2話 順調な計画と心の棘
2005年4月下旬。高橋健の生活は、表面上は何も変わっていなかった。
大学には週に3~4回、必要最低限の講義だけ出席する。
レポートは期限ギリギリに提出し、単位は落とさない程度にキープ。
友人たちからは最近なんか忙しそうだなと軽く突っ込まれるが、バイト増やしたと適当に誤魔化していた。
本当の忙しさは、誰にも見せないところで進行していた。
証券口座は無事に開設できた。
母親から借りた30万円+自分の貯金で、合計約38万円。
これを元手に、まず現物買いを始めた。
最初に買ったのは任○堂株。
2005年4月時点で1株約1,100円~1,200円前後。
健の記憶では、年末にかけてWiiの発表期待でじわじわ上がり、2006~2007年にかけて爆発的に跳ね上がる。
だから、できるだけ多く買っておきたかった。
「でも、全部突っ込むのは危険だ」
リスク分散を忘れない。
任○堂に15万円、ソフ○バンクに10万円、残りを村○製作所と東○エレクトロンに分けた。
ソフ○バンクはまだiPho○eの噂すら出ていない時期だが、健は確信していた。
2008年に日本でiPho○eが発売され、急騰する。
これで、少なくとも2~3倍は狙える計算は頭の中で何度も繰り返した。
次に、特許の準備。
大学のパソコンで資料を作成した。
最初の出願は『携帯電話端末における簡易ウィジェット表示システム』。
出願書類の書き方はネットで調べ、特許事務所に相談せずに自分でやることにした。
費用を抑えるためだ。
出願費用は約1万5千円。
審査請求は後でするとして、まずは優先権を確保が目的だ。
二つ目は『画像選択領域に対する簡易フィルタ適用方法』。
2005年時点では、PCの画像編集ソフトですら面倒な作業だった。
これが通れば、数千万は固いもちろん、審査が通る保証はない。
しかし、2025年の記憶では似た特許が後年たくさん出願され、侵害訴訟が起きていた。
先んじて出願すれば、少なくともライセンス料の交渉材料になる。
アルバイトも増やした。
近所のコンビニで深夜シフトを追加。
時給850円。
週4日、22時~翌5時。
睡眠時間は削られるが、
種銭を増やすためだ。
今は我慢だそう自分に言い聞かせる日々だった。
5月に入り、ゴールデンウィーク。
健は実家に帰らず、ネットカフェに籠もってネットサーフィン。
当時の○chの株板を読み漁る。ライ○ドアが絶好調で、社長が神扱いされているスレッドが溢れていた。
「あと1年で全部崩れるんだよな……」
苦笑しながらスクロールする。
ライ○ドア株は買わない。
空売りもまだできない。
信用取引の審査が大学生では厳しいからだ。
代わりに、2006年の暴落時に買うための現金を確保しておく。
6月。
株価は順調に推移。
任○堂が少しずつ上がり始め、含み益が5万円を超えた。
まだまだ序の口だ。
喜びを抑え、冷静に次の手を考える。
○ットコインのことは、まだ誰も知らない。2008年に論文が出て、2009年にジェネシスブロックが生成される。
2010年頃からマイニングが可能になるが、当時のPCではほとんど意味がない。
(でも、2011年くらいから本気で買っておけば……)
いや、やりすぎない。
○ットコインを大量に買うと、後年税務署が来る可能性が高い。
仮想通貨の税制が整備される前の大量保有者は、必ず目立つ。
だから、せいぜい数百万分だけ。
それで十分だ。
7月、夏休み。
健はアルバイトをさらに増やし、月収を15万円近くに引き上げた。
生活費を極限まで削り、貯蓄ペースを加速。
ある日、コンビニの深夜シフトの終わり。
その帰り道。
住宅街の通りを、制服姿の少女が一人で歩いている。
時刻は午前6時近く。
中学生にしては早い時間だ。
少女は小さく肩を落として、通り過ぎた。
「……?」
一瞬、記憶の奥底で何かが引っかかった。
あれ、どこかで見たような……? そして、すぐに思い出した。
そうだニュースで見た。
それも、タイムスリップ前の、古いニュース。
2005年の夏から冬にかけて、近所で起きた事件。
中学生の少女がいじめからエスカレートし、最終的に性的暴行の末に死亡。
性的暴行に関してはぼかされていたが、ニュースで大きく取り上げられた。
加害者は同級生の女子グループと、その周辺の不良男子。
名前は……鈴木あかり。
ああ、そうか。
健は小さく息を吐いた。
近所に住む資産家の娘。
可愛いと評判で、近所の奥さんたちがあの子は将来美人になるわよと噂していた子。
でも、それが原因でいじめられ、孤立し、事件に発展。
(介入するつもりはない)
健は自分に言い聞かせた。
自分のためだけに記憶を使う。
他人の人生にまで首を突っ込むつもりはない。
それに、介入すれば歴史が変わる。
変わった先で、何が起きるかわからない。
俺は、ただ金持ちになって、悠々自適に暮らすだけだ。
健は帰り道を歩きながら、頭の中で計算を続ける。
8月。
任○堂株がさらに上昇。
含み益が20万円を超えた。
ソフ○バンクもじわじわ。
このペースなら、年末までに100万は超える母親に借りた30万は、もう倍近くになっている。
返済の目処も立った。
特許の出願も完了。
今は待つだけ。
夏休み中、健は近所の公園でジョギングを始めた。
体を動かさないと、頭が煮詰まる。
公園のベンチで休憩していると、遠くから女子中学生のグループの声が聞こえてきた。
「ねえ、あかりってさ、最近学校来てないよね」
「マジでキモいよね。あのお金持ちぶり」
「親が金持ちだからって調子に乗ってる」
陰口。
健は顔をしかめるのを我慢した。
(あかり……鈴木あかりか)
少女たちの声。
あかりの名前が出てくるたび、嘲笑が混じる。
健は立ち上がり、ジョギングを再開した。
(関係ない)
自分に言い聞かせる。
でも、心のどこかで、引っかかりが残った。
9月、
新学期。
大学が始まり、健の生活は再びルーチンに戻る。
株は順調。
含み益30万円超。
特許の審査状況を特許庁のサイトで確認。
まだ動きなし。
アルバイトも継続。
ある日、コンビニのシフト後のアパートへの帰り道。
一人の少女とすれ違う。制服姿。元気なくとぼとぼと歩いている。
健は足を止めて振り返る。
少女は振り返らない。ただ、ゆっくりと歩いていく。
健の記憶が、鮮明に蘇る。
この少女が、数ヶ月後に死ぬ。
性的暴行の末に。
ニュース映像がフラッシュバックする。合わせてネットに上がった、事件の詳細は残酷だった。
「……」
健は一瞬、声をかけそうになった。
でも、踏みとどまった。
俺は、介入しないそう決めたはずだ。
そのまま、アパートへ向かう。背後で、声なき少女の嗚咽が小さく聞こえた気がした。
部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
「くそ……」
胸がざわついた。
「関係ないはずだろ」
でも、頭から離れない。
あの少女の姿。
そして、未来の記憶。
「もし、助けなかったら……俺は、一生後悔するのか?」
後悔する。
おそらく俺は、一生後悔する。
そういう確信が健にはあった。
健は天井を見つめた。
「ルールを変えるか……?」
自分のためだけに、記憶を使う。
でも、「自分のため」には、良心の呵責がない人生も含まれる。
後悔しない人生。
それも、自分のためだ。
「……少しだけ、様子を見るか」
健は小さく呟いた。
まだ、直接接触はしない。
でも、近所を歩くとき、公園を通るとき、コンビニの前を通るとき。
少しだけ、注意を払う。
それでいい。それだけなら、歴史を大きく変えることにはならないはずだ。
そう自分に言い聞かせ、健は目を閉じた。計画は、まだ序盤。
種銭は芽を出し始めている。
そして、心に小さな棘が刺さっている。
お読みいただきありがとうございます。
よろしければ、ブックマーク、評価などいただけると非常にうれしいです。
作者のモチベーションにもつながります。
よろしくお願いいたします。




