5日目 act.2
【ごめん 突然泣き出して
また明日会わない?
明日じゃなくてもいい いつでもいいから絵美に会いたい。
トラ】
今更 どうしろと言うのだろうか?
私には潔がいて 虎之助には相模がいるのに
私は潔のマンションで 虎之助のメールを漠然と見つめていた。
潔は まだ帰ってきていない。
42インチのバカでかいプラズマテレビには 潔が歌を歌っている。
潔と一緒なのは 後2日だ。
2日経てば 潔はテレビの世界の人となる。
でも 虎之助はどうなんだろう?
2日経っても 1週間経っても 1か月経っても
きっと何年経っても 私の世界に彼は存在するのだ。
一瞬だけの潔。何年もいる虎之助。
私が求めるのは どっち?
ケータイの画面もテレビの画面も見れなくなった私は
頭を下げて テーブルに目を向けた。
テレビと同じ大きさの黒のローテーブル。
そこには 食器やグラスなど食事をした痕跡はなく
なぐり書きされた文や音符が書かれた ルーズリーフが散乱していた。
ここで 潔は作詞作曲しているのかな。
今までは 潔の部屋にいることだけで 舞い上がって緊張していたが
今は もう自分の部屋の一部化している。
私は 一番上に乗せてあるルーズリーフを取る。
君と離れたくない
側にいたい
永遠
断片的に書かれた単語が どうやって歌詞になるのか分らない。
潔って言う台詞も甘いからなぁ。
今度はいったい どんな曲が出来るのだろうか?
私の思い出も入っているのだろうか?
少しだけ口元を緩ますと 私はそのルーズリーフを戻そうとテーブルを見る。
さきほども言ったけれど たくさんあるルーズリーフ。
けれど 1枚だけ桜色をした紙があるのに気づく。
何が書かれているんだろう。
桜色の紙を取り出す。
かなり下の方に入っていたため 取り出すと他のルーズリーフがテーブルから沢山落ちた。
つまりは だいぶ前に書かれた紙。
私は その紙を読む。
― 潔へ
今日も仕事一緒だね。
あたしはいったん家に帰ってから TV局に行くから
また 番組で会おうね。
あたしのための歌 生で聞かせてね。
あたしも潔のために 歌うから。
紫音より ―
私の体は当然固まる。
潔には女がいたんだ。
でも 紫音って一体誰?
「次は 紫音でREAL LOVEです。どうぞ!」
テレビから この文を書いた持ち主の名が聞こえた。
テレビの大画面に映し出された女の顔を見る。
真っ黒な長い髪にクリッとした大きな瞳を持った女だった。
私は 彼女の歌声を ただ聴いていた。
手に持っていた桜色の紙が震えていた。
潔は 数秒だけ沈黙を作り
「あぁ 付き合ってた。」
と言った。
やっぱり そうだよね。
俯いて言葉を失う私。
「だけど 今は関係ないよ。確かに 彼女は歌手だから同じ場所にいるけど。」
潔は私の右の掌を拾う。
「今は絵美がオレの中で一番近くの場所にいるよ。だから気にするな。」
掌にキスをする。
私はお姫様になった気分になる。もちろん潔のお姫様だ。
でも 私はどうしても確認しなくてはいけない。
「ねぇ潔。」
「うん?」
「紫音さんとは いつ別れたの?」
私が紫音の名を出すと 潔は少しだけ瞳を細める。
「いつって…それ聞いてどうするの?」
「もしかして 私と付き合い始めてから別れたんじゃない?私が原因で別れたんじゃない?」
「お前が原因なわけないだろう!」
潔は怒鳴ると 私を抱きしめた。
左手で持っていた桜色の紙が落ちていく。
「絵美は関係ないよ。これはオレと紫音の問題だ。お前が責任感じるなよ。」
潔は今までで一番強く私を抱きしめてくれた。
耳から直に聞こえる潔の声が
鼻から直に入ってくる潔の匂いが
私の心を強く締め付ける。
「オレは紫音よりも絵美が好きだから だから別れた。絵美が一番なんだよ。」
潔は更に力強く抱きしめて言う。
「だから 別れようとか言うなよ。オレは絵美とずっと一緒にいたいんだ!」
ずっと一緒って あと2日間だけなんだよね。
そう思うと 涙は必然的に流れてくる。
私も潔に負けずと 強く握る。
5日前 なぜ 私は潔の名前を出してしまったんだろう。
潔の名前を出さなければ こんなに 切ない思いをしなくても良かったのに。
潔のこと こんなにも好きにならなかったのに。
5日前に言っていた天使の声が聞こえる。
「えぇの?本当にKIYOSHIで。」