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空中転生 - 落ちこぼれニート、空の上でリスポーンしました -  作者: 蜂蜜
第4章 少年期 アラキア編

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第三十六話「第一王子救出作戦」

 うわ、めちゃくちゃ久しぶりに使った。

 ライラにサプライズで使った以来だな。

 こんなエンタメ魔法がまた役に立つとは。


「な、何だ!?」

「総員、警戒態勢!」


 警備兵たちの慌ただしそうな声が聞こえてきた。

 思ったよりも大きな音だから、民間人はみんな起きてしまうだろうな。

 なるべく、早めに宮殿の敷地内に入っておいた方が良さそうだ。


「――行くぞ」


 ランスロットの合図とともに、エリーゼとリノが飛び出した。


---


 三人には、正面から突撃してもらった。

 そして、警備兵の注意がそちらに引かれている隙に、


「『土壁(アースウォール)』」


 俺たちは、裏路地やら抜け道やらを通って宮殿の左サイドまで来た。

 ここで、毎度おなじみ『アースウォール』で柵を乗り越える。

 この魔術は、万能さで言うならティア1だな。


「陽動班は、大丈夫なのでしょうか……」

「ランスロットは、世界的も有名なソガント族の戦士。

 エリーゼは火上級剣士だし、

 リノは確か雷聖級剣士だって言ってた。

 あの三人が負けることはないよ」

「そこまで精鋭揃いだったとは……。

 それなら、心配ありませんね」

「彼ら、そんなに強かったのかい?」


 ふふん、そうだろう。

 俺の仲間たちはスゴイ奴ばかりだからな。

 アイツらなら、この作戦が終わった後も涼しい顔してるだろう。


「さて、これからセディウスの部屋にある鍵を取りに行くんだったかな」

「はい。ルクリアさん、セディウス王子の部屋の場所は分かりますか?」

「何回訪れたことか……。嫌でも、バッチリ覚えています」


 ルクリアは皮肉交じりにそう言った。

 そうだよな。

 定期的に嫌々訪れていたんだもんな。


 植木に隠れながら、本殿への入り口を探す。

 ランスロットたちが飛び出してから軽く5分は経っているが、

 まだゾロゾロと正面玄関から警備兵が出てきている。

 少し、ランスロットたちが心配だな。

 いくら並外れた戦闘能力を持っていても、どうしても相手に出来る数には限界があるはずだ。


「……ベル。何心配そうな顔をしてるの。

 エリーゼたちは必ず勝つさ。皆を信じよう」

「エルシア……」


 ……そうだよな。

 あいつらに限って、負けるわけがない。

 仲間を信じきれないリーダーは、リーダー失格だ。


「あっ、見てくれ! 裏口があるぞ!」

「よし、そこから入ろう」


 何個か入り口はありそうだが、一番警備が薄そうな裏口から入ることにした。

 頼むぞ……。

 誰もいないでくれ……。


「ふぅ。ひとまず、宮殿には入れましたね」

「問題は、どうやって王子の部屋まで行くかです」

「え? 部屋までの道は分かってるんじゃ?」

「セディウス王子の御部屋は三階、最上階にあります。

 階段に辿り着くまでに、遅れて出てくる警備兵と出くわす危険性があります」


 なるほど。

 まあ、相場は最上階だろうな。

 月明かりを見つめるシーンとかありがちな展開だし。

 あの王子は月明かりなんかよりも女の尻ばっか見てるんだろうが。


 でも、そうか。

 警備兵は、全員が外でエリーゼたちと交戦しているとも限らない。

 まだ宮殿内に残っている可能性は高いな。


 となるとやはり、


「……出くわしたら、戦うしかないですね」


 俺たちも、結局は戦うことになるな。


 四人のうち、まともに戦えるのは俺とエルシアだけ。

 あまり宮殿内で魔術を撃ちすぎるとこちらに注意が集まってしまうかもしれないし、

 第一、建物に損傷が入る可能性もある。


 せっかく作戦に成功しても、宮殿を傷つけた分の弁償をしなければならないとかいうことになるのは面倒だ。

 ただでさえ渡航するのに金が要ってカツカツなのに、こんなところで出費はしたくない。


 だから、実質満足に戦えるのはエルシアだけか…………。


 ――いや、待て。

 エルシアの愛剣である『風龍剣』は、剣を振るだけで風の斬撃が飛んでいくトンデモ仕様だ。


 振るだけで、『飛ぶ』。


「わたし、迂闊に剣を振れないよ」


 そうだった。

 エルシアも、全力で戦えない。

 全力どころか、剣すら抜けない。


 完全に人員の配分をしくじった。

 あの三人の誰かをこちらに連れてくるべきだったか。


 …………戦えるの、俺だけ?


「なるべく、息をひそめて行動しよう」


 そうだ。

 バレなきゃいいんだ。

 誰とも出会わなければ、戦う必要もない――


「おい! 何者だ!」

「――っ!?」


 遠くの階段から、兵士の声が聞こえた。

 目、良すぎないか?


 何でこんなに、何もかも上手く行かないんだよ。


「何であんなところから見えるの!?」

「逆に言えば、あそこから上に上がれることが分かったんだ!

 何とかあそこを突破できれば、後は上に上がるだけだ!」


 レオナは勇敢にそう言い放った。

 指をさして、堂々と。


 戦えないレオナが、こうして吼えているんだ。

 俺が弱気になってどうする。


「行きましょう! 敵は僕に任せてください!」


 俺たちは、そろって走り出した。


 向かってくる数人の兵士。

 その手には槍やら剣やらが握られている。


 重要なのは、いかに殺さずに倒すか。

 少しでも力加減を間違えれば、階級の低い魔法でもあっさり体を貫くことだってできる。


 杖を通じた魔術なら、確実に命を奪ってしまう。

 ましてや、今は月の出た夜だ。


 俺の魔力は、『月蝕眼』によって増大している。

 だから、ほんの少しでいい。


「『水弾(アクアショット)』!」


 普段は手のひらから撃っている魔術を、人差し指から放った。

 感覚としては、水鉄砲を撃つみたいな感じだ。

 デ〇ビームのように、一直線に兵士の胸めがけて飛ばす。


 キエェェェェェェェイ!


 と叫びたい気持ちは抑え、五人ほどいた兵士を気絶させることに成功。

 この感覚を、絶対に覚えておこう。


「よくやったぞベル君! 流石は天才魔術師だ!」

「あまり褒めすぎると天狗になって調子が狂います!」

「じゃあやめておこうか!」


 大きな声を出したことで気持ちがリセットされた。

 よし、ここから上に上がれるはずだ。


「居たぞ! 指名手配犯だ!」

「捕らえろ!」

「また敵です! ベル殿、注意してください!」


 階段を駆け上がっているところで、また敵と遭遇した。

 狭いから魔術が使いづらいが、何とかここも切り抜けるしかない。


「『水流の抱擁(アクア・エンブレイス)』!」

「うわっ!」

「がっ!」


 実はこっそり練習していた、水流を発生させる水上級魔法。

 その水流に飲み込まれ、兵士たちは階段の下へと落ちていった。


「『フローズン』!」


 流された兵士たちを、氷漬けにする。

 とはいっても、全身を氷漬けにしたら死んでしまうため、下半身だけを狙った。


「今日は冴えてるね、ベル!」

「いつものことじゃないですか」

「エルシア、褒めたら天狗になるからダメだぞ」


 レオナに余計な一言を添えられた。

 いや実際、今は完全にゾーンに入っている。

 誰が来ても、勝てる自信がある。


「足音が聞こえなくなったよ!」

「今のうちに行きましょう!

 三階まではすぐです!」


 ああ……!

 階段、キツイ!


---


 そして、セディウス王子の部屋の前に辿り着いた。

 ルクリアのナビゲートは正確で、無駄足を踏むなんてことは一度もなかった。

 どうやら敵もさっき凍らせた奴らで最後だったらしく、スムーズにここまで来られた。


「……」


 ルクリアが、扉に耳をくっつけて中の様子を探る。

 こちらに向けて指で小さく丸を作り、手招きをした。


 ルクリアに続いて部屋に入ると、そこには、大きなベッドの上に寝ているセディウスの姿があった。

 昨日ぶりだな、セディウス。

 指名手配犯が同じ部屋に二人もいるぞ~。


「これ、起きないんですか?(ボソッ」

「王子は、朝まで起きることはありません。

 毎晩侍女との営みを終えた後、こちらの睡眠薬を服用するので(ボソッ」


 そう言って、ルクリアは瓶のようなものを持ち上げた。

 この世界の睡眠薬って、そんな感じなのか。

 錠剤とか粉薬とか、そういうのはないのかもな。


「セディウス……。いつ見ても醜い顔をしているな」

「コラコラ。容姿批判はあまりよくないですよ(ボソッ」

「……確かに、キミの言う通りだ。すまない」


 そうだぞ。

 ブロブフィッシュみたいな顔をしているとか、そんなこと言っちゃダメだぞ。


 セディウスはだらしない腹を出して、大きないびきをかいている。

 コイツに抱かれる侍女が可哀想でならない。


「それで、肝心の鍵はどこにあるの?(ボソッ」

「部屋にあることは確かなんですが、どこにあるかまでは……」


 ルクリアは、色々な場所をゴソゴソと漁る。

 俺とエルシア、そしてレオナもそれに加わり、あり得そうな場所を手探りで探す。

 明かりが月明かりしかないから、視界が悪くて探しづらいな。


 ……それにしても。

 とっ散らかった汚い部屋だな。

 ニートの俺でも、ここまで散らかってはいなかった。


 俺が初めてコイツの部屋に来た時は、ここまで散らかっていなかったはずなんだけどな。

 一日でこんなに散らかせるのは、逆に才能だろう。



 ゴソ……。



「――っ!?」


 ベッドの上で、物音がした。


 恐る恐る立ち上がってセディウスの様子を見ると、

 未だに下卑た笑みを浮かべて眠っていた。


 寝返りを打っただけか。ビビらせやがって。

 お前みたいなヤツが寝返りなんて打つな。


「あっ、ありました!(ボソッ」

「でかした!(ボソッ」


 ルクリアは、いくつもの鍵が下がったリングを持ち上げた。

 これで、後はジェイドが捕らえられているという地下牢に向かうだけだ。


「地下牢は、どこにあるんですか?」

「お任せください。全て覚えています」


 神様、仏様、ルクリア様。

 そりゃ、セディウスからの信頼も厚いわけだ。

 まあ、たった今お前(セディウス)は裏切られたんだけどな。


 セディウスの部屋を出る直前、俺が落ちた穴がチラっと見えた。

 赤い絨毯が被せられているが、少しだけ隙間が空いている。


 ……ん?

 ここは、三階だよな。

 俺が落ちた穴は、そこまで深いものではなかった。


「……これ、どんな構造になっているんですか?」

「この部屋の下には、魔術的に拡張された空間があります。

 気に食わない者を数日間この下に閉じ込めたりするために作られました」


 何とも悪趣味な。

 つまり、魔術によってこの部屋の床下に地下を作ったのか。

 自分で言っててワケ分かんねえ。


 まあとにかく、魔術は素晴らしいということだ。


「何をやっているんだい! 早く地下牢に向かうぞ!(ボソッ」

「あ、はい」


 レオナに催促されて、俺とルクリアは部屋を出た。




「ここが、地下牢の入口です」


 ルクリアに導かれ、俺たちはついに地下牢の入口まで辿り着いた。

 割と分かりやすい見た目をしている。

 もっと隠す努力をした方がいいと思うぞ。


 ルクリアが地下牢へ続く階段の扉を開けると、

 そこには螺旋状の石の階段があった。

 道は極めて狭く、人1人がようやく通れるほどの広さだ。

 セディウスの奴、こんなに狭いとこ通れんのか?

 ……いや、さすがに詰まるほどではないか。


「『盛炎』!」

「はァッ!」


 遠くの方で、エリーゼとランスロットの声が聞こえる。

 金属と金属がぶつかり合う音が、絶え間なく鳴り響いている。

 あいつらのためにも、早く終わらせてやらないと。


「行こう」


 レオナの合図で、入口に入った。


「うわぁ、ほんとに狭いね」

「薄暗くて、寒い……」

「ここは一切、陽光が届きませんからね」


 すごく不気味だ。

 所々、石壁にロウソクがついているが、今にも消えそうなものばかりである。

 管理が行き届いていないのか、ホコリっぽい。

 まるで地下遺跡みたいだな。


「この中には、ジェイド王子だけしかいないんですか?」

「はい。当初は見張り番が付いていましたが、今はそれも居なくなりました。

 ここに人が入るのは、1日に3回、食事が届けられる時だけです」


 なんだかんだ食事だけはきちんと与えるのは、なんなんだろうか。

 一応、ジェイドが兄であるからか。

 でも、俺にも飯はくれたしな。

 シチューをわざと落とすという、クソみたいな嫌がらせを受けたが。


「……これ、いつまで下りればいいの?」

「もうすぐです」


 もう、かなりの段数を下りたはずだ。

 螺旋階段だから、目が回りそうになる。


 黙々と、一段ずつ階段を下りる。

 コツコツと、俺たちの足音だけが石壁に跳ね返る。

 声を出すと、トンネルの中にいるかのように声が響くから、ちょっと面白い。


「――何だ? 四度目の食事か?」


 声とともに、姿が見えた。

 ようやく、長い長い階段が終わった。


 目に入ったのは、痩せ細った青年。

 赤と黒を基調とした、軍服のような服。

 胸元には、赤く二つの竜のような紋章が入っている。


 あー、そういえばセディウスもこんな服を着ていたな。

 となると、この男がジェイドか。


「む? ルクリアではないか。久しいな」

「お久しぶりです、ジェイド王子……。

 そんなに痩せ細られて……」

「何、心配は無用だ。余は元々このような見た目だったからな」


 ならなおさらヤバくないか。

 もうすぐ死にそうなくらい痩せているぞ。

 頬とかゲッソリしているし。


「やあ。久しぶりだね、ジェイド王子」

「――これは、レオナ陛下!

 このような汚らしい姿で謁見することになったことをどうかお許しくださいぃぃ!」


 レオナの声を聞いた途端、ジェイドはビクンと立ち上がった。


 ……何か、思ってたのと違う。

 ルクリアは、「自分の志を強く持っている」と言っていた。

 だから、もっと高貴な感じで、次代の王を担う素質がありそうな感じだと思っていた。


「相変わらず変わった男だなぁ、キミは」

「はは、御冗談を」

「冗談じゃないんだが」

「それで……レオナ様とルクリアは分かるのだが、そちらの子供は何者だ?」

「お初にお目にかかります。ベル・パノヴァと申します」


 露骨に態度が変わったジェイドに、一応貴族流の挨拶をする。

 ジェイドは「ふむ……」と言いながら、再びその場に腰を下ろした。


「ベル・パノヴァよ。貴様は何の要件があってこの地下牢に来たのだ?

 冷やかしに来たのなら、直ちに帰ってもらいたいものだ、が……」


 どんどん声のトーンが低くなるジェイドに、俺は懐から鍵のリングを取り出した。


「僕たちは、ジェイド王子を解放しにまいりました」

「なんと! ようやく現れたのですね! 余の恩人よ!」


 ジェイドは鉄格子を勢いよく握り、目を輝かせた。

 俺が取り出した鍵だが、俺はどれが正解か全く知らないため、

 鍵の解錠はルクリアに任せることにした。


 ジェイドは牢屋の外に出ると、軽く背伸びをした。

 肩を回し、首をボキボキと鳴らす。

 ありとあらゆる関節を鳴らし、深く息を吐いた。


「しかし、どうやってこの牢の鍵を?」

「さっき、こっそりセディウス王子の部屋に入って取ってきたんだ」


 レオナがそう言うと、ジェイドは一瞬固まった。

 口をポカーンと開けて、レオナを、そして俺を見た。


「――恩人よォォォ!」

「うおっ!?」


 ジェイドは、突然俺を強く抱きしめた。

 なんつう力だ……!

 息が出来ん!


「余は貴方に、感謝してもしきれませぬ!

 これから、余にできることなら何なりとお申し付けくださいィィ!」

「……なしてください……!」

「え? 何と?」

「放してくださ……!」


 振り絞るような声を出してようやく、ジェイドは俺を解放した。

 もう、何なんだよコイツ……。


「さて。解放したことだし、急いで上に上がろう」

「急ぐ? 何故(なにゆえ)、そこまで焦っているのだ?」

「ボクたちの他に、陽動作戦を行っている仲間がいるんだ。

 モタモタしていられない」


 エルシアとレオナは、もう階段に差し掛かっている。

 俺はジェイドの手を引き、ルクリアとともに二人に続いた。


「恩人殿……! お待ちください……!」

「どうしたんですか?」

「余は長らく囚われの身であったゆえ、急に激しくは動けませぬ……!」


 ジェイドの足取りが、みるみる重くなっていく。

 そして、ぐったりと倒れてしまった。


「ベル、大丈夫!?」

「僕は平気ですが、ジェイド王子がダウンしました」

「うーん……」


 エルシアは立ち止まり、階段の先を見た。

 少し悩んでから、エルシアは俺たちのところまで下りてきた。


 そして、


「王子。ここにしゃがんで」

「こ、こうか?」

「うん。じゃあ、ちょっと失礼します」

「え?」


 ジェイドの呆然とした声が、螺旋階段中に響く。

 エルシアは、ジェイドの両足を掴んだ。

 そして、


「――あがががががががが!」

「さ! 早く進んで!」


 エルシアは、ジェイドを引きずりながら階段を駆け上がり始めた。

 一段ずつ背中を打たれるジェイドを尻目に、ルクリアと俺は再び走り出した。


「ルクリアさん! あれはいいんですか!?」

「エルシアさんは大剣を背負っていらっしゃいますし、

 誰もジェイド王子を背負って走ることはできません!

 ですので、今回ばかりは目をつぶるしか……」

「あばばばばばばばばばばば!」

「……ちょっと!? 何をやっているんだい!?」


 痛々しいが、脱出するためには仕方ない。

 無事に出られたら、治癒魔法で癒してさしあげよう。


「ちょ、ちょっと流石にしんどいから、ゆっくり行くね……!」

「分かりました」


 いくらエルシアの筋力でも、一人の男を引きずりながら階段を駆け上がるのはしんどかったか。


「もうすぐ出口だぞ!」


 先導するレオナの先に、月明かりが見えた。

 思わず、安堵の表情が浮かぶ。


 ただ、階段を上がりながら改めて思ったが……。

 どんだけ長いんだ、この階段は。

 こりゃ、明日は筋肉痛だな。


 そして、俺たちはついに地上に出た――


「――何のつもりだ? レオナ」

「ゲホッ……!」

「レオナ!」


 ――どうして。

 どうして、こいつ(セディウス)が立っているんだ。


---


 レオナの足元には、赤い血がポタポタと垂れている。


「何で……お前が……!」

「まあまあ、喋らない方がいいぞ。

 我が妻となる女なのだから、死なれては困る」


 レオナはその場にうずくまる。

 押さえている場所からするに、腹部を刺されたようだ。

 こいつ……!

 殺そうと思えばいつでも殺せるのに……!


 ――手が、出せない。


 特に、セディウスにそういった権能があるわけではない。

 一国の王子であるこの男に手を出せば、本当の犯罪者になってしまう。

 そうなれば、将来にも影響しかねない。


「我は確かに、睡眠薬を飲んで眠っていた。

 だが、アンナが異変の気づき、我を起こしてくれたのだ」

「アンナ、というのは?」

「私と同じ、侍女のことです」


 何でだ?

 全員が全員、セディウスを嫌っているわけじゃないのか?

 何でこんな奴なんかを助けるんだ……?


「レオナよ。我の嫁になるというのなら、お前もこの愚かな人間たちも見逃してやる」

「……ボクは! 認めない……!」

「そうか、残念だな。それならば、もっと痛めつけて、強制的に服従させてやる!」

「――ぁ」


 目の前で、掠れた悲鳴が漏れた。

 同時に、鮮血が舞った。


 しかしそれは、レオナのものではない。


「ルクリアさん!」

「ルクリア……なぜ、我ではなくレオナにつく?

 貴様は我の従者だろう?」

「こんなやり方は……! 間違っています……!」

「ほう、我のやり方が間違っていると?」


 ルクリアは、レオナを庇ってセディウスに切られた。

 辛うじて、まだ命はあるようだ。


 杖を取り出せ。

 今すぐにでもセディウスを殺せ。

 俺ならやれるはずだ。

 こいつは、今は俺に対しては完全にノーマークだろう。


 殺せ。

 殺せば、ルクリアもレオナも助かる。

 今なら、俺の治癒魔法で助けられる。


 ――動けよ、俺の腕ぇぇ!


「ルクリア。我はお前を信頼していた。

 誰よりも従順で、誰よりも優秀な侍女だった。

 だが、我はお前に裏切られた。

 ……失望したぞ」

「フ……フ……!」


 フレイムショット。

 頭では言えるんだ。

 でも、どうしても口に出ない。


 手の震えが止まらない。

 腕が、上がらない。


 何が怖い?

 ただ一発、魔術を撃つだけじゃないか。

 さっきまで、できていたことだぞ。


 俺は一体、何に恐れている?


「セディウス、王子……!」

「もう喋るな。お前に用はない」


 ルクリアの言葉は、冷酷な言葉で遮られた。

 そして、セディウスは腕を振り上げ、倒れ込んだルクリアに振り下ろす――


 ――その寸前だった。


「――何をしている? 我が弟よ」

「――!?」


 背後から聞こえた声。

 振り返ると、そこにはエルシアが息を切らして膝に手を当てていた。


 その、隣には。


「兄上!?」

「随分久しいではないか、セディウス」


 ジェイドが、立っていた。

 

「いつ、地下牢の鍵を……!?」

「この小さな子供が率いる恩人たちが、先ほどお前の部屋から盗んできたらしいぞ」

「……っ! よくも、よくも我を裏切ったな、ルクリアァァァァ――」


 セディウスが怒り狂って叫ぼうとしたその時。

 俺の横を、突風が吹き抜けた。

 思わず目を閉じ、次に目を開けた時には、


「――え?」


 ジェイドは、倒れた二人とセディウスの間に立っていた。

 そして、ジェイドはセディウスの顔を掴んだ。


「いだいいだいいだい! 兄上! 放してくれ兄上!」

「うるさいぞ、愚かな弟よ」

「ぎぃやぁぁぁぁぁぁ!」


 セディウスの体は、地上から数センチ浮いている。

 ジェイドは、セディウスの小太りな体を片手で掴み上げていた。


 セディウスの悲鳴が、辺り一帯に響き渡る。

 遠くの方で聞こえていた剣や槍が交わる音は、その悲鳴をきっかけに徐々に止んでいった。

 代わりに、戦っていた兵士たちが続々とこちらに向かって走ってきている。


「ふんッ!」

「ヒギャァァァァァ!」


 今度は、セディウスの顔を地面に向けて押し付けた。

 その場所を中心として、円形の地割れが発生した。


「っ……」


 俺はすでに、言葉を失っていた。

 目の前で起きていることが、何ひとつ分からなかった。

 こんなに痩せ細った体のどこから、こんな力が出てきているんだ?


 わけがわからないが、今のうちに二人を治療しよう。


「ベル殿……ありがとう、ございます」

「ありがとう……ベル君」


 何とか、二人とも一命を取り留めた。


「あぃ……うぇ……」


 ジェイドは笑っている。

 高らかにとかじゃなく、ニコニコしている。

 怖い。怖すぎるぞこの男。


 薄汚れた服には、血がついている。

 当然、ジェイドのものではなく、セディウスの返り血だ。


「ぁ……ぁ……」


 ジェイドは掴んでいたセディウスの頭を放した。

 パンパンと手を叩いて土を払い、ため息をつく。


「じぇ、ジェイド殿下……?」

「行方不明になっていたはずじゃ……?」

「む? 行方不明だと?」


 地面に顔をうずめたまま動かなくなったセディウスを一瞥し、口を開いた兵士に聞き返す。

 この様子だと、地下牢に囚われていることはルクリアとセディウス以外知らなかったのか?


「ベル!」

「……はっ! レオナ様!」


 エリーゼたちも、遅れて駆けつけてきた。

 リノは真っ先に横たわったレオナに寄り添い、涙を流した。


「この男が……!」


 リノは立ち上がり、剣を抜いた。

 そして、セディウスに向けて鋭く振り下ろす。

 直前で、ジェイドが前に立った。


「どうして邪魔をするんです!?

 この男は、アラキア国王であるレオナ様を切りつけて……!」

「殺しはさせん。死よりも惨い苦痛を味わわせるべきだろう」


 その言葉を聞いて、リノは剣を鞘に納めた。


 うわぁ……。

 めちゃくちゃサイコパスじゃねぇか……。


 でも、ジェイドの言う通りだな。

 そこらの罪人よりも苦痛を味わうべきだ。


「ほら。立つがよい、セディウス」

「イィィィ! いだいいだい!

 もうやめてくれ、兄上!」

「やめん」


 ジェイドは再びセディウスの頭をガッシリと掴み、持ち上げた。


「た、助けろ! 誰かこの男を止めろ!」

「――」


 喚くセディウスには、誰一人として反応を示さなかった。

 ジェイドに引きずられるセディウスは、手足をバタバタとさせて暴れる。


「――ルクリア! 家族がどうなってもいいのか!」

「――」

「うるさいぞ、セディウス」

「うぶっ! んー! んー!」


 頭ではなくまた顔を掴んで、ついでに口を塞いだのだろう。

 セディウスは、もうまともな言葉すら発することが出来なくなった。


「父上がお戻りになられたら、手足を縛られ、猿轡をつけられた貴様を父上の目の前に放り投げてやる」

「んー! んがぁぁぁぁぁぁ!」


 必死の抵抗むなしく、セディウスはジェイドに引きずられていった。

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