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死とテレーマの再封印 ★

 地響きと振動、轟音が都全体を覆う中、エルストは十七年という短い人生におけるあらゆる出来事を走馬灯のように思い返していた。

 母も、父も、兄も、使用人たちも、そして二年前の夜の記憶やサムと過ごした日々、サムが殺されかける瞬間、ベルと逃げた夜——人間だと決めつけていたテレーマとの出会いや、プロトポロに助けられたこと、そして自分を殺そうとした母の形相——ルナノワの町で左目を失ったことや、マーガレットと過ごした時間——


(僕、王国を)


 エルストの周囲はすっかりガレキに埋もれている。エルストの背後では老婆がうめいている。

 先ほど足場が崩れたらしい。おまけに上空から倒れてきたのは岩トカゲだ。どこが右か左か、上か下かわからないが、エルストは、自分にまだ息があるらしいことを奇跡のように思った。自分たちは今、ガレキの隙間に身を潜めているようだ。薄い日の光が射しこんできているが、視界は狭いうえに暗い。


(王国を復興させる……テレーマを倒して……)


 エルストは耳の奥に反響する兄の声を聞いた。「おまえの手で王国の未来を救ってほしい。サルバやテレーマもいない、喜びや嬉しさ、たのしさに満ちた未来を作ってほしい」という今日受けた言葉を記憶の淵から呼び起こしていた。


「エルスト様ー! プロトポロさんは助けましたーっ! 今ガレキのけますからー!」


 エルストを正気に戻す声が聞こえてきた。

 ガレキの上にベルがいるのだ。エルストはハッとして視線をさまよわせる。


「あのな王子! 岩トカゲが倒れる寸でのところでミズリンのねーちゃんが来てな、なんや魔法を使ってな、城下町の地形を変えて支柱にして岩トカゲを支えて……」


 アギの言葉の最中、ベルが魔法を使ってガレキを移動させる。その音に掻き消され、アギの言葉尻は聞き取れなかった。

 徐々に周囲が明るくなるにつれ、ガレキの中に横たわったエルストの右目からは細い涙があふれてくる。


「あ! 知らないおばあさんがいる! エルスト様が助けてくれたんですね!」

「ホンマや! コッチも避難誘導は完遂したで! これで被害者はゼロ……」


 ベルが杖を振り、エルストの目の前にあるガレキを浮かせ、周囲に放り投げた。


「え……」


 隙間が拓け、エルストの姿が見えると、ベルが息を呑んだ。

 エルストの目の前には、ガレキに潰された赤子の死体があった。



挿絵(By みてみん)


 岩トカゲはまったく不思議な体勢で停止していた。

 前方に倒れかけたままの形ではあるが、地面に衝突しているのは腹部から下半身だけであり、狭い胸元と頭部は支柱によって浮いているのだ。

 この支柱とは、地面から抜きんでた土の塊である。アギが言っていたように、城下町の地形を複数本の柱に変貌させ、それを岩トカゲの上半身にあてがったものである。ベルとアギがエルストに説明するには、地形変化の魔法を一瞬にして発動させたのは、城下町上空をホウキで飛んでいたミズリンだったという。

 しかしその魔法の影響で、城下町の一部は建造物が跡形もなく倒壊し粉々になった。とはいえ建物倒壊によって負傷した者はいないそうだ。これもエルストとベルの避難誘導の功労である。


 エルストが最後に連れていた老婆はかすり傷程度で生存することができた。死亡したのはどうやらチャックひとりであるらしい。


 岩トカゲの背後まで来ると、そこでエルストらが見たのは、突然の非常事態に大きく混乱する国民たちの姿だった。無理もない。彼らを避難させるとき、エルストらは、国民ひとりひとりに詳しい事情を説明する暇もないまま動いていたのだ。そのうえ、ミズリンが使った魔法は、この周辺の地形も少なからず変動させてしまったらしい。建物の目立った損害はないようだが、地盤が斜めに歪んでいる。

 無言のままエルストらに同行していたプロトポロは、人混みの中にまぎれていった。エルストは、そのあとを追うこともできたのだが、今は背中に乗せた老婆と、ベルがマントに包んでいるチャックの遺体を優先させることにした。


「おばあさん、ここでもいいかな、チャックを埋めるのは」


 ベルの案内で城下町のはずれにある共同墓地にやって来たエルストは、自らおぶったままの老婆に場所の是非を確認した。


「ここ。ここにしとくれ。チャックの両親が眠っておるのじゃ」

「ここ?」

「ああ。テレーマ様への貢物にされたんじゃ」


 エルストとベルは顔を見合わせた。


「いったいどうして人間が人間に貢がれるというのかのう。しまいには、チャックまで失ってしもうて……ああ……チャック……チャック……」


 老婆のような民間人は、貢ぎものの本当の意味を知らないのだ。まして岩トカゲが倒れた理由も知らない。エルストは涙を浮かべながら、彼らにすべてを説明する必要があるのではないかと思った。

 解決すべき問題を抱えながらも、エルストは老婆をおろし、チャックが入ることができるぶんの土を素手で掘り始めた。ワンピース姿になっているベルも、チャックを地面におろし、杖を使ってざくざくと土を掘っていく。


「ごめん、ベルにも手伝わせちゃって」


 掘っている途中、エルストの口を突いて出たのは謝罪の言葉だった。ほかにもベルには言いたいことがあったはずなのだが、まず、そう言わずにはエルストの気が済まなかった。


「エルスト様が謝ることじゃないです。悪いのは……」


 何を思ったかベルは口を噤んだ。

 小さな穴が形作られてくると、エルストは、かつてマーガレットに語った「火災も処刑も悲しいことも起こらないような、そんな場所を作りたい」という己の言葉を反芻していた。手を止め、ベルをじっと見つめる。しかし、今やるべきことをまた思い直し、行動を再開させた。その様子を、すん、すんと鼻をすすりながらアギが見ていた。

 そのままエルストとベルは揃って下唇を噛み締め、何も語らず、小さな子どもを埋葬した。



 岩トカゲのうしろ、避難場所にはアデルフィアの面々がいた。ミズリンに会うと、彼女もまた動転する気持ちを抑えながら話してくれた。


「岩トカゲの胸の下に、紫色をしたドラゴンと、コネリー殿下がいらっしゃいます。王城があったあたりから降ってきました」

「え!」


 エルストのかわりに驚きの声をあげたのは血まみれのマントを羽織ったベルだった。


「封印は成功したのかな……」


 チャックが死んだことのショックを隠せていなかったが、ベルにばかり気を保たせているわけにもいかず、エルストは平静を装って言った。


「封印……では本当に、コネリー殿下は〈ラウフヤドム〉を……」


 レックのとなりで、ミズリンは口もとを手で覆う。


「コネリー殿下と紫色をしたドラゴンの体は融合しています」

「その紫のドラゴンがテレーマだよ、姉様」

「そんな! 私たちはてっきり、あのドラゴンはテレーマが従えている存在だと思っていました」


 テレーマがドラゴンであったことは、アデルフィアの誰も知らなかったらしい。ミズリンとレックは口々に驚いている。


「じゃあ姉様、プロメテシアのことは? 兄上がテレーマに使ったのは〈最強の魔法〉なんだよね」

「ドラゴンを……いえ、あれはテレーマだったのね……奴を封印していた彼女のことは聞いています、エルスト殿下。私はコネリー殿下の宮廷魔法使いでしたから」

「へ? ミズリン様って、そうだったんだ……」


 ベルの言葉にミズリンが頷くと、彼女は続けざまにこう述べる。


「じつは私、二年前からずっと、コネリー殿下と連絡を取りあっていました」


 ミズリンが言うには、コネリーはドラゴン加工職人の一族であるアルムムの民、アーロンという男に命を救われ、ずっとエルストを探していたらしい。

 また、コネリーは遠く離れた土地から、自分の宮廷魔法使いであったミズリンに便りを寄こし、テレーマの支配下にあった国民への物資支援もおこなっていたという。


「昨日エルスト殿下が私たちの前に現れたことを、私はすぐにコネリー殿下に知らせました。だからコネリー殿下は今日、ここに来たのでしょう」

「ワープしてきてくれたっちゅうことか。ワープ魔法、アレけっこう魔力消費するらしいな……」


 うつむいたエルストに、ミズリンが何かを差し出した。


「エルスト殿下。これはコネリー殿下からの手紙です」

「手紙?」

「短いものですが、あなたに見せてくれと」


 エルストは小さな紙切れを受け取った。そこには、たしかに兄の筆跡で、短い文章が書かれていた。


「兄ちゃんはなんて?」


 アギが尋ねてきたので、エルストは文面を音読する。


「『アーロンを探せ。彼に、おまえにとって大切なことを託してきた』……」

「アーロンって、例の、ドラゴンの加工職人?」


 ベルはいかがわしいといった声で言う。


「そんな、どこにいるかもわからない人を探せって言われても、それじゃあ時間が」


 ベルが気にしているのはテレーマを再封印したであろうコネリーの寿命だ。


「アーロンはサンゴルドの町にいるそうです」


 ミズリンが言った。


「サンゴルドって、砂漠の町だよね……距離があるな……」


 顎に手をあて、エルストは唸る。


「でも、コネリー様がこう言うんなら、行くしかないんじゃ? 何があるのかはわかりませんけど」


 そのようにベルが言ったので、エルストは彼女の顔を見ると、やや思案して答える。


「そうだね……」

「なんや王子、さっきからボサッとして。まあ無理もないけど……」

「いや、ごめん、アギ、なんでもないんだ。とにかく……兄上のところに行きたい」


 エルストは手紙を強く握りなおした。



 その後、日がぼんやりと暮れかけ始めたころ、エルストとベル、アギは、ミズリンとともにコネリーとテレーマがいる場所へと歩いて移動した。

 ガレキの山をのぼり、岩トカゲを頭上に控えた薄暗い場所で、テレーマは翼を広げた仁王立ちの格好をしており、その太い首に掴まるかたちでコネリーの体が融合している。

 ベルが言葉を失い呆然とするそのとなりでエルストが叫ぶ。


「兄上、兄上!」


 テレーマの体が大きく、コネリーの頭が小さくしか見えないことにエルストは歯がゆく感じながらも、テレーマの片足にすがりつきなおも兄を呼び続けた。


「無駄です」


 冷静な声を聞かせたのはミズリンだ。エルストは彼女がいるほうを振り向く。


「〈ラウフヤドム〉を使った者は意識を失い、死ぬまで相手を封印し続けるそうです。同じくテレーマも意識は失っていますが、死なないドラゴンである以上、テレーマだけはいつか目覚めることでしょうね」

「もう兄上と話すことはできないの?」

「そういうことです」


 このときばかりはミズリンもつらそうにしていた。


「兄ちゃんは、命がけで助けてくれたんやな」


 アギのつぶやきを耳にしたエルストは、力任せにテレーマの足を殴った。あれほど暴れ回っていたテレーマは今やびくともしない。

 あと何年、いや何日でコネリーは命を落とすのだろう。エルストがそんなことを考えていると、


「エルスト様!」


 切羽詰まったベルに腕を引かれ、急遽、その場を離れることとなった。


「な、なななんや!」


 アギが驚いたのは、つい今の今までエルストが立ち尽くしていたテレーマの足もとが破裂したからであった。破裂といよりは、ガレキが爆発したと言ったほうが正しい。ベルやアギとともにガレキの上を転がったエルストは、そばで険しい形相をするベルが杖を振り、何者かに魔法を使う光景を確認した。


「マーガレット!」


 ベルが魔法で捕らえたのは、いつのまにか姿をくらましていたマーガレットと——


「母上……」


 息子への殺意をむきだしにした王妃だった。

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