体験入部
「ジャージ愛好部を見学してきたんだって?」
公園でベンチに座っていた愛海に話しかけてきたのは、近くに住む同級生玉県康哉である。
彼は、カバンをベンチの横に座り、腰を掛ける。
「どこで聞いたの?」
「東弥からだよ。ずいぶんと機嫌が良かったからな」
「あぁそう」
昨日、行くといっただけであれだったのだ。
鼻声でも歌いながら廊下を闊歩する彼の姿が容易に想像できた。
愛海がため息をついていると康哉が、空を見ながらポツリとつぶやいた。
「なぁ。空ってなんでこんなにきれいなんだろうな?」
「えっ? まぁそうね」
突然、なにを言い出すのだろうか。
康哉の言動に愛海はついていけてなかった。
そんな彼女の様子を知ってか知らずか、康哉は立ち上がって両手を大きく広げてバンザイの姿勢を取る。
「だってさ、この空は昼は青色に白い雲が浮かんでるけれど、夕方になれば真っ赤になって夜は漆黒の中に無数の光を抱く……美しいとは思わないのかい?」
「まぁそうね」
「それは、人も一緒だ。人は生まれたときは真っ青な空みたいに純粋で夕日のごとく真っ赤に燃えるときもあれば、誰かの陰で静かに光を抱くこともある……ボクは、空になりたい。空は、鳥たちを受け入れ、雲を漂わせる。地表から吸い上げた水分をほかのところにしっかりを分け与える……時々、やりすぎて災害になってしまうかもしれないけれど、それもまた空が決めることだ……ボクは、生涯空にあこがれて暮らすんだろうね」
康哉は気持ちよさそうな希望に満ちた表情で矢継ぎ早に語っていた。
ところどころ理解できない点があったが、彼の言いたいことは大体分かったつもりだ。
「でも、なんで今その話をしてるの?」
「ん? あぁそうだった。まぁ大空に比べたら僕たちの悩みなんて小さいんだからさ、迷ってるなら体験入部だけでもやってみたら? 人間って実際にチャレンジして失敗するよりもチャレンジしないことを後悔するらしいし、それは人生にも当てはまるんじゃないの? 思い切ってやってから考えればいいんじゃない?」
「なるほど……そうかもしれないわね」
「うん。それと、ボクは用事があるからこの辺で……」
康哉は愛海に背を向けて歩き出す。
「うん……悩んでも仕方ないのかな……ありがとう! 玉県!」
愛海の声に康哉は無言で手を振ってこたえる。
秋の虫たちが演奏会を開こうと準備をしているころ、一人の少女は自分が歩んできた道とはまた別の方へと歩き出した。




