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アーロンとゲム

 砂漠に放置されたゲムと放置していったアーロン、両者をどうすべきか相談した結果、ベルとアギはゲムに、エルストはアーロンに話を聞こうという結論に至った。


「きっと、私とアギにならふつうに話してくれると思いますから」


 ベルはゲムから『自殺検証』とやらについて聞き出したいらしい。それはエルストも同感だった。ゲムのことはベルとアギに任せ、エルストはサンゴルドの町に降りていった。


 アーロンに追いつくのは早かった。階段の途中でその背中を見つけたのだ。ゆっくりとした足どりで地下に降りていくアーロンだが、エルストの呼び声には応じようとしなかった。やがてサンゴルドの町に着くと、アーロンは自宅と思わしき部屋に入っていく。エルストの「お邪魔します」という言葉にもアーロンは返事をしなかったが、来客を拒むそぶりも見せなかった。


 アーロンの埃っぽい部屋は簡素なものだった。岩を削って作られたテーブルには古びた道具が散乱している。土の床に敷かれたシーツの上にあぐらをかき、アーロンは懐から小さな筒のようなものを取りだしていた。筒の端をくわえ、もう片方の端を指で引っ掻いた。すると引っ掻いた箇所に火がついたではないか。


「それ、なんですか?」


 エルストはアーロンを見おろしながら尋ねた。するとアーロンは無表情を浮かべ、


「葉巻。たばこってやつ。自分で育てたゾイの花を加工したやつだ」


 と答えた。


「アーロンさんはどこか怪我を?」

「いや。これでは怪我は治せないよ。……知ってるのかい?」

「ルナノワの町に行ったことがあります」

「よく行こうと思ったね、あんな谷底の町に」

「でもそこに秘薬があるって本で読みましたから」

「本?」


 アーロンの表情がますます歪んだ。


「プロトポロっていう人が書いた……」


 エルストがそこまで言っただけで、アーロンはこれ以上ないほど不機嫌そうな様子になった。この話はもうやめよう、少なくとも『プロトポロ』については。なぜだかはわからないなりにエルストはそう思った。そこでエルストは葉巻に話を戻す。


「それって舐めるとおいしいんですか?」

「舐めるんじゃなくて煙を吸うんだ。でもとてもマズいよ。吸ってみるかい?」

「遠慮しときます。ゾイの花をおいしいとは思えないので」

「うん。きみはそれでいいんじゃないかな。これはただの『寿命潰し』だし」

「寿命潰し?」


 するとアーロンはいちど煙を吐き、説明を始めたので、エルストはその場に座り込んで話を聞くことにした。


「ゾイの花を栽培するには魔力が必要……ってことは知ってるよな、その様子だと。で、おれたちアルムムの民は『ドラゴンの加工職人』って呼ばれるくらいには物品の加工が得意なんだけど、ドラゴンを加工するにもゾイの花を加工するにも相当の魔力が必要なんだ。だけどここ数百年、ドラゴンを加工する機会はめっきり減っててね。だからアルムムの民は魔力、つまり寿命を持て余してるんだ」

「じゃああなたは魔力を消費するために、わざとゾイの花を?」

「だって何百年も生きるのは正直キツイぜ」


 アーロンはエルストにとって想像もつかないことを平然と言ってのけた。


「アルムムの民は……僕たちとは少し違うみたいですね……」

「『僕たち』って何?」


 アーロンはふたたび無表情に戻っている。


「おれからしたら、きみたちのほうが『少し違う』んだけどね」

「……視点の問題でしょうか?」

「いや、べつに、そんなに深く考えこんでほしくて言ったんじゃないんだが……きみはちょっと真面目だね」


 アーロンの苦笑する声が響いた。エルストは気を取り直して尋ねる。


「『うまくいって百年で落ち着かせられる』って、ゲムのことなんですか?」


 葉巻をくゆらせながらアーロンは頷いた。「自殺検証ってなんですか?」エルストはさらに質問を重ねた。アーロンはやや間を置いたあと、こう答える。


「『もしかしたら』に賭けてるんだ、あいつは」

「もしかしたら? なんの可能性ですか?」

「真面目なのに賢くはなさそうだね、きみ」

「バカにしないでくださいよ。ちょっと時間をください。自分で正解を見つけてみせますから」

「すぐにムキになるところもあるようだな。ま、いいぜ。そのくらいの寿命ならあげるよ」


 絶対に短い寿命をもらってやる、とエルストは意気込んだ。


「――あっ。まさか!」


 エルストは手を叩いた。


「おお、思ったより早かったな」


 そうは言いつつもアーロンの足もとには葉巻から落ちた灰が溜まっている。「正解は見つかったかい」とアーロンは返答を続きを促した。


「ゲムはもしかして……『自分が死ぬ方法』を探してるんじゃありませんか?」


 エルストは強い期待をこめて言ったのだった。するとアーロンは、


「……非常に惜しい!」


 と、エルストに合格をやることはなかった。


「けど本当に惜しいぜ。『死ぬ方法』ってのは合ってるからな。ちょいと質問だが、どうしてその答えに行き着いたんだい?」

「僕たちも求めてますから。ドラゴンが死ぬ方法を」


 アーロンの視線を受けたエルストは声色を落とした。


「でも、今は僕たちの話は置いておきましょう。ゲムはいったい誰が死ぬ方法を探して自殺検証なんかしてるんですか?」


 アーロンは長い長い煙を吐き終え、こう言う。


「おれだよ」


 一瞬、エルストは何を言われたのかわからなかった。しかしアーロンが自分を指したことで、ようやく『ゲムはアーロンが死ぬ方法を探している』という答えを理解できたのだった。


「……なぜ?」


 しかしその答えに行き着くまでの理由がわからない。エルストが困惑していると、アーロンはすっと立ち上がり、机上に散乱している道具をがちゃがちゃと漁ったかと思うと何かをひとつ取りだした。そしてその小さな何かをエルストに向かって投げる。エルストが受け止めたのは、見たこともない形の装置だった。丸い円盤には数字や目盛りが刻まれている。中心からは一本の針が伸びている。


「アーロンさん、これは?」

「時計の一種だよ」

「これが時計? 火も日光もないところで? それに、これ、まるでバングルですよ。アクセサリーの間違いじゃ……」

「一種、と言ったんだ。それは日々の時間を計測するやつじゃないんだよ」


 つけてみな、とアーロンが言うので、エルストはおとなしく時計を手首につけてみた。


「うわ! 針が動いた」


 受け取ったときは停止していたはずの針がわずかに動き、数字を示した。するとアーロンに手首を掴まれ、数字盤を確認される。


「ざっと百年。きみの残りの人生は百年だ。しかし妙だな、王族にしてはちと長いね……」


 アーロンは自分の顎を撫でている。


「いや、『王族だから長い』のかな……あの魔法を隠したのは王族だから。きみ、〈クレボ〉で誰かの魔力でも奪ったかい?」


 アーロンにそう言われた瞬間、エルストは全身から血の気が引いていく感触がした。思わず時計を手首から取り外す。


「なんだかこの時計が薄気味悪いシロモノに思えてきました……これは人間の残りの寿命を計測するものなんですか?」

「そのとおりだが、なぜそんなに驚くんだい。薄気味悪いって? 魔法学園とやらにも似たような装置があったはずだろう。まあ、あれは『明日、死ぬか死なないか』くらいのおおよその測定しかできない粗末な道具だったが」

「申し訳ないけどその装置については知りません。ああ、でもたしかに兄上は、そういう装置が魔法学園にあるって言ってたな……」


 兄との会話を思い返すエルストの目の前で、アーロンは自分の手首に時計を装着した。エルストはその数字盤をたしかめる。


「えっと……さっきはここが百年だったから……え? アーロンさんの寿命、あと五百年もある!」

「ここ最近じゃ千年がアルムムの民の平均的な寿命だからね」

「アーロンさんは今、五百歳でしたね。百年でも長すぎる人生だけど、五百なんて、もっと気が遠くなる数です」

「同感」


 そう言ったきり、アーロンは時計を外した。


「あれ? でも、逆に言えば、アーロンさんはあと五百年で確実に……その、あんまり言いたくはないですけど……確実に死ぬことができるんですよね。五百年後には絶対に。だったらゲムが自殺検証なんてする必要はないんじゃ?」

「そう思うだろ?」


 困った顔をしながらアーロンは新しい葉巻を取りだした。そして何を考えたか、葉巻をくわえたまま上半身にまとっていた服をごそごそと脱ぎ始めた。


「な、何?」


 エルストがしどろもどろになりながら問うと、アーロンは「ゲムが自殺検証を始めたキッカケ」と答え、服を脱ぎ終えた。

 エルストは息を呑む。


「その『絵』は?」


 エルストは、アーロンの上半身、とくに胸部に描かれた絵を指した。


「ベルが火を消したときに杖の先から見えたような魔法陣に似てます」

「魔法陣。そのとおり。なんの魔法だと思う?」


 魔法陣を見せるという目的を終えたアーロンはふたたび服を着始めるのに対し、エルストは頭を悩ませ始める。


「えっと……ゲムが自殺検証を始めたキッカケの魔法陣なんだから――」



「――アーロンは王族に『自分では死ねない魔法』をかけられたんや」


 砂漠では、ベルがアギのマントを使ってテントを張り、その日陰の中でゲムやアーロンと話をしていた。ゲムが砂の上に寝そべったまま言葉を続ける。


「王族が『アーロンの寿命の減り具合』を事細かに監視するためにな。生き地獄やないか? 死にたいときに死ねない。魔法つこても、いちいち確認される。この五百年、アーロンはつねに王族に見られながら生きてきたっちゅーことや。魔法使いすぎたら王族に怒られながらな」

「それはたしかに……自分の体で実験されてるみたいな気がして、イヤかも」


 ゲムはベルとアギになら素直に自分やアーロンの話をしてくれたが、それはベルにとって気持ちのいい内容ではなかった。


「ベルぅ、大丈夫か、こんな話をしても?」


 実験というフレーズを聞き、ベルの心配を始めたのはアギだった。ベルは「大丈夫だよ」とアギを安心させた。


「でもゲム。二年前、王国は滅ぼされたよ。アーロンさんを監視する人はもういないんじゃないの?」

「宮廷魔法使いのくせに、なんも知らへんのやな。王族はまだ生きてるんやで」


 ゲムがそう答えたので、ベルは首をかしげた。


「それはエルスト様とコネリー様のこと? でもエルスト様は監視なんてしてないし、コネリー様はもう……」


 ちゃう、とゲムは二人のことではないと否定する。


「ホンマに……よう姿を隠して生きてるんやな、あいつは……」

「誰のことを言ってるの? もったいぶらないで教えてくれると嬉しいな」

「ベルの言うとおりやで、ゲム。あいつって誰や?」


 ベルとアギに問い詰められ、ゲムはとうとうその名前を教えた。


「エオニオや」


 それは初代国王にして神となった人物であった。

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