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砂漠の地下町サンゴルド

 帝都を発って何度目かの昼。エルストはベルのホウキに乗り、砂漠の大地の上を飛行している最中だった。


「ねえ、エルスト様」


 ホウキを操るベルはうしろのエルストに向かって言う。


「ありがとうございます」

「僕、きみにお礼を言われることなんてしたかな、ベル?」

「してますよ」


 エルストが掴んでいるベルの両肩は揺れている。


「親の片方がドラゴンな私のこと、『ふつうの人間』みたいに接してくれてますから。ありがとうございます」


 そこでエルストは少しのあいだ黙ると、やがてこう答え始めた。


「きみも僕に『ふつうの人間』みたいに接してくれてるよ。ありがとう」

「王子王子、ワシには?」

「アギにも思ってるよ。ふたりとも、本当にありがとう。そしてこんなふうにホウキで僕を運んでくれてるのも、すごく助かってる」

「でへへ。そういや残念やったなあ。王様が保管しとった加工済みドラゴン、テレーマのやつがどこかへ隠してしもーてて」


 アギが言ったように、エルストは帝都を出立する前に加工済みドラゴンを探したのだったが、城のガレキの中にも、帝都のどこにも加工済みドラゴンは残っていなかった。


「王子はせっかく加工済みドラゴンと契約できる魔力を取り戻したっちゅーのにな」

「テレーマが今までに国民から没収してきた加工済みドラゴンもなかったね、アギ。ねえエルスト様、加工済みドラゴンはどこに行ったと思います?」

「僕、加工済みドラゴンは父上が王城のどこかに保管していたってことしか知らないんだよね。だから心当たりはないな。そもそも、どのくらいの量の加工済みドラゴンが王城にいたのかさえ知らないし」


 テレーマっちゅーたら、とアギが言う。


「アイツ、『ドラゴンの圧倒的な優位の確立』が自分の信念どーのこーの言うてたな。その信念と加工済みドラゴン没収してもうたこと、なんか関係あるんかな?」

「あると思うよ。僕もたしかなことは言えないけど……テレーマにとって、加工済みドラゴンはよく思わない存在なんじゃないかな」

「エルスト様、何か知ってる口ぶりですね」


 うん、とエルストは頷く。


「初代国王エオニオとその敵ターグによって引き起こされ、王国建国のきっかけになった『セカンド・エンド』っていう戦いがあるんだけどね。その発端が、たしか加工済みドラゴンだったと母上から聞いたことがあるんだ」

「セカンド・エンドかぁ。五百年前のアレやな」

「アギはそのころにはもう生まれてたんだっけ。でもアギ、生まれてすぐに加工されたんだよね」

「せやで、ベル。生後五十年で加工されたで。せやからセカンド・エンドについてはウワサ程度でしか知らんのや」


 そっか、とエルストは頷いた。


「そういえば、ベルは本当の両親のことは知ってるの?」

「私の本当の両親ですか……それが私も知らないんですよ」


 ベルは悩ましげに答える。


「片方がドラゴンってことしか、聞かされてないんですよね。育ての親……テン家の夫婦は前にも話したように魔法研究所の研究員で、私の実験にも関わってましたから、私の本当の両親についても知ってるはずですでしたけど。アギは何か知ってる?」

「いいや。ベルの研究のことも長いこと知らへんかったし、そんな情報は必要ない思てたからな。ワシ、ベルの親はオトンとオカンや、そう思うようにしてたんや」

「そっか……僕、余計なことを質問しちゃったみたいだね」


 ごめん、とエルストが謝ると、ベルは「大丈夫ですよ」と笑った。


「あー!」

「えっ、どうしたのベル、大きな声だして?」

「あれかも! サンゴルドの入り口~!」

「ホンマや! ミズリンの姉ちゃんから聞いとった『石室』やー!」


 三人の前方には、砂漠の地下町サンゴルドへの入り口である石室があった。



「エルスト様、石室には着きましたけど……不思議な場所ですよね、ここ。砂地のあちこちにドラゴンの翼とかツノとかが見えてる」


 ホウキでの飛行も終わり、地上に降り立った三人は石室を前にしてあらためて周囲の景色を確認する。


「それぞれのドラゴンの全貌は砂に覆われて見えないけど、きっとドラゴンの肉体がたくさん埋まってるんだろうね」


 エルストが答えた。

 三人はひとまず石室を通ることにした。


 石室にはひとつの階段しかなかった。地中へ続く薄暗い螺旋階段を、エルストとベルは根気強く降りていく。


「ここがサンゴルド……なんだか穴が多くて迷子になりそうだね」


 螺旋階段を降りきると、そこは迷宮のように入り組んだような洞穴があった。一面が黄色い土壁である。螺旋階段を中心に通路が何本か広がっており、その各通路を挟むようにして点々と穴が空いている。どうやらその穴が住居のようだ。

 通路のあちこちにたいまつが置かれているため、暗すぎるということはないようだ。


「本当にここにアーロンさんがいるんでしょうか」


 町に対する素直な感想を述べたエルストに続いてベルが言うと、「おらんと困るでぇ」とアギが唇を尖らせた。


「んああっ!?」


 と、三人の背後からそんな男の声が響いた。エルストら三人は驚きながらも一斉に振り返る。


「だ、誰?」


 ベルが眉間にシワを寄せてその男を見た。色あせたバンダナ、同じく色あせたローブを身につけた黒髪の長身男は、三人以上にびっくりしたような顔でアギを凝視している。


「加工済みドラゴンが……しゃべっている!? おいきみ! 誰に加工された?」

「えっ、なんやなんやコイツ、ワシに興味津々やぞ! アギさんが喰われてまうー!」


 長身男は目玉が飛びてるほど目を大きく開き、ベルに近寄るや否や勢いよくアギの両キバを掴みあげたではないか。


「ちょっと! アギは私のパートナードラゴンです、盗もうだなんてそうはさせませんよ!」

「わざわざ盗まなくても世界のあちこちにドラゴンの肉体はあるんだから、そんなツまらんことは、おれはしないさ。それよりもおれの質問に答えてくれ。アギと言ったな。きみはいったい誰に加工されたんだ?」

「ルラシードっちゅう、おっさんやで」

「おれのオヤジじゃねぇーかっ! 十年前に天寿を全うしたよ、チクショー」


 長身男はがっくりとうなだれ、アギのキバから手を離した。


「え、なんなんですか? 加工済みドラゴンがしゃべるとマズイんですか?」


 とベルが訊いたので、長身男は顔をあげ、


「きみたちはどこの生まれだい?」


 とさらに質問を返した。「王都ですけど」とベルが答える。


「だったらペドラを知ってるだろう?」

「ペドラ? エルスト様、知ってます?」

「聞いたことないな」

「王都のバカでかい加工済みドラゴンだよ!」


 長身男が身振り手振りを加えながら簡単に説明する。


「あのー、そう、城! 城をこう、ぎゅっとしてるやつ」

「岩トカゲのことかな?」


 エルストは顎に手をあてた。


「あー、そうそう、岩トカゲね。たしかそんなニックネームだったな。その岩トカゲの本当の名前、ペドラっていうんだよ。まあそんなことはどうでもいいんだが、ペドラがしゃべってるとこ、きみたち見たことあるかい?」

「そういえば、ないなあ」

「私もないですね」

「だろ?」


 長身男は腰に両手を置いて続ける。


「加工済みドラゴンは本来そうあるべき、というか、そうしかならねえんだよ。つまりしゃべるやつなんかいないってことね」


 そして大きく溜め息をついたかと思うと、長身男は片手をひらひらと振り、それきりその場を去ろうとした。


「ちょっと待ってください。あなた、この町の住人ですか?」


 エルストが長身男を呼び止めた。長身男は答える。


「そりゃ住人じゃなきゃこんな町にいねえだろ」

「じゃあちょうどよかった。アーロンっていう人のことを知りませんか? 僕たち、その人に会いにきたんです」


 すると長身男はしかめっ面を浮かべた。そしてエルストらを怪しむように見つめ始める。


「きみたちは?」

「え?」


 長身男に訊かれた三人は揃って首をかしげた。


「だから、アーロンはおれのことだけど、じゃあきみたちは誰なんだい? と質問してるんだ」

「おたくがアーロンなんかい!」

「サンゴルドにアーロンは二人もいねえから、たぶんきみたちはおれを訪ねてきたってことだと思うが。さあもう一度質問に答えなよ」


 さもないとおれは行くぜ、とアーロンは足を動かそうとしている。


「僕はエルスト。エルスト・エレクトラ・エルオーヘルングっていいます」


 まずエルストが名乗った。


「兄コネリーの伝言であなたを訪ねてきました。こっちは僕の宮廷魔法使い、ベルです」

「ほんでワシはアギさんな!」

「アギってのはさっきも聞いたけどさ……何、きみがアイツの弟……言われてみれば瞳の色が同じだな、髪の色は違うが」

「髪の色? エルスト様、コネリー様と髪の色が違うんですか?」


 鎧姿のコネリーしか知らないベルが尋ねた。


「兄上は黒髪なんだ。そういえば、アーロンさんは兄の髪の色をどうして?」

「なんだよ、そこまでは知らないのか? 二年前、アイツの体をドラゴンと融合させて加工したのは、おれだよ」


 エルストは息を呑んだ。兄がドラゴン加工職人、アルムムの民に助けられたことは聞いていたが、まさか兄が加工されていたなんて!


「生身の人間が加工されるって、本人にとっちゃ、ごっつキツイで」


 アギが呟いたのは、アギ自身、加工を体験しているからであろう。エルストはいちど唇を噛み、そしてあらためてアーロンにと向き合った。


「あの、僕たち、兄からの『おまえにとって大切なことを託してきた』という伝言を聞いてあなたを訪ねてきたんです」


 エルストが言うと、アーロンは、あー、と唸りながら首のうしろをがしがしと掻く。


「たしかにコネリーからは『あること』を託されてはいるが、悪いが今おれ、ちょっと忙しいんだよね。たぶんこの先、百年は落ち着かねえと思う。うまくいって百年で落ち着かせられる。説得にうまくいけば、ね」

「はあ? 百年……って、ただの人間がそんなに長生きできるわけがないじゃないですか」


 ベルが腕組みをしながらアーロンを見上げた。あれ、と言いながらアーロンはまばたきをする。


「知らないのか? おれらアルムムの民は長命なんだぜ。おれも五百歳だし」

「ごっ……」


 エルストもベルも言葉を詰まらせた。五百年といえばつまり王国が建国された時代だ。そんな時代から現代まで生きている人間にしては、目の前のこのアーロンはあまりにもふつうの青年にしか見えない。


「『うまくいって百年で落ち着かせられる』ってどういうこっちゃ? 説得って誰をやねん?」


 一方、アギはとくに驚いている様子もなく平然と言葉を発している。アーロンは困ったような表情を浮かべながら答える。


「ここ数百年でさ、変なヤツと知り合いになったんだよね」

「変なヤツっちゅーのは?」

「変なドラゴン。いや、きみもだいぶ変な加工済みドラゴンだけど、きみと同じくらい変なヤツなんだ。そろそろ来るころだと思うよ」


 アーロンが言い終わったと同時に、とつぜん地下町が小さく揺れた。上からぱらぱらと砂が落ちてくる。


「ほらきた、ゲムが」


 困惑している三人をよそに、アーロンは急ぎ足で螺旋階段を登っていった。何がなんだかわからず、エルストとベルもアーロンのあとをついていく。


 降りてきたばかりの階段をまたすぐに登りきり、くたくたになったエルストとベルの目の前では、アーロンが砂漠に空いた穴へと駆け寄っている。あんな大きな穴、エルストら三人がここへやってきたときには存在していなかったはずだが。


「だからぁ、そうやってはるか上空から激しく落下してきてもドラゴンは死ねねえっての! いいかげん『自殺検証』はやめようぜ、文字どおりの骨折り損だぜゲム!」


 アーロンは穴に向かって叫んでいた。

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