王都の滅びと始まりの前夜 ★
まっさらな青空に、一頭のドラゴンが翼を広げながら旋回していった。場所は王都上空である。
王都郊外に広がる農地を覗けば、イモの収穫時期を迎えた農民が畑の土を踏んでいた。麦わら帽子をかぶった年寄りが魔法を使い、イモを宙に浮かせている。
イモや種、土、はたまた水が宙を舞う郊外から王都中心部に進むと魔法学園がある。その校庭では、気持ちよさそうに寝息をたてている女生徒ベル・テンいた。本来、この時期は期末試験へ向けて生徒おのおの自習するのが恒例なのだが、ベルに自習していた気配はない。
「ねえ見て。また豪快に寝てるわよ、ベル・テン」
彼女の姿が窓から見える廊下では、彼女と同級生であるうわさ好きの少女たちがくすくすと肩を揺らしながら笑っている。全員の頭には、ドラゴンの顔がついたとんがり帽子がかぶさっている。
「毎年の魔力測定で尋常じゃない数値を記録してるのって、あの昼寝のおかげなんじゃない?」
「まさか。魔力は減ることはあっても、増えることはないわよ」
するとひとりの少女が「じゃあ、魔力の消費量をコントロールしているのかしら?」と言った。そのすぐあとには「そんなに器用なことができる魔法使いだとは思えないわよね!」と全員で笑った。
「どっちみち試験はお気の毒さまよね。だって結界魔法の授業じゃ居眠りしてたのよ、十五歳にもなって。考えられない」
「さっ、私たちはお勉強しましょ。二年後、エルスト殿下つきの宮廷魔法使いに任命されたら、将来安泰よ」
「でもエルスト殿下って――」
この国の第二王子のうわさを始めようとしたそのとき、少女たちの背後に人影があらわれる。
「エルスト殿下が何かな?」
その低い声に、それまで笑っていた少女たちの顔が一瞬にして強張る。「ファーガス理事長」とひとりの少女が呼んだ。
「いえ、その……私たち、エルスト殿下の大変なうわさを耳にしましたので……」
「言ってみなさい」
つばの広い帽子を深くかぶっているファーガスは、帽子の下で瞳を光らせた。自分よりも体格の大きいファーガスに少女はおずおずと「エルスト殿下は生まれてから一度も魔法を使っていないって本当ですか」と言うのだった。
「——へくしゅっ」
小山ほどの体格をほこる岩肌のドラゴンに抱え込まれた王城。その一室にて、小さくくしゃみをした金髪の少年こそが第二王子エルストその人である。
ちらちらと埃が舞い、やわらかな午後の陽光がさしこむ王城のリビングでは、エルストとその兄コネリーが王妃から国の歴史を教わっていた。
長椅子に腰かける四歳違いの兄弟はどちらも丸い水色の瞳をしている。黒髪の兄コネリーは聞き分けのよさそうな顔だが、弟エルストはこの場が不服そうだ。唇を歪めている。エルストのスネた様子を見た王妃は自身の長い金髪を耳にかけながら微笑んだ。
「なにか言いたげね、エルスト」
「はい。母上、兄上、僕はもう歴史の勉強には飽きました……僕も兄上みたいに魔法のお勉強がしたい」
すると王妃とコネリーは気まずそうに顔を見合わせた。ふたりが言葉に詰まるのも無理はない。いくらエルストが駄々をこねようとも、彼にそのような魔法の勉強は不要なのである。理由は単純で、このすねた金髪の王子は魔法が使えないのだ。
「どうして僕には魔力がないのでしょう? 僕も同い年の子みたいに、魔法のお勉強をしたり、ホウキにまたがって空を飛びたいのに」
エルストは偉大な歴史が記されている本のふちにアゴを乗せた。そんな息子に王妃が問う。
「エルストは魔法が使えなくて悲しい?」
「そりゃ悲しいし、悔しいです。だって僕は誰かに頼まなきゃロウソクに火もつけられないんですよ。母上は魔法が使える『ふつうの人間』だから僕の気持ちなんてわかりっこないでしょう! ふつうの人間は魔力があるし、魔法が使える。なのに僕だけ……」
エルストはそう言いながらソファーを降り、火の灯っていない燭台に近づいて念じるように手をかざした。だが、エルストがいくら火を灯したくとも、火が起こる気配はない。
「ほら。僕だけなにもできない!」
「だけどエルスト。おまえのかわりにロウソクへ火をつけてくれる人、つまりおまえを助けてくれる人はちゃんといるだろう? こんなふうにね」
コネリーは長椅子に腰かけたまま火を灯した。そして弟に言い聞かせる。
「それに、十七歳になった王族には側近となる宮廷魔法使いがつく。おまえに困ったことがあったら宮廷魔法使いを頼ればいいじゃないか。なにも悲しむことはないだろう」
「僕がどんなにみじめな人間か、兄上にだってわからないんだ! 兄上は次の国王だし、将来のお嫁さんだってもう決まってる。空だって飛べる。火だって起こせる。誰かを助けてやれる。対して僕はなんにも……」
「エルスト。そうやって卑下するのはだめですよ。それに明日はあなたの誕生日。お祝いのときに、そんな言葉を言うものではありません。あなたは、私の愛すべき息子なのですから。ねえ、エルスト」
エルストの頬に手を添え、王妃はそう言ってほほ笑んだ。エルストはしゅんと眉尻をさげた。
反王国組織が王都にて国王を襲撃したのはその翌夜だった。
エルストは王城の広間で両親や兄と会食している最中だった。しかしとつぜん黒衣の大男が会場に強襲してきたのである。
「おまえは……サルバ!」
国王が椅子から立ち上がり叫び、あわてたように懐から杖を取り出した。サルバと呼ばれた黒衣の大男は、国王家族が囲う食卓を爆破させるべく魔法を唱えた。危険を察知したコネリーがエルストを庇いながら床に伏せる。爆音が止むと、あたりに散らばった皿の破片の上にコネリーの姿があった。
兄上、とエルストが叫ぶ。エルストは打ち傷で済んだが、コネリーは火傷を負ったようだ。皿の破片で切ったのか、背中には血も滲んでいる。
「誰か来て! サルバがとうとう反乱を起こしてしまったわ!」
「母上、待ってください! 僕と兄上を置いていかないで!」
エルストの声も聞かず、王妃は会場の外へ消えてしまった。その様子を見たコネリーはエルストにこう言う。
「おまえも逃げろエルスト。魔法が使えないおまえじゃ、ここでは生き延びられない」
エルストは広間を見渡した。物がすっかり消し飛んだ広間の中央では、国王が杖の先からいかずちを放ったり、サルバが手のひらから火の玉を生み出したりしている。火の粉は広間の外にも広がっており、国王とサルバの争いにいつエルストが巻き込まれてもおかしくない状況だ。エルストはごくりと唾を飲みこむ。
「兄上を置いていくなんてイヤです」
エルストがそう言った瞬間、
「私が今夜おまえたちにすることは、命をもてあそんだおまえたちへの復讐だ!」
そう叫んだサルバが魔法によって生み出した剣で国王の胸をひと突きにした。国王は血を吐きながら絶命した。「父上」と叫びながら父親のもとへ駆け出しそうになったエルストをコネリーが引き留める。その間に、サルバは国王の体をもてあそび始めた。「嫌いな人間を殺すのはじつに気味がいい」サルバはそう言いながら剣を抜きとり、国王の首を掴みあげ、片手で、「ここを」国王の腕を一本、肩からちぎり落とし「こうして」その傷口に己の手を挿し入れ、「こうせねばな」国王の心臓をえぐりとった。
「ふふ……『加工』の手順だ。国王、おまえも知っているだろう? もっとも、ドラゴンと違って人間に使い道はないがな」
サルバは国王の顔に語りかけている。その光景を見ながら絶句しているエルストに、コネリーが声をかける。
「サルバは俺たち王族全員を殺すだろう。エルスト、おまえを守りぬいてやりたいが……俺はきっといま受けた傷で『寿命』が縮んだ。守りきるだけの魔力を保障できない」
「守ってくれなくていいから兄上だって逃げましょう。僕が肩を貸しますから!」
するとコネリーは身を起こし、弟の両肩に手を置いた。そしてコネリーはこう言う。
「俺はもう目の前で起きたものから逃げることはしたくない。受けとめたいんだ」
「何を言っているんですか。ここにいたら父上のように殺されてしまうんですよ!」
「だからおまえが生きるんだ。『永遠と一瞬の子ども』であるおまえがね」
「永遠と……さっきから何をわけのわからないことを?」
「エルスト、何があってもスネるなよ。俺に肩を貸してくれようとしたその気持ち、絶対に忘れるな」
言い終えると、コネリーは広間に現れた家臣サムにエルストを引き渡し、自分は単身サルバに立ち向かっていくのだった。
エルストは家族ではなく、王族に仕える魔法使いサムとともにワープ魔法によって逃げのびた。サムに連れられてエルストがやってきたのはドラゴンの目をくりぬいたところに建てられた簡素な山小屋のそばだ。ここからは王都が片手親指の爪ほどまでに小さく見える。その王都は赤く燃えている。冷たい夜風が全身にほとばしる熱をいっそう際立たせる。エルストはふたたび王都を見つめた。
「王妃様も郎党に殺されました」
サムが報告した。「そんな」エルストは手で顔を覆った。
「僕、これからどうしたらいいんだ。サム、どうしてこんなことになったの?」
「それは……」
「どうしてみんなは死んだの? あれは殺されたんだよね? 殺されたって……殺されたって、なに? わけがわからないや。あのサルバって男は誰? 僕はあんなやつ知らない! そんな知らないやつに、どうして僕の家族がひどいことされなくっちゃいけないんだよ!」
「エルスト殿下、落ち着いてください」
「落ち着けられるか! 君がもっとはやく来て、父上たちを助けてやればよかったんだ。魔法が使えるんなら助けられただろ! 君は火も起こせるしワープもできる。君には魔法があるからだ! 誰にだって魔法があるのに、なんで……なんでみんな死んじゃったんだ」
取り乱しているエルストの両肩を、サムは力強くつかんでこう述べる。
「私はあなたを助けました!」
するとエルストは、ハッとしたように顔を強張らせ、すぐにうつむきがちになった。
「魔法が使えない僕なんか助けたって意味がないじゃんか。助けるなら兄上のような人を……」
「あなたを助けた意味はある、価値はある。殿下。強くなって、サルバを倒しましょう。あの男は王国にとって膿なのです。陛下たちのかたきを討つためにも、奴は排除しなければならない」
「かたき? 排除? そんなの、できるわけない。僕はなんにもできない!」
「殿下は悔しくはないのですか? 悲しくはないのですか?」
「悔しいよ。悲しいよ。それ以上に……あいつが許せない! 人を人だとも思っていないあいつが許せないッ!」
いくらエルストが叫ぼうが、ここにはもう昨日のように慰めてくれる母や兄はいない。そのかわり、サムがエルストの前にひざまずいた。
「それが正しい心です。そう思うなら、いま涙を拭いてください」
エルストは唇をとがらせ、サムに言われたとおりに、手の甲でごしごしと両目を拭いた。
「そら、できたじゃないですか。涙を拭くこと。あなたにも、できることはあるんです。その感情を糧に、いまはただ生きるのです」
己が十五歳になったこの夜、エルストは、黒煙を発しながら赤く燃える夜空と王都の姿をその水色の瞳に焼きつけた。
それから二年後、サムとともに山小屋で暮らすエルストは十七歳の誕生日を迎えていた。
半身が大地と緑に埋もれた巨大なドラゴンの上に山小屋は立っており、そのなかには質素な家具のみが揃えられている。
エルストは窓を開け、朝の風を吹き入れた。そよ風がエルストの金髪を撫でる。その後、エルストは外にあるかまどへと向かった。ここで日ごろ山菜や動物の肉を焼いている。今日はエルストが食事当番だ。薪を投げ入れ、火打石を使って火を起こす。そして庭で飼育しているニワトリを一羽、羽交い絞めにして殺した。
エルストが肉を焼き上げようとするころ、サムが小屋の裏から姿を現した。黒髪を後ろで一つにまとめているいかにも屈強そうな巨体の中年男性が、エルストが二年間、ともに暮らしてきた恩人サムである。
「神エオニオとドラゴンの恵み、命の恵みに感謝し」
「いただきます」
エルストとサムは合掌をし食事を始めた。
食卓の脇には小さな彫像が置かれている。いかめしそうな顔をした髪の長い男性の彫像だ。胸もとに剣を携え、その切っ先を天に向けている。この男性エオニオは国教の唯一神であり、五百年前、王国を建国した初代国王だ。
人類みな魔力を持ち、魔法を使うこの世界において、エオニオが人々に説く教えはこうである。
『魔力は先祖からの徳である。魔法は隣人からの愛である。自己は秘め、愛を回すことこそが、人間の幸福を形成する……すなわち自己愛を捨てよ。隣人を愛せよ。隣人もまた、そうしている』
クソくらえだ、とエルストは合掌するたびにそう思っている。祈りを捧げるたびに二年前のことを思い出すのだ。
「王族の子どもたちは十七歳になると旅をする義務があります。今日でエルスト殿下も旅に出る年齢ですな」
外の丸太に腰かけたサムが言った。喉を鳴らすニワトリに見つめられる中、エルストとサムは食事をしながら会話を続ける。
「王国は滅んだんでしょ。僕はまだ王族なのかな?」
二年前の誕生日に王都が『サード・エンダーズ』という組織の手に落ちたということ以外、王国がどのようになっているのかはエルストには知らされていない。何度サムに尋ねてもはぐらかされるばかりで、エルストはそのたびに苛立ちと悔しさを噛みしめている。
「いいですか。殿下は生き残りなのです。あなたは生きているのです。あなたが生きているのだから王国は滅んだことになんかなっちゃいません」
しばらくすると食卓に一匹のカマキリが迷い込んできた。
「おっ、見てください、エルスト殿下。こいつはなかなか大きい図体ですよ」
「サム。それ、オスかな、メスかな?」
「さあ。どちらにせよ『食うか食われるか』ですな」
以前、エルストはサムから「カマキリのメスは子孫繁栄と栄養のために交尾をしたオスを食べる習性がある」と聞いたことがある。その話を思い出し、エルストはぼんやりと言う。
「おんなじ種族なのにさ、食べるとか食べられるとかって、変な話だよね、サム」
「……そうですね。ところでこいつは逃がしますか、どうなさいます?」
サムはエルストが焼いたチキンを噛みちぎった。
「逃がすよ。少しでも平和に生きながらえたほうが幸せでしょ。たとえ殺されて食べられるとしても、家族との時間を大切にすればいいさ」
そう答えたエルストはカマキリの胴体をそっと掴み、草の生えた地面へと帰してやった。
食事が終わると、エルストは庭に置いた桶で皿を洗いながらサムに尋ねる。
「さっきの話の続きだけど。旅なんてどこに行くのさ?」
「そりゃ決まっています。アトウッドというドラゴンのところです」
サムはエルストが洗った皿を拭き上げながら答えた。
「どこにいるのかな?」
「そりゃ峡谷です」
「峡谷って言っても……この世界の八割は峡谷だよ。だから峡谷世界なんて呼ぶんでしょ、この世界のことを」
「しかしですな、エルスト殿下。アトウッドに会いにいく旅というのは、かつて王族の子どもたちがエオニオ様から命じられ、代々受け継がれてきた重要な儀式なのです」
「その旅って王族は『宮廷魔法使い』をひとり任命しなきゃいけないんでしょ。僕にそんな人は……そうだ!」
エルストはテーブルの上に身を乗り出す。
「サムが僕の宮廷魔法使いになってよ! そうしたら僕とサムで旅もできる!」
「それはできません。そもそも宮廷魔法使いは魔法学園の在校生から選出する決まりです」
「学園は――王都はもう……壊滅したんでしょ。在校生もなにもないよ」
これにはサムも言葉を詰まらせるしかなかった。そういえば、今日は一年前、サムがエルストにサード・エンダーズの存在を伝えた日だ。
「旅なんかより、僕はサルバって男を殺してやりたい。父上と兄上にしたように!」
「落ち着いてください。言わせていただきますが――すぐかっかするのは殿下の悪い癖ですぞ。そういうところはまだまだ子どもですね」
サムのこの言葉に何を思ったか、エルストはその晩、弓矢と剣を携えて山小屋を抜け出したのであった。
ひとつのたいまつが木々のあいまを縫うように山を下りていく。エルストである。
王都に向かい今こそ復讐をなすべきだ、という一心で下山していたエルストの足音が途絶えたのは中腹にまで下りてきたころだった。途中、エルストの付近でとつぜん爆音がしたのだ。
エルストはさっと青ざめる。エルストの下山に気づいたサムか、もしくは万が一にもサード・エンダーズか。後者ならば身の危険を感じてならない。
(ううん。こわくても逃げたりはしない)
そんな決意を胸に、エルストは爆音がしたほうへ足を向けた。無造作に生えた木々の鋭い枝や草を掻き分けながら、音のしたほうへと歩いていく。すると――
「あちちちち……あっちー! なんでとつぜん爆発するかなあ、もう。結界の解除魔法に失敗しちゃったかな?」
なんと少女の声が聞こえてきた。地面や荒れた木の枝ににちらちらと火が舞っている中、エルストは額を強張らせた。
「結界魔法の授業で居眠りしてたのがアダになったなあ。にしてもここ、ただのドラゴンでできた山? ここじゃないのかなあ? ここだと思ったんだけどなあ、あの『ありか』……」
やはり少女の声だ。「きみ、誰?」エルストはついに少女に尋ねた。赤いマントを羽織った茶髪の少女はエルストへと近づいてくる。
「こんばんは。あなたがこの山に結界魔法を張ってた人ですか?」
少女はエルストに向かってそんなことを言った。エルストは訊き返す。
「結界魔法? 山に? 一体なんのこと?」
「違うんですか? じゃあもしかして、あなたのほかにも誰か人間がいるんですか、こんな山に?」
少女はいかにも怪訝そうな表情をした。少女はその丸い瞳を細めてエルストの持つたいまつとエルストの顔を見比べている。
「待って。きみはいったい誰なの? きみがさっきの大きな爆発音をさせたんじゃないの?」
すると少女はしばらくのあいだ表情を固まらせ、エルストを直視したまま何かを考えるようにした。やがて気を取り直したようにこう名乗り始める。
「私はベル。ベル・テン。ちょっと目的があって『あるもの』を探してます。それを探すためにここに来ました。お邪魔してます!」
「あるものって?」
「国教の神エオニオ様が使えたっていう魔法です。〈最強の魔法〉。誰が相手であっても絶対に……殺せる魔法」
ベルがそう言った直後、火の粉に燃やされた木の枝が音を立てて地に落ちた。
「誰が相手であっても絶対に殺せる魔法? なんだそれ。そんな魔法があるの?」
「ええ。この世界のどこかには必ず。ところで、あなたはどうしてこんな山に? あなたこそ、どなたですか?」
ベルはエルストを怪しむような目でエルストを見ている。
「――コラ〜っ、ベルぅ!」
そのとき上空から第三者の声が聞こえてきた。エルストは驚き、二、三歩あとずさりした。その声の主は、なんとベルの頭にすっぽりと収まった。
「ワシを空の上に置いてくなや! 結界の解除魔法は爆発してもーたし、その拍子にワシは遥か上空にスッ飛ばされるし、おまえは下に落ちてくし、あーもう散々やわ! あとホウキも置いてってんで」
「イタタッ」
エルストには何がなんだかわからなかったが、ベルの頭に『赤いドラゴンの頭をした帽子』がかぶさり、ついでにベルの右肩へと長いホウキが落ちてきた。赤いドラゴンの頭をした帽子は、白い一本ツノがあり、白いキバも口の両端から生えている。そしてぎょろっとした大きな瞳は怒りの色を宿している。