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脳内パンク寸前  作者: 朝比奈和咲
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3

 私はいつの間にか知らないところに立っていた。

 青空の彼方、地平線まで続くアスファルトの道路、中央に白線が細く一本どこまでも続いている。周りはどこまでも広がる若草色の草原。

 ここは何処だ。何処だろうか。

 驚いた私は辺りを見回した。驚いたはずなのに、どういうわけか心は落ち着いていた。うろたえることもなく、私は静かに左右を見回していた。ジャンプもした。やはり私はアスファルトの道の上にいた。思う、今の日本でこんな光景が見られる場所といったら、夏の北海道でドライブしているときぐらいではないだろうか。どうせ私は未だに行ったことがないから、それも想像の領域を超えることは出来ないのだけれど。

 本当に、なにもないところ。とは、こういう場所のことを言うのだろうか。

 コンビニもない、ガソリンスタンドもない、牛丼屋、ラーメン屋、それにファミレス、本屋、あとは、最近どこに行っただろうか、ああそうだ、会社と自宅だ。

 そんなものはここに何もないだろうな。

 けれど、それがまたなんか良い気がする。

 そう思うと、私はこの景色といつまでも一緒にいたくなって、言うなれば虫とり網と虫カゴのような関係だろうか。そういえば、私はいつ、セミを追うことを止めて蝶を取ることを止めてしまったのだろうか。確かに楽しかったはずなのに。

 ここが仮想世界なのだろうか?

 背中から風が吹いて来た。少し冷たい風だった。ここにも風が吹くのかと少しびっくりした。風が抜けていったほうに目を向けると、遠くの青空に気球があった。

 大きな熱気球だ。熱気球のバルーン部分は上から赤、黄色、緑の三色で塗られていて、何本ものロープで繋がられた黄土色の籠の中には人がいるように見えた。それが、私にこっちに来い、と手招きしているように見えた。

 風がまた後ろから吹き付けてきた。さっきよりも強かった。もし帽子を頭にしていたら、たちまち気球の方まで飛んで行ってしまっていただろう。

 私はそっちに向かって歩いて行くことにした。何が何だかまだ分からないが、どうせこの世界ですることなんて他にもないだろう。ただそこで待ち呆けしているより良いのではないかと思った。草原がさわさわと風に揺れた。まるで、それでいいんだ、と言っている、と思った。風が背中を押している、なんて言葉を思いつき、少し苦笑いした。なんだ、私は結局、変わっていないじゃないか。ガキの頃から、こんなことをいつも思いついてばっかりだ。

 私は歩きだした。アスファルトの道は本当に平べったく、でこぼこなんてない。こんなに歩きやすい道だから、すぐに歩くことが楽しくなってきた。すると、周りに広がる草原もさっきより青々と輝いて見えて、アスファルトの先もキラキラと光っているように見え始めた。水が撒かれたかのように、キラキラと。

 そして私はあることに気が付いて足を止めた。自分の影が見当たらない。

 私は空を見上げた。雲ひとつない青空には、どこにも太陽が見えなかった。

 それでも私はそうだろうな、と納得した。ここは仮想世界のはず、アリスが不思議な国に転がり落ちて行って帰ってきたように、私も不思議な体験、それもどこか懐かしさを感じさせる体験をしながら結局は元の世界に戻れるのではないか、と私はそう信じたくなった。そう考えられる自分に少し酔っていたくなった。

 いいなあ、こんな穏やかで温かい世界。風の音がこんなに澄みきって聞こえるところへ、私は久しぶりに行った気がした。都会のアスファルトを見て心が揺さぶられたことがあっただろうか。アスファルトの道が、そうだ、そうだ、早く歩いてくれと言っている気がした。

 仮想世界なのだろうか。どうでもいいか。

 いや、どうでもよくない。いくら何でもおかしいだろ。

 此処はどこだ。あれ、此処はどこでもいいか。

 まあ、どうでもいいか。何だか頭がぼうっとして軽い。

 良い気分だ、そう、手術が終われば帰れる、たった10分と言っていたな。だったら思ったままに行動してみよう。

 それがいい。ほら、また追い風だ。今度は暖かい風だ。

 私は、熱気球に向かってまた歩きだした。


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