第二章
謎のゲームに参加する前。
俺は毎朝、片道二十分ほどかけて自転車通学をしていた。
学校は田園風景が住宅地と混在している片田舎の、しかも小高い丘の上にある。
俺の家は新興住宅街の中にある三LDKのマンション。そこから人通りの多い駅前を抜け、いつも渋滞している広い国道まで出る。だいたいそこまで十五分ぐらい。
国道に出るとそこにはすぐバス停があり、俺が家を出る時間にはいつも何人かの学生やサラリーマンが立っている。
その中に、彼女は居た。
自分(身長一65センチ。現在まだ成長中)ほどではないが、女子にしては長身で、細身。長くツヤのある黒髪をポニーテールにしており、いつも背筋が真っ直ぐ伸びている。
やや切れ長の目元に、きりっとした少し太めの眉。綺麗に手入れの行き届いた前髪をいつも風になびかせている。
紺のブレザーに、緑と黄色のストライプのネクタイ。上着と同色のプリーツスカート、白いハイソックスに黒いローファーというスタイルは、通学路の途中にある有名なお嬢様学校の制服だ。
……今日もいるな。
声をかけるでもなく、ただそう思いながら、俺は彼女の横を通り過ぎる。
それがささやかな喜びであり、苦悩であり、そして日課だった。
もっと言えば、それがあるから毎朝ちゃんと起きて学校に行っている。のかもしれない。
名前も知らない女子。
向こうは時々チラっとこちらを見ることもあるが、その瞬間にこっちが目を逸らしてしまうので、お互い目が合ったことはない。
周りに誰もいなければ軽く声をかけてみよう。
ここ以外の場所で会った時は必ず声をかけよう。
そんなことを考えながら、俺はいつも彼女を後にする。
……とか言いながら、結局なにも行動しないまま、今に至っているわけだが。
気が付くと、俺は地面にうつ伏せに横たわっていた。
そこは見覚えのある、四つの鳥居のあったゲーム開始の場所だ。
最初の時は細かく気付いてなかったが、そこには石畳がきっちりとひかれていて、四方にそびえる鳥居に向かって四本の参道が伸びている、異様な構造だ。
空を見上げても黒い空間以外は何も見えず、外なのか室内なのかもわからない。
ゆっくりと立ち上がって首を回してみるが、頭の痛みなどは全くない。
……たしかにあの時頭を殴られた? ような感覚があったが……。
しばし考え込んでいると、正面の鳥居の奥から、ゆっくりと何かが近づいて来た。
「む」
思わず体中に緊張が走るが、徐々に近づいてきたそいつの姿は……土偶の着ぐるみ。
「どぐ丸か……」
「さっそくやられたか」
「ぬ」
うめき声を上げる俺に対し、どぐ丸は和紙を見るように促す。
紀本 亮平 四 二
日枝 薫 四
塚原 隼斗 三
西野 由香理 四
静守 曜子 四
湊 陽壱 三 休
国原 創 四
さっきもあったけど、『休』ってのは、いま校舎内にいないってことかな……。そんなことを考えつつ、俺は呟いた。
「やっぱ、さっきので俺はやられたのか」
「うん。ちなみに木刀で後ろから頭蓋骨をかち割られました」
顔をしかめる俺に対し、どぐ丸の着ぐるみは無表情で言う。
「怖いことさらっと言うなあ。……にしても、この紀本ってやつ強いな」
「基本的に、開始初期の行動にはかなり個人差がある。今時の若者は消極的なことが多いかな」
「まあ死なないと分かれば次からはなんとか……」
「慣れて来ると皆、自分の得意な才能をフルに発揮して面白くなるから、勝負はそれからやな」
俺は和紙を四つに折ると、再び学ランのポケットにそれを入れつつ尋ねた。
「……そういやライフは四つって言ってたけど、四回やられたらどうなるんだ?」
「……場合によるな」
「え?」
「まあそろそろ行かないと。ここに居られるのは一五分までだよ」
そういうと、どぐ丸は再びもと来た鳥居の中に、足を大きく上げながら歩くコミカルな動きで消えていった。
『場合による』ってなんだよ!
俺は不安な気持ちを抑えきれないまま、特に理由もなく今度は右側の鳥居に入った。
再び訪れた場所。そこはついさっきまでいた学校だ。
空には太陽や雲はなく、灰色の空が広がっている。そしてわずかに薄暗い周囲から、さっきと同じ空間であるとなんとなく察することが出来る。
どうやら戦いの舞台は校舎の中だけではないらしく、俺の今いるところは、体育館横の狭い芝生の上だった。
外だと隠れるところが少ないな。
そう思いつつ建物の中に入る方法を探すが、体育館の中だと余計に目立つだろう。
できれば校舎の方に移動したいが、それには長い渡り廊下を通り抜ける必要がある。
周囲には人の気配がないのを確認すると、俺は足音をなるべく立てないよう、やや腰を落としつつ渡り廊下を進み始めた。
何かから隠れて行動するという事は、こんなにも神経をすり減らすものなのか。
いつもは気にもしない革靴の堅い足音が、やたらと周囲に鳴り響いているように感じる。
もう少しで校舎の端に辿り着く。そう思い、歩をわずかに早めた時だった。
校舎の中に通じるドアの覗き窓に、一瞬人影が見えた様な気がした。
誰か……中にいた?
確証はないが、俺はとりあえず危険を回避し、校舎の裏側へ回る。
最終的に全員倒さねばならないのであれば、今みたいなタイミングで奇襲をすれば良いのかもしれないが、どうもまだ踏ん切りがつかない。
そもそも人を殴ったこともない俺が、同じ年齢の高校生を倒す……いや、殺すことなんて出来るのか。
人を殺すためには何をすればいいんだ。
刃物で斬りつけるのか。鈍器で殴るのか。紐で首を絞めるのか。
そもそもこんなことを集中して考えていると、精神がおかしくなるかもしれない。
様々なことを悶々と考えつつ、校舎裏の植木の外側を、腰を落としながらゆっくりと進む。
しばらく歩いていると、やがて大きな両開きのガラス扉が見えてきた。
どうやら構造的にあれが校舎のメイン出入り口の様で、扉の内側には靴箱が並んでいるのが見える。
さすがにここから堂々と入るのは危険か?
そう思いはするが、このガラス扉の前を通り抜けるのにはかなり勇気が居る。
それならばいっそここから中に入ってしまった方がいいような気がした。
もちろん中に誰も人がいなければ、だけどな。
俺は植木の端から扉の方ににじり寄り、地面に這いつくばる様にして中の様子を窺う。
……誰もいない。ように見える。
当たり前のことだが、外から見えるということは中からも見える。
とりあえず視界の届く範囲には誰もいないことを確認し、俺はゆっくりと重たいガラスを押した。
……。
ドアは音もなく開いた。
わずかな隙間から、すばやく身体を滑り込ませる俺。
靴箱でつくられた壁によって二か所に分断されている入口は、まるで、正解と失敗の二択を迫るかのように左右に分かれている。
ここは死角が多く、長居するのはまずい。
咄嗟にそう考えた俺は、無意識のうちに右側の通路から校舎の中に入り込んだ。
通路のすぐ先には左右に伸びた廊下が見えている。
俺はそのまま壁伝いに進み、そっと廊下の先を覗きこんだ。
「あ」
俺は思わず声を出してしまった。
そこにあったのは一人の女生徒の後ろ姿。
それは見間違えようもない、いつもバス停で見かけていた、あの、長い黒髪の少女だ。
「っ!」
咄嗟に俺の声に反応した少女は、素早く俺の方に向き直った。
彼女の手には和弓が握られており、間髪をいれず俺に向けて矢を引き絞る。
「くっ」
しかし俺が見ていたのは、眉をきゅっと寄せた彼女の凛とした表情ではなく、その更に奥。開いていた教室のドアの中から、突如飛び出してきた茶髪の男子生徒の姿だった。
長い黒髪の少女が矢を放つのと、茶髪の男子生徒が彼女の背後に迫ってくるのは、ほとんど同時だった。
「!?」
俺に向かって矢を放ちながら、彼女もまたそれに気付いて後ろを向く。
「危ない!」
無意識だった。
頬をかすめる矢のことなど気にもせず、俺は全力で黒髪の少女の方に走り込んだ。
茶髪の男子生徒が彼女に向かって金属製の棒を振り下ろす瞬間、俺は割り込んで、彼女の身体を力いっぱい左手で押しのけた。
「きゃっ!」
彼女の小さい悲鳴が斜め後ろで聞こえたかと思うと、俺はそのまま意識を失った。
「陽壱。早かったな」
背後から声がした。
「う……」
振り返ろうとした俺は、そこでようやく自分が地面に突っ伏している事に気付き、ゆっくりと立ち上がる。
「もしかして、また死んだ……?」
「今度は正面から頭蓋骨をかち割られました」
眼の前に居たのはどぐ丸。
無表情な着ぐるみの顔からは、何も読み取ることが出来ないが、おそらく呆れているのではないだろうか。
「別に他人を助けるのは悪いことではない」
「え?」
どぐ丸の予想外のセリフに、俺は思わず眼を見開いた。
てっきりもっと非情になれとか、冷静になれとか言われるかと思っていたのだ。
「この戦いで求められるのは、より強い者の選別だ。そのために工夫をしたり、誰かと一時的に力を合わせたりすることはよくある事や」
「そうなのか」
「ただ、そればかりではいかんがな」
この戦いは、単純に相手を倒していくものだとばかり思っていたが、どうやら少し毛色が違うようだ。
求められるものは力だけではなく、戦略を練る知恵や状況を把握する冷静さ。もしかしたらコミュニケーション能力なんてものも試されているのかもしれない。
「ようやく皆、戦いの流れが分かってきて、少しずつ動き始めたな」
どぐ丸は俺に例の和紙を見るように促した。
紀本 亮平 四 三
日枝 薫 三
塚原 隼斗 二 一 休
西野 由香理 四
静守 曜子 四 一
湊 陽壱 二 休
国原 創 四
相変わらず紀本ってやつが、頭一つ抜けている。
そして俺が最下位か……。
「さっき俺を殴ったあいつが、紀本か塚原のどっちかなんだろうな」
俺は少しでも情報を集めたいと思い、どぐ丸の方をちらっと見る。
「最初に陽壱を殺したのが紀本亮平。今回のが塚原隼斗。ちなみに陽壱が突き飛ばしたのが静守曜子。隼斗は陽壱を倒した直後、曜子のニ本目の矢で殺られた」
「って、けっこう詳しく教えてくれるんだな!」
どぐ丸の意外な返答に、陽壱はおもわず突っ込みを入れてしまう。
「まあ特別やな。何もせずに終わってしまっても意味ないし」
どぐ丸はやや意味深なことを言った風にも思えたが、それよりも俺は、さっきの少女の事を考えていた。
静守曜子、か。意外な形で名前を知ることが出来た。
というか……まさか彼女とこんなところで、こんな形で出会うことになるとは。
「さあ、次行ってみようか。他人を倒すために必要なのはな、陽壱。勇気と思い切りや。思いやりじゃないぞ。思い切りやぞ」
そう言いながら、どぐ丸はまた正面の鳥居の奥に消えていった。
去っていく途中、謎の着ぐるみは肩をすくめて笑っていた。ような気がした。
再び学校。
また変なところに出たな……。
俺が次にスタートした地点。そこは図書室だった。
しかし並んでいる本はほとんどゼロに近く、空虚な本棚だけがずらっと並んでいる。
こんな場所だと、誰か隠れてても分からんな。
そう思いながら、俺は出入り口の方へと向かった。
なんとなくだが、再スタートする場所には誰もいない気がしていた。
再スタート地点に誰かいれば、後から出てきた方はすぐに攻撃されてしまい、元々そこに居た者が圧倒的に有利になってしまう。
まったくの想像にすぎないが、そのへんの事はある程度配慮されていて、しかもランダムで開始地点を選べるように、四つの鳥居という選択肢があるんじゃないだろうか。
勝手にそう思い込んでいる俺は、少しこの学校の雰囲気に慣れてきたこともあって、普段通りに歩いて図書室の扉まで進んた。
念のために扉の覗き窓から外の様子を窺う。
図書室の正面にはまっすぐ廊下がのびていて、そのサイドに、情報処理室や理科室、家庭科室などのプレートがついた部屋が並んでいる。
見える範囲には人の気配はない。
校舎内に7人だからな。ばったり出会う確率の方が低いよな。
俺はそっと扉をスライドさせて廊下に出ると、すぐ横の情報処理室の中に入り込んだ。
「ひうっ!」
え?
中に入った瞬間。部屋の奥の方から小さな悲鳴が聞こえた。様な気がした。
情報処理室の中は、古いブラウン管ディスプレイの置かれた机で埋め尽くされている。
そしてその周りに散乱するキャスター付きの丸椅子の間を、俺は静かに進み始めた。
部屋の半ばまで進んだあたりで一旦立ち止まり、室内の様子を窺う。
思いこみかもしれないが、やはり何か人の気配を感じる。
俺は眼を凝らしつつ奥の方へ足を一歩伸ばした。
……いた。
なんというか、割と鈍臭い動きの人影が。
薄暗いのではっきりはしないが、一人の女子生徒らしき人影が、四つん這いでこそこそと移動しているのが、机の間からチラチラと見えている。
得体のしれないモノと対峙する場合、まだある程度の距離があるうちに警告を発しておいた方が、自分の為にも、相手の為にもなるだろう。
「てか、見えてるけど……」
すぐに机の影に隠れられるように警戒はしつつ、俺はそこそこ大きな声で言った。
「えええっ!」
何かがガターンと当たる音と同時に、部屋の奥で一人の女子生徒がぴょこんと立ちあがった。
小っさ!
身長は余裕で150センチ以下だと思う。赤紫色のブレザーに青いリボン。そして裾には黄緑色のラインが入った濃緑色のスカートと言う独創的なデザインの制服は、近所の駅などでよく見かける、地元の私立高校のものだ。
眼の下には小さなほくろ。赤いフレームの眼鏡が良く似合っている彼女は、かなり幼い顔つきではあるが、全体的に丸っこくて可愛いらしい顔立ちをしている。おおよそこの場には似つかわしくない風貌だ。
そして、そんな彼女が今、緊張した面持ちで眼の前に立ち竦んでいる。
手には……スマートフォンを持っているのみだ。
一瞬、拳銃でも持っているかと想像したがまったくそんなことはなく、俺はとりあえず安堵した。
いきなり遭遇し、お互い身動きとれないままなのもなんなので、さりげなく声をかけてみる。
「えっと……君は?」
「日枝薫ですけど……ってああっ! 名前言っちゃった!!」
……何だろうこの感じ。全然緊張感がない。
「うん。まあ……なんか悪いし、俺も言うわ。湊 陽壱。ミド高の一年」
ミド高とは、俺が通ってる学校の通称だ。漢字で書くと『翠陵高校』。『翠』は緑の意味なので、みどりの高校、通称ミド高である。
ちなみに翠陵高校は県下でも有数の進学校で、その中でのおれの成績はかなり……『下』の方だ。
中学校までは学年でもトップクラスの成績で、割と社交的で明るい性格だった俺だが、高校に入ると成績も落ち、段々と無気力になっていった。
今は特に部活にも入らず、放課後はだらだらと本屋で立ち読みなどをして帰る、そんな学生生活を送っている。
「湊くんっていうんだ! なんか話せる人っぽくてよかった~! 私、ゲーフの一年だよ」
ゲーフ。ひらがなだと、げいふ。総芸館付属宮下高等学校のことである。
まだ創立されて日が浅い新設校で、運動系文科系を問わず、部活動や数々のコンクールなどに力を入れている、新進気鋭の学校だ。
もともとは女子高だったはずで、女子の制服が個性的で可愛いとの評判は俺も聞いたことがある。
「日枝さんも……どぐ丸に呼ばれて?」
初めてここで出会った仲間(?)。俺はまず最初に思い浮かんだ疑問を口にした。
それを聞いた彼女は、おもわず噴き出してから答える。
「あははは! どぐ丸! ほんと笑っちゃうよね。あんなのが町のご当地キャラだなんて!」
全然答えになってない。
俺は普段女子と話すことなんてほとんどないし、あまりノリもいい方ではない。
たぶんものすごい真顔になってたんだろう。彼女はふとこっちを見ると、わざとらしく喉を鳴らし、少し真面目な顔を繕って答え始めた。
「やっぱりキミもなんだね。私、放課後にこっそり屋上で昼寝してたら急に連れてこられたんだ。んで眼が覚めたら鳥居のある薄暗い部屋の中で、目の前にどぐ丸がいたって感じ」
話しているうちに段々と声が浮ついてニヤニヤし始める彼女。どのぐらい今の状況を理解しているのだろう。
「どぐ丸は、なんて言ってた?」
「えっと。町中から集めた優秀な若者同士の戦いで、他の子をみんな倒したら願いをかなえてあげるって。そう言われたよ」
笑顔のままそう話す彼女だったが、その表情の奥に何やら鋭いものを感じ、俺は少し緊張感を取り戻した。
と、同時に、一つの疑問が生じる。
「優秀な若者?」
お世辞にも特に目立った才能のない俺が、そこに選ばれるか?
「うん。私にもよくわからないんだけど、そう言われた」
そう話す彼女の顔はいかにも無邪気な可愛らしい表情に戻っている。
「日枝さんは、なにか特技とかあったり?」
「いや、全然だよ。毎日ネットで音楽聴いたりゲームしたりしてるだけ」
そういいながらクスクスと笑う彼女からは、別に他意は感じない。
「でも、他の子は違うんじゃないかな」
「え?」
急に目線を落としてしばらくスマホの方を見た彼女は、やがて顔を上げ、そこに映し出された画像を俺に見せた。
彼女からは数メートルの距離があるので、あまりはっきりは見えないが、どうやらそれは一人の男子学生の画像の様だ。
「その画像は?」
再び彼女はスマホを手元に戻し、なにやら画面を操作する。
「紀本亮平。私、この人にさっき倒されたんだよね~……」
そう話す彼女の顔は、眼を細め、かすかに笑みを浮かべている。
……可愛いんだけど、時々鋭い目つきをするのが少し怖い。
「中学時代、剣道で日本一になってるっぽい。高校になってからは大会には全く出なくなったけど、伯父が剣術道場を開いてて、そこで剣術の稽古を今も行っている。みたい」
薄暗い部屋の中で、スマホの光を反射した彼女の眼鏡が怪しく光る。
「詳しいな……」
俺が小さくつぶやくのを耳にしてか、彼女はそこでふと顔を上げ。スマホの画面を消した。
「今はネットでなんでも調べられるからね」
そう言いながら、彼女は小さく舌を出す。
「おそらくだけど……この人みたいに、何か抜きんでた能力のある子ばっかりが集められてるんじゃないかな、このゲーム」
そういうと彼女は俺の方をまっすぐに見つめ、意味ありげな笑みを浮かべた。
しかし、俺はその視線を跳ねのけると、平然と言い放った。
「いやおれ、本当に思い当たるもんないし、特技も何もないんだけど」
「うそ!」
あまりにも俺が堂々とそう答えたからだろうか。彼女は当てが外れたというように、眼を丸くした。
「いやほんと。部活とかやってないし。成績も低いし。実は何かの達人、みたいな設定もないし。今もポケットの中も何も持ってないし、ほら」
そう言いながら俺はポケットを軽くたたき、両手を上にあげる。
「本当にそうなのかなぁ……」
彼女は片方の眉を大げさに上げつつ、こちらをチラチラと見てくる。
そしてしばらくぶつぶついいながらスマホを操作した後、ぱっと顔を上げ、明るい声で言った。
「キミ、もう二回もやられてるんだね。なんなら一緒に行こっか!」
「は!?」
突然の提案に、俺は思わず大きな声を上げる。
すると彼女は口元で指を立てて、しーっと、俺の不意の大声を諌める。
確かに、校舎の中には他のライバル達がうろうろしてるんだった。油断は禁物だ。
「私ひとりじゃ、男子を倒すなんて無理だし、キミも一人よりは二人の方が心強いでしょ?」
俺はしばし考える。
冷静に考えて、一人で行動するよりはチームを組んだ方が有利だろう。あと、急に裏切られたときのことなどを考えると、男子と組むより、女子と組む方が安全だとも思うし。
なんとなく彼女の性格には危ういところが隠れてるような気はするが……。
「分かった。同盟を結ぼうじゃないか」
「やったぁ!」
俺の答えに対し、小さく飛び上がって喜びを表現する彼女。
こんな態度を見ている限りは、あまり深い思慮がある様に思えないのだが。女子とは恐ろしいものだからな。油断は出来ない。
「とりあえず他の参加者の様子を探るまでは。ってことでいいかな」
「そうだね! 打倒、紀本亮平!」
それほど盛り上がってるわけではない俺に対し、彼女は一人拳を突き上げ、気合いを入れている。そして、不意にくるっと振り返ると俺の方にすたすたと歩いてきた。
そしてさっと右手を差し出し、ぱっと手を開く。
一瞬ぎくりとするが、俺も腹を据えて右手を差し出す。
そんな俺の表情を見透かしたかのように、彼女はにんまり笑って言った。
「だーいじょうぶ! 罠とかじゃないよ!」
そして、彼女の小さな手は俺の右手をぎゅっと握りしめた。
「まあ、その時はその時だ」
「またそんなこと言って。てかキミの手、あったかいね」
思春期以降、女子と手を握ったのってフォークダンス以外では初めてだな。などと考えていた俺に、その一言。
俺は思わず彼女の眼を見たが、直ぐに逸らして手を離した。
「まあ、緊張して手汗かいてたしな」
そんなしょーもない返しをしながら、あらぬ方向に目をやる。
そのとき俺は、どこかおぼろげに、静守曜子の顔を思い出していた。




