3.
春の光が、青薔薇の花弁を透かしていた。
庭園の中央、白いテーブルに並ぶティーセット。
金縁のカップに注がれた紅茶から、やわらかな香りが立ちのぼる。
クラリスは小さな手でカップを持ち上げ、練習通りに礼をしてから口をつけた。
一口、そして微笑む。
甘さ控えめの香草茶――王家の定番だ。
「おいしいですね、殿下」
「うん。お母さまが好きなんだ。
でもね、ぼくは……ちょっと苦いと思う」
リアンが、申し訳なさそうに舌を出した。
その仕草にクラリスは思わず吹き出しそうになり、慌てて口元を押さえる。
「ふふっ……失礼いたしました」
リアンは目を丸くし、それから嬉しそうに微笑んだ。
「クラリス様、笑うと……なんか、やさしい顔なんだね」
クラリスは少し驚いて、胸の奥が温かくなるのを感じた。
誰かにそう言われるのは、いつぶりだろう。
「そうかしら? ありがとう、殿下」
風が通り抜け、青薔薇の香りがふたりの間を包む。
リアンは紅茶をひとくち飲んで、少しだけ首をかしげた。
「ねぇ、クラリス様。
こういうお茶会って……退屈じゃない?」
唐突な質問に、クラリスは瞬きをした。
「え?」
「だって、ぜんぶ決まってるでしょ?
話すことも、お菓子も、笑うタイミングまで。
本当は、もっと自由にお話ししたいのに」
その言葉に、澄の記憶が胸を刺した。
――会社の会議室。空気を読む発言。決まっている結論。
“自由”とはほど遠い日々。
(……同じだ。
この世界でも、形式が人の心を縛ってる)
クラリスはゆっくりと微笑んだ。
「ええ、退屈かもしれませんね。
けれど、退屈な場でも――誰かが笑顔になれたら、それだけで少し違うと思いませんか?」
リアンは考えるように紅茶を見つめ、それから笑った。
「じゃあ、ぼくがクラリス様を笑わせてみせる!」
「ふふ……それは光栄ですわ」
その無邪気な宣言に、クラリスの笑みが自然と深くなる。
青薔薇の花びらが風に舞い、陽光を受けて輝いた。
(未来は確定じゃない――)
女神の声が、遠くで微かに響いた気がした。
澄としての記憶も、クラリスとしての感情も、今はただひとつに溶けていく。
初めて心から笑ったお茶会。
それが、この国の運命を静かに変えていく第一歩になることを、
この時のクラリスはまだ知らなかった。




