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空中転生 - 落ちこぼれニート、空の上でリスポーンしました -  作者: 蜂蜜
第5章 少年期 『白い災厄』編

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第四十五話「『終わっていない』」

「――――ッッ!!」


 先ほどまで嘲笑を浮かべていた白龍は、途端に激昂したような咆哮を上げる。


「動ける者は負傷者を後方まで運べ!

 残った者で総攻撃だ!」


 セリスの指示を受け、霧の影響を受けなかった者が倒れた者を運び始めた。

 そしてその場に残った騎士が、白龍に突撃する。


「さっきはよくもやってくれたわね、バケモノ!」

「わたしの可愛い可愛いエリーゼに、何してくれとんじゃぁ!」


 白龍の高度は、ベルの渾身の一撃を受けたことによってかなり下がった。

 つまり、剣士でも攻撃ができるようになったということである。


「よくやったな、ベル。流石だ」

「ランスロットさん!」


 ベルは満面の笑みで、ランスロットを迎える。

 ランスロットの体にも、いくつも傷がついている。


「いい。魔力は少しでも温存しておけ」


 ベルは手を伸ばしてランスロットを治療しようとする。

 しかし、ランスロットはその手を払った。

 そこまで深い傷はないものの、

 小さなダメージが蓄積されればいつか爆発してしまうかもしれない。

 だが、ランスロットが不要だと言うならばと、ベルはその手を下ろした。


「ランスロットさんは、ずっと前衛に?」

「ああ。魔術師団の攻撃が終わった直後から、ずっと白龍の体を攻撃し続けていた。

 そこで俺は、あることに気が付いたのだ」

「あること?」

「――あの白龍には、物理攻撃が効かない」

「――」


 ランスロットは、衝撃の事実を告げた。

 物理攻撃が、効かない。

 その事実は、白龍の咆哮よりも重く、胸に突き刺さった。


「ベルっち、この竜のおにーさんの言うとーりだよ。

 だんちょーの攻撃も、ミアの全力のかかと落としも、全然効いてない」


 ムイに背負われたミアが、ランスロットの言葉に説得力を持たせる。

 ランスロットが攻撃しているのをベルは見ていないが、

 ミアとムイの連携攻撃はその目で確かに見ていた。

 完全に、あの一撃でトドメを刺したと思っていたところに、

 白龍の霧が街道を覆ったのだ。


「――」


 ベルは、眉をひそめた。

 再び、初めて遭遇したときの記憶がフラッシュバックする。


 今戦っている白龍は、物理攻撃が効かない。

 ランスロットの攻撃も、ヴァイスベルクの攻撃も、

 そしてミアのあの蹴りも、効いていなかった。

 しかし、魔術師団の魔術も効果はあったし、

 エルシアの風龍剣の斬撃も白龍の体に傷を負わせていた。


 ――ならば、あの時はどうだったか。


 エルシアの斬撃は効かず、ベルの全力の聖級魔術も効果がなかった。

 その代わりに、ランスロットの槍やエリーゼの剣術は効いていた。


 ベルの脳内が、混乱する。

 あの時と、真逆なのだ。


 ――だが、それが何だと言うのだ?


 考えようとする頭が回らない。

 周囲の戦場の叫びも遠く聞こえる。

 気がついた時には、霧が目前に迫っていた。


「フンッ!」


 ヴァイスベルクが地面を踏み鳴らすと、

 周りの土が一気に盛り上がった。

 それはベルたちを包み込み、霧の脅威から守った。


「戦場の真ん中でボーッと突っ立つなど、何を考えているんだ?

 ベル。貴様がやったことは光明にこそなったが、まだ戦いは終わってなどいない。

 集中しろ」

「……はい、すみません。助かりました」

「分かればよいのだ! ガハハハハハ!」


 ヴァイスベルクは胸を張って高らかに笑い、その場を飛び去った。


「三人は、セリスさんにさっきのことを伝えてください!」

「わかった。お前はどうするのだ?」

「僕は、動きながら攻略法を考えます!」


 ベルはそう言って、白龍から距離を取るように地竜を走らせた。

 エルシアたちと別れた場所まで戻ろうと、体勢を低くしてトップスピードまで持っていく。


「――――――――ッッッ!!」


 白龍の悲鳴が響く。

 とっさに白龍を見ると、幾筋の閃光が一か所から放たれているのがわかった。


 ――魔術師団が、回復した。


「――今のヤツには、物理攻撃が効かん!

 前衛は、直ちに攻撃を止めろ!」


 セリスの声が、戦場に轟いた。


 ――もう、セリスの耳に届いたのか。


 そう呟きながら、負傷者の救護にあたっているエルシアとエリーゼのもとへ帰還した。


「ベル! あんたすごすぎるわよ!」

「褒めるのは後でお願いします!

 今のセリスさんの言葉は、聞こえましたか?」

「うん、はっきり聞いた。

 やっぱり、思った通りだったよ」

「思った通り……?

 エルシアはわかっていたんですか?」

「いや、確信には至らなかったから口には出さなかったんだ。

 デュランたちと白龍に遭遇したときに、もううっすら感づいてたんだよ。

 あの時のベルの魔術は効かなかったのに、どうして魔術師団の魔術が効いてるのかってね」


 エルシアはそう話しながら、負傷者を治療する。

 エルシアが使えるのは初級治癒魔法のみだが、

 それでも軽い傷を塞ぐことくらいは容易い。


「とにかく、今は白龍に近づくべきじゃないってわけね」

「正確には、物理攻撃はしない方がいい、って感じです。

 物理攻撃が効かない分、属性攻撃は効果があります。

 なので――」

「――地竜で動き回り、白龍をかく乱する。

 これが、一番の得策だろう」


 剣を握ったセリスが、ベルの背後に立っていた。

 ベルはその顔を見るなり、顔を青ざめた。

 地竜を飛び降り、


「すっ、すすすすみません! 勝手に地竜を使ってしまって……!」

「む? なぜ謝る?

 卿は勝ち筋を切り拓いたのだ。感謝してもし足りん」


 ベルはその言葉を聞いて、ホッと胸を撫で下ろした。

 セリスは地竜の頭を撫でながら、


「ベル・パノヴァ。死ぬような思いをしたばかりのところ悪いが、

 もう一度、一番危ない場所へ付き合ってくれるか?」

「……断ったら、どうなりますか?」

「首根っこを掴んで、白龍の大口の前に放り出してやろう――」

「エルシア。僕を地竜に乗せてください。早く」

「は、はぁ……」


 セリスが最後まで言い切る前に、ベルはエルシアに頭を下げた。



--- ベル視点 ---



 セリスとともに地竜にまたがり、白龍の目下に入る。

 少なくとも、今までの中じゃ最接近だな。

 改めて、何てデカさしてやがんだ。

 まるで宇宙戦艦みたいな見た目だ。


「それで、説明してもらおうか。

 物理攻撃が効かないとは、どういうことだ?」


 あ、ランスロットたちは本当に事実だけを伝えたのか。


「最前線で戦っていたランスロットさんとミアが、そう言っていたんです。

 そして、ヴァイスベルクさんの攻撃すらも無効化していたと」

「ヴァイスベルクの攻撃すら、通らないのか……。

 ならば、本格的にからくりが施されているな」


 からくり。

 その言葉に、俺はしっくりきた。

 初遭遇のときと今では、白龍の耐性は違う。


「もしかして、形態を臨機応変に切り替えてるんですかね?」

「いいや、その可能性は低いだろう。

 そんなにすぐに切り替えられるなら、これまでの攻撃は全て無に帰していたはずだ」

「……」


 確かに。

 そんなことができるのは、あまりにも強すぎる。

 確実に、属性攻撃は通っているんだもんな。


「攻撃が来るぞ! 振り落とされるな!」

「はい!」


 俺はセリスの腰に手を回し、がっしりとしがみつく。


 ……俺、よくこんなに揺れる地竜を操縦できたな。

 いや、きっとさっきまではゾーンに入っていただけだ。

 もう一度操縦しろと言われたら、多分無理だと思う。


 白龍の視線は、はっきりとこちらを向いている。

 さっきの霧のせいで発炎柱の効果はなくなってしまったため、

 また雪雲が空を覆っているが、禍々しい光を放っている目は目立っている。

 スポットライトを浴びているような感覚すら覚える。


 怖い。

 だが、注意は引けている。

 今のうちに――、


「――――ッ!!!!!」


 頼むぞ魔術師団、と言おうとした瞬間、白龍から悲鳴が漏れた。

 魔術師団の攻撃が、見事に命中した。


 ずっと、継続的にダメージは入っている。

 ただ、どうしても決定打に欠ける。


 両国の騎士団は、やはりどちらも前衛ばかりだ。

 魔術師団は寄せ集めもいいところで、絶対的なエースのような魔術師がいない。

 さっきの俺の一撃で仕留めてしまいたかったんだが、

 あれを食らってもなお、白龍は死ななかった。


 無駄にしぶといヤツめ。

 やられてくれたら、気持ちよく英雄気取りができたのに。


「――一つ、思い出したことがある」

「思い出したこと? ……おわっ!」


 突然方向転換した地竜から、振り落とされそうになる。

 ここで地竜から落ちるようなことがあれば、

 落下ダメージと白龍の攻撃のダブルパンチで即死だろう。


「卿らに話した、過去の討伐作戦の話だ。

 二度目の討伐隊は、白龍を一体撃破したと記録に残っていた。――ふッ!」


 そう話しながら、セリスは霧の攻撃を斬る。

 両断された霧は、彼方へと消えて行った。


「それが、どうかしたんですか?」

「卿らを助け出したときに遭遇した白龍には確かに、私の斬撃が効かなかった。

 だが、この白龍には全ての属性攻撃が効いている」

「……」

「物理攻撃が効かない個体と、属性攻撃が効かない個体。

 そして、過去に記録されていた『二体目の個体』……」


 ――そうか。

 それなら、全て合点がいく。

 だが、俺の頭が本能的にその事実を否定している。

 否定したい気持ちと確信が同時にせり上がってくる。


 コイツが物理攻撃が効かない個体なら――、


「――――この白龍を殺したら、次は属性攻撃耐性のある個体が出てくる」

「その通りだ。もっとも、私の推測が正しければの話だが」


 そうだ。

 コイツを倒しても、二体目の個体が現れる可能性があるのだ。


 全部、一本の線で結べてしまった。

 脳みそが、心臓が、悲鳴をあげている。


「ベル・パノヴァ」

「……」

「この個体との戦いは、いわば前哨戦ということになる」


 言っていることの意味は、あまりわからない。

 ただ、セリスはまだ諦めていないということはわかる。


 俺だって、まだ諦めたわけじゃない。

 魔力が尽きるまで、全力で白龍殺しのために動くつもりだ。


「言葉の意味がわかるか?」

「……わかりません」

「私たち騎士団の本職は、剣や槍を用いた攻撃だ。

 今は魔術師頼りになってしまっているが、この個体さえ撃破すれば、

 あとは私たちの土俵になる」

「……なるほど」


 そう言われて、思わず頬が緩む。

 つまり、俺たち魔術師は、この個体を殺すことに全てを懸ければいいのだ。


 無論、あとは任せきりだとか、そういうことは言っていない。

 そのつもりで、全力を尽くすだけの話だ。


 だが、やはり今の魔術師たちの戦力では、決定打に欠ける。

 どうにか、一撃で仕留める方法があればいいんだが。


「先ほどの大技は、使えないのか?」

「そこまでの魔力が残っているかは、怪しいです」


 俺も、その方法は思いついた。

 もう一度あの大技を放てば、沈められる可能性は十分ある。


 チクショウ。

 あの一撃に全力をかけすぎた。

 もう少し魔力を残しておけばよかった。


 なんてのは結果論に過ぎないが。


 この白龍さえ倒すことができれば、勝利はグッと近づく。

 戦いは終わらないが、有利にはなるだろう。


 問題は、どうやって倒すかだ。

 何か、方法はあるはずだ。


「――魔術師団たちの魔力を一点に集中させる、というのはどうだ?」

「どういう、ことですか?」

「簡単な話だ。

 卿と魔術師団全員の魔力を一か所に集めて、一本の砲撃にする。

 そうすれば、膨大な魔力の質量で押し切れるという寸法だ」

「――」


 なんという、単純な作戦。

 だが、これはきわめて明快である。


 俺の魔力が足りず、魔術師団の個々の魔力も力不足なら、

 それらを全て束ねればいい。

 それぞれの力は微弱でも、合わされば強大なものになる。

 一見安易な作戦に見えても、ちゃんと筋は通っている。

 ただでさえ力不足なんだから、束になって殴るしかない。


「それで、行きましょう」

「ああ。それでダメなら、また別の方法を考えればいい」


 別の方法なんてものはいらない。

 ――その方法で、まずは第一フェーズを終わらせるとしようじゃないか。


---


「魔術師団のみなさん! 聞いてください!」


 セリスに送り届けられたベルは、魔術師団の前に立っている。

 そして、大きな声で魔術師団に呼びかけた。


「セリスさんの声が聞こえたならもうご存じかと思いますが、

 あの白龍には、物理攻撃が通じません。

 なので、あの白龍を倒すには僕たち魔術師が鍵になります」

「――」


 誰も口を開かず、ベルの言葉を聞いている。

 ベルの背後では、地竜に乗って駆け回るセリスと、

 生身のまま立体的に天地を駆け回るミアの姿。

 そして、攻撃が効かないと理解しながらも攻撃とかく乱を続けるランスロット、

 その後について行くようにしてエリーゼ、エルシアも最前線にいる。


 縦横無尽に駆け回る前衛たちの足音を聞きながら、


「お願いします! 僕に、皆さんの魔力を分けてください!」

「――」

「どういう、ことだ?」

「皆さんの魔力を一か所に結集させて、膨大な魔力を一気に白龍に撃つんです!

 その一撃で、あの白龍を沈めます!」


 ベルの言葉に、魔術師団はそろって沈黙する。


 この方法もまた、成功するかはわからない。

 ベルはもちろんのこと、魔力を集めて一つの魔法として放つなど、

 並の魔術師は考え付くことすら稀有である。

 提案したのはセリスであるとはいえ、それを疑いもせず受け入れたベルもまた、

 常軌を逸しているといえよう。


「そんなこと、できるのか――」

「できるかできないかなんて、今は気にしている時間がないんです。

 やるしかない。そして、成功させる以外の道はありません!」

「――」


 食い気味に叫ぶベルに、魔術師団はまた押し黙ってしまった。

 果たして、常識外れのこの子供の言うことを信じてもいいのか。

 いくらセリスから重い信頼を置かれている子供であるとはいっても、

 信じるに足る理由があるのか。


「――この子供を信じるのだ、人間ども」


 と、ベルの背後から低く重々しい声が割って入った。


「……ヴァイス、ベルクさん」

「貴様らは見ていないのか?

 この小さくか弱そうな子供がたった一人で地竜にまたがり、

 あの巨躯に突っ込んでいったところを。

 そして、貴様らとは比にならぬ威力の魔術で霧を払ったところを。

 これだけでは、ベル・パノヴァを信用するにはまだ足らぬか?」

「――」

「貴様らの窮地を救ったのはこの子供だ。

 あの一撃がなければ、今頃全滅していてもおかしくはないのだぞ」


 ヴァイスベルクの言葉に、魔術師団は下を向く。

 この中には、その様子を見ていない者もいる。

 白龍の冷気を吸い込んで意識を失っていた者や、

 精神が侵されてしまっていた者。

 そのため、己が今立てているのが誰のおかげなのかを、

 この瞬間に知った者も少なくはないのである。


「僕を、信じてください。

 信じられないなら、託してください」

「……」

「この中に、『負けたい』なんて思ってる人はいないと思います。

 勝つためには、皆さんの力が必要なんです。

 お願いします。――僕に、皆さんの思いを託してください」


 ベルは、そう言って深々と頭を下げた。

 その姿を見て、魔術師たちは顔を見合わせる。


「……わかった。協力しよう」

「――! ありがとう、ございます!」


 ベルの演説、そしてヴァイスベルクの応援演説は、成功に終わった。


「では、吾輩は戦場に戻る」

「え、何しに来たんですか?」

「貴様、恩知らずもいいところだぞ。

 困っていたところに現れたやったのだ。もっと感謝してもよいのではないか?」

「その節は本当に、ありがとうございました。

 今度また何か奢らせてください」

「ガハハハハハ! 楽しみにしておこうではないか!

 財布の中身が空になるまで飲ませろ!」


 ヴァイスベルクは豪快に笑い、その場を去った。

 目にもとまらぬ速さで、気づいた時にはもう戦場に復帰していた。


 大口を叩いてしまったと、ベルは肩を落とした。

 旅費を搾り取られて破産する未来が見えてしまった。


「皆さん、こちらへ!」


 ベルは魔術師団に手招きをして、白龍を見る。

 純白だったその体躯は、傷にまみれてボロボロである。

 地面には、赤黒く脱酸化した血液が飛び散っている。


 魔術師団はベルを取り囲むように立ち、

 そして、一斉に杖を天に掲げた。


 「魔()を使う」という行為には詠唱が必要だが

 「魔()を使う」場合は、詠唱を伴わない。

 魔術師たちは、残されたわずかな魔力を、

 ベルの杖先に集中させる。


「――! 攻撃が来るぞ!」


 魔術師の一人が声を上げる。

 ベルの視線の先からは、白龍の冷気が迫ってきていた。

 距離はあるものの、その冷気は想像をはるかに上回る速度でベルたちに襲いかかろうとしている。


「――『風刃(ふうじん)』!」


 セリスの一閃が霧を裂く。

 空気が細く鳴り、割れた霧が風にさらわれていった。


「――――――ッッッ!!!」


 それを見た白龍は、氷を砕くような怒りの咆哮をあげた。

 体から凄まじい密度の霧を出し、辺り一帯を霧で満たす。


 ――――寸前だった。


「――――――ウルルルルラァァァァァァ!」


 雄叫びが、どこからともなく聞こえてきた。

 その声は霧の代わりにクレメンタル街道に轟き、

 霧が放出される直前で白龍は怯んだ。


「――!?」


 最前線でかく乱し続けるエリーゼたち、

 ベル、それを囲んで魔力を集中させる魔術師団、

 そしてセリスは、白龍の一点を見つめる。


 白龍の、背中。

 そこから、上半身のみを出した人影が見えている。


「――――言うたやろ、エリーゼェ!

 ワイは、絶対に死なへんってなァァァァァ!」


 その喋り方が誰のものなのか、考えずともわかる。

 関西弁によく似た、聞きなじみのない方言。

 否、短期間でのインパクトが強すぎるがあまり、

 ある意味聞きなじみがあるといえるかもしれない。


「デュラン!」


 エリーゼは空を見上げ、その名前を叫んだ。

 そして何やら後ろを振り返り、走り出した。


「全部聞いとったでェ、ベル!

 ワイのことは構わず、ぶちかましたれェ!」

「――」


 ベルはその言葉を聞いて、嫌な記憶(シャルロッテ)が脳裏をよぎった。


 仲間がきわめて近くにいる敵に対して攻撃する。

 これは、多少の――否、多大なリスクを伴う。

 その危険性と起こりうる未来を、ベルはすでに知っている。


「ベル・パノヴァ! 何をしている!」


 セリスの声が聞こえる。

 しかし、ベルの持つ杖が突然震えだした。

 それは、今更白龍の姿に臆したとか、そんなものではない。


 ――このまま攻撃をしても、いいのか?


「おい! これ以上は魔力が尽きちまう!」

「――」


 魔術師の呼ぶ声は、ベルの耳には届いていても脳には届いていない。

 ベルは、掲げた杖を見る。

 その杖と彼女が、重なって見えてしまった。


「聞いてるのか、おい!」


 魔術師たちの苦しむ声。

 耳は音声として認識をしているのに、脳が言葉として処理してくれない。


 やらなければ、勝利はない。

 だが、やってしまったらどうなるか分からない。

 その葛藤が、ベルが声を振り絞る勇気を奪っていく。


 ――やれ。


 ――やるんだ。


 何度脳内でそう呟いても、声は出てこない。


「もう……限界だ……!」

「――」



 ――――――目を覚ましてください、ベル。



「――え?」


 嫌というほどまだ耳に染み付いている声が、聞こえた。

 否、実際には聞こえていない。

 聞こえた、()()()()のだ。


 背後には、ベルの肩に手を置いて微笑んでいるエリーゼが立っていた。


「ベルなら、できるわ。

 あたしがそばにいるから」


 ベルはエリーゼを横目で見て、ふと現実に返った。


 そしてその言葉が、ベルを突き動かした。


「――撃ちます!」

「おう! やったれや!!」


 ベルは、杖先に宿った膨大な質量の魔力を放射した。

 いつもよりも何十倍も重い魔力に、

 ベルは体が後ろ向きに引っ張られるような感覚に陥った。


「――――――ッッ!」

「くぅ……!」


 ベルの立っている地面が、徐々にえぐれていく。

 何とか足で踏ん張ってはいるが、いつ倒れてもおかしくない。

 だが、倒れてしまったら、その魔力は虚空に放たれることになる。

 まして、吹き飛ばされて魔力が魔術師団を襲ってしまうようなことがあれば、

 それこそ一巻の終わりに近づいてしまう。


「足が、もう――」


 呻くようにそう言ったベルの背中が、何か壁に当たった。

 正確には、少し肩甲骨のあたりが柔らかく包み込まれている。


「エリー、ゼ……」

「大丈夫よ! あたしがいるから!」


 エリーゼは、ベルを抱きしめながら共に踏ん張っている。

 もう何年間も同じ時を共有してきた彼女の胸の安心感は、

 ベルをもう一度奮い立たせた。


「う、あぁぁぁぁぁぁぁ!」


 雄叫びを上げ、体を起こす。

 放たれる七色の魔力はさらに威力を増し、白龍を喰らう。


 ――出しきれ。


 たとえ倒れてしまったとしても、この白龍だけは絶対に沈める。

 この後のことは全てセリスたちに任せるつもりで、

 今この瞬間(とき)に力の限りを尽くすのだ。

 

「――――――」


 白龍の金切り声が、討伐隊の鼓膜を襲う。

 顔をしかめたベルの耳を、エリーゼの手が塞いだ。


「気張れ、ベル!」

「お願い! 頑張って!」


 ランスロットとエルシアの声は、少々こもっている。

 しかし、ベルの心にはしかと響いた。


 そしてその瞬間、ベルの左目が黄金色に光り輝いた。

 

「くっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 腹の底から沸き立つような雄叫び。

 ――いや、それはもはや咆哮のようである。


 前線から状況を見守る、エリーゼとランスロット。

 身を挺して背中を支えるエリーゼ。

 そしてもう一人、ベルのそばにいるのだ。


 ――――彼女(シャルロッテ)が。


「がんばれ、ベルっち!」

「がんばって、ベル兄!」

「貴様の意地を見せるのだ!」

「行け……行け!」


 ベルは一層杖を強く握り、自らの魔力を注ぐリミッターを解除した。

 一筋の閃光はまたさらに太くなり、雪雲が覆う夜空に煌めく。


「――っ!」


 突如、ベルの足元から軽い衝撃波が生じた。

 背中を支えるエリーゼは少し後ろに吹っ飛び、ベルの背中が遠くなった。


「ベ、ル……!」


 ――その姿が、シャルロッテと重なって見えた。


「往けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 ベルの咆哮が轟く。

 そして――――、


「――――――――――」


 白龍が、()()()

 まるでそこに何もいなかったかのように、

 虚無だけが空に残っている。


 ベルはその場に膝をつき、肩を上下に激しく動かす。

 焦点が定まらず、何もかもがぼやけて見える。


「――ル! ――ル!」


 呼ぶ声が、頭の方から聞こえる。

 耳すらも、今はあまり使い物になっていない。


「勝った……のか?」


 魔術師団の一人が、そう呟く。

 人々の顔に、光が戻る――


「――雲が、晴れないが」


 その一言が、ヴァイスベルクの口からこぼれた瞬間だった。


「――――――ッッ!!!」


 再び、咆哮が響く。

 晴れない雪雲を食い破り、影が討伐隊を照らす。


「……来たな」


 討伐隊を見下ろすその()()目に、哄笑が宿っていた。

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