1話 記憶
金儲けはふわっと雰囲気なので、雰囲気で楽しんでください。
実際はどうだったこうだったと言われても多分修正はしません。
2005年4月某日、午前7時12分。
高橋健は、いつものようにベッドの上で目を開けた。
……いや、違う。
目を開けた瞬間、何かがおかしい。
頭の中に、膨大な映像と数字と感情が洪水のように流れ込んできた。
それはまるで、誰かが無理やり脳にデータをコピーしたかのようだった。
20歳の大学生、高橋健の記憶。
そして同時に、40歳の高橋健の記憶。
「…………は?」
声に出して呟いた自分の声が、妙に若く響く。部屋を見回す。
狭い6畳一間のワンルームアパート。
壁に貼られたAKB48の前身グループのポスター。
机の上に置かれたガラケー。
液晶がまだ青白く、着メロがピロピロ鳴る時代の端末。
「……マジかよ」
健はゆっくりと起き上がり、鏡の前に立った。
そこに映っていたのは、確かに20歳ごろの自分だった。
髪は少し長めで、大学生らしい緩い雰囲気。
でも目だけが、どこか違う。
目だけ40歳の自分が、疲れ果てた表情でこちらを見返しているように感じる。
「タイムスリップ……? いや、違う。記憶だけだ」
彼はすぐに理解した。体は2005年の高橋健のもの。
しかし意識と記憶は、2025年の高橋健のもの。
20年間分の知識、経験、失敗、後悔、そして何より「お金」の知識が、頭の中に詰め込まれている。
「これ、チートじゃねえか」
口元が自然に緩んだ。
最初に感じたのは、恐怖でも混乱でもなかった。
純粋な、興奮だった。
2025年の自分は、40歳、独身、年収300万ちょっとのシステムエンジニア。
貯金は100万。
決して裕福とは言えなかった。
老後の年金が不安で、毎月i○eCoに無理して積み立てていた。
そんな自分が、今、20年前に戻っている。いや、戻ったわけじゃない。
記憶だけが、20年前の自分に上書きされた。
(パラドックス? タイムラインの分岐? そんなの知るか)
健ははっきりとそう思った。
そんなSFじみた理屈を考えるより、先にやるべきことがある。
【俺は、自分のためだけにこの記憶を使う】
それが、瞬時に決めたルールだった。
歴史を変える英雄になるつもりはない。
世界を変える天才になるつもりもない。
ただ、40歳の自分が味わった「金がない」という苦しみを、二度と味わいたくない。
それだけだ。まずは状況確認。カレンダーを確認する。
2005年4月8日、金曜日。大学は理工学部情報工学科2年生。
講義は午前10時から。財布を開く。
現金、8,200円。
銀行口座は……たぶん、10万円ちょっと。
「貧乏だな、俺」苦笑しながら、すぐに頭を切り替える。
2025年の知識で、2005年から2025年までの間に起きた「お金になること」をリストアップする。
まず、株。
ライブ○アショック。
サブ○ライムショック。
ア○ノミクス。
○ットコイン。
次に、技術トレンド。
iPho○e。
A○droid。
Tw○tter。
Fac○book。
スマートフォン普及によるアプリ市場。
再生可能エネルギー。
仮想通貨、NFT。
特許のネタ。
2025年の自分がエンジニアだったおかげで、未来の技術トレンドはかなり鮮明に覚えている。
たとえば、位置情報を使った簡易マッチングアプリのUI。
画像認識を使った簡易フィルター。
省エネ型の充電制御回路
ブロックチェーン以前の簡易電子署名システム。
これらを特許に出せば、少なくとも数千万~億単位のライセンス収入が見込める。
ただし、やりすぎない。
「目立ったら終わりだ」健は自分に言い聞かせた。
歴史に大きな影響を与えるレベルの発明はしない。
大企業が後から真似できる程度の、地味だが実用的な特許をいくつか取る。
それで十分だ。
そして、何より大事なのは、「2025年以降の人生も生きる」という事実。
2025年を超えた先は、完全に未知だ。
記憶が途切れる時点で、何が起きるかわからない。
だから、2025年までに「不労所得で悠々自適に暮らせる資産」を築いておく。
それが最低ライン。目標額は、インフレ考慮して、2025年価値で5億円~10億円。
今のお金で言えば、3億円前後でも十分かもしれない。
(まずは種銭だ)
健はすぐに動き始めた。
まず、大学の講義をサボることにした。
いや、サボるというより「今日から戦略的休学」だ。
携帯で友人に連絡。「風邪引いたわ。今日休む」適当な言い訳で済ませる。
次に、ネットカフェに向かう。
なぜなら、ネット環境がまだ貧弱な2005年では、リアルタイムの株価確認にネットカフェが最適だったからだ。
歩きながら、頭の中でシミュレーションを繰り返す。
最初に買う株。
任○堂。(W○iが2006年発売で大化け)
ソフ○バンク。(iPho○e日本上陸で急騰)
村○製作所。(スマホ部品で伸びる)
東○エレクトロン。(半導体装置)
そして、2006年のライ○ドアショックで暴落する銘柄を空売りする準備。
ただし、空売りは証券会社の信用取引口座が必要で、大学生の身分ではハードルが高い。
まずは現物買いから。
ネットカフェに到着。
1時間200円のブースに座り、当時の株価を一つ一つ確認しながら、記憶と照合。
(合ってる……全部合ってる!)
興奮で手が震えた。
まず、持っている8,200円でできることから始める。
いや、待て。もっと効率がいい方法がある。
親に電話をかける。
「母さん、ちょっと金貸してくんない?」
母親は心配そうに、「またゲーム機買うの?」と聞いてきた。
「いや、違う。投資の勉強したいんだ。30万くらい」
絶対に返すと必死に頼み込むと母親は渋々、30万円を振り込んでくれると言った。
健は内心で舌打ちした。
「30万か……少ねえな」
でも、30万円は、十分に大金でしかも借りるのだから感謝もせずに不満を持つなんて、もってのほかだと考え直す。
健は、内心母親に謝り、感謝する。
30万あれば悪くないスタートになる。
その日のうちに、母親から振り込まれた30万円+自分の貯金で、証券口座を開設。
ネット証券はまだ黎明期だが、楽○証券とク○ック証券が手数料が安い。
口座開設は即日では無理だが、翌日にはできるはず。
その間、健は別の計画を進めた。
特許の準備だ。
Wordでアイデアをまとめ始める。
最初の特許候補。
『携帯電話の待受画面に簡易ウィジェットを配置するシステム』
2025年の自分が覚えている、A○droidのウィジェットやiPho○eのホーム画面のカスタマイズの原型。
2005年時点では、まだ誰も実用化していない。
もう一つ。
『画像の部分領域を選択して簡易加工するアプリケーション』
インスタのフィルターの遠い祖先。これらを特許庁に出願する。
出願費用は大学生でも払える範囲。
ただし、審査請求は後回しでいい。
とりあえず優先権を確保する。
夜になり、アパートに戻った。
疲れていたはずなのに、眠気はまったく来ない。
代わりに、興奮が止まらない。
(これで、俺は変われる)
40歳の自分が味わった、朝起きて「今日も会社か」という虚無感。
残業代が出ないサービス残業。
上司の無茶振り。
同僚の陰口。
全部、消せる。
いや、消す。
健はベッドに横になりながら、暗い天井を見つめた。
「でも、やりすぎちゃダメだ」
自分に言い聞かせる。
歴史を変えすぎると、何が起きるかわからない。
たとえば、○ットコインを大量に買って億万長者になれば、マスコミに取り上げられる。
そうなれば、税務署が来る。
国税局の査察が入る。
だから、目立たない。地味に、着実に。株で数千万。
特許で数千万~億。
不動産はまだ早い。
2005年時点で東京のマンションはまだ高くないが、流動性が低い。
まずは、2010年頃までに1億円。
そこから複利で増やす。
2025年までに、5億円以上。
それで十分だ。
「後は、普通に生きる」
普通の夫、普通の父親として。
……家族。
ふと、頭をよぎった。
2025年の自分は独身だった。
彼女もいたことはあったが、どれも長続きしなかった。
(今度は、ちゃんと恋愛しようかな)
でも、それはまだ先の話だ。
今は、金だ。金さえあれば、選択肢は広がる。
健は目を閉じた。
頭の中に、未来のチャートが浮かぶ。
任○堂の株価が、2006年から2007年にかけて3倍近くになる。
ソフ○バンクが、iPho○eのニュースで急騰。
そして、2008年のリー○ンショック。
その時、株を事前に全部売って現金化し、その後、安値で買い戻せば……。
できる確信があった。
眠りにつく直前、健は小さく呟いた。
「ありがとう、未来の俺」
そして、深い眠りに落ちた。
翌朝。健はいつもより早く起きた。
7時ちょうど。カーテンを開けると、春の陽光が差し込む。
新しい人生の、最初の一日。
彼は深呼吸をして、今日のToDoリストを頭に浮かべた。
証券口座の開設手続きを進める。
特許の原稿を完成させる。
大学の講義は最低限だけ出席。(単位は落とさない程度に)
アルバイトのシフトを増やす。(種銭を稼ぐ)
ネットで2005年の経済ニュースを読み漁る。(記憶の補強)
そして、何より。
焦らないそれが、一番大事なルールだった。
焦って大儲けしようとすれば、必ずボロが出る。
だから、ゆっくり。
でも、確実に。
高橋健の、新しい人生が始まった。
お読みいただきありがとうございます。
よろしければ、ブックマーク、評価などいただけると非常にうれしいです。
作者のモチベーションにもつながります。
よろしくお願いいたします。




