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20 十年後のあなたと

結局、言いたかったことはたったのこれだけ

 春が、来た。

 あれほど冷たかった北風はいつしか温もりを運ぶ春風となり、木々は葉を付け、大地は芽を育む。動物たちは目を覚まし、地上は生命力に溢れる。

 灰色の季節に色が点り、空は光で満ちている。

 そう、春が、来たんだ。



「ほら、もっと足に力入れて! しゃきっと歩いて!」

「む~、まだ眠いのにぃ~」

 あくびをしながら今にも倒れこみそうなハルちゃんの手を引き、わたしたちは丘へ上る。

 春の空気がこんなにも気持ち良いのに、まだ眠たそうに瞼を擦っているハルちゃんにはほとほと呆れる。自分の名前に「春」の文字が入っているのに、まるで興味が無さそうにするのだから困ったものだ。今日だって、去年の二の舞にならないようにハルちゃんをベッドから引きずり出すのに苦労したんだから。

「ねぇ~、つ~か~れ~た~」

 文句を垂れるハルちゃんを無視して彼女の腕を引く。まあ、何だかんだ言って着いてきてくれるあたり、見かけよりいやじゃないんだと思う。

 まあ、それはそうだよ。だって、わたしたちはずっとそうしてきたんだから。去年も、一昨年も、十年も前だって、一緒にお花見をしてきたんだから。

 あの、二人だけの約束の場所で。

「ほら、もうすぐだよ!」

「う~ん」

 次第に視界に光が包まれる。手をかざして細めた目を庇い、一歩一歩歩んでいく。ハルちゃんの手を引いて。

 そして、ついに視界が一気に開ける。

「はぁぁ……」

 眼下に広がるその光景に、思わずため息が漏れた。

 何処までも澄んだ青空に、白い綿雲。その下に流れるのは、白桃色の海。見渡す限りに広がる桜の絨毯。

「……きれい」

 隣に立つハルちゃんが言葉を漏らす。花より団子とは言っても、やっぱハルちゃんも桜を愛でる心があるんだなと、ちょっぴり嬉しく思った。

 柵に寄りかかり、ただただ桜を眺める。

 下から見上げるのもいいけど、やっぱりわたしはこうして遠くから眺めるのが好きだ。それはきっと、ここがわたしたちにとって特別な場所だからかもしれない。

「ねぇ、リンちゃん」

「……ん?」

 名前を呼ばれ、振り向く。するとその瞬間、唇が柔らかい感触に包まれた。ハルちゃんが、わたしにキスをしていた。

「んー、んんーー、んーぷはぁ……ちょ、ちょっと! 急に何するの!」

 何とかハルちゃんを引き剥がし、唇を手の甲で拭う。一方のハルちゃんは、焦るわたしを見て目を細めて微笑んでいた。

「何って、キス、だよ?」

「そんなの分かってるよ。そういうことじゃなくて、そんな急にするなんて……人が見てるかもしれないし」

 辺りをきょろきょろ見回す。幸いなことに、わたしたち以外には誰もいなかった。良かった。さっきのは誰にも見られていない。

 でも、もし見られでもしたら……。

「今は明るいし、そういうのは、やっぱ外でするべきじゃないよ」

 そう訴えかけるも、ハルちゃんの表情は崩れない。ハルちゃんは一歩ずつ、わたしに歩み寄ってくる。彼女が一歩踏み出すたび、わたしは一歩後ずさる。

「……どうして? わたしたちがそういうことするの、人に見られたらイヤなの? ……女の子同士でするのはオカシイって?」

「そりゃ、おかしいって思われるし、そうじゃなくても、人に見られるのは、その、恥ずかしいよ」

 後ずさろうと足を後ろに下げようとすると、腰が柵に当たった。あぁ、もう逃げられない。

「どうして恥ずかしいなんて思うの? キスなんかよりもっとすごいこと、沢山してきたじゃない」

「そ、それは誰にも見られてなかったから! わたしは、ただ……その……」

 とうとう、ハルちゃんに追い詰められた。顔が近い。ハルちゃんは真っ直ぐにわたしの目を覗く。堪らず俯いて目線を逸らすも、彼女の右手がわたしの頬に触れ、優しく上を向かせる。

 再びハルちゃんと目が合う。彼女の顔が言っている。キスをしない理由なんてないでしょうって。

「悲しいな」

 ハルちゃんは笑顔のまま言葉を漏らす。

「わたしは鈴のことしか見てないのに、鈴は他人のこともばっかり気にするんだもの」

 彼女は腕をわたしの首の後ろに回し、少しずつ顔を寄せていく。

 抵抗できない。いや、元からわたしには、抵抗するつもりなんか無かったんだろう。だって、初めからこうなることを望んでいるのだから。

「春香ちゃん……」

「大丈夫、他の人のことなんか気にしなくても。だぁれも、わたしたちのことなんて見てないわ。わたしたちがお互いのことしか見てないように、ね?」

 そう、春香ちゃんだけ、貴女だけを見てる。他には何もいらない。貴女の言う通りだ。

 優しい風が吹き、桜の花びらを運ぶ。でも今は、そんなものに心を奪われることはない。だって、わたしの目の前に、この世界で一番好きな人がいるんだから。


 わたしは、そっと瞳を閉じる。

 これにて、本作はお終いです。最後まで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。本作が皆さんの楽しめるものであったなら幸いです。

 

 本作が終了し、まだ次に何を書こうかとも決まっておりませんが、何か思いついたらまたのんびり書いていこうかなと思います。ですので、また私の名前をどこかで見かけた際は、チラっと覗いてくださると嬉しいです。


 それでは最後に、重ね重ねになりますが、最後まで私の妄想にお付き合いくださり、本当にありがとうございました。

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