計を見上げれば、針はおよそ4時50分を指していた。これが早い時間なのかどうなのか、正直わたしには分からなかった。

「いえ、こちらこそ……」

 何と返せば良いか思いつかないわたしは、何となくそう返事をする。その後、店長が手元の資料と睨めっこするのを尻目にわたしは自分のロッカーへと向かう。

 小さめのロッカー室にはロッカーが全部で六台。けれど、実際に使われているのはわたしのものを含めて三台。つまり、わたしの他に二人バイトの人がいることになるが、彼らとまだ一度も顔を合わせていない。まぁ、わたしがここに入ってからまだまだ日が浅いっていうのもあるのかな。

 制服は白のシャツに黒いパンツ、そして黒のショートエプロンだ。こういう服装を何て呼ぶのかは知らないけど、派手じゃないから着ていて落ち着く良い制服だ。

 学校の制服からここの制服へ着替える途中、ふと周りへ目を向けると、小さい部屋の隅には大きめの鉢が、出窓の所には小さめの鉢が置かれており、それぞれ植物が植わっている。フロアにもこういった植物が多く配置されているけれど、お客の目に入らない所にも彩りを付けるあたり、店長の店への拘りが窺える。

 バイトの制服へ着替え終わったわたしは、一度深呼吸して気持ちを整えてロッカー室を出る。すると、カマーベストを着こなした店長が一言、じゃあ、今日もお願いねと言った。

「こちらこそ、お願いします」

 軽くお辞儀を添えてそう返し、わたしと店長は控え室を後にした。




 バイトであるわたしの仕事は基本的に接客全般。来店したお客さんに挨拶したり、注文をとったり、店長の作ったコーヒーや料理をお客さんに出したり、お会計をしたり。あと、空いた席の後片付けもわたしの仕事。結構仕事が多いように思えるかもしれないけど、実はそうでもない。わたしがバイトに入るのは木曜日の定休日を除いた平日の夕方。平日のこの時間帯であるということと個人経営でそこまで規模が大きくないこともあってか、お客さんの数も多くなく、多くても一時間に8人くらいだ。わたしの入っていない夜や週末はもっとお客さんは増えるのかもしれないけど、とにかくこの時間はわたしと店長の二人でお店は回っている。

 今のところお客さんは二人。一人はサラリーマン風のスーツを着込んだ男性で、コーヒーを度々啜りながら大きめの窓から外の景色を眺めている。もう一人は髪の長いきれいな女性で、紅茶と一緒に読書を楽しんでいた。

 今のところ、わたしの仕事は無い。カウンターの奥で待機するわたしは、そっと目を閉じて店内の音に耳を傾ける。聞こえるのは静かな細波の音と優しげなギターの音色。こうしているだけで、水面に浮かぶ木の葉のように心が穏かになる。

 あぁ、平和だなぁ。

 そう思っていたときだった。カランコロン、カランコロンという軽い木の音が店内に響いた。来客を知らせるドアベルの音色だ。

 一瞬にして現実に引き戻されたわたしは、弾かれたように玄関へと向かう。そして、お客さんの顔もまともに見ずに頭を下げる。

「いらっしゃいませ。何名様で――」

 そしていつもの決まり文句を言おうと顔を上げたそのとき、わたしの目に飛び込んで来たのは、

「やほ~、リンちゃん!」

 スーツ姿で小さく手を振るハルちゃんだった。




「ご注文をお伺いします」

 ペンとメモを手に持ち、引きつった笑顔を浮かべるわたし。そんなわたしを見上げ、ハルちゃんはいつも以上にニコニコしている。

 な、何さ。言いたいことがあるなら言ったら? と言いたいところだが、その言葉をぐっと飲み込んだ。たとえ相手がハルちゃんでも、立場的には彼女はお客さんでわたしは店員。そんなこと言っていいはずはない。なのでわたしはひたすら口を噤み、彼女の注文を待つ。すると、

「リンちゃん、その制服とっても似合ってるよ。なんだか急に大人っぽくなった」

 と、急に褒められた。

「――ッ」

 ハルちゃんにこの姿を見られることが、普段は見せない姿を見られることが、こんなにも恥ずかしかったとは。露出も何もないはずなのにこの姿でいることが途端に気恥ずかしくなり、どこかに隠れたい衝動に駆られる。しかし、店内に逃げ込める場所は無い。店内に響く波の音がわたしの耳の奥でうるさくこだましていた。

「ご、ご注文を」

 語気を強めにそう言うと、ハルちゃんはようやくその気になったようで、手元のメニューへ視線を落とす。

「じゃあ……アイスティーとバニラアイスで」

「かしこまりました」

 すばやくそれをメモすると、注文を繰り返すこともなくわたしは足早にカウンター奥へ戻っていった。その間も、背中にはハルちゃんの視線を感じていた。

「オーダー入りました。アイスティー一つとバニラアイス一つです」

 注文を伝えると、それまで皿を拭いていた店長はその作業を中断し、先にアイスティーから淹れはじめる。わたしは少し離れた位置から店内を見渡しながら注文の品ができるのを待った。

 待つ間、わたしの脳内に弾丸の如く思考が飛び交う。

 どうしてハルちゃんがここに? バイトのことはハルちゃんには内緒にしてたはず。それで、初めて貰うお給金で何かプレゼントでもと思っていたのに。折角の計画が台無しだ。それより、ハルちゃんがここに来たってことは、もしや初めからバレていたのか? あぁ、一体どうしてぇ!

 頭の中で思考の渦が出来上がる。その最中、突然背後から声を掛けられた。

「園田さん、さっきのお客さんとは、もしかしてお知り合いなのかい?」

「えっ……」

 唐突に話を振られたことに加え、ハルちゃんとの関係を見破られたことで、わたしはドキリとした。

「そうですけど……ど、どうして分かったんですか?」

 ビクビクしながら振り返って返事を返すと、店長はアイスティーをカップに注ぎながら小さく笑った。

「はっはっは、なあに、二人のやり取りを聞けば誰でも分かるさ」

 まさか聞かれていたのか!? ハルちゃんがわたしの名前を呼ぶところを。この店長、見た目に似合わず地獄耳だ。

 恥ずかしさで俯き気味になるわたしをよそに、店長は続ける。

「あのお客さんはね、うちの常連さんなんだよ。週に一度か二度来てくれて、アイスティーとバニラアイスを注文してくれるんだ。……そして、そうとは知らずに、彼女の知り合いである君が、この店にバイトとして入ってくれた」

 店長はデザートカップにまぁるいバニラアイスを盛り付けながらこう締めくくった。

「世界は思いの他、狭いものなのかもしれないね」




「お待たせいたしました。アイスティーとバニラアイスです。では、ごゆっくり」

 注文の品をハルちゃんの前に並べると、わたしはお盆を小脇に抱えてそそくさとカウンターの奥へ引っ込もうとする。しかし、そんなわたしをハルちゃんが「待って」と言って引き止めた。

「い、いかがいたしましたか?」

 引きつった笑みで対応するわたしを、彼女はニコニコ顔で見上げる。そして、彼女の口から予想だにしない言葉が飛び出した。

「ねぇ、あれやってよ。美味しくなるおまじない」

「おまじない……でございますか」

 おまじないって、もしかしてあれのことか? メイド喫茶とかでよくやる『美味しくなぁれ、萌え萌えキュン!』的なやつのことか? そんなのできるはずがないでしょう!? 周りを見てみなよ。そんな雰囲気一切無いでしょ? こんな静かな雰囲気でそんなミスマッチなことやって恥かくのはわたしなんだから。

「そ、そういったサービスは当店にはございません」

 溢れる言葉をなんとか押さえ、短くそう言った。しかし、それに対抗するようにハルちゃんが上目遣いにこちらを見上げてきた。

「そんなこと言わないで? 鈴、お願い」

 か、かぁわいぃっ!

 心の中にわたしの叫びがこだまする。

 あぁ、なんてわたしは無力なんだろう。どんな言葉で精神を着飾っても、彼女はいつだってその言葉を通り越してわたしの心を揺さぶってくる。これがハルちゃんの魔力。彼女の魔力に抵抗する術をわたしは持たない。だから、

「し、失礼しますっ」

 わたしはお客の不可侵の聖域、カウンターの奥へ逃げ帰ることにした。


 ***


 それからそつなく仕事をこなし、8時になったところでわたしは帰路についた。ハルちゃんは料理が全然できないので、ご飯を作るのはわたしの役目。だからあまり遅い時間までバイトするわけにはいかない。

 暗く静かな夜道を歩くこと10分。わたしとハルちゃんの住むマンションに到着した。8階建てのマンションで、5階の真ん中らへんがわたしたちの住む部屋だ。

 エレベーターで5階まで上がりわたしたちの部屋まで辿り着き、恐る恐る玄関の鉄扉を開く。

「ただいまぁ……」

 すると、当然と言えば当然だが、廊下の先の居間には灯りが点っており、玄関にはハルちゃんの靴が揃えて置かれていた。玄関の鍵を閉め、靴を脱いだわたしはとりあえず居間へ向かった。

「た、ただいま」

「おかえり、リンちゃん」

 二度目の『ただいま』に、ハルちゃんいつもの口調で返す。ハルちゃんはソファに深く座り、テレビのバラエティ番組を見ていた。

 荷物を床に下ろしたわたしは、ハルちゃんの隣に座ることもできず、彼女の後ろからぼんやりテレビを眺めていた。しかし、頭の中はテレビのことなどではなく、内緒でバイトしてたことをハルちゃんに怒られるのではないかという不安で一杯だった。

 そのとき、こちらを振り向くことなく、唐突にハルちゃんが口を開いた。

「今日はびっくりしたよ~。いつも寄ってる喫茶店に行ったら、リンちゃんが店員さんのかっこしてたんだもん」

「うぐッ」

 やっぱりその話か。その話題を切り出された瞬間、わたしの中に諦めに似た気持ちが浮かんだ。

「そ、その、ごめんなさい。何も言わずにバイト始めちゃって」

 そう、謝ろう。ハルちゃんは仮にもわたしの保護者で、わたしはハルちゃんの被保護者。だから、ハルちゃんに何の断りもなくバイトに出るのは筋違いだったのかもしれない。わたしの心が反省の念で満たされる。

「え? あ、いやいや、別に怒ってるわけじゃないよ。ほんとにただ、驚いただけ」

 すると、ハルちゃんはこちらを振り返り、慌てたように否定した。きょとんとしたわたしにハルちゃんは続ける。

「でも、どうしてバイトなんてしようと思ったの? もしかして何か欲しい物でもあった? だったら言ってくれればいいのに」

「違うよ! わたしはただ……」

 咄嗟に言葉が口から飛び出した。ハルちゃんがこちらを見つめる。もう、言ってしまうしかない。

「ハルちゃん、いつも仕事頑張ってるのに、わたしができることは家事くらいで。だから、高校生になったらバイトを始めて、せめてハルちゃんの喜ぶ何かを買ってあげたいなって思って、それで……」

 わたしの言葉の途中、気付けばハルちゃんはソファを立ち、わたしを優しく抱きしめていた。そして耳元で、彼女が囁く。

「ありがとう、リンちゃん。その気持ちだけでも十分なくらい、嬉しいよ」

「ハルちゃん……」

 わたしは何も言えず、代わりに彼女の背中に腕を回す。お互い無言のはずなのに、ついたままのテレビの声は聞こえない。わたしの耳には、ハルちゃんの言葉が反響するように延々と聞こえていた。




 ハルちゃんの希望により、晩御飯はオムライスになった。オムライスはハルちゃんの好物の一つ。腕によりをかけて作らなければ。そう意気込んで出来上がったものは、これまで作ってきた中でも屈指の出来栄えだった。うん、卵のツヤが眩しいぜ。

 我ながら良い出来に満ち足りたわたしは、ルンルンとした足取りでハルちゃんの待つ食卓へ向かう。そのとき、わたしの脳裏にまるで天啓の如くある考えが浮かんだ。

 オムライス。それはメイド喫茶では定番のメニュー。そして今日のバイト先でもハルちゃんの言葉。

『ねぇ、あれやってよ。美味しくなるおまじない』

「おまじない、かぁ」

 そっと目を閉じれば、あの時のハルちゃんの顔を瞼の裏に浮かぶ。上目遣いでこちらを見上げるハルちゃん。あぁ、なんと尊いことか。

 そして再び目を開いたとき、わたしは腹を決めた。

「はい、お待たせ~」

「わぁ! おいしそぉ~!」

 食卓にオムライスを並べると、ハルちゃんが目をキラキラと輝かせた。その笑顔が更なる勇気をわたしにくれる。

「じゃあ早速、いっただっきま――」

「ちょっと待った!」

 スプーンを片手に今にも食べだしそうなハルちゃんを制し、わたしは一度深呼吸をする。一体何が始まるのかと、ハルちゃんが不思議そうな顔をこちらに向ける。

 満面の笑みのハルちゃん、ムスッとしたハルちゃん、恥ずかしがってるハルちゃん。これまで見てきたいろんな彼女たちを脳裏に描き、わたしは精一杯の笑顔を作った。そして、両手で作るはハートの形。

「おいしくなあぁれ! 萌え萌えキュンッ!」

 そして、わたしのハルちゃんへの思いのすべてをハートを通してオムライスへ注ぎ込んだ。

「……」

「……」

「……」

「……」

「……プッ」

 その瞬間、ダムが決壊したかの如くハルちゃんが声を上げて笑った。

「あははっ、あははははっ!」

「なッ!?」

 ハルちゃんがお腹を抱えて笑い転げている。一方のわたしは手でハート形を作ったまま、あっけにとられて動けないでいた。なんで!? なんでそんなに笑うの!?

「あはははっ、ほんとに、あはっ、ほんとにやってくれるなんて、じょ、冗談のつもりだったのに、あはははっ!」

「あわわわわわっ!!」

 居たたまれなくなったわたしは、オムライスを置いて寝室へ駆け込んだ。顔が、体中が熱い。顔から火が出るとはこのことかと、布団に包まりながら実感した。

「ごめん、ごめんって、あははっ、そんな隠れてないで、一緒に食べようよ」

 ハルちゃんが布団越しにゆさゆさとわたしを揺すってくるが、わたしは必死に抵抗する。

 わたしの精神はズタボロで、ハルちゃんに合わせる顔などない。いっそのこと空気に溶けて消えてしまいたい。それができないわたしは、こうして恥ずかしさが漏れでないように布団に包まるしかないのだ。

「お願いよ、リンちゃん。機嫌なおして? ふふっ、謝るからぁ」

「いやだ! もうハルちゃんなんて知らないッ!」

 笑いながらそんなこと言ったって、信じないんだから! もう絶対許さない! 誓ってやる! 金輪際、何があってもハルちゃんのお願いなんて聞かないんだから!

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