1961年春(2/3)
日曜日。彼は朝一番のバスでうちの近くのバス停までやってきた。
お家まで迎えに来てくれるという話だったけど、なんとなくうちの方がバス停まで行って彼の乗ったバスが来るのを待っていた。
伯母さんからは家を出る時「まあ、まあ、そこまでして早く逢いたい訳ね」と冷やかされた。
快晴。彼が来る日は不思議と天気がいい。
灰ケ峰なんて海が近い山のせいか急に雲や霧に囲まれるのはめずらしくないんだけど、千裕さんが来る日は不思議とそんな事がない。
日向ぼっこしながら彼を待つ。呉の町並みと港がよお見える。
きっと展望台からの光景も素敵な日になりそう。そんな予感がした。
バスが定刻通り上って来た。ガラガラの車内から千裕さんだけ降りてきた。
「チセさん、ここまで降りてきたのか。家まで迎えに行くって言ったのに」
なんて苦言っぽい事を言っているけどその割に顔は喜んでくれていた。
「いい天気でしょ。思わず来ちゃいました」
こうして灰ケ峰への山歩きに二人で歩き始めた。
2時間ほどゆっくり散策しながら歩いて山桜を観たり、小鳥のさえずりを聞いたりした。
灰ケ峰最高峰にある展望台には昼前に着いた。砲台の基部だけ残されていて、その上に展望台が設けられていた。そこで眼下の光景を見ながら二人でいろんな話をした。
「そうそう、千裕さん。バス停の隣の土地、どうやら買い手がつきそうだって伯母さんが言ってました。周旋屋さんがもし成約したら家を建てる話もあるとか言ってたとか」
「ああ、チセさん。それな」
「はい?」
「実はわしが話をしているんだけど」
「え?」