第三十五話「王宮の闇」
--- ベル視点 ---
どれだけの時間が経っただろうか。
時計もなければ、窓もないため、今が昼なのか夜なのかすら分からない。
外の様子が見えなければ体内時計も機能しないんだよな。
どうしてこうなった。
答えは一つ。
俺のせいだ。
ランスロットの違和感は当たっていたのだ。
確かに、おかしい気はしたんだ。
何で俺だけを招待したのか。
というかそもそも、俺とセディウスは全く面識がないはずだ。
どこで、俺が冒険者であることまで把握したんだ?
アイツとどこかで会ったか、はたまたアイツの関係者が俺たちを尾行していたのか。
……いや、待て。
あのシルエット、どっかで見たぞ。
――あ! 思い出した!
エリーゼとエルシアと一緒に武器屋に入った時にいた、あの客。
確か、小さくて、小太りの子供だった。
まんまセディウスじゃねえか!
それなら、エリーゼとエルシアの知っていることも頷ける。
だが、俺たちが「旅人」であるとどうして分かった?
もしかして、もっと早い段階から俺達はつけられていたのか……?
ああ、出られない。
一人は寂しいズラ。
助けて、ランスロット。
何回こういう場所に閉じ込められれば気が済むんだよ。
そろそろ飽きてきた。
俺は髭面男のゲームの桃姫じゃないんだよ!
---
一度寝て、気分を落ち着けた。
目の前で、エリーゼ達が恥辱の限りを受けている夢を見た。
微塵も興奮しなかった。
寝る前に、できる限りのことを試した。
上に向かって魔術を撃ってみたり、
パーやグーで見えない壁を叩いてみたり、
杖を呼び戻す呪文を唱えてみたり。
何をやっても、特に何も起きなかった。
コイ〇ングのはねる攻撃くらい意味がなかった。
「おい、ガキ。飯の時間だ」
あっ、飯はくれるのね。
意外と良心的で助かる。
「今夜は冷えるから、温かいシチューだぞ」
「おっ、いいですね。ありがとうございます――」
と、手を伸ばして受け取ろうとした瞬間。
セディウスは、「あ、手が滑った!」とかわざとらしいことを言いながら皿を落としてきた。
「あっつ!」
「ギャハハハハハハハ!」
このガキ……!
避けようとしたが、ギリギリ間に合わなかった。
頭から熱々のシチューをかぶり、皮膚に激しい痛みが走った。
「お前にはこれで十分だ」
セディウスは、手のひらサイズのパンを落としてきた。
一応ちゃんと飯はくれるのか。
でも、晩飯がこのサイズのパン一個とは。
脱出できたらどうしてくれようか。
「……『ヒール』」
火傷をした部分に治癒魔法をかけ、治療する。
結界の外に魔術が撃てないだけで、この中では使えるのか。
それなら、水分補給もできそうだ。
最低限の生活はできそうだが、何日もこの生活には耐えられない。
どうにか、ここから出る方法を探そう。
まず、地面は石でできた床だ。
ここにも魔術は試したが、全く効果がなかった。
いっそ、この宮殿に聖級魔術をぶち込んでしまおうか。
結界の中で唱えて宮殿の上空に魔法陣を出現させれば、宮殿を破壊して地下にいる俺だけが生き残れる。
……なんてことは絶対にしないが。
あの性悪王子以外のたくさんの人間にも被害が及んでしまうからな。
見た感じどこにも抜け道はなさそうだし、こっそり抜け出すことは無理だな。
あそこにトイレはあるが、下水管を通って脱出ってのはあまり現実的ではない。
それをするくらいなら死んだ方がマシだ。
そうだな……。
あっ、死んだフリとかどうだ?
死人を地下に放置しておくなんて悪趣味は持ち合わせていないだろうし、流石にどうにかして引き上げるだろう。
そうしてここを出た瞬間に起き上がって、セディウスの顔面に正義の鉄槌。
そうして世界の平和は保たれた。
みたいなハッピーエンドにならないだろうか。
いいや、死んだフリは無理か。
何分も息を止めるなんて絶対にできない。
途中でバレてここに戻されるってオチが見える。
はあ、どうしたものか……。
いよいよまずいことになったぞ。
中央大陸行きの定期便の出発はもう四日後だ。
それまでにアラキアに戻らなければ間に合わない。
ここに来るまでに二日を費やした。
つまり、帰るのにも二日かかるということ。
となると、残り二日以内の脱出が求められる。
なんて言われても、俺にはどうすることもできない。
このまま、夢で見た光景が現実になるんだろう。
弱音を吐いている場合ではないことくらい、俺にも分かっている。
でも、どうしようもないんだ。
コツ……コツ……。
なんて思っていると、どこからか音が聞こえてきた。
段々とこちらに近づいてくるこれは、足音だ。
多分、セディウスが様子を見に来たのだろう。
火傷を負ったであろう俺を見て、嘲笑いに来たのだ。
残念だが、火傷は治療したぞ。
苦しむ顔が見たかっただろうな。
満面の笑みで迎えてやろうか。
コツ……。
足音が止まった。
ん?
これ、上からの足音じゃないぞ。
サウンドエフェクトは横に出ている。
「――ベル殿。ご無事ですか(ボソッ」
聞き覚えのある声がしたと思うと、どこから現れたかも分からない扉を開けて女が入ってきた。
黒髪をひとつに束ねた女。
……ルクリアだ。
俺の荷物と杖も持って、俺の目の前に現れた。
「何ですか。王子の指示で様子でも見に来たんですか?」
「違います。助けに参りました」
「え?」
え?
助けに来てくれたのか?
でも、ルクリアは俺を落としたじゃないか。
セディウスとの共犯者の一人だぞ。
「この結界は特級なんですよ。
仕掛けた術師にしか、解除はできないでしょう?」
「結界を張ったのは私です。なので、今から解除します」
「え?」
え?
テンプレみたいな反応ばかりで申し訳ない。
でも、そんな反応しかできないくらい、驚きを隠しきれない。
この女が、特級魔術師だと?
ロトアと同格ってことか?
ルクリアは、部屋の四隅の石床を軽く叩いた。
すると、石床がひび割れ、その間から魔力結晶が出てきた。
なるほど、あの石が結界を維持していたのか。
ルクリアは魔力結晶を持ち上げて、元の場所に戻す。
これを、四回繰り返した。
「はい。これで出られるはずです」
「……本当だ」
すげえ、ほんとに出られた。
人は見かけによらないもんだな。
俺はルクリアから荷物と杖を受け取り、立ち上がった。
「本当に、申し訳ございません。
結界を張ったのも貴方を落としたのも、全て王子の指示で」
「そんなことは分かってますよ。逆らったら何されるか分からないタイプっぽいですし」
「いえ、それもあるんですが……」
ルクリアは歩きながらうつむいた。
これ、本当にルクリアについて行っていいのだろうか。
これも全部演技で、セディウスの所に連れて行かれている道中とかだったらどうしよう。
「それもこれも全て、私の家族のためなんです」
「家族?」
「はい。王子の要望通り動かなければ、捕らえられている私の家族が全員殺されてしまうと、そう言われたんです」
「――」
なるほど。
想像していた以上に、闇が深そうだな。
ルクリアは曲がり角に張り付いて、顔だけを覗かせて周りを確認する。
誰もいないのを確認しているのだろう。
宮殿の中を、足音を立てないように慎重に進む。
外は月明かりに照らされている。
俺は夜中まで寝ていたらしい。
「どうして、僕を助けたんですか?」
「私も、嬉々として貴方を陥れたわけではありません。
いずれ、助けに来ようと思っていましたから」
会話は最低限にとどめる。
宮殿を出るまでは、なるべく音を立てない方がいいだろう。
宮殿内には、誰も歩いていない。
こういうでっかい王宮とか、深夜でも見回りがいるもんなんじゃないのか?
「――いやっ、セディウス王子っ……!
おやめください――」
と、近くの部屋からそんな声がした。
乾いた音が一定のリズムを刻んでいることからしても、まあそういうことをしている……いや、されているのだろう。
本当にふしだらな王子だな。
突撃して顔面にパンチを入れてやりたいぜ。
「……私も、あのようなことを何度もされました。
毎日、とっかえひっかえ別の侍女と寝ているのです」
「マジでゲス野郎ですね」
「来週には、また私の番が来るでしょう。
なので、ベル殿……」
ルクリアは立ち止まり、振り返った。
俺を見るその目には、涙が浮かんでいた。
「私を……皆を、助けてください」
「――」
懇願するように、縋りつくように、ルクリアはそう言った。
まるで、俺以外に誰も頼れる人間がいないとでも言わんばかりに。
「セディウス王子は、第二王子ですよね。
第一王子や、他の王子はいないんですか?」
「第一王子のジェイド王子は、現在セディウス王子によって軟禁されています。
他の王子は、全員病死してしまいました。
ですから、貴方しかいないのです」
「監禁……?」
「はい。ジェイド王子は、セディウス王子とは違って自身の志を強く持っておられるお方です。
しかし、セディウス王子はそれが気に入らないと言って、ジェイド王子を騙し、地下牢に監禁しました」
おいおい、本当にとんでもない王子だな。
ということは、もしもこのまま王選が始まったら、セディウスの当選はほぼ確実なのか。
それは、いくら他国の事情とはいえまずいな。
「私たち侍女は、ほとんど全員が家族の命を握られています。
もしセディウス王子が国王となってしまったら、どうなってしまうか想像もしたくありません」
「……なるほど」
家族の命運を、あのゲス王子に握られている。
その状況がどれだけの苦痛と不安を生み出すか、俺には想像もつかない。
だが、もし俺の家族がそんな状況に置かれているとしたら。
そんなの、耐えられるわけがない。
しかも、このままレオナ達が不用意に宮殿に来てしまったら、エリーゼとエルシアもまとめてあの王子の『モノ』になってしまう。
それだけは、絶対にダメだ。
俺は、全員でラニカに帰る。
エルシアにもエリーゼにも、そしてレオナにも、指一本触れさせやしない。
「分かりました。僕に任せてくださ――」
そう言って、拳を握ろうとしたその時。
「――ゴフッ」
鋭い音とともに、ルクリアが、血を吐いた。
後ろには――、
「――何をしているんだ? ガキ」
「――!」
セディウスが、ナイフを持って立っていた。
---
「ベル殿……逃げてッ……!」
「『水弾』!」
「ぶわッ!」
セディウスの額めがけて、水魔術を一発。
軽く後ろに吹き飛んだセディウスからルクリアを奪い、俺は走り出した。
「待て! 逃がさんぞ!」
「『岩弾』!」
立ち上がって追いかけてこようとするセディウスの道を塞ぐべく、花瓶の乗っている台に土魔術を放つ。
台ごと花瓶は倒れ、セディウスは立ち止まる。
花瓶の割れる大きな音が静まり返った宮殿に響き渡った。
「総員、あの二人を捕らえよ!」
その声に反応して、部屋や階段からぞろぞろと衛兵が現れる。
お前らどっから出てきたんだよ! ズルいぞ!
「ベル、殿……。私のことはいいですから、貴方だけでも……!」
「何言ってるんですか!」
「元より、貴方は何の関係もない人間です……!
ですから、私のことは見捨てて、おひとりで宮殿外へお逃げください……!」
「そんなこと言われて、『ハイ分かりました』ってあなたを投げ捨てるとでも?」
ルクリアを抱えながら、迫り来る追手から逃げる。
ルクリア……!
お世辞にも、軽いとは言えん……!
この大きな胸がかなりの重さになっているのだろう。
お姫様抱っこをしながら、荷物と杖を背負って走る。
これ、長くはもたねぇぞ……!
追手はどんどん増えている。
まずいな。
これじゃいつか捕まるぞ。
「ルクリアさん! 出口は!?」
「そこを右に……!」
ルクリアの意識が途絶えるのも時間の問題だ。
急所を刺されたから、絶えず血がドクドクと流れている。
「――癒しの光よ、痛みを包みて穢れを祓え。
その輝き、命へと還れ――『エクストラ・ヒール』」
中級治癒魔法を使い、ルクリアの止血を行う。
このまま走り続けてルクリアの意識がなくなってしまえば、この広い宮殿の中で出口も分からずに迷ってしまう。
それに、仮に出られたとしても、滴り続けるルクリアの血の痕を辿って追いつかれる可能性がある。
ルクリアの歪んだ顔は、苦痛から解放されて楽になった。
そして、ルクリアに導かれるままに進んでいき、
ようやく、宮殿の外に脱出。
「はぁ……! はぁ……!」
「ベル殿っ……! 何故、そこまでして私を……?」
「何でって……!
そりゃ、あのまま見捨てたら、貴女がまた酷い目に遭ってしまうかもしれないじゃないですか……!」
呼吸を整えつつ、ルクリアに肩を貸す。
治癒魔法で傷は塞がったとはいえ、失った血液までは補填できない。
貧血になってフラフラしているのだろう。
「どこか、隠れられる場所は……」
「街に出ます。敷地内にいては、見つかるのも時間の問題ですから」
ルクリアはこの状況でも、宮殿のことを考えているのだろう。
流石の忠誠心というべきか、強い強制力に縛られているからか。
恐らく後者だろうな。
「――絶対に逃がすなぁ!
地の果てまでも追いかけて、必ず捜し出せ!」
ひぇー、おっかねえ。
見つかったら、また投獄されるどころか殺されてしまうかもな。
「『アースウォール』」
門は閉まっているため、普通に出ることはできない。
俺は土魔術を使い、ルクリアと共に門を乗り越えた。
「凄い……」
「特級結界を張れるんですから、ルクリアさんも中々凄腕なのでは?」
「いえ、私は攻撃魔法は使えません。
支援魔法を主に専攻していましたので」
へえ、珍しいな。
俺とは真逆の魔術師ってことか。
「今日はとりあえず、人目のつかない所でやり過ごすしかなさそうですね」
「はい……すみません、私のせいで……」
「ルクリアさんは悪くないです。悪いのは全部あのクソ王子ですから」
首都トルメアの中を、足早に歩く。
ここまで聞こえるほどの大きな音は出していないから、誰も起きてきていないな。
昼間はあんまに賑わっていたのに、夜中になるとやはり静かになるものだな。
王子があんなんだから、夜の店とか多かったりするかと思ったが、案外そうでもなさそうだ。
そして、寒い。
凍えるような寒さではないものの、歯がカタカタ震えるくらいには寒い。
「――ベル!」
歩いていると、何故かエリーゼがこちらに向かって走ってきているのが見えた。
その後ろから、ランスロットとエルシア。
――そして、レオナとリノもいた。
「良かった……。無事だったんだね、ベル」
「皆さん、どうしてここに!?」
「キミを助けに来たのさ。遅れてすまなかったね」
「もう脱出してしまうとは、流石ですね」
た、助けに来た?
何で俺が捕まっていることを知っていたんだ?
中々戻ってこない俺に違和感を感じたランスロットが伝えに行ったのか?
いや、それは現実的ではない。
ここまで馬車で来るのに二日もかかったんだ。
数時間で往復するなんて、いくらランスロットでも無理だろう。
「とりあえず、今は身の安全を確保するのが先決です。
宿をとってあるので、着いてきてください」
状況が全く呑み込めないが、今はリノの言う通りにしよう。
「ルクリアさん。この人たちについて行けば安心です」
「は、はい……」
「ふふん。アラキア公国の王たるこのボクが来たからね!
何も心配は要らないさ――」
「静かにしてください!」
「アラキアの、王……?」
この二人は、相変わらずだな。
「どうして、僕が捕まっていると分かったんですか?」
「この手紙よ」
そう言って、エリーゼは一枚の手紙を手渡してきた。
クシャッとなった手紙を広げて、目を通してみる。
「……迷い、こんだ?」
何だこの手紙は。
何から何まで嘘っぱちじゃねえか!
「その手紙をエリーゼたちに見せたところ、王子がボクを娶るためにベル君をエサにしている、という結論に至ったんだ。
それで、囚われたキミを助けるために竜車を飛ばしてきたってわけさ」
「ほんと、ベルは世話が焼けるわ!」
「すみません……」
それに関しては、何も言い返せまい。
エリーゼ達のみならず、レオナやリノにまで迷惑がかかってしまった。
どうして手紙を読んだとき、微塵も疑わなかったんだろうか。
「それで、その女の人は誰なの?」
「ルクリア、です。セディウス王子の侍女を勤めております」
「この方が、僕を助けてくださったんです」
「えっ、ベル殿……?」
下手なことを言ったら、エリーゼが怒るかもしれない。
助けてもらった恩人、という設定にしておこう。
「ベルを助けに来たのだが、もう脱出したのなら、あとはもう帰るだけだな」
「……それが、一つ、皆さんにお願いしたいことがあります」
「何だ?」
「ルクリアさん達を、助けてあげたいんです」
「――」
俺の一言で、場が静まり返った。
「僕のせいでこんなことになってしまったのに、こんなお願いをするべきじゃないとはわかっています。
でも、このままルクリアさんを放ってはおけなくて……」
「助けるっていうのは、どういうことなんだい?」
レオナに聞かれて、俺はあの王宮の闇を説明した。
セディウスは、レオナを正妻として迎え、エリーゼとエルシアを妾にしようとしているということ。
抑えきれない性欲から、毎晩とっかえひっかえ別の侍女と寝ているということ。
第一王子であるジェイド王子をどこかしらに軟禁されているということ。
などなど、多少ルクリアからの補足も交えながら話した。
「……という感じです」
「はぁ……。つくづく気持ちの悪い王子だね。
そもそも、『王子』ごときがボクを嫁に迎えようとするなんて、身分をわきまえるべきだ」
「このままルクリアさんを放って帰れば、この王国は破滅の道を辿るでしょうね」
リノも、俺と同じ考えらしい。
侍女たちを救うには、まずはジェイド王子を解放してやるしかない。
そうすれば、何とかしてくれるかもしれないしな。
第一王子が戻ってくれば、王位継承権はジェイドが握ることになるだろうから、
王国の未来も救われるだろうし。
「ベルがルクリアさんを助けたいっていうなら、あたしは反対しないわ」
「エリーゼ……」
「俺も同感だ」
「わたしたちのリーダーは、ベルだからね。
リーダーの言うことには従うべきだ!」
みんな……!
こんなリーダーで本当にごめんなぁ……。
「ならば、ボクたちも協力するしかないな」
「ですね」
レオナとリノまで協力してくれるのか。
かなり強力な助っ人になるだろうな。
「皆さん……。私なんかのために、ありがとうございます……」
「ベルを救ってくれた恩人だからな。
俺たちからも、恩返しをさせてくれ」
ランスロットの言葉に、ルクリアは複雑そうな顔をする。
おい、チラチラとこちらを見るな。
俺を捕らえるためにセディウスに加担したのは事実だが、
その後俺を助けてくれたのも事実。
文句は言うまい。
「とりあえず、今日のところはゆっくり休め。
作戦は明日立てるぞ」
絶対に、ルクリアたちを救う。
そして、セディウス王子に痛い目を見せてやる。
覚悟しとけよ、性悪ゲスクズクソ王子。
---
翌朝。
何やら、外が騒がしい。
「ベル! 大変よ!」
「何かあったんですか?」
「――あんたとルクリアが、指名手配されてるのよ!」
えっ、嘘だろ。
いや、それはそうか。
俺が逃げ出した相手は、王国の第二王子。
何かと理由を付けて国民に広めて、全力で俺を捕まえるつもりだろう。
「こうなってくると、色々面倒だなぁ……。
指名手配されているなら、迂闊に行動ができない。
国外逃亡も無理だろうね」
「レオナ様お得意の、変装をするのはどうでしょう?」
「それだ! リノ、やっぱりキミは天才だ!」
「普通に思いつきません?」
変装か。
サングラスやらマスクやらをつけるやつだな。
この世界にそんなものはないが。
「仕方ない。ベル君、キミにはこれを貸してあげよう」
そう言ってレオナは、自分が羽織っているマントを外し、俺に手渡してくれた。
「ありがとうございます」
「このマントのフードを被ると、周りからキミの顔を認識することが難しくなる」
「認識阻害、ってことですか」
「子供なのによく知っているね!
そう、キミの言う通りだよ。
初めてボクがキミたちの前に現れた時、顔が認識しづらくなかったかい?」
初めて出会った時のことを思い返す。
何やら、黒いマントを羽織っていたのは覚えている。
それに、フードがついていたのも覚えている。
だが、そんなに認識しづらかった覚えはあまりない。
「レオナ様。貴女がこの間被っていたマントはこちらですよ」
「あれ? そうだったっけ?」
「認識阻害のマントを購入する前、レオナ様が間違えて買ったものです」
「ああ、そんなこともあったね!」
どこまでポンコツなんだ、この王様は。
ゼルドニア王国の未来もアラキアの未来も心配だ。
まあともあれ、そんな効果付きのマントを貸してくれるのは普通に助かる。
手渡されたマントを被り、レオナに見せる。
「うん、バッチリ顔が分からなくなったね!」
「ルクリアさんにも、こちらのマントで良ければ貸しますよ」
「ありがとうございます。大切にします」
「ああ、それはそんなに大切にしなくても大丈夫ですよ。
近いうちに捨てるつもりでしたので」
「おい! それもボクの大切なマントなんだぞ!
勝手に捨てようとするな!」
レオナはむくれ顔でリノに怒った。
なんか、レオナが可哀想になるくらい扱いが雑だな。
『レオ虐』、とでもいおうか。
「もう準備できたわよ!
早く行きましょうよ!」
「エリーゼ、落ち着いてください。
こんな真っ昼間から仕掛けても、成功するわけありません。
出発は夜中です」
「そっ、それもそうね……」
俺も、早いとこ片付けたい気持ちはマウンテンマウンテンだ。
だが、明るいうちに仕掛けるのは得策とは言い難い。
夜中なら、民間の目もほとんどないし、
宮殿の警備も手薄なはずだ。
だから、今は準備を整え、睡眠をとる。
下手をすれば夜通しの戦いになるかもしれないからな。
「ベル殿……本当に、よろしいのでしょうか?」
「ええ。困った時はお互い様ですよ」
「本当に……本当に、ありがとうございます。
成功したら、またいつか改めてお礼を……」
「おっと、それ以上はいけません。
そういうのは成功した後に言うものですから」
俺がそう言うと、ルクリアは手で口を覆った。
すんでのところで、死亡フラグ阻止に成功した。
「全員、揃ったぞ」
「了解です。それでは、作戦会議を行います」
出撃メンバーがそろった。
何事もなくジェイド王子を救い出せたら文句はない。
しかし万が一戦闘になった時には、相手を殺さないように立ち回る必要がある。
俺としては、レオナが加わる意味はあまりないんじゃないかと思っている。
だがそれを口にしたら、レオナに少し怒られてしまった。
レオナは、
「此度の一件は、隣国のこの先の政治的問題に繋がる可能性があるものだ。
アラキアの名を背負う者として、指をくわえて待っていることなんてできない」
と、王らしいことを言っていた。
ちょっとギャップ萌えだな。
その後、作戦会議は昼過ぎまで続いた。
第一関門。
ジェイド王子の解放だ。
彼が捕らえられている地下牢の場所は、ルクリアが知っている。
ルクリアは侍女たちの中でもかなり信頼を置かれている立場であるらしく、
セディウスに地下牢の管理を任せられている。
しかし、鍵はセディウスの部屋にある。
そのため、まずはどうにかして鍵を入手しなければならない。
「ベル君、いいのかい?
指名手配されているキミがマントを使うべきなんじゃないのかい?」
「アラキアの国王であるレオナ様が身バレしてしまうと、それこそ大問題になりかねません。
僕は最悪何とかするので、レオナ様は自分のことを一番に考えてください」
レオナが貸してくれた、認識阻害のマント。
それは今、レオナが被っている。
もう一つのあのマントも、ルクリアがリノに返した。
レオナは戦う術を持たないから、何かあっても何もできない。
だから、端から誰か分からなくしておくことが大切である。
人気の全くないトルメアの街を進み、宮殿付近に到着。
「――うわ、嘘でしょ」
エルシアが路地裏に隠れ、気だるげな顔をしてそう呟く。
俺たちはエルシアに続いて身を隠し、宮殿の方を見る。
「これは……面倒なことになったね」
「こんな時間なのに、どうしてあんなに警備が多いのよ!」
「しーっ! 声が大きいです!」
頭を抱えるレオナ。
そしてエリーゼが大きな声でそう言い放った。
俺はエリーゼの口を塞ぎ、ジタバタとするエリーゼを抑える。
宮殿の門の前には、四人の門番。
そして、宮殿の庭には、数えきれないほどの衛兵がいる。
これじゃ、全員で正面突破は無理そうだな。
「皆さん。二手に分かれましょう」
「ボクもそれに賛成だ。全員で王子を救出するのは無理だろう」
リノの提案に、レオナが乗った。
その場には、誰もリノに反対する者はいなかった。
早速、作戦変更を強いられてしまった。
全員で動く作戦は白紙に戻り、
・陽動班:エリーゼ・ランスロット・リノ
・救出班:ベル・レオナ・ルクリア・エルシア
という布陣になった。
俺の火魔術『花火』で、宮殿上空に花火を上げる。
警備兵があたふたとしている間に、陽動班が宮殿の庭に突入。
その間に、俺たち救出班が地下に向かい、ジェイド王子を解放する。
どれだけの数の警備がいるか分からないから、突入するタイミングが極めて重要になる。
……こっちの班、頭脳派がいないから心配だなぁ。
ルクリアに全てを委ねることになりそう。
「この際、民間人の目など気にせずにやりましょう。
陽動班は、もうめちゃくちゃにやっちゃってください」
「念のため、建物には被害が及ばない程度に善処します」
宮殿の方から大きな音がすれば、いくら寝静まっている民間人たちも飛び起きるだろう。
だが、もうそんなことを気にしている余裕はない。
「陽動班は、ほぼ確実に戦闘になるでしょう。
くれぐれも、殺さないようにお願いします」
「分かったわ」
「ランスロットさん、エリーゼが暴走しないようにしっかりブレーキかけてくださいね」
「任せろ」
「ちゃんと加減くらいできるわよ!」
ランスロットとリノは安心できるが、
エリーゼはハイになって殺してしまうかもしれない。
なるべく、犠牲者は出したくない。
強いて言うなら、セディウスは死んでもいいかもだが。
「皆さん、準備はいいですか?」
俺の合図に、全員が小さく呼応する。
俺は杖を天高く掲げ、目を閉じた。
「――『花火』」
杖先から、色とりどりの炎が宮殿上空めがけて飛んで行った。




