2
その眼科病院は私の推定生涯年収では絶対に足元にも及ばないであろう高級住宅街の一角にあった。しかし、やはり病院なので見た目はシンプル、三階建ての白い外壁、どこにでもありそうな病院らしい建物だった。
新しく出来たとだけあって病院内も壁の汚れとかもなく清潔で綺麗だった。受付を済ますと、すぐに若い男の看護士がやって来て私は手術室まで案内された。
手術室入口となる銀色の自動ドアを抜けると、部屋の右側には大きな四角い箱型の白い機械がでかでかと置かれていた。私の身長より少し高く、大きさは自動販売機を横から見た感じに似ている。機械の前には丸い椅子が一つ置かれていた。
私よりやや年上に見えるロングヘアーの女医さんが手術室の左手にある机に着いていた。すらっとした体つきで綺麗な人だなと思った。「こんにちは」と言ったので、私は軽く頭を下げると女医さんは「それではさっそく始めましょうか」と言って立ち上がった。私は機械の前にある丸い椅子の前に座るよう言われた。
私が座ると、女医さんは淡々と説明を始めた。
「それでは、あなたがこれから受ける近眼手術の説明を致します。
現実時間では約10分の手術時間となります。しかし、人によってはもう少しかかるかもしれません。あらかじめご了承ください。
あなたの目の前にあるこの大型の白い機械は、通称『仮想世界行き近眼手術機』と言います。これは、簡単に言えば手術中のあなたの意識をこの機械の中に組み込まれた仮想世界に飛ばし、意識の無いあなたの眼球を特殊な光線によって手術するという機械です。
質問は後で。今は順を追って説明します。まずは、よっと」
掛け声とともに女医さんは機械のスイッチをいくつか押した。機械が動き出し、ガチャガチャという音と共に、私の前にあった機械の小さなシャッターが開くと、中から不思議な機械がスライドして出て来た。双眼鏡のような機械が取り付けられていて、顎を乗せるための白い受け皿、額の位置を固定するための白く柔らかそうな板が主に目に着く機械だった。双眼鏡の筒の先は大型の機械の中まで続いていて、先の方は見えなかった。
「はい、まずは顎を乗せながらそのスコープを除いて見ましょう」
仮想世界と女医さんは言っていたが、私には何の事だかさっぱり理解できなかった。後でそのことはしっかり聞いておこうと心にとどめた。
私はメガネを外しケースに入れてカバンにしまい、そして言われた通りにした。額も自然と白く柔らかい板に触れ、私の額の形にフィットした。というより、顎も額もぴったりとくっ付いて顔を全く動かすことが出来なくなった。
こんな体験は初めてで私は不安になった。とりあえず外してほしい。
「そんな感じです。まだスコープの先には何も見えないと思いますが、手術が始まれば見えます。見えたらスタートです。どうぞ気を楽にして仮想世界に意識を飛ばしてゆったりとくつろいでいて下さい。あなたの意識がないうちに、勝手に手術は進みます。
では、行ってらっしゃい」
― え!? 説明それで終わり!? ―
がくっと体の力が抜けた。肩が落ちたような気が一瞬だけした。
何も見えない。
するとすぐに、だがぼんやりと何かが見えた。茶色、緑色、青色、それに赤か?
ぼんやりとした色がすぐに中心へ収束していき、やがてそれぞれが鮮明に見えてきた。
見えてきたのは地平線まで続いて行くアスファルトの一本道、雲ひとつない青空、道のはるか先に大きな熱気球が浮いており、道の周りには草原が限りなく広がっていた。
そして気が付いたら、私はアスファルトの道路の上に立っていた。