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脳内パンク寸前  作者: 朝比奈和咲
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「あの機械の正式名称は私にも分かりません」

 そう言って彼女は話を切りだした。

「何だよ、それ」と私が口を挟むと、「すみません」とだけ返してきた。

「ですが、使用方法は分かっています。このペン型の機械と共に、あなたの友人である、かもしれないですが、私の命の恩人でもあるお方が私に教えて下さりました。

 その時に、あの方は『もし、この機械で治療された患者さんの中で私のことを口走った方がいたのなら、今度はこの機械でホログラムを見せて何が見えたかを聞いた後に、私の子どもの頃の姿が見えたと言ったら、その時はこの番号に電話するように伝えて』と言われました。

 それがこの電話番号です」

 そう言って彼女は椅子から立ち上がると、ポケットから名刺サイズの白いカードを取り出し、私に差し出してきた。

 私はそれを受け取った。が、何も書かれていなく、裏返して見ても何も書かれていなかった。

「何も書かれていないじゃないか」

「あ、すみません」

「なんだ、これじゃないのか」

「いえ、火で炙らないと文字が出てこないと言ってました」

「炙りだし? ずいぶんと古典的な方法だな」

 私がそう言うと「そうなのですか?」と彼女は言い、「ライターとか持っていますか?」と私に聞いてきた。「カバンの中にある」と私は言い、彼女が持ってきてくれた黒いカバンの中からライターを取り出した。

「これで炙ればいいんだな」

「はい」と彼女は答え、ライターから目をそらした。

「すみません。火は苦手で、後ろを向いてますね」

「そうなの?」

「はい。過去のことを思い出してしまって」

「さっさと終わらすよ」と言って私は火を付けた。

「どの辺を炙ればいいんだ?」

「全体的に炙れば」

 そう言い返されても、このカードは両面白紙でどっちが表なのかも分からなかった。

 どこを炙ればいいのか分からないので、初めは指を火傷しないようにカードの先端から炙った。すぐに先端からカードの色が白から夕焼け空のようなオレンジに変わっていった。

 慌てて私は火を消した。炙られた先端から広がるようにオレンジ色はカードを浸食していき、身の危険を感じた私はカードを手放した。私の膝元に落ちた白いカードは一秒とたたないうちにオレンジ色のカードになった。

「終わりました?」後ろを向いていた彼女が言った。

 私は指先だけでオレンジ色のカードにそっと触れた。熱くはなかった。

「ああ、終わった」と私が言うと、彼女は私の方を向いた。

「それがさっきのカードですか?」

「そうだよ。これも新技術なのか何なのか」

「分かりません」

 私はカードを拾った。

 白色のカードはオレンジ色に変わっただけで、裏返しても文字は見えなかった。炙りだしなら少しでも色が変わっているところがあるのではと思い、窓から差し込む陽射しにカードを照らしてみたが何も浮かびあがらなかった。

「駄目ですか」 彼女が沈んだ声で言った。

「他に何も聞いてないの?」

「はい。火で炙って、ということしか聞いていませんでした」

「そうか」と私は言ってカードを見た。

「水に濡らすとかはどうだろうか?」

「いえ、駄目です。火で炙って、としかあの方は言っていなかったので。必要なことだけを言う方でしたので、それ以外のこともあったのなら私に言うはずです」

「そうか」

 炙って何も文字が浮かび上がらないのなら、炙り方に落ち度でもあったのだろうか?

 いや、そもそもこのカードには何も書かれていないのかもしれない。

 または、これまた特殊な火で炙らないといけないのだろうか。

「何か、別なことも考えないといけなそうだ」

 そう呟いて私はカードを膝の上に置いた。

「すみません。お役に立てなくて」

「いや、そのカードに何も書かれていないとかはないのか?」

 彼女は少し黙り、そして「ありません」とはっきりと言った。そしてペットボトルの蓋を開けてゴクゴクと飲み、飲み終わると蓋を閉めながら言った。

「イタズラ好きな方でしたが、真面目な方でもありましたので」

「そうか」

 

 私はカードをもう一度拾い上げた。

 どちらの表面もつるつるしていて、紙というより薄いプラスチックという手触りだった。こんな手触りのカードはこの世のどこかで探せばあるかもしれないが、火で炙ると色が変わる紙のカードというのはやはり聞いたこともないし考えたこともない。しかも文字まで浮かび上がるはずなのだが、いまはその文字は浮かんでいない。

 そう考えたとき、子どもの頃に似たような物があったことを思い出した。

 二本一組で売られていた子どもだましな蛍光ペン。片方が書いても透明なペンで、もう片方が色付きの蛍光ペン。透明なペンで紙に文字を書き、蛍光ペンで書かれたところを塗りつぶすと文字が浮かび上がってくるという、とりあえず摩訶不思議なペン。

 あの頃は誰もが一度は手にしたペンだったが、透明なペンで書いても光に当てればうっすらと文字が浮かび上がってしまうし、透明なペンのペン先を汚してしまうとそれだけで使い物にならなくなり、水性ペンだったので水に弱く、蛍光ペンで塗りつぶす時の力が強いと文字が滲んで読めなくなってしまうなど子どもでさえも呆れるような要素が多かったため、たいして流行らなかった。

 そういえばヤモと私はそのペンの話で盛り上がった。

 このペンを完全なペンにするために改良すべき点、という話で盛り上がったのだが、まあ二人でチンプンカンプンなことを言っていた気がする。ヤモが言うには、このペンは二人だけの間でしか読みとれないような仕組みにしないといけないとか言っていた。そこからは子どもにはさっぱり分からない内容をヤモは喋り始めた。私はただ頷いて聞いていた。

 喋っていた内容は、暗号の必要性と解読方法、それに通信手段のことだった。今ならなんとなくだが分かる。

 暗号はある人物が特定の人物のみに情報を送りたいとき、その情報が関係ない人物に知られないようにするときに使われる方法だった。ヤモが言うには、このペンの暗号作成方法は透明なペンで書くということで、解読方法は蛍光ペンで塗りつぶすということだという。

 その際に注意することは、絶対に同じペンが複製されてはいけないということだった。つまり二本一組のペンは一つ一つオリジナルでないといけないという。透明なペンが鍵穴だとして、蛍光ペンはその穴に合う鍵とする。片方のペンの反応は、もう片方のペンのみによって反応しなければいけない。このペンの場合は、同じ鍵穴が大量に生産されて、その穴に合う鍵が鍵穴の分だけ大量に生産されている。その時点で完全な暗号としての役割は失われており、『二人だけの秘密をやりとりするために使っちゃおう!』というキャッチコピーは詐欺以外何物でもないとヤモは言っていた。

 さらに通信手段が紙を書くということでしか出来ないという点にも話を突っ込んでいた。

 紙に書くということはまだいいらしい。問題はその紙をどうやって特定の相手のみに送るかということだ。手渡し出来るのならその場で言えば良いじゃないか、と言っていたし関係ない人を通じて渡すとなると、絶対に見られないという条件が必要になる。

 手紙そのものに鍵を付ければいいという私の思い付きはすぐに却下された。仮定条件を増やすなということだった。今は、紙とこのペンだけで暗号が成り立つようにしないとこのペンを完全にすることは出来ないとのことだった。新たな条件を増やすとどうせ問題が生じてしまうので、今はこのペンだけで完全なペンを成り立たせるのが先だと言っていた。

 よくもまあ小学生が話せた内容だと思う。

 関係ない人を通じて特定の人物に渡すとして、中身を見られてもそいつに理解出来ないようにしてなおかつ特定の人物に伝わるようにしなければいけない。これは二本一組のペンが全てオリジナルだということで解決できるが、それ以前の問題として透明なペンで書いても光に当てればうっすらと文字が浮かび上がるという最悪な欠点があった。

 ということで全く暗号として使えないこのペンを、暗号として使える道具にするためには、二本一組の一つ一つオリジナルなペンを両者で一組ずつまず所有し、透明なペンで書いても文字が浮かび上がらないような設計にする。そして二組あるペンの蛍光ペンの方だけ交換すれば、とりあえず成り立つだろうという結論で終わった。

 では、オリジナルなペンを作るためにはどうすればいいか?

 片方の透明なペンで書かれた文字は、もう片方の蛍光ペンでしか反応しないようにしなければいけない。どうやってそのインクを作るかだ。

 この話になると、むしろ私の方が喋りだした気がする。

 人間にはDNAがあって、その人間のDNAは一つ一つ違うのだから、その構造をペンのインクに応用すれば良いのではないか、とか、ペンのインクに使用する人間の何かを加える、例えば汚いけど唾とか髪の毛とかを入れてオリジナルなインクを作る、とか、ペンのインクが同じでも、両者が取り決めたことを紙にしないと文字が浮かび上がらないようにするだとか、その他いろいろと喋った気がする。全部は覚えていない。

 もちろん、全て無理な話だ。私たちはいますぐそんな物が出来るとは思ってもいなかった。ただ、科学が発達すればいつか出来るのではないかと思っていた。あの頃は鉄と木材さえあれば秘密基地を建設できると思っていたぐらいなのだから。組み立てることは一切考えず、始まりと終わりをワープして繋ぐだけの頭だった。

 どうしてこんな堅苦しい話をヤモとしたのかと言うと、きっかけは私がそのペンを手に入れたときに、透明なペンで手紙を書き、蛍光ペンとともに手紙をヤモに渡したことだった。

 ヤモは蛍光ペンで塗りつぶさずに全てその内容を私の前で読み上げた。そしてこのペンのネタばれをした後に、あんな話になったのだった。

 ヤモは私が光に当たれば文字が浮かび上がるということを知らなかったということで話していたのだろうが、それは違う。書いている時に本人でさえ気付くぐらいのちゃっちい物だったのだから。

 ただ、ヤモが得意気に話し始めることは聞いていて分からないので楽しくはなかったが、見ていて楽しかったので、私はそこで黙って聞いていた。

 いま思えば、ヤモと私の間には必ず何かがあって、それを通して話していた気がする。その何かを持って行くのはほとんど私だった。ヤモは何も持って来なくて私に話をいきなり振ってくることが多かったのだが、そのほとんどがSF的な要素を含む少し難しい話ばかりで、私は話に参加できなかった。二人の間では流行りものについての話は一切でなかった。ヤモはそういう話に全く興味を示さなかったからだ。

 それでも話しかけられるだけで良かった。ヤモは私以外の人にほとんど話しかけることはしなかった。ただ、話しかけられている姿はいつも見られた。頭が良い、可愛い。だからと言って人を見下したりしないし、冷たい態度を取ることもなく、面倒見が良い。宿題で分からないところがあれば教えてくれたが、決して答えまでは教えない。説明は分かりやすい。それでもクラスのアイドルでは無かったのは、もう三人ほど可愛い子がいて、そっちの子の方がみんなヤモより運動ができたので、自然と人気が集まったのだろう。

 もう十五年も前の話だ。あれからヤモとは一度も会っていない。

 成人式で小学校の同級生と会った時、女というものはここまで変わるのかというショックを何度も受けた。見た目も中身も昔と変わっている子が何人もいた。女だけではなく男も何人もいたし、久しぶりに会った同級生に私はよく「変わったね」と言われた。

 十五年も会っていない。もうあの頃のヤモはたぶんいない。

 ヤモと出会って、私はヤモのことをヤモと受け入れることが出来るだろうか?

 お互いあまりにも変わり過ぎて、会っても分からないということはないだろうか。


「ヤモは、元気だったか?」

 私が急にそう言ったせいか、女医さんは少し驚いた様子を見せて「はい、元気でしたよ」と言った。「そうか」と言うと、「素敵な方です。会わなくなってから四年も経ちましたけど、今も変わらず綺麗な方でいらっしゃると思います」と言った。

「四年も会っていないのか?」

 彼女の返事を不思議に思い私がそう返事をすると、彼女は「はい」と小さく頷いてから言った。

「私がこの国に来たのは今から4年前なので」

「4年前にこの国に来た? それまで外国にいたのか?」

「はい、その場所までは申せませんが、この国に来たのは今から4年前です。外国から日本の北海道に移り住んで、最近になってこの街に引っ越してきたのです。外国にいたときは、15歳のときにヤモさんのいる組織に所属して、そして18になった時に組織を抜けてこの国にやって来ました」

「え、てことは、君はまだ22歳なの?」

「はい。いくつだと思っていたんですか?」

 22歳には見えなかった。それに日本で生まれたわけでもないらしい。外国の人は年齢より老いて見えるのだろうか、初対面のときから私と同い年かそれよりも少し上だと思いこんでいた。

 彼女の顔が一瞬だけ険しくなったが、すぐに「まあ、良いです」と言って肩を落とした。

「こういうのも慣れっこです。日本人はどうして外国の方を見ると実年齢より老けたように見るんですかね。ヤモさんも最初はそうでしたし。まだ22歳、あなたより3つも年下です。私は日本人でもありませんし、本当は髪の色も赤茶色なんですよ。どういうわけか日本人は黒色以外の髪を見ると萎縮したり不快に思うみたいで。まあ、髪を染めることで解決するのなら、喜んで髪ぐらい染めますけどね」

「悪かった。てっきり同い年かと思っていたよ。

 それで、ヤモはいまもそこにいるのか?」

「ええ。います。その組織の正確な場所は言えませんが、そこに所属していることは確かです」

「その組織って何をしているんだ?」

「主に科学研究です。科学のあらゆる分野について研究している秘密組織です。

 が、取り扱うものは常識では考えられないものばかりです。あなたも体験したように、現代の科学では考えられないようなものを製造したり、あるいは研究したりしています。

 これ以上は言えない、というより分かりません、私にも。

 私は落ちこぼれみたいなものですし」

 そう言って彼女は自嘲気味に笑った。

「そんな組織でヤモは何をしているんだよ」

「分かりません。ただ、あの方のする研究内容は脳内プログラムとか言われていました。それと仮想世界の創造プログラムにそのコンピューターを作るための仕組みとかなんとか。

 いずれにせよ、彼女の研究内容の完成品があの眼球手術機械に、このペンです」

 どう返事をしていいのか分からず、私は彼女が左手に持って見せているペンを見つめていた。

「どうしたのですか?」

「いや、そんな訳の分からない組織と関わっていいのだろうか、って」

「組織と関わる? 間違ってもあなたは組織の一員にはなれませんよ。

 ただ、ヤモさんがあなたに会いたがっていることは確かです」

「組織の一員として会いたがっている、と考えられるだろうが」

「でもあなたを危険な目にあわせることは絶対にないと思いますよ。というより、その可能性もないですね。組織の一員として会いたいなら、どうしてこんな面倒な事をわざわざするのですか。直接あなたの前に現れればすむことです。あなたが組織に必要な存在ならですが。まあ、そんなことは絶対にしないところですが。

 こんなカードを用意してまであなたと接触するというのは、ヤモさんにそれなりの考えがあってでしょう。あの方は無駄なことを嫌う方でしたけど、イタズラ好きでしたからこんなことをしたのかな、と思っていました」

「ヤモのイタズラ好きは昔からだよ。あなたも色々とやられたのか」

「ええ。そりゃあもちろん。トイレに開かずの間を作られたときはさすがに腹が立ち、しばらく口も聞いてやんないと思ったぐらいです。殺してやろうかと思いました」

 果たして彼女が何をされたのか私には分からなかったが、トイレの花子さん事件を私は思いだした。あのイタズラ好きなヤモは、和式便器の中に防水加工された小型の振動発生機を取りつけて、さらに和式便器の水を流すためのレバー近くに小型のスピーカーとMDプレイヤーを設置した。二つとも無線でスイッチのオンオフが出来るようになっており、ヤモはその個室に誰かが入るのを確認した後、その隣の個室に入ってスイッチを押した。

 不気味な声のあとに女の子の悲鳴が聞こえて、女の子がその後どうなったかは語れるものではない。学校で大問題になった。学校のPTAがカメラでも仕掛けられていたのではないかと言って余計な不安を煽ってしまい全てのトイレが検査されたばかりでなく、和式トイレなんて現代に合わないというPTAの主張がどういうわけか通り、夏休みが終わると学校中の和式トイレが全て洋式に変わっていた。女の子たちが喜んだのは言うまでもない。男子トイレもその恩恵を少し受けて洋式に変わったトイレもあったが。私は一度も使うことなく終わった。

「ちょっとやり過ぎちゃったけど、結果オーライだよね」

 ヤモは笑ってそう言っていたが、私はさすがに笑えなかった。

 冗談で私が言ったことを真面目にする馬鹿がいるだろうか。そりゃあ、和式トイレについて文句を言ったのは私で、こうすれば変わるかもと案を出したのも私だったけど、それを実行するだろうか。ヤモが捕まって、共犯として私の名前が出たらどうしようと内心びくびくしていたが、結局ばれずに終わった。

 でも、私の思い通りにトイレが全て変わったとき、妙な自信がついたのも事実だ。

 そうだ、ヤモはそんな人間だった。


「いま、私が考えている最悪のパターンはヤモさんが会いたかったのがあなたではなかったということです。私はその疑いを持ってから、心臓が破裂しそうで怖いです」

 私がそんなことを思い出しているとき、女医さんは突然そう言った。女医さんの顔には今まで私に見せる事のなかった絶望に似た表情が浮かんでいた。

「いや、たぶん私だよ」

「どうしてそう言い切れるの?」

 身を少し乗りだして彼女は言ってきた。彼女はすぐに「すみません」と言って身を引くと、腰を少しあげて座りなおした。

「仮想世界にいたナースがそう言っていたんだよ」

「そうだったんですか。じゃあ、そうなのでしょう。あの機械をプログラムしたのは他でもない、ヤモさんですからね。疑って申し訳ありませんでした。

 しかし、そのあなたがどうしてそのカードに書かれた情報を読みとることが出来ないのですか? 私はてっきり二人だけにしか分からない秘密の暗号でもあったのかと思っていたのに。それとも私の情報ミスでしょうか。だとしたら、私は、もうどうすればいいのでしょう」

 そう言って彼女は額に手をあてて首を軽く振った。

「すみません。あなただと確信していました。

 確信したから行動に移したのに。今さらになって疑い始めるなんて」

 そう言って彼女は目頭を抑えた。

 そして抑えていた左手を外して、彼女は少し上を見上げた。

「考えてみれば、巻き込まれるあなたのことを全く考えていませんでした」

「そうだろうな。おかげで私は色々とめちゃくちゃだ」

「すみません」

 そう、もうめちゃくちゃだ。なにがなんだか分からなくなるほどめちゃくちゃだ。

 けれども、どこからも悪意を感じないから、腹を立ててもその分だけまた自分がめちゃくちゃになる気がして、だからまためちゃくちゃだ。

 これが本当にヤモの仕業だとして、ヤモに悪意はあるのだろうか。

 ある方が、まだ怒りをぶつけられるだけマシかもしれないな、と思った。

「そのペンを貸して貰っていい?」

「これですか? いいですけど」

 そう言って彼女はホログラムを映し出すことのできるペンを私に渡そうとして、動きを止めた。

「何をしようとしているんですか?」

「オレンジのカードから文字を浮きだす方法。一つだけ思い付いたからやってみる」

 女医さんは私の言うことをあまり信用したようには見えなかった。

「カードを塗りつぶすんだ。昔、そういうペンがあって、それでヤモと遊んだことがあるんだよ」

「本当ですか?」

「そのサインペンを使ったことは?」

「ありません。だって他のサインペンと一緒にしてしまったら、あとで大変な事になります。誰かが握った瞬間に謝ってホログラムが映されたら、たぶんパニックになります」

「ということは、大事に持っていたということだよな。

 それだ、たぶん、それしかない」

 私がそう言うと、彼女は「信じてますよ」と言ってそのペンを私におそるおそる渡した。

 私はサインペンのキャップを開けた。

 サインペンの先はまっ白だった。ペン先が全く汚れていなかった。

 私はオレンジ色になったカードを左手に持ち、角の方からゆっくりと塗りつぶしていった。

 塗られたところがまっ白になった。しかし、まっ白にならずにオレンジ色のままのところが少しだけあった。

 当たりだと思った。

「出てきたよ」

 私はそう言って、いっきにカードを塗りつぶしていった。

 オレンジ色のカードは端から白く塗られていき、一部だけオレンジ色が残る。

 やがて文字のような物が見えてきた。

 ヤモがやりそうなことだな、と思って、私は塗りつぶしていく。

 全部塗りつぶしてある文字がいくつかでていた。


― コッチハウラメン。

  オモテヲヌリツブソウ! ―


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