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10 危険いっぱいシーサイド

外には危険がいっぱいです

 わたしとハルちゃんが揃って水着を購入した次の日の日曜日。わたしたちは夏を満喫するべく、早速とある海水浴場に来ていた。

 電車とバスを乗り継ぐこと約一時間半、辿り着いたそこには、まだ早い時間にも関わらず多くの水着姿の人たちで溢れていた。早くしなければ場所が取れないということで、わたしたちは勇猛果敢に人の波へと分け入っていったのだ。

 そう、このときは想像もしていなかった。まさか、このような試練がわたしの身に降りかかろうとは。

「ねぇ~、はやくしてよぉ~」

 わたしの目の前には、昨日買ったばかりの魅力的な赤い水着を着たハルちゃんがレジャーシートの上にうつ伏せになっている。そして、わたしの手には一本のサンオイルの容器が握られている。

 この状況が意味することは一つ。今からわたしは、ハルちゃんにこれを塗らなければならないのだ。

 何故! 一体何故こんな展開になってしまったんだ! こんな展開、漫画やゲームの中だけだと思っていたのに!

 ごくりと生唾を飲みながら、ハルちゃんの体へ視線を這わす。

 後ろ髪の隙間から覗くうなじ。華奢な肩と細い二の腕。やわらかそうに潰れたおっぱい。くびれた腰と、滑らかでまぁるい曲線を描くお尻。そこから伸びる張りのある太ももとふくらはぎ。そして最後に、普段は決してお目にかかれない足の裏。

 心臓の鼓動が加速度的に早くなる。触れて良いのか!? 触れることが許されるのか!? ハルちゃんの柔肌に!?

 大きなパラソルの影の下。暑くはないはずなのに、頭から絶え間なく汗が流れ出ている。

 頭の中で、これをハルちゃんの体に塗る場面を想像する。滑らかで艶やかな肌。揉みこむような手つきで、その上に手の平を滑らせる。くッ! だ、だめだ。想像しただけで鼻血が出そう。なら、実際にこれを塗ろうものなら、わたしは一体どうなってしまうのだろう。それは、想像に難くない。

「ハ、ハルちゃん? やっぱ自分で塗ってよ。人に塗ってもらうだなんて、こんなの絶対おかしいよ」

 自分の体が持たないことを悟ったわたしは、祈るような思いでそう言った。しかし、ハルちゃんの答えといえば、

「えぇ~? でも、自分じゃぁ背中とかちゃんと塗れないし。あと、ほら、周りを見てごらんよ。他にも人にオイル塗ってもらってる人たくさんいるよ?」

 そう言われ、あたりをぐるりと見回してみると、確かに数組の男女のカップルがまさにわたしたちと同じ状況だった。女がシートの上でうつ伏せになり、男が興奮した表情でオイルを塗っている。

「ね? 普通のことでしょ?」

 と、ハルちゃんは言う。

 ……わたしに、逃げ場は無いのか。

「もぉ~、リンちゃん早くしてよ~」

 再びのハルちゃんの催促。その言葉に、わたしは腹を括ることに決めた。

 きっとハルちゃんは、わたしが何を言ってもムダだ。言葉巧みに、わたしは言いくるめられてしまう。ならば、素直に従うしかない。

「わかったよ……」

 オイルのキャップを外し、手の平にそれを垂らす。微かな独特の香りが鼻腔をくすぐった。

「じゃあ、い、いくよ……?」

 そしてわたしは、恐る恐る、ゆっくりとハルちゃんの魅惑の背中に腕を伸ばしていく。

「……ぁンッ!」

 その白くすべすべな背中の上で、オイル塗れの手の平を滑らせていく。脇腹から肩甲骨まで、ゆっくり、じっくり、オイルを染み込ませるかのごとく。

「ンぁ……はぁ……はぁ……あッ」

 無心だ。無心になれ、わたし! ハルちゃんとのボディタッチなんて日常茶飯事じゃないか。これくらい、これくらいなんとも無いはずだ。

「ンくッ……はぁンッ……そこぉ、いい……あンッ」

 そうだ。こんなのいつものそれと変わらない。変わらないはず、なのに、わたしの心がゆらゆらと激しく揺れ動く。何故だ。こんなにも無心になっているはずなのに。

「きもち、いい……はぁンッ……もっと、もっとシて……?」

「だあああぁぁぁッ!!」

 遂に耐え切れなくなったわたしは、勢い良く立ち上がる。地面に寝そべるハルちゃんが、けろっとした表情で見上げている。

「どうしたの? 折角いいところだったのに」

「全然いいところじゃない! 何よ! さっきまでのヘンな声は!」

「ヘンな声? そんな、わたしヘンな声なんて出してないよぉ?」

 むぐっ!? とぼけるつもりか?

「出してたよ! どうせわざとなんでしょ!? とぼけないでよね」

 すると、わたしを見上げるハルちゃんは若干首を傾け、目を細めた。

「う~ん、わからないなぁ。ねぇ、リンちゃんの言うヘンな声って、どんな声なの?」

「ッ!?」

 まさかの質問。その強い衝撃に、半歩後ずさってしまう。

「ヘ、ヘンな声はヘンな声だよ」

「それじゃあ分からないよ。具体的には?」

「具体的? えっと、その……は、恥ずかしい、声、とか」

 思わず顔を背けてしまう。それを見てか、ハルちゃんがニヤリと笑った、ような気がした。

「ねぇ、恥ずかしい声って……?」

「え、えっと……」

 顔が熱い。体も熱い。耳の奥で心臓の鼓動が鳴り響く。

「言ってくれなきゃわからないなぁ。ねぇ、教えて? わたし、さっきどんな声を出してたの?」

 だめだ、抗えない。無視をすればいいものを、わたしの体がそれを拒む。

 からからになった口から、細く言葉を漏らす。

「……あ、あん、とか、きもちいい、とか、もっとして、とか……」

 そう言い終わると、わたしは膝から崩れ落ちた。わたしは、負けたのだ。初めからハルちゃんはわたしをからかうつもりで、オイルを塗らせたりしたんだ。それが分かっていながら、結局わたしは何もできず、ハルちゃんの掌の上で踊らされていただけ。いつものように、からかわれただけだった。

 地面に両手を突きながら、歯を食いしばる。恥ずかしさに耐えるように、悔しさに耐えるように。

「そっかぁ、わたし、無意識にそんなこと言ってたんだね」

 顔を上げれば、いつの間にか目の前にハルちゃんが膝立ちになっていた。見れば、その手にはサンオイルのボトルを持っていた。

「でも、リンちゃんの手が気持ちよかったのは本当だよ? 本当に蕩けちゃうくらい」

 ハルちゃんはキャップの外れたボトルを傾け、その手の平にぬらぬらと光る液体を垂らす。ごくり、とわたしは生唾を飲み込んだ。

「だから、今度はわたしの番。さ、リンちゃん、うつ伏せになって?」



 時間はあれよあれよと過ぎていった。その間に、わたしたちは寄せる波から逃げたり、貝殻を集めたり、外れの磯にできた小さな水溜りでカニを追いかけたり、まるで子供の頃に戻ったように遊んでいた。

 そんなこんなで時間はお昼の2時過ぎ。若干疲れを感じ始めたわたしたちは、浜辺に戻って一休みしていた。

「ふぅ~、さすがにちょっと暑いね」

 パラソルの陰の中で、ハルちゃんが首元を手で扇いでいる。その首筋を、2、3の汗が伝っていく。

「ほんとにね。そうだ、かき氷でも買ってこようか?」

 そう提案すると、ハルちゃんははっとこちらを振り返った。

「ありがとぉ~、リンちゃん。わたし、イチゴがいい」

「うん、わかった。ちょっと待っててね」

 ハルちゃんから小銭入れを受け取り、少し離れた海の家へ向かった。

「いらっしゃい!」

 海の家のカウンター前に辿り着くと、頭にタオルを巻いたガタイのいいおじさんが威勢の良い声を張り上げた。その勢いに若干気圧されてしまう。

「えっと……かき氷のイチゴと……メロンを一つずつ」

「あいよっ! イチゴとメロンね!」

 すると、おじさんはすぐさま横のマシーンに氷をセットし、目の前でかき氷を作り始めた。みるみる高くなっていく小さな氷の山。その上から、鮮やかな色のシロップを贅沢に掛けていく。その間に、おじさんの隣に立つお姉さんとお会計を済ませる。

「お待ちどうっ! かき氷のイチゴとメロンだよ!」

「あ、ありがとうございます……」

 おじさんからそれらを受け取ると、わたしは早足になって海の家を後にした。

 ハルちゃんのところへ戻る道中に、わたしは思う。ハルちゃんと一緒にかき氷を食べる風景を。ハルちゃんはきっと、わたしのかき氷を見て、そっちのも食べてみたいと言うだろう。そうなれば、以前と同じように『食べさせ合いっこ』が始まるに違いない。実は、それを見越してハルちゃんのとは別の味を選んだのである。このことはハルちゃんには言えないけど。

 リンちゃん、そっちの一口ちょ~だい? え~、そんなに食べたいの? 仕方ないなぁ。はい、あ~ん。なんちゃって。

 思わず顔がにやけるのをなんとか堪えながら、ハルちゃんのところへ急ぐ。そして、もう5メートルといったところで、何やら声が聞こえた。

「なあなあいいだろぉ? 一緒に遊ぼうぜ」

「だから、イヤだって言ってるでしょ」

「なんだよ、いいじゃねえか、ちゃんと楽しませてやるからよ」

 聞こえる声は3つ。1つはハルちゃんのもの。もう2つは、知らない男のものだ。

 わたしははっとしてその声のする方へ視線を向ける。行き交う人やパラソルの合間から、シートの上に座るハルちゃんと、彼女に詰め寄る二人の半裸の男の姿が見えた。

「ッ!!?」

 わたしは弾かれたようにハルちゃんの下へ走った。

「ちょっと! あんたたち、一体何の用!」

「リンちゃん!」

 ハルちゃんと男共の間に割って入り、男共を睨みつける。男は二人とも痩せ方で、いかにも軽そうな印象の風貌だった。

「なんだぁ、キミがカノジョの連れかぁ」

「丁度こっちも二人だし、キミも俺たちと遊ぼうぜ?」

 男二人に見下ろされる状況。正直、怖い。でも、ここで退いちゃダメだ。ハルちゃんはわたしが守らないと。

 一度深く息を吸い、一歩前に出る。

「ほんとに、ナンパとか迷惑だから。二人ともどっか行って。じゃないと警備の人呼ぶよ」

 ハルちゃんの前でかっこ悪いまねは出来ない。ハルちゃんには、その汚い指一本触れさせないんだから。

 目一杯に強がる。でも、男共は全く諦める気配がない。わたしを見下ろして、ケラケラと笑った。

「ははっ、なあキミ、震えてるよ? 調子でも悪いのかな?」

 指摘され、わたしは初めて気付いた。肩が小刻みに震えている。わたしは半歩、右脚を退いてしまう。

「そんな怖い目しないでさ。きっと楽しいぜ? ほら、来いよ」

 そして、男の一人が腕を伸ばす。その腕がわたしの手首を掴もうとしたその時、わたしの体が独りでに動き出す。

「はぁッ!」

「ぐモっ!?」

 気が付けば、わたしは手に持ったかき氷の一つをその男の顔面に思い切り押し付けていた。大きく盛られた緑の山に、男の顔が盛大にめり込んでいる。

「ぷはッ! てめぇ、何しやがる!」

 かき氷を払いのけると、男が鋭い目つきでこちらを睨む。怖い。震えも止まらない。でも、負けるわけにはいかない。

「いいから、さっさと消えてッ!」

 言い放つと、一人の男が拳を構えた。

「コイツ、調子に乗りやがって――!」

 まずい、と思った瞬間、もう一人の男が肩に手を置いてそれを制した。

「もういい、行こうぜ」

「なんだよ急に」

「ん」

 男が目線を巡らせる。わたしもつられて周りを見回す。十数人の海水浴客達が遠目からわたしたちの様子を覗いていた。

「ちっ、わーったよ」

 そして、諦めた様子で二人の男は去っていった。残されたわたしは、その場にぺたんと座り込んだ。

「リンちゃん!」

 ハルちゃんが寄り添ってくれた。その手をわたしの肩に優しく添えて。

「ハルちゃん、あいつらに何もされてない……?」

「うん、わたしは大丈夫。リンちゃんが守ってくれたから。ありがとう。かっこよかったよ」

「えへへ、よかった……」

 緊張が一気に抜けたからか、足に力が入らない。わたしはハルちゃんの肩を借りて、パラソルの陰の中に移動した。

「そういえば、かき氷が」

 わたしははっとなる。手に持っているのはイチゴ味のかき氷だけ。わたしのメロンは無残にも熱い砂浜の上に落ち、既に影も形も無い。

 一つ、息をついた。

「ごめんね、せっかくのかき氷を……これはハルちゃんが食べて?」

 ハルちゃんにそれを渡そうとすると、彼女は目を瞑って左右に首を振った。

「ううん、二人で食べよ? 量は半分だけど、一緒のほうがおいしいから」

「ハルちゃん」

 そして、彼女は氷の山に刺さったスプーンストローを抜き、かき氷を掬ってわたしの口元へ運ぶ。

「初めの一口はリンちゃんから。はい、あ~ん」

「あ、あ~ん」

 口を開くと、舌に伝わる冷たい感触、そして広がるシロップの甘さ。

「どう? おいしい?」

「うん、おいしいよ」

 そう答えると、ハルちゃんはにっこりと笑った。

「じゃあ、今度はリンちゃんの番ね? はい」

 そう言うなり、ハルちゃんはストローをわたしに手渡す。わたしはそれで赤い氷の山を掬い、そっとハルちゃんの口元へ運んだ。



 ハルちゃんとのんびり一息ついた後のこと、わたしは急にトイレに行きたくなってしまった。う~ん、かき氷でお腹を冷やしてしまったのだろか。

「ハルちゃん、ちょっとトイレに行ってくるね」

 隣で海を眺めているハルちゃんに一言告げ、わたしは立ち上がった。

「うん、いってらっしゃい」

 その言葉を背に受けて、わたしは少し早足気味になってトイレへ急といだ。

 トイレは海の家から少し離れた所に建てられており、波打ち際からは遠く、高い土手を背にしていた。

「急げ急げ~」

 意識すればするほど尿意が強くなる。わたしは他のことには一切注意を払うことなく、トイレへ直行した。そして、

「ふぅ~、間に合ったぁ」

 わたしは無事、漏らす前にトイレに辿り着くことが出来た。

 さて、トイレも済ませたことだし、ハルちゃんのところへ戻ろう。トイレから砂浜へ一歩を踏み出した、その時だった。

 何の前触れもなく何者かの手で口を塞がれ、後ろ髪と両腕を強引に引っ張られたのだ。

「んん~ッ!?」

 突然のことにパニックになり叫ぼうとするけれど、口を押さえられているせいで全く声は響かない。わたしはそのままトイレと土手の間の、薄暗い陰の中に引き摺られていった。

 一体何が起きているの!? 後ろの人たちは一体誰!? もしかして、この人たち、わたしに暴力する気なんじゃ……!?

 いろんな思考が脳内を巡る中、背後にいた一人がわたしから手を離した。わたしの口は自由になるも、もう一人がわたしを羽交い絞めにして離さない。必死になってもがいていると、その一人がわたしの前に出た。その人の顔を見た瞬間、わたしははっとした。

「あ、あんたはさっきの……!」

 目の前に立っていたのは、さっきハルちゃんをナンパしていた男だった。ということは、後ろでわたしの自由を奪っているのは、もう一人の男か。

「よぉ、さっきはやってくれたじゃねぇか。あぁ?」

 男はわたしの前をウロウロしながら、ジロジロとこっちを嘗め回すように見てくる。怖気が走るほど気持ちが悪い。

「あんなことされちゃあ、こっちもお返ししないわけにはいかないよなぁ。ははっ、なぁにをしてやろうかなぁ」

 男がわたしに顔を寄せ、わたしの頬をぺちぺちと叩く。痛くはないけど、嫌悪感が胸を満たした。

 わたしは、目の前の男をキッと睨みつけた。

「あんたら、こんなことしてタダで済むと思ってるの? ここで大声出したっていいんだよ?」

 虚勢。はったりだ。内心は恐怖で一杯。大人の男二人相手で助かるはずが無い。でも、強い自分を演じないわけにはいかなかった。

 しかし、男にはわたしの心情がすべて見通せるかのようだった。男はケラケラと笑っていた。

「ははっ、やれるもんならやってみろよ! ただ、そんときゃ俺らも黙っちゃいないけどな。こんな風にィ!」

 次の瞬間、男がわたしに迫ったかと思うと、みぞおちに鈍い衝撃が走った。男がその右手をわたしのお腹に捻じ込ませていた。

「うッ!? かはッ!」

 お腹にじんじんと激痛がこだまする。こいつら、本気だ。本気でわたしのことを……。

「おいおい、ちょっとは手加減してやれよ」

 後ろの男が、苦しむわたしを嘲笑うかのような口調で言った。

 なんとかして逃げなきゃ! でないと、こいつらに酷いことをされる! しかし、体の自由は奪われたまま。痛みで前かがみになるわたしを、もう一人の男が無理矢理立たせようとする。

「あれぇ? キミ、もしかして泣いちゃった? そんなにイタかったかな? ははっ」

 言われて気付いた。わたしが目にいっぱい涙を溜めていたことを。それを見てか男は顔をニヤつかせ、わたしの顎に手を掛けて上を向かせた。男と目が合った。

「でも、大人しくしてるんだったら痛いことはしないぜ? 俺らだって、キミを痛めつけたいわけじゃないんだ。ただ、ちょっと遊びたいだけなんだよ」

 遊びたいだけ? ふざけるな! こんな下衆にやられるくらいなら、死んだほうがマシだ!

 わたしは自分を見下ろす男を睨み、その顔に唾を吐きかけてやった。こんなヤツらの言い成りになんてなるもんか!

 男は一瞬怯んだあと、大きく高笑いを上げた。

「はっはははっ、そうこなくっちゃなぁ! 気の強い女はキライじゃないぜぇ!」

 そして男は右手を振りかぶった。まずいと思い、目を強く瞑った、その時だった。

「君たち! ここで何してる!」

「やべっ!」

「逃げるぞ!」

 前方にライフセーバーの男の人が立っていた。彼を見た瞬間、男共はわたしを放し、ライフセーバーの人がいるほうとは逆方向へ逃げようとする。しかし、彼らの前にもう一つの人影が飛び出した。流れるようなラインのシルエット。その人の正体はハルちゃんだった。

「えいッ! たぁッ!」

「あガっ!?」

「ごふぅ!?」

 ハルちゃんは飛び出すなり、綺麗な回し蹴りを二つ。止まりきれなかった男二人はそのままハルちゃんの足に蹴り倒される形となった。

 た、助かった……。力が抜け、その場にへたり込むわたしのもとへ、ハルちゃんが駆け寄ってくる。

「大丈夫!? リンちゃん!」

 いつになく真剣なハルちゃんの声と表情。その顔を見た瞬間から、堰を切ったように涙が溢れ出した。

「うぅ、ぐすん、ハルちゃぁん!」

 抱きつくわたしを、ハルちゃんは優しく抱きとめてくれる。

「怖かった……! すっごく怖かったよぉ!」

「うん、ごめんね、もっと早く助けてあげられなくて。でも、もう大丈夫。大丈夫だから」

 ハルちゃんが何度も後ろ髪を撫でてくれる。まるで、幼子をあやすように。そして、わたしはハルちゃんの胸の中で声を上げて泣き続けた。

「大丈夫だよ、わたしはここにいるから。ずっと、ここにいるから」

 何度も何度も、そう囁きかける。その響きが、いつまでも耳の奥でこだましていた。

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