#3 温かい冬の日
百合の世界に残されたノンケの可能性
世間はクリスマス一色。わたしの住む小さな町でも、一度外へ出れば視界からクリスマスの字が消えることはない。家々の小さなイルミネーションから、リースにツリー、ニンジンの鼻の雪だるま。
まさに、町がクリスマスで満たされている。それもそのはず。だって今日は、クリスマスその日なのだから。
今日は12月25日。聖なる夜が明け、晴れた空から太陽がわたしたちを照らす午前の10時。日が出ているとはいっても、今は冬の真っ只中。外は凍えそうに寒いはず。けれど、町は多くの人たちで賑わっているのは、それほどみんながクリスマスを楽しんでいるということだ。
そしてわたし、南恵理子も例に漏れず、冬の町へ繰り出す。一年に一度のこの日を精一杯楽しむために!
と意気込んで家を出たはいいものの、ふと辺りを見渡せばカップルたちのオンパレード。軒先につららができるほど寒いはずなのに、彼らのまわりはまさに『アツアツ』だった。手を繋ぐなんてのはもはや当たり前。肩を寄せ合い、マフラーを共有し、わたしにも聞こえる惚気た声で言葉を交わす。あぁ、こうしてみると、一人って辛いね。
いまだ彼氏の居ないわたしは、カップルで満たされた町を歩きながら、ふと思う。そういえば、岸本と鈴ちゃんは上手くいったのだろうか。
岸本は言っていた。24日、クリスマスイブに鈴ちゃんとデートに行くって。これに関しては、わたしは何も関わっていない。岸本は自分一人で場を整えられるほどに成長したのだ。
そして、その日を終えた今日、25日。あいつのことだ、きっと上手くいったに違いない。そして聖夜を向かえ、そういうことをやったのかやってないのかは知らないけど、無事に夜は明けた。もしかしたら、岸本は今日も鈴ちゃんと一緒にデートしてるのかもしれない。
そう思うと、なんだか急に、なんとなくだけど、悲しくなるな。周りはみんな誰かと一緒なのに、わたしは一人か。つい勢いで家を出てしまったけど、どうせなら友達を誘って来るんだったなぁ。
ちょっと後悔しつつ、今ならまだ暇してる人がいるかもと思い、ポケットからスマホを取り出す。さぁて、一番暇してそうなのは、と連絡先を開いたとき、ふと目の端に人影が映った。その人が真っ赤な他人なら気にすることなく無視するのに、わたしの注意はその人に惹き付けられていた。だってその人は、わたしの良く知る人だったから。
「き、岸本!?」
それは、クリスマスの町を一人で歩く同級生の姿だった。
急いで彼の元へ駆け寄れば、こちらに気付いた彼が右手を挙げて答える。
「おぅ、南じゃん。おはよう」
「おはよう、じゃないわよ! あんた、こんなとこで何してんの!?」
「何って、散歩だよ。いやあ、やっぱクリスマスっていいね。どこも飾りつけがキレイで――」
「そういうことじゃない!」
岸本の言葉を遮れば、彼は口を噤み、わたしを見た。とても落ち着いた目をしていた。
そんな彼に、単刀直入に切り出す。
「あんた、鈴ちゃんと一緒じゃないの?」
二人のことを知っている人だったら誰だって思うはずだ。だって、二人は付き合ってるんだから。恋人同士の二人がクリスマスを一緒に過ごしていないだなんて、ちょっとおかしい気がする。少なくとも、わたしの中では。
わたしの言葉を聞いた岸本は、わたしから視線を外し、体を横に向ける。遠い遠い目をして、彼は一度大きく息を吸った。
「実はさ、フラれたんだ」
「……え?」
その声は、セリフの内容とは全く相応しくないほど、スッキリとしていた。
「……別れたの?」
「あぁ、そうだよ。やっぱ俺じゃ、園田さんにはつり合わなかったよ」
岸本は笑った。まるで、もう未練が無いかのように。でも、わたしにはなんとなく分かる。今の彼の表情も声色も、全部本当の自分を押し殺しているんだって。
だから、鈴ちゃんと何があったのかは訊かないことにする。わたしだって、そんなことをするほど無神経なヤツじゃない。
だから――
「おぉ、そうかそうか。そりゃ残念だったね!」
岸本に飛びつき、肩を組もうとする。けれど、身長差のせいで上手く肩を組めず、岸本がバランスを崩してよろける。ちょっと面白い。
「ちょっ!? お前急に何すんだよ!」
コイツが驚いた声を出すもんだから、それが余計に面白かった。
「まあまあ、いいじゃないいいじゃない。ってことは、岸本も今はヒマなんだ。よかった、丁度誰かと一緒に町を回りたかったところなんだよ~。じゃあ行こうか!」
背を屈めた岸本の肩を掴んで歩き出すと、彼がやめろやめろと暴れだす。そしてわたしの手から離れると、岸本がちょっと不機嫌そうな目でわたしを見てきた。
「ったく、急に何しやがんだ。そもそも、別に俺はお前と町を回るつもりはない」
全く、コイツはこんなときでも素直じゃないんだから。
「いいじゃんいいじゃん、どうせお互い一人でヒマなんだし。同じ中学のよしみってやつで、一緒に見て回ろうよ」
「断る。お前が一緒だとうるさくてかなわん。俺は一人で回る」
そう言い残して一人去ろうとする岸本の後をしつこく付きまとう。初めは無視していた岸本だけど、最後には観念したように、
「もう、好きにしてくれ」
と項垂れていた。
クリスマス。二人で回る、きらびやかな町の風景。その中で並ぶわたしと岸本は、他人の目にはどう映るだろう。友達? 恋人? あるいはそれ以外か。
まあ、なんだって構わない。わたしはただ、一人でこの町を回るには、今日は少し寒かったってだけ。そこに丁度岸本がいたから、こうして二人で回ってる。それだけ。何も特別な意味なんてない。
ただ、コイツの隣にいると、ちょっとだけ温かいな。
店先のスノードームを二人で眺めながら、ふと思った。




