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脳内パンク寸前  作者: 朝比奈和咲
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 表面を塗りつぶすと、今度はこんな文字が出て来た。


 ― コクサイデンワ-0-035-619-

-アノトキノオモイデ、ウシロカラ4コ

    デンワシテネ! シナイトオコルヨ!―


「国際電話だって」

 白色のカードにオレンジで書かれた文字を黙読した私は、カバンの中からメモ用紙とボールペンを取り出してカードに書かれていた内容を全て書き写した。そしてそのメモ用紙を彼女に渡した。

 彼女はそれを受け取って目を通した。

「お使いになっている携帯電話は?」

「ドコモだけど」

「では、010をまず付けてからですね

 010-0-035-619、までは分かりますが、アノトキノオモイデ、とは何ですかね?」

 あの時の思い出。私に思い付く物は一つしかなかった。

「ああ、それはもう分かってるから大丈夫」

 そう言って彼女にメモ用紙を返すように言った。

 彼女からメモ用紙を受け取り、私は3249という語呂合わせの数字を頭に浮かべた後、その逆の9423という数字をそれに書いた。

「さっき言ってた国際電話の番号は何だっけ」

「010ですよ。010-0-035-619-アノトキノオモイデです」

「あの一瞬で覚えたの?」

「ええ。15ケタまでならすぐに覚えられますけど、20を超えると辛くなります」

「すごいね」と私は感心しながらメモ用紙に書かれた番号を自分の携帯電話に打ち込んでいった。

 010-0-035-619-9423

 打ち終わっても何の音も聞こえない。ピーッという留守番サービスで耳にする音が三秒ほど続いて何事かと思った。すぐに「繋ぎます」という機械音声が聞こえた。

 いつも耳にする呼び出し音が数秒聞こえ、電話が繋がった音が聞こえた。

「ハロー」

 外国の男性の声だった。ものすごく声が野太くて、西部劇の酒場に出てきそうな男の姿が頭に浮かんだ。間違いなくビールを飲んで大口を開けて笑うキャラだ。まさかそんな人が出るとは思ってもいなかったので面喰ってしまい、「ハロー」と相手に伝わりそうな口調で言い返した。

「日本の方でよろしい?」

「はい」 日本人とバレたらしい。相手が外国人だとは思えないほど流暢な日本語だった。思わず「あの、日本語上手ですね」と言うと「そちらこそお上手で」と返され私は苦笑いするしかなかった。

「どういったご用件?」

 しかし、言っては悪いがこれ以上に日本語のアナウンスが合わない声はないと思った。日本ではテーマパークでしか聞けない声だ。電話の応対に使われると、あまりにもおどけた調子に聞こえて話す方も笑ってしまうのではないかと思った。

 私も笑わないように平静を保ちながら言った。

「突然の電話で申し訳ありません。森道 矢衣子さんとお話をしたくてそちらに電話をしたのですが」

 そう言うと男は少し沈黙した。

「どういったご関係?」

 駄目だ、笑いそうになる。

「小学校の時の同級生です。そちらの電話番号はオレンジ色になったカードで知ったのですが。炙りだして特殊なライトで照らして文字が映し出される不思議なカードです」

「OK。待っていてくれ」

 男がそう言うとすぐに回線が切れる音がした。そして「そのままでお待ちください」という女性の機械音声が数回聞こえてきた。

 私はやっと一呼吸入れられた気がした。息を深く吐くと「大丈夫ですか?」と女医さんが言ってきたので「大丈夫」とだけ伝え、「なんかヤバイところに繋がっているんだろうな」と口だけで笑った。

 機械音声が切れ、回線が繋がる音がした。

 私は息を飲んだ。聞こえてきたのは、さっきの野太い男性の声だった。

「OK。では、彼女へのメッセージを」

 私はそう言われて戸惑った。

「え、直接お話しは出来ないのですか?」

「それは出来ない。

 理由は機密情報の漏えいを防ぐため。外部からのメッセージは全て第三者を通しての伝言形式によって可能となっている。もし、彼女があなたの伝言を聞き、それであなたと話したいという彼女の要望があれば、その時は彼女から直接の連絡がいく形になる。

 なければそれまで。ご了承ください」

「そうですか」と言って私は黙った。

 私が黙ると男は言った。

「なに、必ずヤモに伝えるさ。ヤモがあんたの話を聞いてどんな反応をするかは知らないがな。そのオレンジ色に変わったカードは、ヤモが特注で作らせた代物だってことも分かっている。友達だろ、何でも伝えるさ。デートの日でも、告白でも何でもな」

 男はそう言うと大きな笑い声が聞こえて来た。本当にビールでも飲んでいるんじゃないのか、と思わせるぐらい上機嫌な笑い声だった。

 いくら粘ってもどうせヤモには変わってくれないのだろう。伝えることもあの時のことを謝るという、今さらのような話だ。

 今さらでもないか、現にあいつも私も未だに覚えているのかもしれないのだから。

「分かりました。では、伝言をお願いします」

「どうぞ」と短く男は言った。

 私は「少し考えます」と言って時間が欲しいことを伝えると、「どうぞ、ただし回線だけは絶対に切らないようにな」と忠告された。

 しかし、どうやって伝言すればいいのだろうか。事務的なことではなく私用なことを伝言する経験はあまりない。あのことを男に対して謝っても空回りするだけな気がして、結局はどう言っていいのか分からない。

「すみません」

「何だ、決まったか?」

「いえ、この伝言はどうやってヤモに伝えられますか?」

「大丈夫だ。プライバシーは守られる。俺が一人で処理する。録音もされずに、俺を伝ってヤモに伝えられる」

 駄目だ。こんな声で熱を込めて謝る姿を伝言させても、間違いなく空回りしてしまう。

 仕方ない。事務的に謝るか。『ミニ四駆を盗んでごめん。また会おう』でいくか?

 頭の中でもやもやしていると、そういえば電話してくれと言ったのはあいつの方であったことを思い出した。

 あいつから私に電話をしてくればいいじゃないか。秘密組織にいようがいまいが、ヤモはヤモだろうが。

 今日は冷遇されてばっかだ。どうして今日会う奴らはこんなのばっかなんだ。

「伝言、いいですか」

「はい」

 私は一気に言った。

「ミニ四駆のこと、謝りたいから連絡をくれ。

 それと、さっさと連絡ぐらいよこせ、バカ」

「以上です」と言うと「以上? それで本当によろしい?」という返事がきたので「いいです、いいです」とぶっきらぼうに言って、さらに言った。

「それで伝わらなかったら私の人違いだと思いますので」

 するとさっきよりも大きな笑い声が聞こえて来た。

「OK。しっかりヤモに伝えておく」

「お願いします」と言うと、私の横で女医さんがじっと私のことを注視していることに気が付いた。

「あ、ちょっと待って下さい」と私は言って電話を外した。

「いいのか? ヤモに伝言するなら今しかないみたいだぞ」

 女医さんは首を振った。

「どうして?」

「伝言形式なのでしょう? 電話相手のおじさんは口が軽いから嫌です」

 あんな伝言で良かった、と何故か思った。

「一言でも伝えておけよ」

「では、ありがとうございました、とだけよろしくお願いします」

 私は携帯電話を耳元にあてると、私より先に男が話してきた。

「ピーターからの伝言か?」

「ああ、はい」どうやら何かを知っていたらしい。ピーターっていうのか、彼女。

「彼女はきちんと役目を果たしたようだな。

 彼女に『お疲れさまでした、これからも頑張って下さい』と伝えてくれ。

 それでは、回線を切らせて頂きます。なお、この番号はもう通じませんのでご了承ください」

 そう言われて、回線が切れる音がした。

「切れた」 一方的に電話を切られ少し腹がたった。「切」ボタンを押して携帯を置いた。

「ごめん。伝えられなかった」

 彼女は「いいですよ」と言って俯いた。

「それと、あなたに伝言。お疲れさまでした、これからも頑張って下さい、とのことだそうだ」

「そうですか」とだけ言って彼女は手を組んで指をデタラメに動かし始めた。俯いた顔には若干嬉しそうな笑みがこぼれていた。

「良かったです」と彼女は言った。「何が?」と訊き返した。

「ヤモさんにやっと恩返しが出来ました」

「ああ、役目とかさっき言ってたな。

 私をヤモと接触させるのが役目か?」

「知りません」とだけ言って彼女は組んでいた手を元に戻した。

「あの方からの任務、というよりお願いでした。

 けれども、今考えれば、私のために与えてくれたようなものです」

「そうなんだ」と言うと、彼女は微笑んだ。

「色々とイタズラされてその度に怒ったり泣いたりさせられましたけど、そういうことを感じられるのもあの方のおかげなので」

「ずいぶんとヤモのことを慕っているな」

「ええ。私、ヤモさんに出会ったときは目も見えず、喉が潰された状態だったんです。それを治してくれたのが、ヤモさんとその組織の人たちでした。ヤモさんが私のことを拾ってくれなかったら、私はもう死んでいたでしょうし」

「そうだったんだ」

「そんな悲しい顔しないで下さい。あなたのおかげでもあるんです」

「私のおかげ? 私は何もしていないけど」

「そうですけどね。あの白い機械は最初、ある人の近眼を治したくて作られたものだってヤモさんが言っていたんです。ただ、近眼だけじゃつまらないとか言って、乱視や遠視、老眼、それに色盲の方や、出来たら生まれつき失明している方の目も治せるようにしたいと考えたそうで、その時、ヤモさんの昔の友人の案を思い出したそうです」

「案?」

「はい。脳みそに知識を直接インプット出来ればテストに困らないのに、とその友人は言ったそうです。わざわざ目で見て口で音読して耳で聞いて手で書いて覚えるより、脳みそにそのまま知識を入れられればテストはもっと楽に出来るのに、という話になって、どうすればいいか二人で考えたそうです」

「その結果、あの機械が出来た、と」

「さあ、そこまでは何ともいえません。けれどもその話に参加出来なかった私には、あの機械の中身がどうなっているか見当もつきません。二人だけの秘密、とかヤモさんは言って私をいつも茶化していましたし」

「覚えていない」

「そうなのですか? でもあなただと思いましたけど。小学生のときにまっ白なままの夏休みの宿題を持ってヤモさんの家に乗り込んだと聞きましたが?」

 そう言われて私はある思い出が頭に浮かんだ。

「ああ、思い出した。乗り込んだ、確かに乗り込んだ」

 あの時は夏休みの宿題をわざと手を付けずに取っておいた。そうすれば、あいつの家に乗り込むきっかけが出来ると思ったから。

「あれはヤモが夏休みの宿題をすぐに終わらせられる方法を教えてくれるって言ったんだ」

 そう、確かに乗り込んだ。けど、どうしてだ。あいつの部屋が思い出せない。

「そこであなたは一つも宿題に手をつけずに、ヤモさんの家にあった本を読み漁っていたらしいですけど、どうしたのですか?」

 どうしてだ。思い出せない。ヤモの家の外見も玄関も部屋の様子も、まるで思い出せない。分からない。でも、ヤモと確かに夏休みの宿題をしようとしたことはある。私は何もしないで帰った、何だ。この感じは。何かぽっかりと穴が開いた感じだ。

 どうしてまっ白な世界でヤモと私が宿題を見ているんだ?

「大丈夫ですか?」

 女医さんの方を向くと、私の様子をまじまじと見ていた。

「私、何かマズイことでも言ったでしょうか?」

「いや大丈夫」 私は微笑して言った。

「それよりもいま何時だ?」

 彼女は右手にしている腕時計を見た。

「いまですか。あと二十分で正午ですね」

「正午? 私がここに来てまだ二時間も経っていないのか?」

「正確には七十五分です。時間がどうされましたか?」

 すっかりお昼を過ぎていると思っていた。

 変だ。やっぱり何か妙だ。何かが心に引っかかって仕方がない。

 全ての現実を飲み込もうとしても、何かが引っかかって仕方がない。

「すまない。疲れているみたいだから、もう帰らせてもらうよ」

「お疲れになっているのなら、ここで休まれて貰ってもよろしいですよ」

「いや、大丈夫」と言って私はベッドから出た。

「でも」

「その、家でゆっくりしたいんだ。何かあったらこっちに連絡するから」

「そうですか」と彼女は言って椅子から立ち上がった。

「当院の出口までご一緒致します」

「ああ、ありがとう。それでお金を払わないと」

「いえ、あなたから貰うわけにはいかないのです。

 どうぞ、お気になさらずに。さあ、行きましょう」

 私は靴を履き、そしてさっさと歩いて部屋から出た。

 部屋から出た時、あの夢を思い出してふっと右を向いた。誰もいない。私は胸をおろした。あのナースに出会ったらどうしようかと思った。

 背後からドアが静かに閉まる音がして、私が振り向くと瞼を半分ぐらい閉じてだるそうにしている女医さんがいた。何かうつらうつらとしている。

「行きましょうか」と女医さんは笑顔を作って言った。

「あなたこそ大丈夫なの?」と私が言うと、女医さんは言った。

「大丈夫です。いつもはこんなに話さないので、疲れてしまっただけです。

 私のことは気になさらずに。さあ、行きましょう」

 そう言って女医さんは歩き始めた。私もその横に着いていく形になって、病院の出口まで向かって行った。


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