サンゴルドへ向けて ★
翌朝、エルストとベル、そしてアギはコネリーの伝言どおりアーロンという男を訪ねるべく砂漠の町サンゴルドへ向けて出立することにした。そう決めたきっかけは――これはミズリンからの言葉なのだが――ドラゴン加工職人の一族アルムムの民であるアーロンならば、サルバの居場所にも手がかりを知っているかもしれない、というものだ。
三人を見送る役目を自ら負ったのはミズリンである。
「マーガレットさんのことはいいんですか、エルスト様? あの人、まだ何か隠してるかも」
出立の支度をし終えたベルが、となりに立つエルストに向けて言った。いいや、とエルストは首を振る。
「マーガレットはもう何も隠してなんかないよ」
「本人と話したんですか?」
「うん……少しね。マーガレットは母上に協力していただけだった。ほら、彼女の先祖は王族の庶子だとか、そういう話、ベルも聞いただろ。だから母上に助力してたんだって」
「そんならもうマーガレットのねーちゃんには安心しとってええんやな?」
うん、とうなずいたエルストは、マーガレットにはもう何もできないことをこの場にいる全員に告げた。
「にしても、そのアーロンって人、ほかに何を知ってるんでしょうね、エルスト様」
「会って損はないと思うわよ」
そう答えたのはミズリンだ。
「ミズリン姉様は会ったことがあるの?」
「はい、殿下。コネリー王太子殿下と旅をしていたときに」
「あ、そっか……王族は十七歳になると宮廷魔法使いと旅に出る、あのしきたりか」
かつてサムにも言われた王族の習慣をエルストは思い出した。
「へ? なんですか、そのしきたりって?」
首をかしげたのはベルである。
「ベル。あなたはエルスト殿下の宮廷魔法使いなのだから、もっと知見を広めたほうがいいわよ」
「ププーッ! ミズリンのねーちゃんに言われとんで、ベル!」
「ぐっ……アギだって、どうせ知らないんでしょ?」
「知ってるわい。十七歳になった王族は宮廷魔法使いと旅に出るんや!」
それ僕が今さっき言ったことだよね、とエルストに指摘されると、アギは静かになった。
「きのう殿下は民衆の前で名乗り出てくださいましたし、殿下たちがまた帰ってきたときは、ベル、あなたも国民の前で自己紹介しなさい」
そう。昨日、エルストは国民の前で自ら名乗り、王国を復興させることと、あらためてテレーマを殺すことを誓ったのだった。
国民たちはエルストが生きていたことに驚きつつも、ある者はエルストを歓迎し、またある者はエルストへの憤りをあらわにした。
「生きていたなら、なぜもっとはやく名乗り出てこなかったんだ」
そうしていたらテレーマに『献上』された者も助かっていたかもしれない、と言うのだ。その怒りはもっともだとエルストは思った。エルストにしてみれば、二年間、いかなる理由があれどもただひたすら隠れて山小屋で生きていた自分よりも、これまたいかなる理由があろうとも、次世代の命を誕生させつつも、『国』が存続するために人間を差し出してきたアデルフィアのほうがよっぽど大儀だとさえ感じる。
だがここでエルストに求められるのは、言い訳をすることなどでは決してなく、自分が進む道を、たとえ歪ませても、是が非でも『正しく善くすること』である。だからエルストは民衆の前でテレーマの存在をこの世から消すことを固く誓った。
「そういえば殿下、サード・エンダーズ……サルバのことは内密に?」
国民がサード・エンダーズの存在を知らないままであることを気にしているらしいミズリンがエルストに尋ねた。
「うん。へたに知らせても、大勢の人たちを不安にさせるだけだと思って。このさいだからテレーマにすべてをかぶせてしまおうと考えてるんだけど、それとも姉様は知らせたほうがいいと?」
「国民を不安にさせたくないということには同感です。けれどサード・エンダーズは二年前、たくさんの人を……」
と、そこまで言いかけたのだが、何を思ったかミズリンは言葉をうやむやに中断させる。
「僕の最終目標はサルバを殺してテレーマも殺すことだ。だけど国民にとっては、テレーマだけでじゅうぶんじゃないかな」
「わかりました。私たちアデルフィアは、殿下のそのご意志を尊重します。アーロンへ会いに行く道中、お気をつけて」
「あ、待って、姉様」
出立の挨拶を終わらせようとしたミズリンをエルストが引き留めた。
「姉様に謝りたいことがあるんだ」
「謝りたいこと?」
まるで心当たりがないとでも言いたいようにミズリンは眉を曲げた。エルストはうなずく。
「姉様、ごめんなさい。僕、姉様に押しつけようとしていた。『変えようと思わないのか?』って。姉様たちの痛みも知らずに」
「ああ、アデルフィアの基地でのことですね」
ミズリンは思い出したようだった。
二年ぶりにミズリンと再会した日、彼女が自分の両親や国民たちをテレーマに献上していたことを知ったエルストはそれに怒り、また現状を維持したいというミズリンを責め立てた。エルストはその日の自分が発した言葉を謝りたいらしい。
「押しつけられることは時として苦しいんだってことを、あの日の僕は理解できていなかった。本当にごめんなさい」
するとミズリンはいちど目を伏せ、そしてまたすぐにエルストと視線を合わせた。
「苦しんだのが私の『選択』です。殿下が謝ることはありません」
「選択?」
「はい。殿下だって、いろんなことをお選びになられているでしょう。それと同じことです。選んだその先にどんな感情が待っていたとしても、それが自分の選択だったのですからね」
ミズリンのその言葉に、エルストはベルと顔を見合わせ、ベルとともにふっと微笑んだ。
「うん、姉様。――いってきます」
そうしてエルストとベル、アギはアーロンがいる砂漠の町サンゴルドへ向けて出立した。
◇
一方、そのエルストらが目的地としているサンゴルド付近の砂漠では、太陽の下、アーロンが日焼けした顔を大変ゆがませていた。
「ここらの砂はドラゴンの肉体からこぼれ落ちた皮膚だ。そんなもん、いくらドラゴンが起こした火でもアッという間に消えちまうに決まってんだろ、ゲム」
アーロンは砂漠の中、倒れている小さな塊に語りかけた。
「せやけどやってみなわからんやったやんかー! ええトコまで行ったんやでホンマ。また死に損ねてもうたー! うえーん!」
やがてその塊がもぞもぞと動きだしながら叫び声をあげたではないか。だがアーロンはとくに驚いた様子はなく、顔見知りといったふうだ。
「そうやってすぐ泣くんじゃないって、もう何百年も言ってるってのに」
アーロンは呆れながら塊を拾い上げる。ぴいぴい泣く小さな塊は、片翼が折れたドラゴンだった。




