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第一章1  『そして運命は動き出す』



 春先の穏やかな風が、道行く人の頬を優しく撫でる。


 道幅をいっぱいに占拠して歩く人の波は、まるでどこそう流れるのを強いられているかのような感覚を覚えさせるものがあった。


 今がこの五月の頭――ゴールデンウィークという小型の連休なのだから、というのもあるが、この場所においてはそれも仕方ないといえば仕方ない。


「なぁサクラ、ケイ、今度はあっち行ってみようぜ!」

「だってさ。いこ?」


 その人混みをかき分けるようにして、誰よりも早くとばかりに道を歩く元気な声が響く。


 喜色満面の色がこれでもかと浮かんだ声が向けられた先には、その声の主からは少し後ろのあたりを歩く少年がいた。適当に切った黒とも茶色とも言えない髪、長身痩躯というには身長が足りない平均体型の少年。


「――あぁ。そうだな」


 実にそこらへんにいそうな、大量生産感の漂う平々凡々たる少年――馬郡(まごおり) (けい)は、自分を置いてさっさと先へ行ってしまった二人の友人を追いかけるために自分も早足で歩きだした。



   ◆  ◆  ◆



 ケイたちが今歩いている場所は、この間断なく続く人の波から大都会の通勤ラッシュを彷彿とさせるようなものがある。


 だがその実、ここは都会からはお世辞にも近いとは言えない都市郊外に設けられた、まさに今日新しくオープンしたばかりの大規模な遊園地だ。


 もともとこの遊園地自体に相当な広告をかけていたらしく、開演当日の今日は開演まもないことを差し引いてもすさまじい数の人が押し寄せている。


 だが実際、ここにいる人間の二倍から三倍の人間が今日この場に来たかったらしいのだ。道理で誰もが、幸運をつかみとれたことへのうれしさから笑顔を浮かべているわけだ。


 だがその中を歩くケイは、連れの友人二人や他の客とは違ってあまりうれしそうな表情を浮かべているわけではない。


 別に仏頂面であったりケイが感情に乏しいというわけではないのだが――


「それにしてもあれだよな。お前の親父さん、ほんと何者なん? こんな超人気の遊園地に、余裕で招待してもらえるなんてさ」

「あー、確か俺の親父、この遊園地の建設に結構金出してたらしいんだよ。それで招待券みたいのはもらったんだけど、親父は基本海外にいるみたいだからさ、自分が使ったんじゃ意味がないっていうんで俺に送って寄越したんだよね。ったくあの親父、どこをほっつき歩いてんだか…………」


 まだ建設直後の遊園地の真新しさに目を輝かせる大学の友人、今川(いまがわ) 幸田(こうた)に呆れたような口調でケイがそう返すと、コウタがさも不服だとでもいうように口を尖らせた。


「なんだよう。その親父さんが海外にいるおかげでそのチケットももらえちゃったわけだし? 俺たちもこうして今この遊園地に来れてるわけだし? いいことづくめなんだからさぁ、楽しんでこーぜ!」

「コウタは、いっつもそんな調子なんだから。そんなんだから、今日も危うく電車乗り過ごすとこだったじゃない」

「……え? いや、あれはその、あれだ、遠足の前はなかなか気分が落ち着かなくて寝れないっつー……」

「遠足前の小学生かアンタはっ」

「痛い、痛いって、髪はダメだってばっ」


 とたんにタジタジとなったコウタの短髪を引っ張っているのは、三枚組で送られてきたチケットでついてきてもらったもう一人の友人、珠宮(たまみや) さくらだ。


 後ろで結わえられた小さめのポニーテールを左右に揺らしながら歩く彼女は、コウタにほとほと呆れ果てたような目を向けると同時にはぁとため息をもらして見せた。


「ったく、今日ぐらいはゆっくり行けると思ってたのになぁ……ねぇケイ、このバカはほっといて先いこ?」

「あぁそうだな、コウタとかいうバカはそこら辺でちょっと頭を冷やしてこい」

「ねぇ二人ともちょっと非情じゃない!?」


 コウタの悲痛な叫びが聞こえた気がするが、ケイとサクラはそれをさらっと無視して歩き出す。どうせコウタは元気のありあまった小学生みたいな存在なので、放っておいても気づけば横について歩いている。


 その足を向けた先には、一つのドームが威風堂々たる姿でそびえ立っていた。



   ◆  ◆  ◆



 ケイたちが現在遊びに来ている『ハイドランパーク』には、日本の技術の粋を集めてもなお届かないような様々な建造物・アトラクションが配置されている。


 今ケイ達が立っている、『ガルサームホール』と名付けられたその場所がその最たるものの一つだろう。その全貌を思い浮かべるには、ちょっと小規模なサッカースタジアムをイメージしてもらえればいい。


天候・時間帯に合わせて自在に姿を変えると銘打たれたこのドームは、『ハイドランパーク』の中心地に設置されており、現在かなりのサイズを誇るそのホールの中に数千人弱の人間を収容していた。


「すっげぇえええ!! これ全部、自在に動かせるってのか!?」

「ちょっとコウタ! あんた、周りに人がいるでしょ! 少しくらい黙っときなさいよ!」


 周りの目線を引くことに恥じらいを覚えたらしいサクラが抑えた声で怒鳴り、さっきまでダウンしていたはずのコウタの耳を引っ張ってみせる。ケイはその光景に苦笑してはいたが、気持ちとしてはだいたい同じようなものだった。


 今現在この日本に、いや、地球上に存在しているどの遊園地にも、まさかこんなにハイクオリティな技術は使われていないだろう。


 天井が開く、客席がせり出したり引っ込んだりする、などのギミックとはまた何かが一段階違う。この遊園地がオープンする前にネット上に公開したプロモーション映像に登場した『ガルサームホール』の挙動を見たケイの感想は、『生物的』の一言に集約された。


 機械が動いているというよりも、見えない巨人の手でこねくり回されているかのような不可思議な動きをし、ドームそのものが実に多種多様な変形をして見せる。


 いっそ気持ち悪いと評することもできそうな挙動を可能としたこのドームの仕組みに全国の建築業者や物理学者の興味が行ったのも、仕方ない話だろう。


「でも、なんでったってまたここの遊園地はドームの仕組みを秘匿してるんだろうな?」


 ケイがそうつぶやくように口にすると、悲鳴を上げるコウタの耳をつまんでいた指をぱっと離したサクラが眉根を寄せてそれに応じた。


「さぁ? でも、こんなすごいことができるんだし、秘匿したくもなるんじゃないかな?」

「まぁそれはわからないでもないんだけどさ。だってこの会社、特許申請もしてないんだろ? 秘匿するにしたって、そりゃちょっと不自然じゃないか?」

「んー……そういうものなのかなぁ……」

「そうだろ。それに、この遊園地は――」


 そう言って腕を組んで思案顔をしてみせたサクラにケイがさらに言葉をかけようとしたとき、ケイたちの耳を突然鼓膜が破られるかと思うような大音声のBGMがつんざいた。


 それに驚いた様子を見せたのは、何もケイたちだけではない。直前まで完全にドームの中で気を抜いて動き回っていた来場客たちは皆、突然に流れ出したBGMにびっくりしている。


 そしてそのざわめきにかぶせるように、会場全体に溌剌とした女性の声がドームの各所に設置されたスピーカーから流れだした。


『大変お待たせいたしました! それではただいまより、当アトラクションパーク『ハイドランパーク』の開演セレモニーを執り行わせていただきます!』


 直前まであっけにとられていた観客も、その声とBGMが自分たちが目当てにしていた開演のセレモニーだと気づくや否や拍手を始めた。


 はじめはまばらに響いていたその拍手はまもなく会場全体に波及し、やげて会場全体が拍手の音で包まれるようになった。


「――ケイ、さっき何か言いかけてなかった?」

「いや、まぁ大したこともないことだって。それよりあそこ、誰か出てくる」


 そうつぶやいたケイが指さした先、BGMが始まってしばらくしてからいつのまにか全ての照明が落とされていたドームのほぼ中央に存在するステージ。


 そこに何本ものスポットライトが当てられ、そしてそのステージの床が突如消えたかと思うと、その真下から一人の男が登場した。


「あの人、ここの創立者か何かかな……」

「にしてはやけに派手な格好してるけどな」


『――――Ladies and Gentlemen』


 ケイたちの会話を遮るように艶やかな発音でそう告げたのは、壇上に立って両手を広げる男だった。


 男は日本では珍しいであろう赤紫の長髪をオールバックになでつけ、スパンコールの散らされた深青のスーツに染み一つないホワイトパンツという出で立ちをしていた。


 さらに言うなら、その表情の半分のみを覆うようにして道化師(ピエロ)のようなフェイスペイントがなされており、ただでさえ人目を引きそうなその格好をさらに奇異なものへと仕立てあげているのだった。


『本日は当園、”ハイドランパーク”の開園セレモニーにお集まりいただき、まことにありがとうございます』


 そう言うや、男は芝居がかった動作で一礼する。そこに一瞬生まれた空白を埋めるように、会場に観客の拍手が満ちた。


『さて、ここで当園の創立者である私ことルージェス・ハイドランが当園の設立までの成り立ちを説明させていただいてもよろしいのですが――』


 そこで一呼吸置いた男――ルージェスは、笑顔を浮かべて再び口を開いた。


『ここは遊園地、アミューズメントパークです。ご来客いただいた皆様にいきなり説明という子守歌を聞かせて退屈させてしまうのも、私たちとしては実に心苦しい』


 ルージェスは再びタメを作ってから白い手袋をはめた両手を大きく広げ、会場にいた誰もが驚くようなことを口にした。


『そこでみなさまには、当園から提供させていただくこの『ガルサームホール』での最初のアトラクションをお楽しみいただこうかと思います』


 ルージェスのその宣言に、会場が沸き立つ。


 世界中どこへ行っても見ることのかなわないであろう技術が使われたこのドームでのアトラクションをいの一番に体験できるというのだから、無理もない話だろう。


『ではアトラクションの準備に今しばらくお時間を頂戴したく思いますので、皆様はどうかそのままでお待ちいただけますよう――』


 その反応に実に満足そうな笑みを浮かべたルージェスは一度会場全体を睥睨してから、頭上で指を一度大きくならした。


 その音が合図だったようにルージェスに当てられていたライトが散会し、色とりどりに変化しながらゆったりとしたBGMとともに会場を薄暗く照らし出す。


 それと同時に、ルージェスの話にすっかり引き込まれていたケイ達の意識もようやく戻ってくる。


「……すっげぇ、俺たち実は超幸運の持ち主だったんじゃね!?」

「うるさいよコウタっ!」


 すっかりテンションがあがりっぱなしらしいコウタや、それをたしなめつつも自分も声が自然と大きくなっているサクラのかけあいを後目に会場となるドームを見渡すケイ。


 その中央に目をやってみれば、ライトが一本も当たっていないルージェスは相変わらずドームの中心に当たるあの位置に立ったままだった。


「――――?」


 ふと、そのルージェスがケイに見られていることに気がついたように首だけをケイの方へ向けた。


 暗闇のなかにあるせいでその表情が読めないケイが眉をひそめていると、そのタイミングを見計らったかのようにルージェスの後ろから赤いスポットライトが滑るように会場を縦断し、その表情を一瞬だけケイに写して見せた。


 ――瞬間。



「――――――ッッ!?」


 その時見えた表情に、ケイは自分の背筋が凍り付くような感覚を覚えた。


 ――笑顔、だった。


 ただしさっきまでの非の打ち所もない営業スマイルとは違う。口元はさも愉快だというように歪み、その眦は強い眼光を持ってケイを貫く。


 笑顔の裏に狂気をはりつけ、そこからマリオネットさながらにあの表情をコントロールしているような、肉食獣とも爬虫類ともとれるような笑み。


 さながら自分たちをただの獲物としてしか見ていないようなその獰猛極まりない笑みに、ケイの喉は一瞬で干上がった。


「――――げよう」


 気づけばケイは、水気の失せた喉をならし、その奥から直感と本能からくる言葉を口にしていた。


「――え? ケイ、今なんて?」

「逃げよう。コウタ、サクラ。逃げなきゃ、だめだ」


 BGMに負けないようにと再び振り絞った声は、会場のざわめきにまぎれて二人になかなか届かない。


「どうした、ケイ? 具合でも悪いのか?」

「それでもいい! なんだっていいから、今はここから――――」


 だがケイの尋常でない様子にようやく二人が気づけたときには、もう全てが終わってしまったあとだ。


『では準備が整いました。――私たちからまず最初にお届けいたしますパフォーマンスは――――』


 再びルージェスにスポットライトが集中するが、そこに照らし出された表情はあくまでさっきまでの営業スマイル。


 だが、直前の狂喜の表情を見てしまったケイには、それもただ空虚な仮面にしか映らない。


 そして、耳障りな声でそう前置きしたルージェスは、


『――――種も仕掛けもありまくりの、()()()()()。〈ハイドラニア・ガルサーム〉でございます』



 そう声も高らかに宣言し、



 ルージェスが直後に見せた表情に狂気をケイが感じ取り、



 ――瞬間、世界が崩れた。



「――――――ぇ?」


 比喩ではない。物の例えではない。間抜けな声を上げたケイを置き去りにして、ケイの視界に映るドームの壁が、床が、椅子が、柱が、天井までもが、崩れている。


 ――いや、それは正確には間違っている。


 ケイから見て生物的だと言わせしめた、『ガルサームホール』の動き。パッとそのドームの姿が変化していく動きだけを見たのなら、それはまるで壁や床や天井が崩れていくように見えるのだ。


 今、この『ガルサームホール』は『ドームとしての役割』を捨て去り、そのドームに隠されたその実体を明らかにしようとしているのだった。


 形が少し変わる、なんて生やさしいものではない。ドームですらない別の物体にに組み替えられていく会場にいた人間もまた、誰一人として無事ではなかった。


 それは変化していく建材に直接的に押しつぶされるとか、そういう類の物ではない。その変化の最中に傾き始めた床の上を滑り、次々と悲鳴を残してその先にぽっかりと空いた穴に落下していくのだった。


 ――『ガルサームホール』は今や、超巨大な機械仕掛けのアリ地獄へとその姿を変貌させていた。


「――――なんだよっ、これ!?」


 その様子をやや離れた位置から見ていたケイが思わずそう叫ぶも、その声は今やドーム中に充満する悲鳴に押しつぶされ、反応が返ってくることはなかった。


 そう叫んでいる間にも、いつの間にか椅子や柱が無くなってとっかかりの無くなった床を観客が滑っていく。


「何だこれ!? どうなってんだ!? 夢か!? 夢なのか!?」


 隣でコウタが無我夢中でわめきたて、


「ケイ! コウタ!」


 サクラが二人の身を案じるように悲鳴を上げ、


「話は後だ! 今は逃げ――――ッ!?」


 ケイが早鐘を打つ心臓に急かされるようにそう叫ぶ。


 だが、そうしたときにはもうすでに時遅し。


 かなりのスピードで変化を続け、今やほぼ直角に達しようとしているドームの床の傾斜をケイの足裏がとらえてくれるはずもなく、ケイ達は為すすべもなくドームの床を滑っていく羽目になった。


「うわぁああぁぁぁああああっ!」


 そしてその傾斜が八十度を越えるかどうかのところで、ケイ達はついにドームの中央に空いた虚空に投げ出される。


 そしてその視界に映ったものを見て、ケイは一瞬悲鳴すら忘れて浮遊感とともに目を一杯に見開いた。


 穴の深さは、ちょっとした高層ビル同等ぐらいだろうか。コンクリもなにも塗布されていない、地層がむき出しのまま円柱状にくり貫かれたその穴の最下層には、ゆらゆらと光る物があった。


 正三角形を上下逆に二つ組み合わせた、いわゆる六芒星と言われる図形と、それに何重にも重なるようにして描かれた円と、隙間を埋め尽くすようにびっしと書き込まれた文字のようなもの。


 それらすべてが淡く緑に発光し、ケイたちが現在進行形で落下し続けている縦穴を淡く照らし出しているのだった。



 スローモーションに映っていたケイの視界に入ったそれを見て『魔法陣』という言葉がケイの頭に浮かび、


 直後にスローモーションが解けるように加速した視界が轟音とともにブラックアウトし、


 ――――瞬間、ケイ達を含む『ハイドラン・パーク』への数万人の来場者が音もなくこの地球上から消滅した。

 最初だけ数話投稿、その後は一日一回更新でやっていこうかなと考えています。


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