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あの頃のヤモがまた消えた。
院長先生は、病室に入りドアを閉めると、「どうか静かにお話を聞いて頂きたいのですが」と言った。そして躊躇することなく私の寝ているベッドの近くまでやって来た。
右手には私の黒いカバンを持っていた。
「顔色が優れないようですが、まだ優れませんか?」
「いや、それよりもどうしてヤモが見えたんだ」
私はもうパニックになっていた。
「ああ、見えたのですね。良かったです」
「良かった? 何言ってんだよ。あの頃のままのヤモが見えたんだぞ!」
私はベッドから勢いよく起きあがった。
「何なんだよ、どうなっているんだよ」
「それも含めたお話しをしたくて此処に来たのですが」
「嫌だ、もう、もう帰らせてくれ。もう嫌だ。
ここは現実なんだよな、なあ。院長さんよ、ここは現実だよな」
「はい。何があったのかは分かりませんが、仮想世界ではないです」
「その仮想世界ってのが分からないんだ」
私は頭を掻きむしった。何故だかは分からない、そうしないと気が済まなかった。
「そのお話も含めて、聞いてほしいことがあるのですが」
「これ以上、私に何をするつもりなんだよ」
「ヤモという方から頼まれたことがあるのです。どうかお静かにお願いします」
「ヤモならそこにいたよ。あの頃のままだった」
「それはホログラムです。ほら」
ヤモが再登場した。
私は悲鳴をあげて枕元近くにあったボタンを押した。だれでもいいから助けてほしかった。誰か、まともな奴が来てくれ。
「すみません、そのドッキリです」
もう一度ヤモがいたところを見るとヤモは消えていた。
「その、落ち着いてもらえませんでしょうか。このままではお話も出来ません。
先ほどのはホログラムです。この機械からホログラムを映し出しているのです。
仮想世界であのナースに出会ったから、分かって頂けると思ったのですが」
語尾を濁らせたあと、「すみませんでした」と言って女医さんは頭を下げた。左手にはサインペンのような物を持っていた。
「もう、帰らせてくれよ」と私は言った。
数秒頭を下げた女医さんは、むくっと頭をあげて言った。
「それと、手術室に置き忘れたカバンもお持ちいたしました」