第三十四話「王子の思惑」
翌日。
俺は、エリーゼとエルシアと共に、商業区にある武器屋へと向かった。
そう、ついにエリーゼの剣を買うのだ。
俺だけついて行っても、剣のことは何も分からない。
だから、「聖剣道場」出身の超エリート剣士の目利きに頼ることにした。
「ここかな?」
辿り着いたのは、これまた金色の建物。
もしかして、武器も全部純金で出来てたりするのか。
マイン〇ラフトなら、金の武器は木と同じ強さだから弱いぞ。
中に入り、周りを見回す。
流石に、純金の武器はないか。
やっぱ弱いのかな。
客は、俺たち以外に一人のみ。
小さな子供だろうか。
身長は俺と同じくらいで、少し太っている。
「エリーゼが使ってた剣って、大剣って感じじゃなかったよね」
「そうね。エルシアの剣みたいな感じの剣じゃないわ」
エルシアの『風龍剣』は、かなり大きい。
『海王』と戦った時に一度あれで斬りかかったが、小さな体では一振りが限界だった。
対して、エリーゼが使っていた剣。
四年前にテペウスが買い与えた、エリーゼの宝物。
あれはそこまで大きい剣ではないものの、普通に大人が使う剣と同じサイズのものだった。
当時のエリーゼの体の大きさから考えても、よく使いこなせていたな。
やっぱり、剣才に関しては非凡なものがあるのだろう。
「となると、前と同じくらいの大きさの剣がいいよね。
うわぁ、前の剣を持ってくればよかったね」
「本当ですね」
「大丈夫よ。大体の大きさは覚えてるから」
すごく、大事にしていたしな。
戦う時は常に使っていたし、毎日剣の手入れは欠かさずやっていた。
次に買う剣も、きっと大切にするだろう。
俺のことも剣くらい大切に扱ってほしいものだ。
エルシアとエリーゼは、俺には分からない剣のことについて色々話している。
まるで違う言語を聞いているみたいな感覚だ。
俺とシャルロッテが魔術の話をしている時も、エリーゼはこんな気持ちだったのだろうか。
二人の会話をBGM程度に聞きながら、二人について行く。
……俺、来た意味あるのか?
「ねえ、エルシア」
「ん?」
「あたし、エルシアみたいに二刀流になろうかしら」
「――」
聴いていたBGMが止まった。
その言葉だけは、はっきりと聞き取れた。
「あの剣も、摩耗してるとはいえまだ使えないことはないでしょ。
打ち直したり、焼き直しでもしてもらえば使えるわ」
「うーん、まあそれはそうなんだけど……」
エルシアは少し悩むような素振りを見せる。
何か渋る理由があるのか。
「わたしの場合はね、普通の風属性の剣術じゃないんだ。
道場で『風龍剣』を譲り受けてから、あの剣の能力に合うように技を改変したの」
え、そうだったのか。
ずっと風剣術だと思っていた。
まあ、剣を振り回すだけで風の斬撃が飛んでいたしな。
「だから、今までエリーゼが身に着けてきた剣術が水の泡になるかもしれないってこと」
「そう。ならいいわ」
「……え、いいの?」
「ええ。せっかくリベラとお父さんに教わった剣術が無駄になるくらいなら、普通に一本でいいわ」
エリーゼ……。
本当に、家族思いだな。
テペウスから買ってもらった剣も頑なに手放そうとしなかったし、
リベラやルドルフに教わったものも大切にしようとしている。
このことをあの二人が聞いたら、きっと喜ぶぞ。
「なら、この剣とかいいんじゃないかな。
この石の色、エリーゼにピッタリだし」
そう言って、エルシアは一本の剣を手に取った。
柄頭に、赤い宝石が埋め込まれている。
これ、魔石か?
「いいわね、この剣! あたしも気に入ったわ!」
「ゲッ、値段が……」
エルシアはそう言って、値段が書いてある札を見る。
俺たちがランスロットにもらった金では、到底足りない。
資金力があるなら、物価も安くしてくれよな。
「その剣が欲しいのかい?」
「そうなんですよぉ。何とか安くなりませんかねぇ?」
エルシアは値切り交渉に入った。
そんな舐めた態度で値下げなんてしてくれるわけないだろう。
「姉ちゃんたち可愛いから、半額にしてあげるよ」
「やったー!」
「ありがと、エルシア!」
…………解せぬ。
やっぱり世の中、美人は得するんだな。
俺がやっても断るくせによ!
「ただいま」
「帰ったか」
あの後少し商業エリアを観光し、宿に戻った。
剣は、持っていた金で何とか足りた。
半額にしてもらっても足りなかったが、微々たるものだったため、さらに安く売ってくれた。
結構よさげな剣なのに、あんな売り方して大丈夫だったのか?
目玉商品だと言われても頷けるほどに、この剣は目立っていたぞ。
「良い剣を買ったな。金は足りたのか?」
「うん、まあ、ギリギリだったけどね」
「そうか。それなら良かった」
ランスロットは、宿の床で地図を広げている。
きっと、大陸を渡った後のことについて考えていたのだろう。
「ベル。お前宛てに手紙が届いている」
「手紙?」
「ああ。隣国のゼルドニア王国の王子からだ」
「えっ!?」
とんでもない人からの手紙だった。
なんか、怖いな。
俺は恐る恐る手紙を開いた。
『親愛なるベル・パノヴァ殿。このたび、アラキアに滞在しておられる貴殿のことを耳にしました。
かねてより旅人の話を好む私にとって、異国より訪れた方と語らう機会は望外の喜びでございます。
つきましては、ささやかではありますが、わが客間にて茶会を設けたいと存じます。
他国の風習や旅の話をうかがえれば幸いです。
ご同行の方々にはご不便をおかけいたしますが、
本席はあくまで「個人的な懇談」として設けたものであり、
ご足労はベル殿お一人にお願い申し上げます。
――ゼルドニア王国第二王子 セディウス・リヴェル・ゼルドニア』
と、手紙にはそう書いてあった。
ほう、俺の英雄譚に興味があるか。
中々見る目のある王子様だな。
「ゼルドニア王国っていうと、ここから近いんじゃない?」
「そうだな。馬があれば、二日もあれば行けるだろう」
王子から直々の招待か。
これが王女様なら最高だったんだが。
まあ、一国の王子様がわざわざ直筆で手紙を寄越してくれたのだ。
断るわけにもいかないだろう。
二日で行けるなら、定期便の出航にも十分間に合うし。
「俺が、護衛として同行しよう」
「え、でも、『お一人にご足労願います』って……」
「あくまで、王子に謁見するのに一人で来いという意味だろう。
それに、ゼルドニア王国まで行く道中で何があるか分からんからな」
それはそうだ。
ランスロットが来てくれるなら安心だな。
---
二日後。
特に何事もなく、俺とランスロットはゼルドニア王国に到着した。
諸事情で少し出発が遅れてしまい、到着は昼過ぎとなった。
……寝坊しました。たはは。
アラキアとはまた違い、かなり栄えている印象だ。
ここは、ゼルドニア王国の第一都市・トルメアという街だ。
そして今、俺たちは宮殿の門の前に立っている。
この城に、王子が住んでいるらしい。
「こんなに国と国の間の距離が短いなんて、逆に新鮮ですね」
「そうだな」
一昨日地図を見せてもらった時に思ったんだが、
このあたりには人の住んでいる集落が少なすぎる。
ただ、やはり海際には国や街が多いな。
中国の経済特区みたいな感じで、どこも栄えているんだろう。
「ランスロットさんは、僕が謁見している間はどうするんですか?」
「謁見するだけなら、そこまで時間はかからないだろう。
適当に時間を潰しておく」
大きな国だから、歩いているだけで楽しそうだな。
会ってちょっと茶会をするだけだし、あまり待たせることはないだろう。
「ただ、一つだけ気になることがある」
「気になること、ですか?」
「ああ。あの手紙に書いてあった件だ」
手紙?
はて。何か変なことでも書いていただろうか。
「セディウス王子は、わざわざお前に一人で来るように強調していた。
それがどうも引っかかるのだ」
「……」
あー、確かに。
言われてみれば、そんなことも書いてあったような。
でも、一国の王子だぞ。
旅人の話を聞くのが好きだと言っていたし、本当に好意で招待してくれたとは思うんだがな。
「まあ、何かあったら僕には魔術がありますし。
心配には及びませんよ」
「……そうか。茶会が終わったら、寄り道はせずに真っ直ぐ俺の所に帰って来い。
国の入口の門で待っておくぞ」
「はい、分かりました」
ランスロットに「行ってきます」と伝え、俺は門をくぐった。
なんか、ランスロットって本当に親みたいだな。
たまに口うるさくなるところとか、俺やエリーゼに対しては少し甘いところとか。
将来、結婚することがあったらいいお父さんになるだろう。
「お待ちしておりました。ベル・パノヴァ様でございますね」
「はい。初めまして」
「私は、ルクリアと申します。
こちらの宮殿に使える、侍女でございます。
ここから王子のお部屋まで、ご案内いたします」
これまたご丁寧にどうも。
黒い髪を一本に結わえた侍女と共に、宮殿の中に入った。
「失礼ですが、ベル殿の年齢を聞いてもよろしいでしょうか」
「10歳です」
「10歳……ありがとうございます。
王子は現在14歳、思春期の真っただ中でございます。
ご対応にはくれぐれもご注意ください」
「は、はあ……」
ん、待て。
14歳であの文面を書いたのか?
思春期の真っ最中なのに、あんなに丁寧な文を書けるとは思えない。
「セディウス王子は、どんな方なんですか?」
「一言でいうなら……そうですね……」
ルクリアは顎に指を当てる。
そんなに言葉に悩むのか。
迂闊に王子の素性を明かすのはまずかったか。
「……変態、でしょうか」
「……」
悩んだ割にはストレートに言ったな。
14歳の男の子なんだから、ある程度は仕方ないと思うが。
俺も14歳の時なんて、教室でエロガキの限りを尽くしていたし。
どの世界の少年も、そんなもんだろう。
「私たち侍女の中で、彼に胸や尻を触られたことのない者は存在しません」
「けしからんですね」
前言撤回。
俺とはレベルが違った。
エロガキレベルマックスじゃねえか!
さすがの俺でも、直接触るなんてことはしなかったぞ。
しかも、手や足ならまだしも、胸と尻だと。
ルクリアのこの胸を、触っただと……!
いかんいかん。
鼻の下が伸びてしまった。
これを好き放題できるとは、羨ましい限りだ。
なんて考えは童貞の考えだな。
「ここが、王子の御部屋でございます」
着いてしまった。
さっきの話を聞いて、一瞬でイメージダウンしてしまった。
正直もう茶会なんてどうでもいいから帰りたい。
迎えに来て、ランスロット。
「お待ちください」
扉をノックしようとしたところ、ルクリアに止められた。
「杖とお荷物を、お預かりします」
「え? どうしてですか?」
「……その杖を持たれては、王子に危害を加える可能性がありますので」
そりゃ、そうだ。
いや何もしないけども。
俺は大人しく杖と荷物を肩から下ろし、ルクリアに渡した。
「王子。ベル殿をお連れしました」
「入れ」
聞こえてきたのは、声変わり前の男子小学生のような声。
ルクリアは中に入るように促す。
示されるまま、俺は中に入った。
「我はセディウス。ゼルドニア王国の第二王子だ」
「お初にお目にかかります。ベル・パノヴァと申します」
長年培ってきた礼儀作法で、きちんとご挨拶。
セディウスは腕を組み、どっしりと椅子に座っている。
傲慢な性格がにじみ出ている。
何とも気難しそうなお方だ。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます。
まさか王子直々にご招待をいただけるとは思いもしませんでした」
「ふむ。礼儀はなかなかのものだな」
そうだろう。
洗練されたものだぞ。
グレイス王国の第一王女のお墨付きだ。
セディウスは立ち上がってこちらに近づいてきて、俺の顔をまじまじと見つめてきた。
「その隻眼は、生まれつきのものか?」
「いえ、これはその……『月神』から授かったものです」
「月神? 『七神』の第七位、ルナディアのことか?」
「さようでございます」
お前も味わってみるか?
眼球をほじくり出される感覚を。
お前みたいなエロガキには耐えられないだろう。
「おい、ガキ。後ろを見てみろ」
「後ろ?」
おい、今コイツ俺のことガキって呼んだぞ。
杖無しでも、いつでも魔術は撃てるんだぜ。
俺はセディウスに言われるまま、後ろを見る。
背後、というか少し距離はあるが、二人の女が立っている。
その片方は、さっきまで俺を案内してくれていたルクリアだ。
「どういうことですか?」
「クフッ」
セディウスは気持ちの悪い笑い声を漏らした。
再び体をセディウスに向け、真意を問おうとする――
「――やれ」
セディウスの言葉と共に、下から何か音がした。
とっさに下に視線を移すと、もうそこに床はなかった。
俺は、穴に吸い込まれるように落ちた。
---
気が付くと、俺は冷たい石床に座っていた。
あのクソガキ、手荒い真似しやがって。
「クフフッ。滑稽だな!」
気味の悪い笑みを浮かべながら、落ちた俺を見下ろすセディウス。
どうにか上に上がれないだろうか。
意表を突いて、あの顔面に一撃食らわせてやりたい。
「『土壁』!」
……あれ?
魔法が発動しない。
「無駄だぞ! 貴様ごときではどう足掻いても脱出できない!」
足元を見る。
下には、紫色に光る魔法陣のようなもの。
何だこれ。
「それは、我が貴様を捕らえるためだけに作らせた特級の結界魔術だ!
特級以上の魔術じゃないと破れないぞ!」
特級の、結界魔術。
特級以上でしか破れないだと?
俺が使えるのは聖級魔術までだ。
つまり、自力では脱出できないってことだ。
「どういうつもりですか? 茶会はどこへ?」
「そんなもの、最初から嘘に決まっているではないか!」
「――」
なるほど。
俺は完璧にハメられたわけだ。
あんなにしっかりした印象を与えて信じ込ませておいて、宮殿におびき出したってことか。
まんまとやられてしまった。
「お前は、レオナをおびき出すためのエサだ」
「……どういうことですか」
言っている意味が分からない。
どうしてここでレオナが出てきたんだ。
レオナとは一言二言交わした程度で、そこまで仲がいいわけじゃない。
「彼女をおびき出すためなら、リノさんをここに呼べばよかったじゃないですか」
「あの側近の女のことか? あれは無理だ。アイツは頭が良さそうだからな」
まるで俺の頭が悪いみたいな言い方しやがって。
いやまあ、今回に関しては否定はできないか。
甘い言葉に誘惑され、二日もかけてノコノコと出てきてしまった。
「レオナは、我の未来の花嫁だ」
「……はあ」
「何だその反応は! もっとこう、なんかあるだろ!?」
「王子の恋愛事情には、あまり興味がないので」
「何だと!?」
やべ。
あまり刺激しすぎたら何をされるか分からない。
今だけは立場をわきまえるべきか。
「……ふん。まあいい。そうやって余裕をぶっこいていられるのも今のうちだからな」
「王子は、何が目的なんですか?
レオナ様を花嫁にしたいなら、もっと正当なやり方でやればよかったじゃないですか」
「我はずっと、レオナに恋文を送っている。
だが、まだ一度も返事が来たことがないのだ!」
お前程度の男が、レオナに見合うとでも本気で思っているのか?
レオナは色々抜けていてポンコツだが、顔はいい。
対して、お前の顔はどうだ。
ブロブフィッシュみたいな顔しやがって。
と、心の中で呟く。
「ふぐっ……!」
「おい! 何がおかしい!」
ずいぶんと、自惚れた王子様だな。
一度鏡を見てきてはどうだろうか!
「お前をエサにレオナをおびき出して、我の正妻にする。そして」
「……そして?」
「――お前の横にいた赤髪の女と白髪の女も娶る」
「――!」
ついに、一線を越えたな。
エリーゼとエルシアを、娶るだと?
冗談じゃない。
こんな深海魚に取られてたまるか。
しかも、レオナが正妻だということは、
二人は妾として迎えるってことだろ。
「レオナの体は貧相だから、あの二人をメインディッシュにしよう」
「――」
「そうだ! お前の目の前で屈服させてやろう!
ここから女だけが見えるようにして、その様子を見せてやる!
絶望しているお前の顔をチラチラ見ながら、何度も何度も……クヒヒッ!」
うわぁ……ゲスい笑顔。
今まで見てきた笑顔の中で一番気持ち悪い。
しかもサラッとレオナの体のことディスったな。
あれはあれでいいってことをまだ知らないようだな。
これだからケツの青いガキは。
「どうだ? 悔しいか?」
「ええ、悔しいですとも。
あー、悔しいなぁ。悔しすぎて死にそうですよー」
「ハハハ! そうだろう、そうだろう!」
単純な子供だなぁ。
きっと頭が悪いんだろう。
こいつがこの王国の王となったら、この国は終わるな。
きっと破滅に向かって一直線だろう。
「ああ、楽しみだな。
お前のその顔が絶望に歪む日が、今から待ちきれないなぁ……」
そう言いながら、セディウスは床を閉めた。
床を閉めるってのも変な言い回しだが。
--- レオナ視点 ---
その頃。
レオナは、リノと共にまだ閉じられている一枚の手紙を見つめている。
「はぁ……またセディウスからだよ」
「あの男は本当に懲りませんね」
二人そろって、ため息をつく。
手紙というのは、隣国・ゼルドニア王国のセディウス王子からの手紙である。
ここ数か月というもの、何通も恋文が送られてくるのだ。
最初は一枚一枚目を通していたが、
最近はもう手紙を開くことなく、送り主の名前を見ただけでゴミ箱に投げ捨てている。
一応、リノが捨てられた後の手紙をこっそり見ているが、どれも同じような内容である。
「ボクはまだ誰とも結婚したくないんだ!
これだけ無視し続けてるいるのに、どうして分からないんだ!」
「レオナ様も、罪な女ですね」
「もっと顔のいい王子からの手紙ならまだしも、あれだよ、あれ!」
「中々酷いことを言いますね」
リノは軽く吹き出した。
普段あまり毒を吐かないレオナでも、吐かざるを得ないほどのしつこさ。
レオナも、別の意味で笑みを浮かべる。
「ただでさえ仕事で疲れているっていうのにね」
「まだそこまでこなしていないでしょう」
「うるさいなぁ」
そう言いながら、慣れた手つきで手紙を開く。
レオナとリノは、順に上からその文面を目で追っていく。
『レオナへ。
今回の手紙は、いつもの恋文ではない。
ベル・パノヴァという少年が、我が宮殿に迷い込んでしまったのだ。
彼は、アラキア公国から来たと話してくれた。
確か、君の友人だろう?
少し怯えているようだから、早く迎えに来てやるといい。
そうすれば、君の優しい声で彼も落ち着くだろう。
ついでに、あの赤髪と白髪の女も連れてくるといい。
よく分からないが、彼はその二人に会いたがっている。
君に会える日を、心から楽しみにしているぞ。
ゼルドニア王国第二王子 セディウス・リヴェル・ゼルドニア』
と、手紙にはそう綴ってあった。
レオナとリノは同時に読み終え、互いの顔を見合わせた。
「り、リノ。ベルというのは?」
「この間、レオナ様が城を抜け出した時に街を案内しようとしていた冒険者達がいたでしょう。
その中の、金髪の男の子です」
「……あ! あの子か!」
レオナの記憶力は、壊滅的である。
特に、人の名前が全く覚えられないのだ。
思い出したような反応を示したが、内心あまりピンと来ていない。
「そのベル君が、ゼルドニア王国に迷い込んでしまったってことか。
それは、ちょっとまずいんじゃないか?」
「彼らは、来週の定期便に乗って中央大陸に渡る予定だったはずです。
なので、ベルが居ないのは非常にまずいかと」
「――ああ! 彼らのことかい!」
レオナはようやく腑に落ちた。
あの日のことをしっかり思い出すことに成功した。
「とにかく、このことは私達だけで動いではいけません。
まずはランスロット達に報告しなければ」
「そうだね」
「今回に限っては、レオナ様も来た方がいいでしょう。
行きますよ」
---
商業区、居住区を走り抜けて、冒険者区に入る。
何やら大急ぎで走っている国王と側近を見て、人々は「何事か」とざわついた。
そんなことを気にする余裕もなく、二人はエリーゼ達が宿泊している宿に辿り着いた。
扉をノックすると、中から白髪の女が出てきた。
「おい、エルシア!」
「うおっ、びっくりした。何をそんなに焦ってるの?」
少し開いた扉の隙間から、剣を眺めているエリーゼが見えた。
リノはエリーゼにも声をかけ、中に入れてもらった。
「あら、レオナとリノじゃない。
何かあったの?」
「大変なんだ! キミ達の仲間のベルがっ――」
「レオナ様、貴女が焦って何になるんですか。
落ち着きましょう」
リノはあたふたと手を動かしながら説明をしようとするレオナの口を塞ぎ、落ち着かせようと試みる。
エリーゼとエルシアは、レオナの口から漏れた「ベル」という名前に、顔を見合わせた。
「ベルがどうかしたの?」
「ええ。それが……」
そう言って、リノはスーツのポケットから手紙を取り出す。
そして、二人にその手紙を読むよう促した。
「ん? 『迷い込んだ』?」
「何よこの手紙、デタラメだわ」
「デタラメ?」
「ベルは、王子に招待されてお茶会に行くって話だったよ。
それで、二日前にランスロットと一緒にゼルドニア王国に向かったはずなんだけど」
「……招待、されてた?」
レオナとリノは、共に眉をひそめる。
「ええ。セディウス王子から正式に手紙をもらったわ。みんなで確認したもの。ね?」
エリーゼの言葉に、エルシアは頷く。
レオナは「うーむ」と言いながら腕を組み、更に眉間にしわを寄せた。
「となると、全く辻褄が合いませんね」
「一目瞭然だね。セディウス王子は嘘をついてる」
「でも、何のためにそんな嘘をついているんだろう?」
「見てみなさい。『赤髪と白髪の女も連れて来い』って書いてあるわ」
四人は手紙を見つめる。
時計が秒針を刻む音だけが、この空間に響く。
「……もしかして、ボクが目的なのか?」
「どうして、そう思われたのですか?」
「セディウスは、執拗にボクに恋文を送ってきていただろう。
でも、ボクは一度も返事を送ったことがない。
だから、ボクを直接おびき出して強制的に妻に娶るつもりなんだろう」
「あの男が、そこまで考えて行動しますかね」
「彼、欲望のためなら何でもするタイプだと思うんだ。
エリーゼとエルシアを連れて来いと書いてあることからも、彼の下心が読み取れると思わないかい?」
レオナは淡々と語る。
その言葉には、やけに説得力があった。
「下心? ってどういう意味よ」
「これはあくまでボクの推測だが……。
キミとエルシアをボクと一緒に呼んで、妾として迎えるつもりなんじゃないかな」
「め、妾?」
「セディウス王子は、かなりふしだらな人間として有名です。
きっと、レオナ様を正妻として、貴女達二人と肉体関係を持とうと考えているのでしょう」
「キモっ! 無理なんだけど!」
「ああ、なるほどね。大体分かったわ」
全身に寒気が走ったエルシアに対し、エリーゼは落ち着いている。
エリーゼは、その手のことに理解がある。
父のコーネルが何人ものメイドと肉体関係を持っていることは知っていたし、そのことには一家全員で目をつぶっていた。
「……気持ち悪すぎるわ! 嫌よ!」
ただし、自分がそうなってもいいというわけではない。
当然、知らない男に抱かれるなんてころはごめんである。
「つまり、ベルはまんまと罠にハメられたってわけだね」
「ほんと、ベルは馬鹿ね!」
エルシアとエリーゼは、やれやれと言わんばかりにため息をつく。
「とにかく、ベルは捕まってる可能性が高いわ。
すぐに助けに行きましょう」
エリーゼは真っ先に立ち上がり、壁に立てかけていた剣を持ち上げる。
エルシアも続いて、背伸びをする。
「ボクも行こう」
「なりません。レオナ様の身に何かあったら、私一人では責任が取れません」
「本当の狙いはボクだろう。ボクが直々に出向かなければ、そもそも取り合ってもらえない可能性がある」
「ですが……」
「キミ自身が責任を取らなくてもいいように、精一杯ボクを守ってくれ」
リノは目を伏せ、下を向く。
確かに、普段はレオナに対してかなり強く当たっているかもしれない。
しかし、レオナはリノが唯一忠誠を誓った君主だ。
他の誰よりも、レオナを大切にしたいのだ。
「リノ、君は一人じゃない。
わたし達がいるじゃないか」
「あたし、こう見えて上級剣士なのよ。
そんじょそこらの剣士なんて相手にならないわ!
新しい剣も買ったことだしね!」
「……」
「ちなみに、わたしは聖級剣士だぞっ」
エリーゼは、得意げに胸を張ってそう言い放つ。
エルシアも、既に背中に背負った『風龍剣』に手を当てた。
その頼もしい様子に、リノは顔を上げた。
その顔には、微かではあるが笑顔が浮かんでいた。
「うむ。ボクのよく知る顔になったじゃないか」
「私が弱気になっては、いけませんよね」
「そうよ。リノがどれだけ強いのか知らないけど、王様に仕えるってことはそれだけの腕を持ってるってことでしょ。
自信持ちなさい!」
リノの腰に、エリーゼはポンと触れる。
本来ならば肩に手を置くものだが、エリーゼでは届かない。
リノは背が高いため、余計に身長差が目立つ。
「いつ出発しますか?」
「すぐに出発したほうがいいだろう。
今から城に戻って、すぐに竜車を手配しよう。
ベルとランスロットが馬で二日間かけて行った距離なら、半日もかからない」
「承知致しました」
「わたし達はどうすればいい?」
「すぐに準備を整えて、アラキア城へお越しください。
私達は先に戻り、竜車の手配を行います」
リノとレオナは、宿を飛び出すようにして後にした。
「もうっ! 何でこんなに旅が上手くいかないのよ!」
「来週の定期便、乗れないかもねぇ……」
そう言いながら、二人は最後の準備を整え始めた。




