4日目
虎之助からメールは1通も来ない。
これで15年以上の付き合いが終わりとなったのだ。
別に良いけど。私には潔がいるし。
今日だって これから潔が家まで車で迎えに来てくれるし。また お泊りするし。
私は 虎之助から言われた数々の失言を思い出しては
蚊が刺さったかのように無視をし 鼻歌を歌いながら 潔の迎えを待っている。
時間は19時50分。
メールでは20時までには行きたいって言ってたから もうすぐ来るはずだ。
最後の確認として 全身が見える鏡の前に立つ。
もちろん 以前と同じ格好はしていない。
でも 白のワンピースを喜んでくれたから 安いけど白のキャミワンピースを買った。
それを着て ダウンジャケットを羽織る。
薄着かも知れないけど いいんだ。
だって潔が暖めてくれるから★
自分で浮かばせた言葉なのに 沸騰するほどに照れてしまう。
そして 確信する。
私は今 潔で染められているのだ。
他に余裕がないほどに 潔で染まっているのだ。
潔が大好きなのだ。
「大丈夫?」
鏡に映っている私が呟く。
何が大丈夫なの?
「だって 後3日で元通りだよ。」
知ってるよ。
「潔はKIYOSHIになるんだよ。たぶん…いや絶対に 私には振り向いてくれない。」
泣きだしそうな顔で鏡の私は呟く。
うん。そうだね。
でもいいの。でもいいんだよ。
「大丈夫!!」
大きな声で言うと 鏡の私は少しだけ笑ってくれた。
でも 力なくした瞳が言っていた。
そう思ってるだけで 大丈夫じゃないよね?
ポーンポーンとインターホンが鳴った。
潔が迎えに来た。
鏡の私に気の抜けた笑顔を作ると 私は部屋を出た。
鏡の私はポツリと呟く。
「今を楽しみなよ 私。」
玄関を出ると 潔が待っていた。
「ごめんなさい 突然来ちゃって。」
修正。
玄関を出ると 相模が待っていた。
ウサギみたいに瞳を赤くして 私を見つめていた。
虎之助とケンカをしたな。
「何?私 これからデートなんですけど。」
相模を睨みつける。
「あの その 昨日トラと井上さんケンカしたよね?
それから トラずっと機嫌悪くて…だから 仲直りして欲しいなぁって思って…」
はぁ?
私は言葉を見失い 睨んでいた瞳の力を無くす。
今 すごくすごく相模の言葉が理解できないんですけど。
全く言葉を出さない私に 相模は焦ったのか
自分でトークショーを始める。
「だってね 昨日から本当にトラおかしくて。何言っても あぁ か そう しか言わなくて。
今日も一緒に遊んでいたけど やっぱり言葉なくて…私が怒ったら 逆に怒られて それでケンカしちゃって…」
ケンカの情景が相模の頭の中で映し出されているのか 相模は突然泣き出した。
「ほんとう…なんか 私と付き合ってもトラは 絵美はな 絵美はな って井上さんの名前ばっかり。
私のこと好きだって言ってくれても キスしてもHしても なんか心は私を好きだって言ってくれない気がしてて…
井上さんに彼氏できて これで私を好きになってくれると思ったのに…なんか… もう…」
ポタポタと涙を流す相模。
けれど 私は潔のように優しく涙を拭きとることはできなかった。
虎之助
あいつ 何考えてるの?
今さら遅いんだよ。
こんな情報 今さら聞きたくないんだよ。
「なんで 私 すごく頑張って勇気出して トラに告白したのに… なんで 井上さんなの。
私 頑張ってるのに なんで 井上さんなの?」
井上さんは トラに何をしたの?
その言葉は 泣きの嗚咽で聞き取りにくかったのに
私の中で 一番心に響いた気がする。
そして 高校時代の友人が言う。
「ただ 恋愛量があっても自分から使わないと駄目だよ。つまり恋愛は行動力が大切なんだよ!」
あの子 担任と不倫していたけど
自分からそれでも良いから付き合ってと言ったのだろうか?
私は 今まで 虎之助との約束を待ってばかりで 自分から行動したのだろうか?
「絵美?」
潔の声がした。
私は180度体を動かして 数メートル先にいる潔を見る。
私 潔と付き合ったのも自分からの行動だったっけ?
いや違う。天使がくれたものだ。
私は何もしていない。何もしていないのに 潔が彼氏になってくれた。
潔から見て 私の表情はどうだったのだろうか。
緩んでいた潔の顔がガチガチになり 私の元へ来る。
相模は泣き 嗚咽をし 顔を下げたまま。
これって 私が彼女泣かしてるみたいじゃん。
だって私 真顔だし 潔もケンカしたんだと思うよな。
潔には あまり虎之助のこと言いたくないのに…
私は 頭の中でこの状況の言い訳を考えていたけれど
結局は 相模が言った 何をしたの? と
高校時代の友人が言った 恋愛は行動力 と言う言葉が
マーブルのように混ざりに混ざって 混乱させた。
私 何もしてないのに 潔と付き合っていていいのだろうか?
潔は右腕を差し出し 私の左腕に絡めてきた。
「絵美になにした?」
私 泣いても怒ってもなかった。
瞳も 顔も赤くしていなかったけど 表情は真顔だったかもしれないけど
悲しかった 不安だった。
それに潔は気づいてくれた。強く絡まった腕が教えてくれた。
私は それが嬉しかった。
だって 男なんて泣いてる女を被害者だと思うのが当然だと思ったから。
虎之助だったら絶対 私を悪者にしていたと思う。
けれど潔は違った。
「これから 絵美とデートだから 悪いけど帰ってくれない。」
ずっと嗚咽を続ける相模の顔が上がる。
涙で目を囲んでいたアイライナーが崩れ パンダみたいになっていた。
そんなパンダの瞳に映し出されたのは
潔と腕を組む私。1組の幸せなカップルだ。
「すいません…ただ私 井上さんが羨ましくて…幼馴染だけで トラが大切にしてる…」
「もうやめてよ。」
声が少しだけ裏返った気がする。
「わかったから だからお願い 帰って。私は今 潔とデートしたいの。虎之助の話は聞きたくないから。」
台詞を遮られた相模は しばらく口を開けたままだったけど
私が虎之助に興味がないことを理解したのか 下くちびるを噛みしめると 深く頭を下げた。
「すいません おじゃまして。」
それだけ言うと 私たちに背を向けて トボトボと歩いて行った。
相模は これから虎之助と仲良くなれるのかな?
私は 仲良くなって欲しいと思っているのかな。
それとも このまま別れてほしいと思ってるのかな?
私は 強く潔の腕を絡めた。
「大丈夫 絵美?」
潔は 左手で私の頭を撫でてくれた。
私は潔の顔を見る。
潔は これから捨てられるんじゃないかという不安気な顔で私を見る。
さきほど見た相模と同じ表情に見えた。
「大丈夫だよ!ありがとう 潔。」
相模みたいな不安はしなくていい。
虎之助は 私のことどう思っているか知らないけれど
私が今好きなのは 潔なんだから。
そう 虎之助がどう思っていても…
鏡の私が呟いた言葉が頭に響く。
今を楽しみなよ 私。
【絵美 本気で怒ってるよな?
マジで悪かった 反省してます。
とにかく絵美の声聞きたい!
トラ】
【もしかして 今 KIYOSHIのとこにいるのか?
オレ 邪魔してる?
でも 本当にあやまりたいから 電話ちょうだい!
トラ】
【オレ お前に彼氏が出来たなんて 嫌だよ。
認めたくない。
トラ】
虎之助から送られてきた未読メール3通。
1日経った今 見直してみる。
そして 迷わずメールを消去する。
見たメールをいちいち消去しているわけではないけど
でも このメールは取って置きたくはなくて 末梢したくて消去した。
お願い 虎之助。
もう 私の所に入って来ないで。
ケータイを額につけて そう願った。
私の耳元には 潔の寝息が聞こえる。
私はケータイの画面を見て 時間をカウントする。
今 23時59分55秒。
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あと2日だ。