第三十七話「中央大陸へ」
一週間弱が経った。
改めて、事件を振り返ってみる。
あの日の翌日、俺たちはアラキアに帰還した。
レオナたちが乗ってきた竜車に乗せてもらったため、数時間で着くことができた。
俺とランスロットが乗ってきた馬は、宮廷に譲った。
ゼルドニア国王のお財布から出た金と引き換えにな。
話は変わって、あの性悪王子の話だ。
ジェイドの要望で俺たちも同席し、セディウス王子の処分を決めた。
国王は俺たちの話を丁寧に聞いたうえで、がっくりと肩を落とした。
セディウスは必死に弁明しようとしたが、聞く耳を持たれることがあるはずもなく。
結果、セディウス王子は国外追放に処された。
セディウスは地団駄を踏んだり土下座をしたりして許しを請うたが、
国王は硬い表情のままその決断を変えることはなかった。
ただ、宮殿内の侍女や兵士たちはセディウスの素性を知っているものの、
国民は当然、そんなことは知らない。
そのため、表向きには『海外留学』ということになったらしい。
普通なら打ち首になってもおかしくないんだから、
国外追放で済んだだけマシだと思ってほしいものだ。
そして、国王はジェイドとの再会を心から喜んでいた。
やはりこれもセディウスの陰謀だったようで、
ジェイドは行方不明になったという虚偽の情報を、自らの従者や父親に伝えていたらしい。
つくづくとんでもないヤツだったな。
ともあれ、事件は全て解決した。
俺が何日にもわたって牢屋に閉じ込められるということもなかったし、
おまけにルクリアたち侍女や兵士たちも救うことができた。
セディウスの従者たちには大変感謝された。
中には俺が氷漬けにした兵士たちもいて、
俺たちを攻撃したことを何度も謝られた。
宮殿の戦いで出た犠牲者は、一人もいなかった。
陽動班は見事に殺生をすることなく立ち回ってくれたようだ。
まあ、ある意味セディウスが犠牲になったようなものか。
それなら犠牲者は1だな。
ルクリアの家族は、無事に解放された。
なんと、あの地下牢以外にも街の地下に牢獄があったようで、
ルクリアの家族だけでなく、従者たち全ての身内を捕らえていたのだ。
そうして従者たちに脅しをかけることで、
操り人形のように自由に使っていたという。
もちろん、ルクリア以外の従者の家族も無事だった。
あの男、どれだけクズエピソードを披露すれば気が済むんだろうか。
そして、今日は出航の日。
そう、中央大陸行の定期便だ。
「やあ。元気にしていたかい?」
「はい、おかげさまで」
「もう、旅立たれるのですね」
出航前、レオナとリノがわざわざ出航を見送りに来てくれた。
レオナは明るく笑顔を見せているが、リノはどこか寂しそうである。
俺はともかく、エリーゼやランスロットとは死線をともにしたんだもんな。
「――恩人殿ォォォォォ!」
「おや、ジェイドも来たのかい?」
と、なぜかジェイドがこちらに向かって猛ダッシュしてきた。
陸上選手のような綺麗なフォームで、土埃を立てながら猛烈に迫ってきている。
「どこへ行ってしまわれるのですか、恩人殿ォォォォォォ!」
「うおわっ!?」
ジェイドは、俺を天高く持ち上げた。
いや、投げ上げた。
このまま地面に真っ逆さまに落ちて、そのままお陀仏。
とはならず、ちゃんとジェイドは俺を受け止めてくれた。
「あんた、何なのよ。気持ち悪いわね」
「何だと? 小娘ごときが余を罵倒するのか?」
「ジェイド、エリーゼは他国の第一王女ですよ」
「大っっ変! 申し訳ございませんでしたァァァ!」
そう言って、地面に手をついた。
そして、ジェイドは勢いよく頭を下げた。
強い衝撃で、地面に小さな穴が空いた。
いや、穴じゃなくクレーターだな。
0か100しかないのか、こいつの行動は。
エリーゼは極端な行動ばかりのジェイドをかなり気持ち悪がっている。
ジェイドが可哀想になるくらい、陰で俺にコソコソと悪口を話してくる。
まあ正直、俺としてもこいつが怖い。
あんな怪力を見せられたら、誰だって怖くなる。
「それで、恩人殿たちはどこへ向かわれるのですか?」
「中央大陸です。僕たちは、帰らなければならない場所があるので」
「ふむ、帰らねばならない場所、とな。
ちなみに、それはどこなのですか?」
「グレイス王国の、ラニカ村という場所です。
かつては、第一都市のアヴァンの最寄りの村だったんですが……」
「グレイス王国……」
ジェイドは、顎に指を当てて神妙な表情をする。
世界的にも名の知れた大国だったから、やはり聞いたことはあったんだろうな。
「もしや、転移隕石で滅びたとされるあの大国ですかな?」
「そうよ。あたしはそこの王女だったの」
「左様か……。かつての故郷に戻るために、旅をしているということですな。
このジェイド、完全に理解いたしました」
ジェイドは胸の前で拳を握り、軽く頭を下げた。
……こいつ、
「あんた、案外いいやつね」
エリーゼの言葉に、ジェイドは軽く笑った。
ちゃんとしてたらいい人間じゃないか。
「しかし、寂しいものは寂しいでございますゥゥゥゥ!
余も一緒にお連れくださいィィィィ!」
「なっ……離れてください、殿下!」
ちゃんとしていたら、の話だが。
セミみたいに俺の体にしがみついてきやがる。
キモオタこじらせたみたいなムーブやめてくれよ。
「――ベル殿!」
「あっ、ルクリアさん!」
ルクリアまで見送りに来てくれたのか!
……おい、コイツ邪魔だな。
お前のせいでルクリアの姿が見えない。
「これはこれは、ルクリア。
無事に辿り着けたようで何よりだ」
「王子が……! 置いて行ったからでしょう……!」
ルクリアは息を切らしている。
置いて行っただと?
ジェイドは全く悪びれる様子もなく、「ご苦労であった」みたいな顔をしている。
「申し遅れましたが、恩人殿。
ルクリアは、余の従者となったのです」
「おお!」
「こんなヤツに仕えるなんて、物好きもいるものなのね」
今日のエリーゼは切れ味が鋭いな。
ジェイドは「ぐはぁっ!」と言ってうずくまった。
今の言葉、物理的に効いたってことなのか?
「まあ、ジェイド王子はなんだかんだしっかりしてるし、
セディウスよりはいいんじゃないかな?」
「ジェイドに仕えるのも、それはそれで骨が折れそうだがな」
エルシアとランスロットの死体蹴りに、
ジェイドはビクンビクンと二回体を跳ねさせた。
どちらの言うことも間違っちゃいないな。
案外いいヤツなのは事実だが、贔屓目に見ても変人であるという現実もある。
まあ、俺だったら仕えたくはないタイプの王子かも。
「ベル殿。改めて、此度はありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ。
ルクリアさんがいなければ、きっと僕たちは今ここに立てていませんから」
「はい。このご恩は、一生忘れることはございません」
ルクリアは大きな胸に手を当て、深々と頭を下げた。
俺だけじゃなく、レオナとリノを含む全員にだ。
「あ、もう出発しそうだよ」
船のエンジン音が鳴り響き、出航を合図する。
なんだか、名残惜しいな。
一週間の間に起きた出来事があまりにも濃すぎて、
何か月分もの体験をしたみたいだ。
「では、そろそろ行きますね」
「あ、待ってくれ、皆!」
「む? どうかしたのか?」
別れの言葉を告げようとした途端、レオナがこちらに手を伸ばして俺たちを止めた。
右と左のポケットをそれぞれゴソゴソと漁り、「あれ? ないぞ」と言いながら焦り始める。
「こちらですよ、レオナ様」
「ん? ああ、ありがとう」
そう言ってリノがレオナに手渡したのは、小さめのふろしきのような布。
レオナは重たそうにそれを抱え、こちらに差し出した。
――中からは、硬貨がぶつかり合う音が聞こえた。
「これは?」
「隣国のゼルドニア王国を救ってくれた、ボクたちからの感謝の気持ちだと思って受け取ってほしい。
ほんの少しだが、資金の足しにしてくれたまえ!」
「えぇ!? いいんですか――」
「いや、要らない」
おい! ランスロット!
ここは貰っておくべきだろう!
社交辞令だなんだと言うのかもしれないが、
俺たちは大陸を渡ったらまた金がほとんどなくなるんだぞ。
それに、レオナたちからの気持ちを拒否するっていうのか?
「いいや、受け取ってくれ。
これは、ボクとリノ、そしてゼルドニア国王の総意だ。
キミたちの旅を応援したくて用意した金だ」
「――」
「なに、アラキアもゼルドニアも、資金力に優れている。
この程度の金は、ほんの端金だよ」
相当重そうに持っていたけどな……。
ランスロットは少し悩んでから、
「……分かった。では、ありがたく貰っておこう」
「うむ! それでいい!」
ランスロットの目に笑顔はなかった。
……大人だなぁ。
もう180歳を迎えようとしている男はやっぱり場数が違うんだろう。
「それでは今度こそ、出発します」
「はい……。お気をつけて」
「困った時は、いつでも余をお呼びつけください!
地の果てまでも飛んでいきますぞ!」
俺は名残惜しさを押し殺して、別れを告げた。
船に乗り込んでからも、レオナとリノ、そしてルクリアの声が聞こえる。
甲高い奇声に近いジェイドの泣き声もまた、しっかりと俺たちの耳に届いている。
汽笛の音が、みんなの声をかき消した。
長かったデュシス大陸での旅は、これで終わったのだ。
出会いがあれば別れもある。
とはいえ、やはり寂しいものは寂しいな。
「さようなら! 皆!」
「元気でいなさいよ!」
俺とエリーゼは、揃って声を張り上げた。
ちゃんと届いているかは分からないが、
小さくなっていくレオナたちの頭上で、絶えず手が左右に揺れ動いているのは見える。
――――きっと、届いているはずだよな。
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さて。
色んな意味で地獄の船旅が始まった。
デュシス大陸は、もう小さくなってしまった。
「いやぁ。色々大変でしたなぁ」
「やっと折り返し、って感じでしょ。
まだまだ長いのね……」
エルシアが婆さんのような声を出して腰を下ろすと、
エリーゼはため息混じりにそう呟いた。
中央大陸は、縦というより横に広い。
ユーラシア大陸のようなものだろうな。
地図を見た感じでも、ユーラシア大陸に形がよく似ていた。
西端から大陸東にあるグレイス王国までは、どのくらいかかるのだろうか。
もう寄り道をせずに行った方が早いような気がするのは俺だけか?
「まさか、馬車を丸ごと載せられる船があったなんて思わなかったわ」
「そうだな。俺もかなり驚いたが、きちんと管理はされているらしい」
俺たちが旅を共にしてきた馬と馬車。
何と、船に載せることができた。
追加料金でかなり金はとられたが、レオナたちからいただいた金のおかげでほぼ無傷で済んだ。
レオナはそれを見越して、俺たちに受け取れと言ったのかもしれない。
馬と馬車は、船の地下に載せられている。
太陽の光を浴びることができないのはかわいそうだが、ほんの少しの辛抱だ。
天大陸からデュシス大陸までは、かなり距離が離れていた。
そのため、渡るのに一か月を要した。
しかし、デュシス大陸と中央大陸の距離はそれほど離れていない。
確かランスロットによると、一週間もかからず上陸できるとのこと。
それでも十分長い期間ではあるが、前回の船旅と比べれば可愛いもんだ。
「今回も海は荒れるのかしら」
「いいや、この海は比較的穏やかな海だ。
酔うほどの揺れはないと思う」
ランスロットの言葉に、エリーゼは胸をなでおろす。
前に船に乗った時、エリーゼは船酔いがひどくてずっとダウンしていた。
俺が気休め程度の治癒魔法で楽にしてあげていたのを覚えている。
「そういえば、中央大陸に上陸した後のことはもう考えてあるの?」
「ああ」
本当に、ランスロットは頼りになる。
ランスロットがいなければ、俺とエリーゼは詰んでいただろう。
そもそも、転移直後に道に倒れている俺たちを見つけて拾い上げてくれなきゃ、
魔物に食われて骨も残らなかっただろうな。
ランスロットは背負っているバッグから地図を取り出し、それを広げた。
「今俺たちが移動している海はこの海だ。
ここから、真っ直ぐここに向かっている」
丁寧に指で地図をなぞりながら、説明するランスロット。
……へえ、デュシス大陸と中央大陸間はだいぶ短いな。
デュシス大陸と天大陸の間には地図で見てもかなりの距離があったと考えると、
あれだけの時間がかかったことも頷けるな。
「中央大陸の港町からは、すぐに出発する。
その後は、また何週間か馬車に揺られることになる」
「中央大陸は広いから、その時間が長そうだね」
「それで、港町を出た後はどうするのよ?」
「この、ラヴァニア王国という大きな国に寄るつもりだ」
「えっ、こんなに北の国に寄るの?」
ランスロットが指でさしたのは、「ラヴァニア王国」と書かれた国だ。
しかし、エリーゼの言葉通り、大陸では北の方にある国である。
このまま真っ直ぐ進んだ方が早そうだが。
「中央大陸には、巨大な山脈があるから、容易に通過ができない。
それに、中心部の国は紛争が激しくて到底通れない。
だから、南か北から迂回して進む必要があるのだ。
だが、南部は治安が悪いから北から進むのが一番安全だろう」
なるほどな。
それなら避けた方が良さそうだ。
確かに地図を見ても、大陸南部は国や街が密集している。
滞りなく進みたいなら北の方がいいだろうが、寒そうだな……。
今は夏だが、旅をしているうちに冬になるだろう。
エリーゼも、そのうち14歳になるのか。
時の流れとは、恐ろしいものである。
「何で北にはこんなに国とか街が少ないのかしら」
「昔は、王国や帝国の類のものは北にも多くあった。
だが、二度の魔人竜大戦を経て、その数は著しく減ったと聞いたことがある」
「あっ、そっか。北の方は魔大陸に近いから、魔族に攻め入られやすいんだ」
「その通りだ」
なるほど。
そんな歴史的背景があったのか。
今は各種族同士のいがみ合いはなくなったものの、
人族は完全に魔族を信頼しているわけではないのかもな。
「ラヴァニア王国を出た後は、そのまま、目的地であるグレイス王国まで行くつもりだ」
俺とエリーゼは、互いに顔を見合わせる。
やっと、ゴールが見えてきたということだな。
今、ラニカはどうなっているのだろうか。
もう、何人かは帰還しているかもしれない。
そして、ルドルフは無事でいるだろうか。
俺たちよりもかなり早くこの中央大陸行の船に乗っていったから、
もしかしたらもうラニカに到着しているかもしれない。
「みんな、無事かしらね」
「無事だといいですけどね」
「ベルは女心が分かってないなぁ。
そういう時は、『きっと無事だよ。俺が保証する』くらい言ってあげないと」
「ははは。そうですね」
と、あからさまな愛想笑いをしてみたものの。
実際、俺の知り合いはどうなっているのか。
いつも、最悪の場合を想像してしまう癖がある。
ルドルフもロトアも、
リベラもアリスも、
そしてエリーゼの家族も、
全員無事じゃなかったら。
毎晩のように、そんなことを考えてしまう。
俺だって、「きっと無事だから心配するな」とか言いたい。
でも、そんな無責任なことは言えないのだ。
もし誰も無事に生きていなかった時、
俺はどんな顔をしてエリーゼを慰めてあげればいいのか、分からなくなるだろう。
「でも、ラニカに帰るのはとっても楽しみだわ!」
「ええ。僕もすごく楽しみです」
正しくは、楽しみ半分、不安半分ってとこだが。
かつての故郷に帰ることができるのは嬉しいことだが、
荒れ果ててしまったであろう故郷を見るのは辛いような気もする。
まあいずれにせよ、まずは無事にラニカに帰りつくことだな。




