セミ
夕暮れ時、いつもの公園のベンチには二人の影があった。
「ねぇ最近、ちょっとセミの鳴き声静かになってきたよね」
「そういえばそうね。だんだん静かになってきてるかも……夏も終わりなのかな」
愛海はどこか遠い目で空を見上げる。
空は雲一つない快晴だったのだが、彼女の気持ちはどこか晴れなかった。
「愛海?」
「んっ何?」
「いや。何か考え込んでたみたいだから」
「まぁちょっとね……」
その時、どこかでセミが鳴きだした。
「愛海……セミってどれくらい生きれるか知ってるか?」
「えっ? 一週間じゃないの?」
「成虫の期間はね」
いったい何を言い出すんだと顔に書いてある愛海のことなど気にせず、歌奈子はさらに続ける。
「でもさ、セミってずっと幼虫の間は地面の中に潜ってるでしょ? それでいて、外に出た途端に一週間の命でしょ? 私なら耐えられなくて途中で土から出ちゃうかもしれないぐらいにさ」
歌奈子は愛海がいつもしてるように柵に手をついて立つ。
「だからさ、セミってすごいって思うのよね。たった一週間のために何年も土の中に潜っておとなしくして……いざ出てみれば、子孫を残すために一生懸命生きて散っていくでしょ。私はそんな生き方できない。不完全でも、少し不安が残っていても少しでも早く外に出ていきたいと願っちゃうのよ……そんな私とは反対で愛海は、ちゃんと準備して土の中でじっとできるんだと思う。それは、愛海のいいところであり悪いところじゃない? だって、慎重だっていえば聞こえはいいかもしれないけど、あれもした方がいい、これもしていたほうがいいかもしれないってただただ躊躇してるだけかもしれないからね」
長々と語る歌奈子のことばの何パーセントかは頭の中に入ってこない。
でも、彼女の言わんとしたことは分かっていた。
「つまり、ごちゃごちゃ悩んでないで実行しなさいって言いたいの?」
「まぁな。私の見立てじゃ、愛海は何かをしようとして躊躇してるように見えたからな」
まさにどんぴしゃだった。愛海は思わず笑い始める。
「まったく……歌奈子ったら読心術でも身に着けたの?」
「なんというかな……そんなにすごいもんじゃないよ。もっと具体的にわかればアドバイスするよ」
「読心術って完全に心を読むことじゃなかったと思うんだけど……まぁいっか。とりあえずありがとう」
すると突然、歌奈子がにやにやと笑いだす。
「どうしたの?」
「そうだよ。その顔が見たかったんだ……愛海は難しい顔してるよりも笑顔の方が似合ってるよ」
「まったく。何言ってるのよ!」
「本当のことを言っただけ! じゃ、そろそろ用事があるから行くけど頑張れよ!」
歌奈子は、あわただしく丘を駆け下りていく。
愛海は、その背中が見えなくなるまで見送っていた。




