「無反応の加護令嬢、辺境で王都の圧力に挑む ~同調の加護は、真実の愛にのみ応える」
「フィオナ様に、王都へお戻りいただきたい」
王家の使者がそう言ったのは、辺境の砦に来て三ヶ月が過ぎた頃だった。
砦の応接室に通された使者は、金糸の刺繍が入った正装を纏い、いかにも王都から来た人間らしい顔をしていた。埃っぽい辺境の風が似合わない、そういう顔だ。
「王家として、同調の加護をお持ちの方を辺境に置いておくのは惜しい。都の神殿に迎え、浄化の儀式を担っていただきたいのです」
「……それは、私の意思を問うておられるのですか」
「もちろんです。ただ、これは陛下の強いご意向でもありまして」
強いご意向。つまり断れない、ということだ。
使者の目は終始、私ではなくセドリック様に向いていた。辺境伯家の嫡男に対して圧力をかけることで、私を動かそうとしている。その意図が透けて見えた。
セドリック様は静かに茶を置いた。
「フィオナは俺の婚約者だ。辺境伯家の者を王家が直接召し上げることは、貴族法の何条に基づいていますか」
使者の口元が微かに動いた。
「それは……加護の保護という観点から――」
「加護の保護であれば、辺境伯家でも行えます。現に彼女はこの三ヶ月、砦周辺の瘴気を二度祓っている。民への実績もある」
「しかし王都の神殿では、より広範な浄化が――」
「使者殿」
セドリック様の声が、静かに、しかし明確に遮った。
「フィオナが辺境に来たのは、王都で何があったかご存知ですか」
「……それは」
「婚約破棄の場で、瘴気石を仕込まれた。その件に王家がどう関わっていたか、調査は終わりましたか」
使者の顔色が変わった。
瘴気石の出所がヴェルト侯爵家であることは既に明らかになっていた。しかし侯爵家と王家の繋がりについては、まだ調査が続いていると聞いていた。セドリック様がその一点を突いた瞬間、応接室の空気が変わった。
「……調査の件は、担当部署が」
「では調査が終わり、王家として正式な謝罪がフィオナに届いてから、改めてお話ください。それまでは、彼女はここにいます」
使者は何度か口を開きかけ、結局何も言えないまま立ち上がった。
「……また改めて、参ります」
「ええ。いつでもどうぞ」
扉が閉まった瞬間、私は息を吐いた。
「……よかったのですか」
「何が」
「王家を、あそこまで」
セドリック様は少しも表情を変えずに、空になった茶碗を見ていた。
「王家だろうと、筋の通らないことには従わない。辺境伯家はそういう家だ」
「でも、あなたに迷惑が」
「フィオナ」
名前を呼ばれた瞬間、顔を上げた。
「あなたは今、俺の婚約者だ。あなたに向けられた理不尽を黙って見ていられるほど、俺は出来た人間じゃない」
その言葉に、胸の奥がじわりと熱くなった。
王都にいた頃、私を守ろうとした人間は一人もいなかった。父も母も、婚約者でさえも。それが当然だと思っていた。守られることに、慣れていなかった。
「……私は、加護がなくても守ってくれますか」
問いかけてから、馬鹿なことを聞いたと思った。しかしセドリック様は笑わなかった。
「加護が覚醒する前から手紙を書いていたと、言ったはずだ」
「……はい」
「何度でも言う。加護があってもなくても、俺はあなたがいい」
窓の外で、砦の兵たちが訓練をしていた。荒涼とした辺境の風景の中に、三ヶ月前まで知らなかった日常がある。埃っぽくて、華やかさとは程遠くて、それでも王都にいた頃より、ずっと息ができる場所だった。
その夜、砦の食堂で兵士たちと夕餉を共にした。王都の夜会とは何もかもが違う、無骨で騒がしい食卓だった。隣に座ったセドリック様が、こっそり私の椀に肉を追加した。
「辺境の冬は長い。今のうちに食べておけ」
「……気遣いが雑です」
「褒め言葉として受け取る」
兵士たちが笑い声を上げた。その笑い声が、やけに温かかった。
数日後、王都から別の使者が来た。今度は調査官を伴っていた。
「ヴェルト侯爵家と王家の間に、不正な加護売買の疑いが浮上しました。フィオナ様の件も含め、正式に王家として謝罪いたします」
使者は深く頭を下げた。
隣でセドリック様が静かに私の手を握った。それだけで、何も言わなくてよかった。
「……受け取ります」
短くそう答えると、使者は安堵したように顔を上げた。
「なお、フィオナ様の辺境での浄化活動については、王家として正式に認定いたします。辺境伯家のもとで活動を続けていただけるとのこと、王都の神殿からも感謝申し上げます」
つまり、召し上げは撤回された。
使者が去った後、セドリック様は繋いだままの手を少し強く握った。
「終わったな」
「……はい」
「寒くないか」
突然の問いに、思わず笑ってしまった。
「なぜ急に」
「辺境の秋は早い。王都と違う」
「寒くは、ないです。ここは、温かいので」
砦の空は高く、乾いた風が髪を揺らしていた。王都の夜会が遠い夢のように思えた。あの夜、大勢の前で恥と呼ばれた私が、今ここにいる。加護がなかった頃も、覚醒した後も、この人だけがずっと私を見ていた。
繋がれた手の温もりが、静かに続いていた。
完




