東弥と歌奈子
日が沈みはじめ、街を赤く染め始めたころ。
歌奈子は、公園を散歩していた。いつも、愛海がいるあたりへ来たのだが、彼女の姿を見つけることはできなかった。
しかし、その代わりに上下ジャージを着用した見覚えのある人間がベンチに座っていた。
「お前。確か、愛海と前にいた」
「雲母東弥だ。お前こそ愛敬の知り合いだよな?」
「そうだな。歌原歌奈子だ」
直接会話したことはないが、歌奈子は愛海の口から彼の話を聞いたことがある。曰くジャージ愛好部などという謎の部活に所属し、その部のエースであると。曰く生徒会役員の有力候補であると。
それは、東弥にしても同じだった。曰く愛海の幼馴染であると、曰く帰宅部のエースであり、逃げ足の速さは天下一品であると……
「まぁ普通に話しかけてきたってことは、互いに愛敬からある程度話は聞いていて、その容姿も何かしらの形で知っていたということか」
「そんなところだな」
少し前まで歌奈子は、東弥の容姿など知らなかった。知ったのはついこの前。ちんすこうを押し付け……もとい土産として渡した時だ。
あの後、さすがにあの量は多かったかなと思い直して公園に戻ってみれば、この男と愛海が二人で仲良くちんすこうを食べていたのだ。
「でも、あれだな……話を聞いた感じと全然違うな」
歌奈子が思考の波にふけっているところに東弥が話しかける。
「どういうこと?」
「なんというかな……男勝りでものぐさなところがあるなんて聞いてたから……歌原さん?」
「何?」
急に無表情になった歌奈子を見て、初対面である東弥でも悟ってしまった。
やばい。地雷を踏んでしまったと
「まっまぁあれだな……百聞には一見にしかずって言葉もあるし……」
「愛海は他になんて言ってた?」
話を徐々にそらすという作戦は見事に失敗。
これは、こちらに被害が及ばないように回避する方法を考えた方がいいのかもしれない。
「えっと……これ以外はあまり……帰宅部だってことと春社高校に通ってるってことぐらいだな……本当にそれだけだ」
「ウソ……ついてないよね?」
「ないないない! 本当に本当だから! それだけしか聞いてない!」
本当はもっといろいろ聞いてます。ごめんなさい。でも、それを言ったら被害が尋常じゃない気がする。
「あーそーいえば、上法先輩に呼ばれてる気がするなー」
呪文のようにぶつぶつと何かをつぶやいている歌奈子の横から抜き足差し足で立ち去っていく。
「雲母東弥」
「はい!」
この行動そのものが彼女の怒りを増やしてしまったのだろうか。
急ぎ、謝る体制(土下座の準備)に入るが、振り向いた先にいる彼女は恐ろしいほどの笑顔だった。
「いろいろとありがとう。出来れば適当な理由をつけて愛海をここに呼び出してくれるかしら?」
「はっはい! もちろんそうさせていただきます!」
解放されるチャンスだと悟り、全力疾走でその場から立ち去っていく。ついでに愛海にメールを送ることも忘れない。
“前にちんすこうを食べていた公園のベンチに来てほしい”
短い文面が送信されたことを確認すると、家まで逃げるように走って行った。
さて、今回は愛海が登場しませんでした。
東弥と歌奈子の出会いの会ですが、いろいろな意味ですごいことに……
これからもよろしくお願いします。




