9.王子と少女
私はその日、城の執務室で頭を悩ませていた。
原因は一週間程前に起きた、屋敷の爆発事故だ。
その屋敷が普通の屋敷ならば、ここまで頭を悩ませる必要はない。
問題なのは、その屋敷の所有しているのが元宮廷魔術師長だということだ。
その男は非常に優秀な魔術師だった。
頭が回り、魔力の保有量も多く、魔術の扱いに長け、魔術を使った新しい道具なども生み出すことができた。
まさに理想的な魔術師。
誰もが彼を宮廷魔術師長に相応しいと言った。
だが、その認識は徐々に崩れることになる。
魔術の探求のあまりの非道な行い。
犯罪一歩手前の危険な実験。
さらには魔物を合成する研究もしていた。
さすがにこれは看過できない。
我々は宮廷魔術師長を危険因子とみなし、城から追放した。
そんな男の屋敷が爆発事故?
嫌な予感がした。
私はすぐに人を送り、森の中にあるという元宮廷魔術師長の屋敷を調べさせた。
早くあの男を……イヴァンを捕縛しなければ……。
コンコンと、扉を叩く音。
屋敷を調べていた部下が戻ったのだろう。
「入れ。」
「失礼します。」
ガチャリと扉が開く。
入室した部下は屋敷を調べていた部下で間違いなく、その部下から長い報告を聞いた。
結果はもぬけの殻。
報告で受けた屋敷の様子は酷いものだった。
残っていたのは焼け焦げた屋敷の残骸だけであり、その残骸に埋もれて子供の焼死体の様なものがあったという。
何体も。
おそらく、奴の実験の犠牲者だろう。
「くっ……。」
悪い予感というのは当たるものだ。
私は唇を噛み締めた。
「それと、もう一つご報告があります。……これを。」
そう言って差し出されたのは、所々に焼け跡が見られる紙束だった。
読めないところは多くあるが、読めるところも確かにある。
軽く目を通すと、それが何かの資料であることが分かった。
「焼死体の下にありました。おそらく、盾となって焼け残ったのでしょう。」
これは重要な手掛かりだ。
何か分かるかもしれない。
「報告ありがとう。下がってくれ。」
「はっ。」
扉が閉まり、再び1人になった執務室で先程の資料に目を向ける。
そして、読むことができるところをゆっくりと読んでいく。
「……魔物と人間…の合成…実験……?」
タイトルに当たる部分にはそう書かれていた。
紙を1枚捲ると、そこには実験台となった子供のデータが細かく書かれており、それが36枚もあった。
つまり、36人もの子供が身体中を弄り回されたということだ。
いや、もっといる可能性だってある。
早くイヴァンをどうにかしなくては……このままでは犠牲者は増える一方だ……。
コンコン。
資料を読み進めていると、再び扉をノックする音がした
「何だ。」
「はっ。地龍討伐に向かった第3騎士団の団長であるジーク様が、ご報告したいことがあるとのことです。」
わざわざ私に報告とは……何かあったか……?
「入れ。」
「失礼します。」
ジークが入ってきたのと同時に扉が閉まり、2人だけになる。
「やぁ、ジーク。ここには私達以外に誰もいないからね。楽にするといい。」
「そうか。助かる。」
ジークはそう言って言葉遣いを崩した。
私とジークは幼馴染であり、2人でいるときはつい昔の口調に戻ってしまう。
「それで、一体どうしたんだい?地龍討伐の報告に来た、という訳でもないんだろう?」
「まぁな……。順を追って話すよ。」
「地龍が2体も……!?よく無事だったね……。それで、その地龍はどうなったんだい……?」
「あぁ…突然現れた白い髪をした少女が単独で討伐したんだ。あの少女が来なかったら俺は死んでいただろう。だが、その少女は重症を負ってしまってな……今は治療をした後、保護している。」
「ち、ちょっと待ってくれ……。」
地龍を単独討伐……?
信じ難い話だが、ジークはそのような冗談を言うような人物ではないと知っている。
ということはつまり……。
「全て本当の話だ。嘘はつかん。」
「うん……分かってるよ。君はそんな嘘は言わない。……で、今その少女はどうしているんだい?」
地龍を倒す程の力は脅威となる。
しかし、第3騎士団を救ってくれたのは事実。
まずは安否の確認だ。
「今は気を失っていて、目を覚まさない。まだ城には入れられないから、馬車に寝かせてある。」
「分かった。その少女は城で保護するよ。客室を用意しよう。」
通信の魔道具を手に取り、客室を用意しておけと部下に伝える。
「じゃあ、俺は少女を迎えに行ってくるよ。」
「待ってくれ。私も行く。」
普通、王子である私が部下でもない者を迎えに行くなんてことはしない。
だが、私はこの目でその少女を見たかった。
「いいのか?お前は仮にも王子だろう?」
「仮にも、は余計だよ。では行こうか。」
予感がしたのだ。
城を出るとすぐ、馬車が見えた。
馬車の回りの騎士達が私が現れたことで萎縮してしまっている。
騎士達に軽く挨拶をした後、馬車を覗き込んだ。
「やはり……そうか………。」
そこに寝かせられていたのは、あの資料の36枚目……一番最後のページに記録されていた少女だった。
随分と投稿が遅れてしまいました……
……って遅れるってレベルじゃないですよね、すみません(´;ω;`)