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暗殺師たちのクロニクル  作者: 黒弌春夏
RESISTANCE FOR DESTINY
6/11

二十年後の世界

 正直なところ、実感が沸かないでいた。

 千馬と対峙した時は緋依里を守ることしか考えていなくて、自分のことにまで考えがいっていなかった。剣で刺された後、竜翔がいなかったら俺は無残に殺されていただろう。そのことを思うと今でも体が震える。そもそも竜翔が過去にやって来なければ自分の知らないところで緋依里が死んでいたのだ。そんな自分自身が死ぬよりも恐ろしいことには遭遇したくはない。緋依里を守ることができることを竜翔に感謝する。しかし、これが始まりでしかないことに、またも体が震える。


 暗転した視界が一分ほど続く中、唯翔は拳を固く握りしめた。

 そして薄い光が目に入り込む。壁一面に不揃いな形の機械が並べられた部屋に唯翔は立っていた。唯翔は乱雑で清潔感のない景色に目を細めた。

「おぉ。やってきたか有栖竜翔。じゃなくて唯翔」

 光が当たらない部屋の隅の暗がりから声がする。

自分を呼んでいるようだとそちらへ目を向けると、青と黄色の鋭い眼光がこちらを覗いていた。少しずつ近くなってくるその正体はオッドアイの黒猫だった。

可愛らしい小さな口が広がるのと連動して声が発せられる。ニャーでもニャオーンでもなくそれは日本語だった。

「吾輩は猫である名前はネロだ」


 明かりのあるところまで出て来た黒猫は自分の名を名乗った。某夏目さんの著作のような自己紹介ではあるが、名前はもうあるらしい。異様な光景に目を奪われるも、まぁそういうこともあるかと、20年前というか、唯翔にとっては現代での経験から順応することができた。

「まさか、知り合いってネロのことだったのか!?」

 未来に行く前、竜翔が『向こうにお前が知っている奴がいる』って言っていたのはこの黒猫のことだったようだ。


 ネロとは、唯翔と緋依里が小学5年生だった頃に公園で拾った黒い子猫の名前で、二人が親に内緒で飼っていたが、その猫は1か月もしない内に死んだのだった。

「奴がなんと言っていたかは知らんが、お前は俺を知っているようだな」

 ちょこんと前足を立てて座るネロは二人が飼っていた頃と違い、体格が大きく逞しくなっていたが、公園で見つけた時からあった切り裂かれたような顔の傷は健在であり、同一人物ならぬ同一猫だという証明になっていた。

「なんで生き返ってんのさ?」

 一つ気になる点は自分たちがちゃんと埋葬してあげた猫が20年後の未来にいることで、さらに言えば日本語を喋っていること。

 唯翔は誰かがどこかで操っていて、ボタンを押せばスピーカーから声を出せるような多機能ロボットなのではないか、というありそうなもしもの空想をしてみる。でも、真ん前で行われていればそのことについての生きた見解が自然と得られる。

「竜翔が生き返らせたんだ」

「やっぱりそうなんだ」

 ネロは唯翔が過去で竜翔に魔法のことは教わったんだと悟る。そうなればもう面倒な説明は省いて、やるべきことはただ一つだけだった。


「じゃあ、お前には今から度胸試しというかなんというか試験を行う」

 ネロが品定めをするように鋭い眼つきで唯翔の身体をくまなく眺める。

「は? 魔術を教えてくれるんじゃないのか?」

 竜翔からはそうと聞いていたのに、いざ未来に来てみれば唯翔の嫌いな言葉「試験」を敢行しようなんて殺生だろう。

 そんな唯翔の気持ちをよそに、ネロはドア近くにある唯翔の胸の位置ぐらいの高さの棚に飛び乗り、壁に貼られた写真を肉球で叩いた。

 写真は二枚あり、どちらも首から上を映したもので、一枚は女で一枚は男だった。

「この物騒な顔の男と俯き顔の女がお前えを全力に殺しにかかる。お前はそれを陽が落ちるまで死なずに耐えろ。それができたら魔術の修行を開始する。ちなみにこの二人は暗殺師だ。つまりは殺しのプロだと言っていい。まぁ女の方はそうでもないがな」

 さっき殺されそうになったばかりなのに、またもそんな恐い目にこの身を晒さなければならないのかと身悶えたが、竜翔にことの恐ろしさを教えてもらったばかりなのだと、この先に起きる辛く苦しく痛みを伴う試練のことを思い、我が身を制する。


 明かりが足りなくて見えづらい写真に近付いていくと、制したはずの身体が勝手に小刻みに震えだした。

 写真に写る男は何があってそんな鋭く恐ろしい眼つきができるのかというほど強面だった。黒と赤が絶妙なコントラストで混じった頭髪でヴィジュアル系バンドでもやってそうだという単純な感想を持ってしまう。千馬の恍惚なしたり顔もあの時は恐ろしく感じたが、それとは異なったベクトルのド直球の恐さが唯翔の顔を蒼白にさせた。

 暗殺師って言ったっけ。相当な人数を殺してそうだ。偏見かもしれないが、そう思わないことができようかと唯翔は苦い顔でネロに視線を移す。

「すっげー睨まれてる気がするんですけど」

「ちなみに写真を撮ったのは竜翔だ」

「あの人はこの人に何かやらかしたんですかねぇ?」

 ひとまず自分に対して何かしらの怨念を持っていそうな気がする。ネロは面白がるように口を横に広げた。

「さぁ」

 その含みを持った回答に背筋が凍る。


 気を取り直して女が写った写真に焦点を合わせた。ネロが言った通り少し俯きがちの女の第一印象は可愛いだった。明るいオレンジ色の髪は目を引いて印象的だった。緋依里と比べてどちらが好きかと問われれば、問答無用で緋依里だと答えるが、この女と緋依里は比べるべきではなく、どちらかと問われるとそれは個人の好みの問題になってしまうだろう。唯翔が二人を区別することの例えを考えると、それはバンドウイルカとカマイルカを見せてどっちが好きかではなく、イルカとシャチを見てどっちが好きかを問うものになってしまうという例えとなる。簡単に言うと別のカテゴリーに収まるということだ。

 この女を評するならモデルにいそうな感じの顔立ちで女に憧れを持たれそうといった感じで、撮られることに恥ずかしがっているのか、赤くなった頬がいっそう可愛らしさを際立たせた。

「惚れたか?」

 写真を眺めながら考え事をしていた唯翔をネロがからかう。

「いやいやないっす。俺には緋依里がいるんで」

 どうして自分は見知らぬ女の写真をまじまじと見つめているんだろうと我に返り全力で否定した。

「そうか? 俺は芦菜みたいな女が好きなんだが」

 猫なのに人間が好きなのか? と純粋な疑問を持ったが、面倒臭いことになると困るので詮索はしないことにして「そうなんすか」と苦笑いで受け流した。


 唯翔がそう答えたきり、部屋は静寂に包まれてしまった。どうしていいか分からず、ちらちらとネロの方を窺う。

「ん? まだ何か用か?」

 2,3度目の唯翔の視線に気付き、ネロは言葉を返した。

「え?」

「あ?」

 間の抜けた声がまたも少しの静寂を作る。

「早く出て行かないとすぐに殺しにやってくるぞ」

 鋭い視線を受けてネロをもう一度見返せば、恐ろしい内容の忠告を受けた。

「もう始まってるんすか!?」

「ああ。もうとっくに始まっている。お前が目を覚ました時に連絡したからな」

 唯翔は合図があって始まるものだと思っていた。個人的な意見なのかもしれないが大抵の人間はそう思うのではないだろうか。唐突に『試験をする』と言われ、さらに唐突に開始されているとなれば理不尽極まりない。唯翔は動揺を隠しきれず、「嘘だろ!?」とか「マジかよ!?」と不満にごく近い驚きを口にした。

「早く出て行かないと、魔力探査リセルカで居場所を把握されるぞ」

 横文字部分はおいといても自分が早く行動を起こさなければならないことは理解できた。

 何を試されているのかどうか測り知らないが、殺されなければいいということらしいから逃げ切ってしまえばいいのだと、一番安全な方法を敢行することに決める。そうなれば何も考えずにひとまずはここから遠くへ逃げるようと床を踏みしめて駆け出す。

「お、おぉ。じゃあ行ってくる!」

 焦りと間の抜けた緊張感に言葉がぎこちなくなり、無邪気に遊びに出掛ける少年のような言い方になってしまう。

 ここがどういった場所なのかも分からずに勢いよくドアを開けて駆けていく唯翔。右に曲がっていった数秒後にドアの前を風を連れだって唯翔が通り過ぎてゆく。

「大丈夫か? あいつ」

 竜翔と同じくどこか抜けている唯翔にネロは冷や汗をかいた。


「さて……。奴も出て行ったわけだし、こっちもやるべきことをしましょうか、な!?」

 ネロは辺りを見回して自分のミスに気付いた。竜翔に預かったメモ帳を唯翔に渡すことを忘れていたのだった。

 正直なところ、竜翔に秘密で実施したこの度胸試しは唯翔の勝算を度外視して考えられたものであった。殺しのプロに殺しを依頼したのだから、結果は見えているというものだ。

 さすがに無茶だと気付いたネロは後で使用するはずだったメモ帳を渡して何とか凌いでもらう予定だった。

 生憎の手違いで渡しそびれたということにして、自力で頑張ってもらおう。

 ネロは「人のことを言えないな」と、一人苦笑いを浮かべた。




 その頃の唯翔はさっきの部屋がある二階から階段を降りて、外に出ていた。

 瞳が捉える未知の世界に息を呑まされた。振り返って自分の出てきた濃い緑色の建物を見ても異質に感じる。修学旅行で初めて訪れる予定だった東京の街の景色なんて知る由もないが、明らかにおかしい風景だと唯翔は思った。

 自分の住む町と遠く離れているからといっても同じ日本、方言とか郷土料理が存在しても家屋の違いなどそうは存在しないはずだ。この景色はテレビなどで見かけたことがあるヨーロッパの街並み。家々の間隔が狭く庭のない洒落た景観。通行人があまり見られないのは林立した似たような形の家屋の間をミミズの這った後のような曲線の路地のせいだろうか。

 呆気に取られているばかりの唯翔は急いでいることを思い出し、考えなしに駆けていく。

 ネロの言っていた、なんとやらで居場所が把握されてしまうという言葉の真意は分からないが始めから警戒している必要がある。


 三方向に分かれた道。家と家に挟まれた路地を選ぶ。家と家で紐を通し合って洗濯物を吊るしている風景は特にテレビとかで見かける。偶に見かけた人は誰もが日本人らしい黒髪で西洋感は皆無だった。ただ全身白いローブで身を包んだ人がいたのは気になった。


 唯翔は幼い頃からずっと緋依里中心の生活をしていた。男友達をろくに作らず、緋依里の真意は分からないが、そのせいで緋依里に女友達ができることもなかった。是非も無いままに二人は一蓮托生になったというわけだ。

 いつも二人一緒にいたから激しい運動はできなかった唯翔だが、その運動神経は常人のそれを越えるものだった。それは唯翔は衰えることがなかったからだ。

 継続は力なりを体現した結果が今の唯翔であった。スポーツをしていたというわけでもないのに子供の頃から足が速かったり、喧嘩が強かったりしたのは緋依里の存在が鍵なのだろう。緋依里が天然で気の抜けた性格ということも加味して守りたいという思いが唯翔を強くしていた。唯翔はバイトをしたり身体を動かすことを続けてきた。その継続の賜物が今、露見される。

 レンガの道を勢いよく駆けていく唯翔の背中を通行人たちが驚きの眼差しで見つめていた。

 自動車が通れない道だろうと高を括っていた唯翔は路地の先の通りに出る。交通量は自分の住む町とあまり差異がないように思える。唯翔は荒立てた呼吸を整えようと足を止めた。


 通りに出ても景観はあまり変わりがない。二車線の車道と均等に並べられた街路樹。やはりヨローッパ風という印象を持たせるものだった。

「本当にここは未来の東京なのか? 単にイタリアとかフランスに転送されただけじゃないのか?」

 竜翔のことを信じて半信半疑になるつもりはなかったが、意外な変わりように疑わざるを得なくなった。俺をこんな所に飛ばして何を企んでるのだろうか。

「まさか!? あの野郎、緋依里に何かする気じゃないだろうな」

 嫌な妄想が膨らむのを首をむやみに振って制した。

「いやいや、そんなはずがない。俺が緋依里の前で嘘を吐けるわけがない。そうだ。きっとそうだ」

 殺されるか殺されないかの試練よりも残してきた緋依里のことの方が心配になってきて、内心ぶれぶれの自分がいた。そんな唯翔は東西に延びる道を西へ向かった。

「しっかし、どうするべきなんだろう。ていうかドコへ行くべきなんだ?」

 揺れ動く心の空想を湧き立たせる何かにやっと別れを告げることに成功した唯翔は、見知らぬ土地に放り出されて路頭に迷った。

 安住できる所などあったとしても場所を知らない。知っていたとしても相手は自分の居場所を知ることができるらしい。八方塞がりではないか。あんなイカツイ形相の男と闘えということなのか、この試験は。


 唯翔は何か自分の力となる物を探すことにした。ポケットにつっ込んで持ってきた財布を取り出し、中身を見る。札は一枚もなく、百円玉が4つと十円玉が4つ、一円玉が4つ。計444円。

「めちゃくちゃ不吉じゃねぇか!」

 ボケたつもりではないが自分にツッコミを入れてしまった。通行人が少々はいる中で声を張り上げた自分に唯翔は顔を真っ赤にさせた。

 アホみたいだ。ちきしょう。

「これで何か買えるのか? あ、スーパーのポイントカード百いってんじゃん。やったぁ! って何がやったぁだよ!」

 何を血迷ったのか一人漫才を始めてしまいそうになる。否、もうやってた。

 自分のテンションを上げる為という口実を添えて、自分がアホになったわけではないんだ、と唯翔は逆に胸を張ってみた。すぐに自分の愚かさに気付いた。

「はぁ。何やってんだ俺」

 溜め息をもらして歩いていると、先程自分が出てきたような路地から早足で出てきた女とぶつかった。肩と肩をぶつけ合って、女だけが尻餅をついた。


「すまん」

 一応の礼儀として起き上がる為の手を貸そうと差し出す。女は差し出した手に手を伸ばそうとしたが、唯翔の顔を見上げる途端に逆に遠ざかってしまう。

「あなたってまさか、有栖竜翔の子供の唯翔!?」

 人を指差すものではないが、何かしらに驚いて腰を抜かしている女は捻じ曲がった情報を手に入れてしまったのか、唯翔を竜翔の息子と勘違いしているらしい。

 唯翔のことを間違った形容ではあるが知っている女を唯翔も知っていた。ていうかさっきネロに見せられた写真の女だった。やはり目を引くオレンジは見間違えることはないだろう。

「いや……」

 間違いを訂正しようと口を開いた唯翔だったが、この世界では自分がそういう位置づけで通っているのではないかという考えが浮かび、訂正するのをやめた。

 色々と説明が難しい事態に自分がいることに今、気付かされる。

「な、なによ」

 唯翔が難しい顔をしていると、女も目を細め睨むようにしてくる。

「お腹の調子でも悪いの? 最近すごい寒くなってきたから気を付けた方がいいよ」

「大丈夫だ。ていうか、お前に心配される筋合いはないと思うんだが」

 なんで命狙われる相手にツッコミを入れてるんだろうか。さっきまで自分一人でやっていたのは自主練習だったのだろうか。喰い気味にツッコんでしまったじゃないか。頭が痛くなるのも今の俺ならやむを得ない。

「……って普通に会話しちゃってる!」

 今はお互い緊張感がないが、唯翔たちがしようとしていることは中途半端な気持ちですべきことではないはずだ。それをお互いが理解はしているものの、どこか避けたいという思いを孕んでいた。


「お前、俺を殺すのか?」

 暗殺師と呼ばれる人物に対して野暮な質問を躊躇いつつも唯翔はする。

 女は立ち上がって間合いを縮めようとすり足で唯翔に詰め寄ってくる。女は難しい表情を浮かべながら両手を左の腰に添えていた。唯翔がその体勢の異常さに気付き目をやると女の腰に千馬の持っていたような剣が携えられていた。

 唯翔は息を呑んだ。ほんの1時間ほど前に千馬に腹を刺されたことが頭にフラッシュバックする。さっきまでの雰囲気が一変して、緊迫感に溢れた。

「待て、俺は自分を守る術を何も持っていないんだ」

 何やってんだ。命乞いの練習をしに未来に来たわけじゃないんだ。

 心臓の鼓動が速度を上げているのを感じる。

 もしも、自分の後ろに緋依里がいるとしたら……。唯翔は自分が未来へやって来た意味を改めて悟る。

「私はあなたの命を本気で狙う」

 唯翔が軸足に力を入れようと右足を一歩後退させる。

 それに対し女は剣を抜こうとしているが、手が震えて柄を握ることが精一杯だった。威勢のある言葉も力があるように見せかけているだけのように聞こえた。

 唯翔は女が怯えているのに気付いた。何に対して不安要素を感じているのかまでは知らないにしても、女が隙を見せていることが把握できる。

「俺はお前なんかに殺されるわけにはいかない」

 車道を背にして対峙している中、ちらちらと視線を車道に向けていた唯翔はタイミングを見計らって、後方へ走り出す。車道を突っ切って向こう岸へ渡る。

 女が即座に後を追うも、行き交う車に足を止めさせられてしまう。

 唯翔は西に向かって走り、適当な路地へ駆けて行った。


「はぁはぁ。なんとかまけれた」

 路地を抜けた先の小さな公園のベンチで息を整えた。

 たびたび後ろを振り返りながら走ったが、あの少女の姿は見えなかった。

 危機を脱け出したことに唯翔は得意げな笑みを浮かべていた。

 呼吸を落ち着かせることに成功した唯翔は女のことを考える。

 女は写真で見た通り可愛らしい容姿をしていた。背は自分と同じくらいで、写真通りのオレンジ髪でロングだった。

 しかし、そんな美しさ溢れる女も暗殺師とかいう人間で、その名の通り人を殺したりするのだろう。あんな綺麗な顔をして剣を抜こうとしていた。それでも抜き取れなかったのは殺すことについてネックを持っているなのかもしれない。普通の人間なら人殺しなんてする勇気はないはずだろう。まぁ普通の人間ではないのだから、暗殺師なんていう物騒なものをしているのだろうけど。


「ねぇ君」

 昼時というのに人影が少ない公園で背後から男の声で肩を叩かれる。その瞬間に、頭をいっぱいにしていた少女が悪人相の男に変わる。すっかりもう一人の敵を忘れていた。まさか、そいつがやって来たのかと素早くベンチから腰を上げて臨戦態勢をとってしまう。

 素早い反転に声を掛けた相手も驚いて身構えてしまう。相手は初めの路地で見た白いローブの人物だった。初めに見た時は顔までフードで隠れていたが、今は礼儀正しいのかフードを被っていない。

「な、なんでしょう」

 男のひいている感じの声がイタい奴だと思われてそうな気がして唯翔は苦笑いをした。

「いや、すんません」

 相手を怯えさせてしまったことに真面目に頭を下げると、向こうも礼儀正しく「いえいえ」と腰が低い対応で返す。

「あの。誰かに追われてるんですか? すごい速さで走っていたものですから」

 理由を添えて質問をしてくるあたりこの人は常識人なのだろう。

「いやいや。そんな訳ないですよ」

 命が懸っていようが殺すとか殺されるとかそんな話を他人に容易にするものではないだろうし、こういう優しいというか気配りのできる善人を巻き込むわけにはいかない。ただ、ごまかす為の嘘を咄嗟には考えられなかった。それだけ自分の行動がそうであるようにしか見えないということだ。

「それでは、すみません」

 相手が何か言おうとしたのを遮り、唯翔はその場を歩いて立ち去る。周囲を確認してまた路地に姿を消す。




「ったく。アイツは何がしてぇんだ」

 立ち並ぶ家々の屋根の上から唯翔の姿を追う男は通常時でさえ強面なくせに眉をひそめて、強面にさらに磨きをかけていた。

 彼の視界には何か考え事をしているのか注意力の欠けた有栖唯翔を10mほど後ろから尾行する同僚の図が映っている。屋根を歩いているので歴然とした足音が伴っているが、唯翔には高さのせいでその音が耳に入ってこない。


 唯翔は振り返らなくても後をつけられていることに気が付いていた。そしてもちろんさっきの女だろうとも見当がついていた。どう対処しようかと唯翔の頭の中はいっぱいだ。

 路地の出口はうねる家並みで目視できない。小さな曲がり角はあってもその先が不確定で行き止まりだったら致命的。容易には曲がれない。相手が剣を持っている以上接近戦は避けたかった。


 男は唯翔も同僚の十六夜芦菜もこれからもこれまでもアクションを起こさないことに確信を持って唯翔の行先を塞ぐように飛び降りようとした瞬間、二人のさらに後方を歩く白いローブの人物がいることに気付いた。

「ちっ。やっかいなのが現れやがった」

 舌打ちをして男は唯翔たちの進む方向の逆を歩み始めた。それは白いローブを着た男に仕事の邪魔をさせないようにする為だ。

「つけられてることにも気づかねぇのか。あの馬鹿は!」

 芦菜との距離をどんどん詰めてゆくローブの男を見て赤黒髪の男は小さく怒鳴る。着ているコートの懐から小刀を取りだした男はローブの男の手前を狙って切っ先を向けて勢いよく下へ落とした。


 風の抵抗を受けながら小刀は落下していく。ローブの男に当たっても当たらなくても目的は注意を自分に向けることだった。速度をましていく小刀はローブの男の手前に落ち、キンと鋭い音を立てた。

 その音を契機に唯翔は思い切って走り出す。

 芦菜は音のした後方へ振り返ったが、空から飛び降りてくる男の「ターゲットを追え」という身振りに合わせた口の動きに頷いて唯翔を全力で追う。


 いきなり足元へ落ちてきた小刀に、ローブの男が隠し持った剣を鞘から抜く。上空から声を張り上げながらコートを翻して落ちてくる男の予測される落下点から身を引いて、剣を構える。

 両足と左手を使い男は着地する。2階建の家からレンガの道に落ちてくるのだ、足の怪我は免れないものなのだろうが男は何もなかったように立ち上がって腰に差した日本刀を抜いた。

「何者だ!」

「いいところを邪魔すんじゃねぇよ。」

 ローブの男の警戒心むき出しの問いかけに無視をして、赤黒髪の男は容赦なく刀を振るう。

 刀身がぶつかり合い、鍔迫り合いが始まる。

「第2部隊所属西崎洋、公務執行妨害とみなし、貴方を連行する!」

 東京の街の治安を取り締まる白麗騎士団の西崎は被っていたフードを取って相手を睨んだ。

「やれるもんならやってみろ」


 男は力を込めて相手の剣を押し切る。相手がバランスを崩した所をすかさず右足で蹴り飛ばす。

「今見た全てを忘れろ。誰にも口外すんじゃねぇ。いいか?」

 仰向けに倒れ込んだ西崎の顔の横に刀を突き立てて脅しをかける。

「無理な相談だ」

 地面に打ち付けた身体の痛みに顔をしかめながらも西崎は言う。

「悪いが相談じゃなくて命令なんだよ。嫌だと言ったらてめぇの腹を抉る」

 刀を腹部に向けも相手はいっこうに頷かなかった。

「いい勇気だ、西崎さん。だけど強くなけりゃ正義を語っても虚しいだけだ」

 そう言って、男は腹に向けていた刀で首を横に削いだ。血飛沫が西崎の白いローブを赤に染めた。


 男は仕事に勤勉だった。暗殺師になってから5年、彼は仕事を一度もミスすることがなかった。いうなれば、人を殺すことはお手の物ということだ。義理も人情もなく、仕事に邪魔が入ればこうして容赦なく殺す。

 男はズボンのポケットからネロに渡されたメモ帳を取り出して見る。

『すまんが、これを唯翔に渡してくれ』

『依頼にはそんなこと書いてませんでした。追加料金を頂かないと』

 有栖唯翔を殺せとしか仕事内容を聞かされていなかった。どうせ死ぬのに届け物も何もないのと同じじゃないか。そう思いつつも男は受け取った。

『あ、言い忘れてた。殺してしまう前に渡してやれよ』

 ネロは不敵に笑っていた。

 男はその言葉を耳に入れただけで何も言葉を返さなかった。


読者の皆様、ありがとうございます。


千馬との戦いから、未来にきて少し落ち着くかと思いきや、またも命懸けの試練に晒されることになってしまった唯翔でしたが。

どうでしょうか。未来の世界観についてなんとなくわかりましたでしょうか?

自分は景色の描写がとても苦手なのですが(何が得意ってわけでもありませんが汗)、なんとなくでも掴めていたらいいなあと思います。

これから先を読んで頂けると、もっと分かるかもしれませんよ!!(どうか次話からもよろしくお願いします!!)


さてさて、今回からは、ちょっとした解説みたいなものを後書きでやりたいなーと思いまして。

キャラとか世界観とか、紹介していく感じで。

第1回は、主人公について少し紹介します!


有栖唯翔ありすゆいと

 ・高校2年生

 ・4月8日生まれの17歳。

 ・身長は172cm

 ・金髪ツンツンの髪形で、ヤンキーに見られがちだが、幼馴染の緋依里がいなければただのボッチ

 ・緋依里を守る為に警戒心を強くしている。不愛想に見えて意外と喋る。

 ・それなりの常識を持ち合わせていたり、道徳心もあり、困っている人を助けたりもしている。


 次回は、渚沢緋依里について!

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