【1話】教室
四月。新学期や仕事。何事においても始まりの季節。桜がところどころに散りばめられた並木を進み、生徒たちはこれから始まる新学期に、期待と緊張を託し、早足に各々の教室を目指した。
入学式と他校で言う文化祭を控えた、ここ私立碧桜学園(しりつへきおうがくえん)。その中の一人の男子生徒。2年5A組。出席番号13。神崎瞬は、近々行われる大イベントに心を寄せていた。
「あぁ、はやく始まってくれれば、俺のハーレムが作れるというのに・・・」
「安心しろ、瞬。おまえにゃ、一生無理な話だ」
そんな、有りもしない妄想に軽く突っ込む悪友。寄せていた思いを根っから否定された瞬は、一人勝手に盛り上がり反撃に出る。
「何おう!悠二《ゆうじ》だって、無理に決まってるだろ!」
悠二。その姓を仙道(せんどう)とする彼は、ワックスで逆立てている紫いろの髪を軽く揺らしつつ答えた。
「無理も何も、俺はそんなもんに興味はねぇよ。一緒にすんじゃねぇ。この変態が」
「変態じゃねぇし。唯、エロいことが好きなだけだし」
そんなどうでもいい話をしていると、一人の女子が二人の所に歩いてきた。
その女の子は、華奢な体つきで抱きしめれば簡単に折れてしまうのではないかと思ってしまうような女の子だった。
「そういうのは、他の人からしたら変態っていうと思うよ。瞬くん」
質素が抜けたように白色の髪を揺らしつつ、誰が聞いても不快になるどころか聞き入ってしまいそうな
声の持ち主が、苦笑いしつつそう言ってきた。
「そんなことないよ。沙夜《さや》さん。それにしても、今日は学校に来たんだね」
「まったく・・・。ゲームや、パソコンをやるから学校をちょくちょくサボってるっていう方がおかしいと、俺は思うけどな」
悠二が一人で何か言っているのを無視し、会話を続ける。
「今日は、新学期初日なので、昨日は早く寝てちゃんと来ました」
ニッコリと微笑む彼女を見ると自然と笑顔になる。そう思いながら、答える。
「そっかぁ。沙夜さんもヤル気満々だね」
瞬が、あはははと、いつものように笑っていると、横で悠二が一人ぼそぼそと呟き始めていた。
「・・・逆に言えば、初日じゃなきゃ来ないってことじゃないのか如月《きさらぎ》?」
と、一人ぼそぼそと呟いていた。
でも、さすがに一人で喋っているのは、頭が痛い子だけで十分なので話に乗ってあげる。
「まったく・・・そんなところばっかり、悠二は頭が回るんだね」
「いや、お前に勉強教えたの誰だと思ってんだ?」
「・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・。・・・・・ところで、如月さん?」
勝てるわけがない。元学年1位の突込みには。そのため、反撃は厳しく、咄嗟に話題を180度程、無理やり変える。
「無視か。いい度胸じゃないか。・・・まぁ、別に俺は良いんだがな。ただ、これを校内外にばらまいてもいいってとらえるけどな」
嫌な汗を柄にもなく垂らし、無視しようとしていた矢先、悠二が不穏なことを言い出す。それに反応して振り返る。チラっと、軽く見てみると、そこでは雄二が持っている機械らしきものがある。それを一瞥するなり、慌てて飛び上がる。
「ま、まさか!貴様、悠二!!なぜ今それを持っている!!」
先程から足している汗を軽く拭き、問い質す。そんな瞬とは対照的に、あくまで落ち着いた雰囲気で悠二が答える。
「護身用さ。お主が何もせんようにするためのな」
武将みたいな口調になってるのは木にせずに続ける。今、悠二が手にしている機械は、
「ボイスレコーダー、って・・・何を録音しているんですか?」
沙夜が問う。「まぁ、聞いた方が早いだろ」といい、平然と落ち着いた様子でいる悠二は、慣れた手つき
で操作する。すると、中から響いてくるのは、どこか聞き覚えのある男の声だった。
『我は、高貴なる騎士団に所属している。名は無い。代わりに漆黒の光を放つ賢者と呼ばれている。だが―――』
「ヤメローーーー!!!それを、再生するなーーーーッ!!!」
体中からは滝の如く、書きたくもない脂汗を掻く。しかし、それを完全に無視し立ち上がる。
何かをたくらみ笑っている悠二の顔を一睨みし、ボイスレコーダーを奪う。そして、速攻で停止ボタンを押し、そのまま電源を落とした。
「ハァ、ハァ。貴様、悠二。絶対に許さんっ!」
「あ、あのぅ・・・今のは一体・・・。どこかで聞いたことがあるような声だったような気もするんですが・・・」
瞬が一人興奮している間、唯一話について行くことのできない沙夜が聞いてくる。それに、あくまで落ち着居いた様子の雄二が答える。
「ああ、あれは、瞬の面白い過去を録ったものさ」
「面白くないっ!!」
涙ぐみながらも必死に抵抗する。涙ぐんでいるのは、どちらかと言えば早く過去を投げ捨てたくてもどかしい思いが体中を取り巻いているような気もするが。
「コイツの中3の時は何というか。凄かった」
しみじみと思い出に浸るようにしながら語る悠二は、「でも、そんなやつが今じゃ学年1位なんだからな」と付け加える。そんなのをよそに、瞬は一人過去に囚われ、嘆き続けていた。
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