だからゾンビはHがデキナイ
日が落ちて気温も下がり始めて、多少は過ごしやすくなっきた暮れの頃。
ウッカリ居眠りした俺は目を覚ました。
彼女は眠ったままだった。
薬の副作用が働いたのか、グッスリと眠っている。
だいぶ熱も下がったようで、呼吸も穏やかだ。
熱冷ましを剥がして前髪を流すと穏やかな寝息を立てた。
小さめの整った顔立ちは瞼を落としており、ぷっくりとした唇は少しカサついている。
ストローの先を生理食塩水のペットボトルに入れ、ストローの口を指で塞ぎ、
彼女の口元まで運び、気圧を開放して飲ませる。
スポイトの様に少量ずつ、飲み込むのを待ってから流し入れる。
50ml程飲ませたところで目が覚めた。
「・・・」
「飲んでおけ、楽になる。」
そのままストローをペットボトルに入れて飲ませる。
500mlが半分ほど消えたところで返されて、再び瞼を閉じた。
あ、そう言えば薬を飲ませて無いな。
再びストローで突いて起こそうとするものの、ストローはしゃぶられる一方で目を開けてくれないので、
仕方なし残り少なくなった散薬を水に溶かして飲ませる。
最初に飲ませてみた液体薬は嵩張るのであれ一本で売切御免。
シリカゲルで除湿した容器で保存しているとはいえ、散薬は湿気易いので既に期限切れになっており、効果の程が心配ではある。
やはり錠剤のほうが消費期限も長く、保存性も入手性も良いのだが、今回の様に寝込んでいる人に無理に飲ませるにはむいていないな。
その点、散薬や顆粒は直ぐ溶けて吸収されるので、今回のように人に飲ませたい時や早く効果が現れて欲しい場合は有効だから、何方が良いかは時々にもよる。
とは言え薬はあまり数を持ち歩いていないので、錠剤以外はこれで使い切りそうだ。
PL配合顆粒を水に溶かして先ほどの様にストローでジワジワ飲ませてやる。
効能は穏やかなので、万一身体に合わなかった場合でも重症化する可能性は低いが、合わなかったらゴメンなさいするより他はない。
ヤブ医者ですまんな。
先ほど水分を補給したためか、あるいは溶液のその味か。
なかなか飲んでくれないので世話を焼かせてくれる。
最初に飲ませたジュースのような液体薬をストックしておけばよかった。
ほら、しっかり飲まんと治る物も治らんぞ。
ふう、如何にか飲んでくれたぜ・・・
困った子猫ちゃんだ。
そんなにストローをしゃぶって貰っても困るぜ。
汗はだいぶ引き、胸はゆっくりと上下に浮き沈みしている。
少し透けて見える下着で、呼吸が苦しいのでは?
と思った紳士はゆっくりと彼女の体に手を回して胸部を覆う下着を外してやる事にした。
心拍は大丈夫だろうか?
柔らかい胸部を両手で脇へ避けて、呼吸の音とかを確認する。
呼吸音、正常
喘息のように掠れた感じは無い。
脈拍数も80と少しで、ビックリする程のものじゃない。
変なリズムでも無いので大丈夫だろう。
一応どこかが怪我していないかだとか
病状や、数時間前に飲ませた薬のアレルギー反応などが出ていないかを隈なく調べる紳士。
喉を覗くと、奥に水泡が出来ている。
喉に炎症がある。
熱もまだ少しある。
薬のアレルギーかどうか分からないが、
病気であるならこの時期の、この症状だと、
以前なった事があるヘルパンギーナと似ているかも知れない。
ウイルス性で有効薬が無く、3日も寝込んで上司にドヤされた記憶がある。
あの上司は今どこで何をしているのだろうか・・・多分まともに生きてはいないだろうな。
取り敢えず栄養を取って静養させてやるぐらいしか対応策は無い。
その間、俺が彼女に出来るサポートなんて汗ばんでべたついた身体を濡れタオルで拭いてやる事ぐらいだな。
それにしても、生きた人間はゾンビと違い肌のハリやツヤがあって羨ましい限りである。
血色が良いピンク色がかった肌なんてゾンビにはあり得ないぞ。
ふう、特にこの胸の間なんてとても蒸れてるじゃないか、ちゃんと拭いてあげないと
あせもが出るかもしれない。
勿論、背中の方までしっかり濡れタオルで拭いてあげているぞ?
だからちゃんと足腰の方も拭いてあげるからな。
まったく、可愛らしいシンプルな下着をしちゃって!
けしからんな。
おじさんの心にその純白はググッときちゃうんだゾ。
ん?毛がないだと?!
大胆なのか、天然なのか。
なんか良い形してるな。
うーん、しゃぶりつきたくなるような太ももだな。
ちゃんと爪も揃えてある。
これからもちゃんと手入れするように!
ふぅー、身体を拭いてあげるのもなかなか大変な作業だ。
早く元気になってもらいたいものだな、ふう・・・。
・・・うっ、
ふう・・・。
・・・さて、彼女も身体が綺麗になった事だし、次は汚れた俺の身体も綺麗にすべく水浴びでもしようか?
主に手がベトベトだ、いち早く洗って彼女に服を着せてあげたい。
身体が冷えないようにブランケットをかけておくので暫く待っててください。
それからトイレの脇にあったシャワー室に向かい、身体の汚れを落とすことにした俺は、
ビルの貯水タンクには水が充分のこっていたので、贅沢にシャワーを掛け流して土汚れやベトベトしたナニカを落として身体を洗った。
俺も普段はタライに水を張ったり、タオルで拭いたりだから本当に久しぶりだ。
再び彼女の元へ向かうと、幸いにもまだグッスリ眠っていたので、彼女の荷物から探り着替えを探す。
むむ?派手なヤツ持ってんな嬢ちゃん。
一枚パクって行こうか?
邪な心が騒ぎながらも清潔な服に着替えさせる為に見繕う。
見繕った服を着せてあげながらも、
下半身からタンパク質が排出される深刻な病を再び発症させないように
無心になって着せ替える。
えーと、ここをこうして・・・
やわらかいよね?やっぱり。
あ、ボタン掛け違えた。
案外難しいかもわからん。
よし、出来た。
相変わらず彼女は眠ったままだ。
もし起きて話をしても説明するのが面倒だな。
親切なイケメンとしてこのまま消えて行くのが後腐れ無いんじゃないか?
そう思った紳士はこの夜の間に再び新たな拠点を探す旅に出る決意を固める。
俺はこれで消えるが、お駄賃にパンツ一枚ください。
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窓の外は暗い。
夜も深くなってきている。
がしかし、これからが我々の生活時間帯である。
恐ろしい日光の恐怖も過ぎ去り、気温も落ちて少しは快適になってからかゾンビの朝の始まりなのさ。
本日の食事を求めて、ゾンビ達は暗い街の中へくり出すのです。
この街にはまだ日持ちする食材達が山のように眠っておるのです。
人間たちに遅れをとる前に回収してしまいたとです。
俺だって少しでも美味しい物で腹を満たしたい。
カレーとかスパゲッティとか食べたい。
オヤツにポテチを食べながら書店の漫画を読み耽りたい。
ゾンビだけど。
そういうわけで夜の街へ出て、物資を調達するわけだが、
商店とか、販売店とかから集める訳ではない。
既に物資が取られていることもあるが、都会モンは直ぐに買い溜めに走る為、ゾンビ騒動の時に殆ど店頭から姿を消している。
この前なんか近くのマンションの一室から、『恐らく家族四人で半年は暮らせるのでは?』と思えるぐらい蓄えている狡い御宅にお邪魔した。
おかげさまで大変助かっております。
そんな訳で住宅を訪ねて漁ってきた方が物が集めやすかったりする。
それによく、ゾンビ物の映画とかだとショッピングモールとかに立て籠もるのが一般的だから、ゾンビである俺にそれは悪手だ。
案の定と言うべきか、こうして実際に世紀末都市となったこのご時世でもショッピングモールは生き残った人間の拠点なのだ。
あれから一年過ぎた今でも生活拠点として都合が良いのか、物資を他所からかき集めて生活している光景を遠目に見る。
物がある所には、人が集まる。
生き残った数少ない人間たちは集まりはじめて組織的になりつつある。
つい最近、俺の方にも武器を持った連中が勧誘に来たが、
便利な言葉『行けたら行くわ』で対応し、その場をやり過ごして拠点を移り姿をくらました。
人と関わり合うと、俺の正体がバレる可能性が出来る。
その時、奴らは俺をどう扱うか。
正直、判断に困る。
最低でも身体検査ぐらいはやられそうだが、果たして今の世の中にまともに検査するだけの設備と、それを扱えるだけの人材がいるかどうか・・・
最悪、その他大勢のゾンビと同じように始末される恐れもあるな。
可能性を考え出すとキリがないが、
俺の身体がマトモじゃない以上、人の世でマトモに暮らせる筈がないだろう。
だから俺は人を避ける。
人が集まる場所には近寄りたくない、変わったゾンビもいるのさ。
原付に跨り、物資を集めつつ新たな拠点探しを再開する。
月明かりしか差し込まないようになって久しく、原始的に夜は暗いのが常だが、
ゾンビになってから俺の赤くなった目は、どういう訳か視力が上がって見やすくなっている。
特に夜目が利くようになり、逆に太陽の眩しさが応えるようになったが、それはどうでも良い。
なんで暗くてもよく見えるようになったのかは不明だが、恐らく目に住んでる寄生虫の影響だろう。
不気味な話だが、見えるに越したことはない。
不本意だがゾンビ化して助かったと思える部分だ。
そもそもゾンビ化して無ければ昼間に出歩けるがな。
畜生、ムカつく寄生虫め。
お前が居なけりゃ今頃あの子とイチャイチャしても良かったんだぞ。
まあ着替えさせた言い訳が面倒臭いかもだからどの道別れてただろうが。
とにかく新たな拠点で昼をやり過ごして夜暮らさなければならない。
望ましいのは地下室だな。
涼しそうだし、日も余り差し込まないし。
温度変化が少ないから冬場も安心。
ああ、食材はどうしても減る一方だから、調達出来ずに死ぬ可能性も考慮して
今から集めるのも良いかもしれないな。
一先ず明日の夕方迄の寝床を確保すべく、俺は暗闇を原付に跨り流離う事にした。