この家にゾンビ、または女の子はいらっしゃいませんか?
やっぱり熱いよね。
いや、夏の話じゃ無くてこの女の子の体温の話な?
日が昇るのを尻目に、日中行軍していた俺は遂に暑さに参ったので、
日が沈む頃まで身体を休めておこうと適当なビルに入った。
入り口のガラスは割れて、防犯装置も作動せず、警備員など居るはずも無く。
同類の存在に多少の警戒を払いながらも安全を確保して廃墟を占拠していく。
空いてる物件なんてそこいらに幾らでも有るのだから生きてる奴にしても死んでいる奴らにしても遭遇する可能性は稀。
人型で動く生き物はその頭数を大幅に減らしているのだ。
この人気のない世界では死体との出会いの方が多い。
滅多な事ではゾンビはともかく生きた人間との出会いなど訪れ無いだろう。
そう楽観的に考えていたのだが?
− はぁ・・・・はぁ・・・・
荒い呼吸音
寄生された人間は滅多な事では深呼吸し無いし、息が荒くなる程アグレッシブに動き回ったりしない。
生存者だろうか?
面倒臭い事になって来た。
− 苦しい、このまま私死ぬんだ・・・
別にこのビルに拘る必要性など無いんだ。
暑さが凌げて夜まで仮眠が取れればそれで良い。
原付の油も余裕がある。
未だ遠くまで逃げられる。
でも暑くて外を出歩きたくない。
特に日が高い時間帯から夕方にかけてはネットリとした暑さが続くだろう。
これ以上の長距離移動は危険。
となると今できるのは隣のビルに移る事ぐらいか・・・
− はぁはぁはぁ・・・
できるだけ生存者の存在から遠ざかるたい俺は、運悪く生き残りが居るビルの中に侵入してしまった。
かつての人類文明が残した息吹は、ただ生き残るだけなら一人でも暮らしていける程度の遺産を残している。
助け合いなどトンデモない。
奪いあって独占すれば十分余り、分け合うと足らなくなるのが今の世の中なのだ。
明日の食事に悩まされ、自分達の事で手一杯な人間に分け合う余裕などありはしない。
奪えばその分長く生き長らえる。
生き残りたい奴らから奪い合いを始める。
アレからときも流れ、物資も減ってきた今となってはゾンビの脅威より生存者の方が恐ろしい。
− 苦しい・・・
そもそも、人類を陥れた寄生虫の脅威は人の意識を奪い合い、操り、襲わせる様にしてしまう事に無い。
それは身体を支配する迄に潜伏期間があったのだ。
最初の一ヶ月、散発的な噛みつき被害で感染者の数を増やしていたが、あの程度の感染力では隔離的な対処法で事態はここまで酷い事にならなかっただろう。
ワクチンでも開発されて恒久的な対策が成され、二度とその牙が人間に喰いかかる事がなかっただろう。
だが実際にはその寄生虫の牙は一息の内に大半の人類に牙を立てた。
二息する時に息を揃えて同時に喉元に食らいついた。
そうして日本では一週間、世界的にもほぼ同じタイミングで各地の大多数の住民を纏めて死の淵に追いやり、大部分の人間は寄生虫に意識を乗っ取られた。
生き残った少数派は突如として湧き出た大量の感染に襲いかかられ、ゾンビ物よろしく多勢に無勢でその数を更に減らしていった。
やはり一週間足らずで過半数以上の人々が一気に感染者へと変容した事が人類の数を減らした要因として大きい。
おかげで感染経路もよくわから無いまま調べる意味も無いほど死んでしまった。
今日の過疎化は感染者のゾンビ化が主な原因では無く、統制の取れた爆発感染が原因だな。
ゾンビ化はオマケみたいなモノ。
人が人を襲う恐怖が共有される前に恐怖を抱く者を少数派にしてしまった。
しかしゾンビは思ったより非力なのでワン・オン・ワンなら簡単にあしらえる。
日に日にその数を大幅に減らす出来損ないのゾンビ達を横目に、いつしか生きている人間の脅威を知る。
同じ生き物
同じ知性
かつての同類
形だけの生物
何方も飢えてはいるが何方かは食べ物にありつけ無い。
同じだったモノは同じだったコトを知らなかったかのように当たり前の事が出来ない。
カップ麺の蓋が開けられない。
チョコレートの包み紙が剥がせない。
雑誌の読み方を知らず口に入れない。
生きた生物に噛り付かない。
彼らは普通じゃ無い。
でも普通な我々の生きる邪魔にしかならない。
排除しても問題ない。
よく街で銃に撃たれて死んでいる感染者の死体を見つける。
じゃあ、今生き残ってる人々は如何なのか?
生き残った連中だけで嘗ての世界は出来上がるのか?
そもそも友好的である可能性は?
人は人を害する生き物だ。
稀に、寄生虫に侵されていない人間の死体も見つける。
『なんだ、やっぱり一人の方が安全じゃないか』
今の世の中は死体の数が多すぎる。
話してる奴らの方が少ないんだ。
話さない奴らとの関係の方が楽かもしれない。
街の廃墟と一緒だ。
昔はそこにあったモノ。
もうここに存在しないモノ。
モノはもう作られないかも知れない。
だから必要性とされる。
そう言う奴は他にも居る。
奪い合いは面倒だ。
だから俺は避ける事にする。
− は・・・・・・は・・・・・
何方が知らないが俺は別の場所を探すから、放っておいてくれよ?
お前らも勝手に生きてくれ。
俺は勝手に生きていく。
達者でな、アデュー。
ビルの階段を引き返し、入り口まで引き返す。
− ブロロロロー
− ガダガダガダ
・・・つもりだったのだが外の方から車両が通る音がする。
やれやれ、面倒だな。
この街に生き残りが集まって来てるのか?
一先ずその場で連中が過ぎ去るのを待ち、余裕を持って出かけようとするものの、出鼻をくじくタイミングで車両が通り過ぎ、仕方が無くこのビルで隠れる事となる。
「もういいや、適当な階で引きこもってりゃ案外気付かないだろ。」
そう思い、結局このビルで仮眠を取ることにした俺は、声のする2階を避けて3階に移動する。
夏場の建物は上の階層ほど暑くなる。
出来れば俺も2階でヒキコモリたかった。
そう言えばさっきから声も聞こえ無くなったな。
息遣いも荒かったし、死にかけてるかも知れないな。
止せばいいのに、夏の暑さで寝付けず、気まぐれにそんな事を思い浮かべると、少しだけようすが気になってしまう。
細心の注意を払い、2階のフロアに足音を立てずに侵入。
見た感じそんなに大きなビルではない。
うっかりしてしまうと彼方にも気取られるだろう。
そろりそろりと、スパイ映画の主人公みたく偵察して行くと、なんだか荒い呼吸の声が大きくなって行く。
目標は間近だ、気をつけよう。
開けっ放しのドアの隙間から、息遣いのする部屋のようすを伺う。
「はぁ・・・はぁ・・・」
部屋の中はその無骨な景観に似合わず、多少の生活感を感じる品々が持ち込まれ、それ以外は何もないオフィスの一間でグッタリと、一人の女性が仰向けで寝転がっていた。
声はその女性の方からするが、油断してはいけない。
他にも誰か居ない保証は何処にも無いのだ。
唯一の武器である、バールのようなものを片手に、部屋の対角に注意を払いながら突入してみる。
ああ、なんで俺こんなトラブルを招く行動を自発的にしてるんだろうな?
止せば良いのに・・・でもこのビルから出られない以上、もともと安心して寝られる方が難しいのだ。
この際、姿を目撃して適当に交渉に入るのも・・・
いや、相手は御構い無しに俺に危害を加えるかも知れないんだぞ?
そんな簡単に・・・。
なんだ、誰も居ないな。
本当に簡単な間取りのビルだったので、一部屋だけで各階が構成されており、他の階層も捜したがもぬけの殻だった。
結局このビルには彼女の他に誰も居なかった訳だ、驚かせやがって。
唯一の住民であった女性も傷病に掛かっているのか寝込んで居るので少しばかり心に余裕が戻った俺は、ズケズケと女性の居るフロアに侵入する。
年の頃は10台後半から20台前半だろうか?
だいぶ若く見える顔立ちは赤く火照り、大粒の汗を浮かばせていた。
額に手を当てると、ゾンビの俺のヒンヤリした掌に焼けるように熱い彼女の体温が感じられた。
やっぱり熱いよね?
勿論夏の話ではなく彼女の体温が、
である。
今頃お外も夏の日差しに照らされてヒートアップしているだろう。
どうせ外には出られないから夜まではこのビルで篭る事になるな。
その間に休むのは良いとして、彼女を如何しよう?
止せば良いのに、安全と分かった俺は、次は熱に浮かさた彼女の事を考えて
凄い汗かいてる、脱水症状で危ないかも知れない。
とか
若いのに不憫だな。
楽しい事もいっぱい出来た筈だろうに。
だとか
ぐへへ、若いねーちゃんと会うのは久しぶりブリだぜ!
無防備に晒しやがって、誘ってんのか?
だとかを思い、何故か助けてみようかとか気の迷いが生じ、携行して居た水と常備していた解熱剤を飲ませ、夏に清涼感味わえる数少ないアイテムである熱冷ましシートを額に貼り付けて様子をみる事にした。
「うーん・・・・」
一時間もしない内にだいぶ顔色も良くなり、呼吸のリズムも安定して来たのを確認した俺は、迂闊な事に襲ってきた眠気に身を任せてそのまま眠ってしまっていった。