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暗殺師たちのクロニクル  作者: 黒弌春夏
RESISTANCE FOR DESTINY
8/11

信頼

 「……というわけだ」

 緋依里と眞帆は竜翔の嘘にまんまと騙された。

 竜翔はこの事件に二人を巻き込みたくはなかったのだ。いずれは巻き込まれてしまうのは決定事項であっても不安にさせるようなことを言いたくはなかった。


 家庭科室を後にする二人を見送って竜翔は壁にもたれかかった千馬に近付く。

「おい」

 頭をポンと軽く叩いてみる。

「なんだ」

 ゆっくりと瞼を持ち上げ、見知らない顔が近くにあることにもあまり驚かず冷静に答える。

「お前。どうしてここにいる。どうしてここに現れた」

 竜翔は睨みを利かせ低い声で尋問のように迫ったが、そんなことは意味を成さなかった。なぜなら千馬にはもう戦意がなかったからだ。

「その前に教えてくれない? あなたは誰?」

 身体に力が入らないのか、千馬は項垂れたままで手もだらりと力なく床を撫でていた。

「俺はお前が命を狙おうとしていた有栖唯翔、その20年後の姿だがな。未来から来たんだ」

 千馬の戦意がないことを悟った竜翔は少し離れて床に座り込んだ。

「未来? そんなおとぎ話が本当に?」

 ピクリと眉を動かす千馬。

「信じがたいかもしれないが本当だ。だから俺は驚いている。20年前、この場にいなかったお前がここに存在しているんだからな。俺が未来から来たことによって歴史が塗り替えられてしまうのを拒むかのように」

 千馬はその言葉を聴いて静かになる。頭を整理していた。


「僕がここに来た理由は魔力を多く持つ人間を殺していく為」

 言葉を続けようとしたが、竜翔が咄嗟に口を開ける。

「アストラ・フリードリヒ。お前にそうするよう言った人間はアストラ・フリードリヒで間違いないか?」

 竜翔はアストラが千馬弌流を転校生として送り込んできていたという推測を立てていた。その是非を食い入って問う。

「アストラ? 聞いたことない名前だ」

「!?」

 完全にそうだと思い込んでいた竜翔はその事実に驚愕する。

「じゃあ誰の差し金でこうなった!」

 竜翔は事実に抗うように千馬に迫り、胸ぐらを掴み上げる。

「お前を動かした人間がいるはずだ。お前に緋依里を殺すように嗾けた奴がいるんだろ!」

 竜翔が締め付けるように拳を顎に近付けていく。

 千馬は苦しそうな表情を極力抑えるようにし、真摯に言葉と怒りを受け止める。千馬は胸ぐらを掴む竜翔の手に触った。

 その意図に気付いた竜翔は理性を取り戻し、掴んでいた手を開く。

「誰だ。誰がお前を……」

「分からない」

 いくら問おうとも変わらない回答に申し訳なさを抱いた千馬は竜翔の言葉を遮って伝える。

「分からない? 分からないことはないだろ」

 千馬の戦意は喪失しきっていた。ならば、それは切り捨てられる程の簡単な思い。緋依里を守る為に20年間を費やしてきた竜翔からしてみれば、千馬の態度で願いの脆さを悟ることができた。

「まぁいい。お前が分からないと言うなら、それでいい。俺のやるべきことは決まっている」

 口を開かないのか開けないでいるのかどちらかなのか分からないが、俯く千馬に竜翔は背を向ける。

 千馬はまた胸ぐらを掴まれる、あるいは殴りかかられてもおかしくないと思っていた。しかし、竜翔が背を向けてしまうので、戸惑ってしまう。


「お前はこれからどうする?」

 千馬を放置しておくのは少し不安が残る。信用に足る要素は少なくとも、近くにおいていたところで危害はないのは確かだ。例え相手が自分を襲おうと、格の違いというものでカバーできる。

「何もないなら俺に付いて来い」

「僕は……。僕はあなたの大切な人を傷つけてしまった。そうでしょ?」

 今は落ちつているとはいっても、さっきまで唯翔と緋依里を殺そうとしていた事実に変わりはない。さらにはついさっき怒りを露わにしていたばかりの竜翔に付いて行くことが憚られるのは自然なことだった。

「だからお前がどうとか関係ないんだって。お前をどうこうしようなんて考えてないし、そんな警戒すんなって。俺がそんな悪い奴に見えるか?」

 千馬には分からなかった。目の前に立つ男の視覚的ではない背中の大きさは何かを物語っているようだけど、分からなかった。どうして彼は自分に手を差し伸べてくれるのか。

 竜翔が緊張感を一蹴するようなはにかみを見せたのが良かったのか千馬は「そうですね」と笑みを零して、竜翔へ近づいて行った。

「悪い人には見えません」

 千馬は言葉通りの理由を失ってしまった。初めて味わう敗北に千馬の心は揺らぎ、居場所を失った。千馬にとって差し伸べられた手をとる理由はそれだけで十分だった。

 家庭科室を出ようと二人が歩き出した瞬間、廊下から聞こえてくる小さな足音に竜翔は気が付いた。

 魔力探査リセルカ

 竜翔の視界が一面深い青に染まる。そこには障害が一切ない。存在する壁も床も人も。、竜翔が感じ取れる範囲までその景色は広がる。その景色の中に一つの赤い炎が見える。家庭科室という枠の外、廊下という空間の一部に際立つ赤が燃えている。それは竜翔が感じ取っていた渚沢緋依里の魔力。その炎は竜翔から遠ざかっていった。

 話を聞かれていたのか!?

「どうしたんですか? そんな恐い顔して」

 周りへの警戒を怠っていた自分に嫌気がさし、竜翔の顔は引きつっていた。

 できるだけ気付かれたくはなかった。いつか知る時が来るとはいっても、緋依里を不安にさせたくはない。

 思うが早いが竜翔は家庭科室を飛び出した。足音を辿り、昇降口へと廊下を駆ける。

「待ってください」

 千馬は急に駆け出した竜翔のあとに続いた。


 少し廊下を走ったが、前方に見える緋依里と眞帆はこちらへ向いて止まった。

「眞帆ちゃんどうしたの?」

 手を引かれて走っていた緋依里が急に眞帆が止まるので前のめりになってしまう。

「あ、ごめん。咄嗟に逃げちゃったけど、逃げる必要なんてないじゃんと思って。むしろ聴かなきゃならないことがあるし」

 竜翔が近付いて行こうとすると、眞帆が手を前に出してストップのサインを出した。

「なんでそいつがいるのよ」

 そいつというのは、もちろん千馬のことだ。

「あぁこいつは俺の助手なんだ」

 さすがに研究職で籠っているアラフォーの竜翔には数秒間のダッシュも身体に大きな負担がかかり、息を切らしながら見え透いた嘘を吐く。

「嘘吐かないで!」

 眞帆は声を荒げて言った。

「教えてよ! あんた本当は何者なの? 緋依里をどうするって!?」

 竜翔は眞帆に睨まれて、顔を逸らしそうになった。

 緋依里は眞帆の後ろに隠れて怯えている。

 どこから何から聴かれていたのかは分からないが、緋依里を怯えさせておくのも嫌で、もう全てを話そうと心を決める。

「騙してすまなかった」

 竜翔は深く頭を下げた。

「まず、そこの男はもうお前たちに絶対危害を加えない。俺が保証する」

「いやいや。あんた自身をまだ信用できてないっての。ねぇ、緋依里?」

 眞帆が言うと、緋依里はコクコクと頷いた。

 眞帆はともかく緋依里にまでも信用されていないとは!? いや、二人の為だと思ってやっていたことでも二人のことを放置し、不安にさせていたんだ。

「本当にすまなかった」

 もう一度竜翔は深く永く頭を下げた。

 二人は顔を見合わせた。

 顔を上げて竜翔は伝えられることを全て話した。


「あんた、唯翔なの!?」

「……唯、くん?」

 やっぱり一番最初に反応するのはそこなのか。

 眞帆は笑い、緋依里は悲しそうにした。

 思いの外、二人の反応が薄かった。緋依里が死んでしまうということ。眞帆の安否も分からない状態になってしまうというのに。

「お前ら怖くないのか?」

 この先に起こる凄惨な未来を知ってどうして怖がらないんだ。怯えないんだ。

「はぁ? あんたが言ったんじゃん」

「唯くんが守ってくれるんでしょ?」

 竜翔は目を丸くした。

 この時の自分が、唯翔が、そんなにも信頼されているとは思ってもみなかった。

 竜翔は少し嬉しくなって顔を赤くした。

「そうだよな。俺もアイツを信じてる」

 

 

 

 

 唯翔が霊を目視できるようになったのは小学5年生の時。

 夏休みのプール開放で遊び疲れた夕方の帰り道。公園の木陰に横たわる黒猫。五月蝿い蝉の声。住宅街の一角にある木々の多い憩いの場。いつもなら夕方だろうが近所の小学生が遊んでいるのに、何故かその時は周りに人影などなかった。

 黒猫を先に見つけたのは唯翔だったが、助けようとしたのは緋依里の方だった。

『ゆいくん、ねこさんつらそう』

 唯翔は正直、猫が怪我して辛そうにしていることなんかどうでもよかった。早く家に帰りたい特別な理由があるわけじゃなく、ただ単に面倒くさかったのだ。

 はぁはぁと口を開けて呼吸する黒猫を目の前にして緋依里が口にすることなど、この頃の唯翔でも分かっていた。

『なにかしてあげられないかなぁ』

 小学生の頃の二人はお姫様と執事のような関係だった。わがままではないけれど、緋依里は唯翔に色んなお願いをしていた。

 もちろん、全てではないが唯翔はなるべくその些細な願いを叶えてあげていた。それが唯翔の生きがいだった。ありがとうと笑う緋依里を見たい。ただそれだけが執事が姫に服従する理由。それは高校生の今でも変わらない。

 赤色の水着カバンを地面に置き、しゃがんで黒猫に触れようとする緋依里。

『ノラ猫なんだから、ばい菌を持ってるかもしれない。俺が先に触る』

 緋依里の手を唯翔は引っ込めさせ、自分の手を黒猫の身体に伸ばす。

 執事にはお姫様を守る使命があるのだ。

『だめだよ。ゆいくんがするならわたしも、いっしょ』

 お姫様は家臣のことを大事に思う心の優しい人だった。

 唯翔と緋依里がほぼ同時に真っ黒な毛並みに触れる。

『『熱い!』』

 その瞬間に二人は黒猫が孕んでいた高熱に侵される。ただノラ猫に触れただけで今までに感じたことのない高温が伝わってきたのだ。

 反射ですぐさま黒猫から手を離す二人。感じた熱さはもうそこにはなかった。二人は顔を見合わせた。


 今思えば、あの出来事が霊を見ることができるようになった原因なんじゃないか。

 未来に来た唯翔はそう思っていた。

 ネロはあの後2週間も経たない内に死んだ。当然二人とも悲しんだ。冷たくなり動かなくなったネロを前に緋依里は声を上げずに泣いていた。数分何も言えず、隣で立ち尽くしていたのを今でも覚えている。

「俺がやるべきこと……」

 唯翔は李一から逃げた後、立ち止まって考えていた。

 自分の望みはなんだ? まずはあの二人に殺されないこと。そこをクリアしないと強くなれない。緋依里を守ることができない。

 さっきまでバチバチと電気を纏っていた左手を見つめる。

 自分にどこまでできるのか。

 唯翔はメモ帳に一通り目を通した後、辿って来た道を戻った。

「見つけた」

「何でてめぇがここに!」

 驚いている李一の横で立ち止まる。

「白い服着た人達って何者?」

「あぁ? 俺に言わせりゃただの邪魔者だ」

 唯翔の質問の意図が読めず、眉を顰めながら吐き捨てるように答えた。

「じゃあ、排除してやる」

「はぁ!?」

 唯翔は手帳に目を落とし、手前の騎士に近付いてゆく。

「なんだね君は」

 メモ帳に目を落としながらも、確実に自分の眼前に向かって来ている唯翔に騎士の男は顔を顰める。

 場の視線が一気に集まった。

 背後に隠した唯翔の左手から黄色の魔法円が発現するのを李一は後ろから見た。

 そして膝から崩れ落ちていく騎士の男。驚愕する残り二人の騎士と芦菜。

 あの野郎ッ! 魔法が使えるようになったからっていい気になりやがったか。馬鹿が。

「おい。どうした大野!?」

 前のめりに突っ伏した同僚を見て男が唯翔を警戒して駆け寄ってくる。

 唯翔がその男にも攻撃しようとするのを見て李一は、すかさず駆け出して男を斬る。

 押さえられていた芦菜も女騎士が事態に気をとられている隙を突いて斬る。

「何のつもりだ?」

 鬼の形相で李一は唯翔の胸ぐらを掴む。

「何を言ってるかわからない」

 唯翔は普段より低い声で答えた。

「ふざけんな。てめぇは俺らから逃げてりゃいいんだ。わざわざ戻ってきやがってんじゃねぇよ。なんだ? そんなに殺されてぇのか?」

 近寄って来ていた芦菜の眼には李一が怒っているように見えた。

 口調はいつもと変わらないが、口数が多い時は決まって李一はイライラしている。いったい何に対して キレているのかは芦菜には分からなかった。

「殺されたい? まさか。俺はお前らをぶっ飛ばしに来たんだ」

 李一の眼に映った唯翔の眼には覚悟があった。

 逃げることを止めた唯翔の眼に迷いはなかった。

 ここで殺されるくらいの自分なら緋依里を助けることはできない。

 そう自分に説くことで唯翔は自らを鼓舞したのだ。

「ふん。そうか。後悔するなよ」

 本物の極道並みの睨みを利かせてくる李一に、唯翔たじろがず、目と目で火花を散らす。

 そんな二人を交互に見て右往左往している芦菜は、二人にとりあえずこの場を離れた方がいいのではと提案した。



今回も読んで下さりありがとうございます。


久しぶりに現代チームでてきましたー。

そして、名前だけですが、新キャラ「アストラ」がでてきました。

さて彼は一体何者なのでしょうか?


今回の紹介はー。

十六夜芦菜!

 ・暗殺師1年目

 ・9月12日生まれの16歳

 ・身長 163cm

 ・戦闘方法;刀と魔法(青の魔法が得意)

 ・オレンジの長い髪が特徴的な少女。子どもの頃から元気溢れる活発な少女であったが、大人に近づく

  ほどに、現実の暗い部分に触れ、性格が少し歪んだ。

 ・暗殺師として働いているが、人を殺したことは未だない。


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