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緑の口(ここまで改稿2019/09/04)

「隠れ家から帝都まで、けっこう距離があるよね。四日歩いてやっと着いたよ」

「あの隠れ家は私のパパとママが建てた別荘ですからね、エルスト様。隠れ家には結界魔法をかけてますし、プロトポロさんやマーガレットさんが誰かに見つかることもないから安心して帝都に来ることができました」


 帝都を訪れているエルストとベル、それからアギは頷きあった。

 ほの暗い雰囲気が体じゅうにまとわりつく気がするのは曇天のせいだけではないだろう。厚い雲の覆う帝都は相変わらずピリピリした雰囲気をまとっている。あちらこちらで鎧と剣のこすれる音が聞こえてくる。帝国兵だ。


「じゃ、エルスト様、私と手を繋ぎましょ」

「えっ? どうして急に?」

「隠匿魔法をかけられたらお互いの姿は見えなくなります。お互いの声も届きません。だから、はぐれないように手を繋がないと」


 ということらしい。


「いきますよ。〈オルビド〉」


 手を繋ぎあったエルストとベルの姿は一瞬のうちに透明になった。ふたりはそのまま王城への隠し通路へと急いだ。


 エルストらは王城への侵入に成功した。

 王城のエントランスホールへ到着すると、まず目に入ったのが吹き抜け部分に垂れ下がる幕だった。エルストがここに住んでいたときには見かけなかった品だ。そこにはルナノワの町で見たものとまったく同じシンボルマークが織られている。ツノがある、りっぱなドラゴンの絵だ。

 あの垂れ幕が気になる。そう思ったエルストはしばらく立ち止まっていたが、ベルが手をひいたので、エルストはあらためて歩きだした。

 やがてエルストらは書庫へとたどり着いた。重い扉をあけ、そのなかに入る。やがてベルが隠匿魔法をとき、三人の姿があらわになった。


「あ〜息苦しかった! なんもしゃべれへん時間ほどイヤなもんはないな。いや、ひとりごとなら言えるけど、ずっとひとりでしゃべってるのもアホらしいしな」

「どっちみちココでも大声でしゃべるのはダメだよ、アギ。そうですよね、エルスト様」

「うん。人通りが少ないとはいえ、誰にも見つからない保証はないからね」


 はやく手がかりを探そう、とエルストは本棚に向かった。

 そして数時間が経過する。


「エルスト様、もうムリ。私もうギブアップです。本って難しい」


 ベルは読み終えた本を床に落とした。「〈最強の魔法〉についての記述、なかなかないよね」と言いながらエルストは苦笑する。


「ない。なさすぎ。トンと見当たらんわぁ」

「アギもベルと一緒に探してくれてるんだ。ありがとう」

「おうよ。ベルが放り投げてたまたま開いた本のページを見てるだけやけどな」


 アギが言い終わると、ベルがむくりと起きあがった。


「エルスト様、何冊読みました?」

「ざっと二十冊」

「にじゅっ。そんなにハイペースで読んじゃったんなら、見落としがありません? エルスト様、片目は見えないですし」

「見落としがある可能性がないとは言えないけど、読まないよりマシだよ」

「せやせや。読まへんかったら獲得できる情報はゼロやで。王子はがんばってるんや。ベルはまだ五冊やぞ」

「なんでアギが偉そうなのよ〜。アギだって私と同じくらいのくせに!」

「動けない加工済みドラゴンが五冊も読んでるなら、それはすごいことだよ、ベル」


 エルストは小さく笑い、ふたたび読書に戻った。ベルとアギは小声で会話を続ける。


「でもさ、テレーマもよくこれだけの本を保管してるよね、アギ」

「せやな〜。王子の話を聞くにテレーマは王族をそりゃもう親の仇みたいに憎んでるらしいし、その王族の本をだいじにしてるっちゅうのも変やな」

「本好きとか?」

「そのわりにはこの部屋ホコリまみれやで。じつはワシさっきからクシャミしたくてしゃーないねん。してエエかな?」

「私もしたーい」

「……ここでクシャミなんかしたら誰かに見つかるよ」

「べくしゅゥんっ!」


 エルストの制止も聞かずにクシャミをしたのはベルだった。その拍子にアギの頭上へと一冊の本が落ちる。悲鳴を出しかけたアギの口をエルストが手で塞いだ。


「あれ? ねえエルスト様。アギの頭に落ちてきたこの本、裏表紙に何か落書きされてますよ。これは犯人を器物損壊で訴えられますね。賠償金ぼったくれます」

「王国の司法機関なんてもう機能してないよ。って、何この落書き?」


 エルストはベルとともに件の裏表紙を凝視する。古びた本だ。その裏表紙には汚い文字でこう書かれている。


「『みどりのくちにむかって、えいえんといつしゆんのこどものなをいえ』ですって、エルスト様」

「なんじゃそりゃ。永遠と一瞬の子どもの名を……イエーイ! って。なにを最後に楽しんどんねん」

「それはどう考えても違うでしょ、アギ。名前を言え、てことじゃない?」


 緑の口っていうのはわからないけど、とエルストは続けた。


「緑かぁ。緑なぁ。この部屋に緑のモンがあるっちゅうんかな?」

「そのまえに、僕たちは永遠と一瞬の子どもの名っていうのも知らないよね……いや、待って。『永遠と一瞬の子ども』だって?」

「心当たりがあるんですか、エルスト様。こんな太くてへたくそな字のイタズラみたいな落書きに」


 エルストはあらためて落書きを確認する。そして何を思ったか、ホコリまみれの本棚のふちを指でなぞり始めた。


「見てよベル、アギ。この落書き……きっと指で書かれたんだ」

「あ、ほんとですね。エルスト様がホコリをなぞった跡と比べると、もしかしたら落書きした人はエルスト様より体格がいいのかも」

「それに、この黒い色……」

「血とか?」


 エルストが言いたかったことをベルが察した。


「この落書きをしたのは僕の兄かもしれない」

「お兄さん? エルスト様のお兄さんって、コネリー王太子殿下?」

「うん。いま思い出したんだ。二年前にサルバが現れた夜、兄上は僕を『永遠と一瞬の子ども』と呼んだんだ」

「ほんなら緑の口の前で王子の名前を言えっちゅーことか?」

「僕はそう思うよ」


 エルストはアギの目を見て頷いた。


「待ってくださいエルスト様。コネリー様はどうして血で書いたんですか。それに、緑の口に……って、コネリー様がこんな回りくどい言いかたをする意味がわかんないです」

「僕にもわからないけど、血で書いたのはきっとサルバに攻撃されたあとだったからじゃないかな」

「いやいや待て待て待ってくれ。王子の兄ちゃんが死ぬ直前に書いたってことやったら、この落書きはすさまじく重要なヤツやん!」

「そうだね。僕もアギと同感だ」

「ベルのクシャミがえらいもん見つけてもーたってことやな。ワシもクシャミしとけばよかった。そしたら緑の口も見つかったかも」


 すると、エルストとベルは同時に落書きを見て、同時にお互いの目を合わせる。


「ん? なんやなんや? なんでワシをベルの頭から外すんや?」

「エルスト様、アギをしっかり持っててくださいね」

「任せて。ベルもお願いね」

「え? なに? なんなん? なんでベルは杖を取りだしてその先端をワシの鼻の穴に向けてるん? ちょっと待っ……」

「こちょこちょこちょこちょ〜~~」

「ふひひっ! くすぐったい! くすぐったいてベル! ぐひひっ……へっ……ヘッ……」


 アギが眉を上げ、まぬけな顔をした。ベルはただちに避難する。


「ブぅえっくしょォいっ!」


 あまりの轟音に、エルストはアギを落としかけた。

 するとどういうことだろう。書庫の床がばらばらと変形していき、そこに緑色をした大きな口が出現したではないか。トカゲのような形の、何かの動物のような口だ。表面はツルツルしている。


「ワシのクシャミって天才的なのかも」

「どういう仕組みなんだろう? クシャミの音に反応する魔法なのかな、ベル?」

「うーん……何も思い当たらないです。私が知らないだけかも」


 エルストらはそう言いながらまじまじと緑の口を見る。緑の口はかっちりと閉じており、唇と唇のあいだからキバが見え隠れしている。緑の口の存在について半信半疑だったエルストはもちろん、ベルやアギも驚いている様子だ。


「この口、ワシどっかで見たことある気がするで」

「それ私も思った」

「そうなの? でも、ふたりはここに来るのは初めてだよね?」

「もちろんです。私みたいな魔法学園の生徒はここに来る権利なんてありませんでしたから」


 ではベルとアギはいったいどこでこの緑の口を見たというのだろう。


「ところで、例の名前を言ってみましょうよ」


 ベルが言う。


「私が言っていいんなら私が言います。こういうのワクワクするんですよね。じゃあ……」

「エルストぉ」


 ベルの言葉をさえぎったのはアギだった。すぐさま「ずるい!」とベルが応じる。その間、緑の口はエルストの声に反応し、閉じきっていた口を大きく開けた。


「すごい。やっぱりエルスト様の名前に反応するんだ」

「でもどうして僕の名前に?」

「よーわからんけど、王子がその『永遠と一瞬の子ども』なんちゃうん?」

「身におぼえがまったくないけど……」


 首をかしげ続けるエルストの肩をベルが小突く。


「この口、人ひとり入ることができる大きさですよ」

「えっ? まさかベル、この得体の知れない口のなかに入るだなんて言わないよね?」

「でもよく見てみぃや王子。この口のなか、どこかに続いてるみたいやで」

「そりゃ口なんだから胃とかには続いてるんじゃないの、アギ。僕はさすがにドラゴンの胃のなかには入りたくないよ。ドラゴンって胃液すごそうだし」

「エルスト様。この城って大きいドラゴンを加工した城ですよね。つまりエルスト様は大きいドラゴンのお腹のなかでずっと暮らしてたってことじゃないですか? 今さらためらうことなんかないですよ」


 ベルが提示してきた理屈の前にはエルストも「たしかに」と認めざるを得なかった。よってエルストは二度と反抗することなく、先頭きって緑の口のなかへと侵入することにした。

 緑の口の内部は人間がひとり通ることができる程度の大きさの通路になっていた。先頭を進むエルストは、やがて薄暗い小部屋へと足を踏み入れた。続いてベルとアギがやってくる。


「エルスト様、ここは誰かの部屋なんですか?」

「わからない。こんな部屋があるなんて僕は今まで知らなかったよ」

「それよか見てみ、ふたりとも。床に宝石がいくつも散らばってんで。ホラ拾っとき拾っとき。いつ高く売れるかわからんで」

「こんなに暗い部屋でよく宝石なんて見つけたね、アギ」


 エルストはそう言い、アギに教えられた場所に落ちていた宝石を拾った。そのとき、


『ようこそ。エルスト・エレクトラ・エルオーベルング』


 そんな声が、エルストの手にある宝石から聴こえてきた。「誰?」とエルストは困惑する。そして宝石がふたたび声を発する。


『私はファーガス。魔法学園の理事長をつとめていたドラゴンだ。きみとは会ったことはないように思う』


 その名前に、ベルは驚きの声をあげる。


「ファーガス理事長! どうしてこんなところに?」

「おいファーガスのジジイ。いるんなら顔を出しぃや!」


 ふたりはエルストと違ってファーガスと面識があるようだ。それもそうだろう、ベルは魔法学園の生徒だったのだから。


「ファーガス。これはどういうこと? 書庫の本に落書きをしたのもあなたなの? どうして緑の口は僕の名前に反応したの――」

『なお、きみがこの声を聴いているころには、きっと私はそこで動けなくなっているだろう。録音した音声であることをまずご了承願う』


 エルストらは一瞬、言葉を詰まらせた。


「録音……動けなくなっている? どういう意味かな、ベル?」


 エルストはどうもイヤな予感がした。それはベルも同じのようだ。彼女は急いで杖を取り出し、その先端に光をともらせる。そうして照らされた部屋の内部を確認したとたん、エルストらは呆然とすることになった。部屋の奥の壁には、口先部分だけをえぐりとられたドラゴンの顔が埋まっていたのだ。その顔はエルストらがつい今しがた通ってきた緑の口と同じ色だ。両目は閉じている。手足も壁に埋まっているのだが、ぴくりとも動かない。


「ねえベル。彼がファーガス?」

「そうです、エルスト様。さっきあの緑の口を見たことがあると思ったのは……理事長の口だったからだ」


 ベルの声は震えていた。


『これから加工される先のことは私にもわからないのだが……エルスト、きみがこうして私の声を聴いているということは、きみは王国について……いや、エオニオについて知りたがっているのだと私は考える』

「おいジジイ。誰や。誰がおまえを加工したんや。これから加工されるって、いつ加工されたんや!」

『魔力がないきみが知っているかは定かではないが、王国には、初代国王エオニオによって禁止された魔法がいくつかある。もしも、だ。もしもきみがその魔法について知りたいのだとしたら――そのまえに、エオニオについて知りなさい。王国の歴史を知りなさい』

「おいジジイ! ワシの話を聞けや!」

「アギ。これは録音だよ。こっちの話は聞けないんだよ、理事長は」


 怒鳴るアギをベルが宥めた。エルストは黙っている。


『うむ……なんと言おうかな。エルスト、きみは王国史上まれに見るめずらしい王子なのだよ。きみはエオニオの子孫である国王と、スティグムの子孫である王妃のあいだに生まれたのだ。かつて敵対していた人間同士の子孫としてね』

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