第三十三話「『黄金の国』アラキア」
アラキア公国。
国そのものがただ一つの街となっていて、その国土は極めて小さなものだ。
街の全貌は、実に壮観である。
太陽の光に照らされて、金色の建物が光を放っている。
建物の高さとしてはそこまで高く感じないが、一つ目立った建物が視界に飛び込んできた。
あれが、「アラキア城」だ。
世界的にも有名な、文字通り「黄金の城」。
反射光が、遠く離れたここまで届いている。
もはや、目が痛い。
そして、次に目に留まるのは、あの銀色の建物。
ランスロットが言うには、あれがアラキア公国の冒険者ギルドであるらしい。
こんなにギンギラギンで、現地の人々は目を痛めたりしないのだろうか。
ここまで届くレベルの光の強さなら、かなり目にダメージがありそうだけど。
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国の中に入ると、また違った印象だな。
思ったよりも目にダメージはなく、普通に四方八方を見回しても大丈夫だ。
これぞ、ファンタジーといったところか。
なんというか、街並みが整っていて綺麗だ。
空から見たら、碁盤の目みたいな感じになっているかもしれない。
「すごいわね! こんなに綺麗な所、初めて見たわ!」
「久しぶりに、ベルとエリーゼ以外の人族を見たよ」
言われてみれば、確かに。
三か月以上も獣族の森にいたから、誰にも耳と尻尾が生えていないことに妙な違和感を感じる。
俺の頭にも耳が生えてたりしないよな。
「見て! おっきい湖があるわ!」
エリーゼの指さした方向に、これまた日の光を反射して輝いている大きな湖があった。
やけに規則的な形をしているから、人工的に造られたものなのかも。
ルナディア湖なんて、比べものにならないくらいの大きさだ。
琵琶湖みたいなもんか。
いや、琵琶湖はこんなに小さくないか。
滋賀には行ったことがないから分からないが、写真で見たことはある。
思い返せば、こんなレベルじゃなかったわ。
「あ、そういえば。エリーゼ、今度こそ剣を買いましょう」
「すっかり忘れてたわ。
ランスロット、お金はある?」
「コツコツ貯めていたから、剣を買うくらいの余裕はある。
だが、そこまでいい剣は買えないかもしれないな」
「わたしの剣、片方使う?」
「それはいいわよ。両方で本領が発揮できるんでしょ。
エルシアが弱くなっちゃうじゃない」
エルシアの提案は、バッサリと切り捨てられた。
エリーゼの言うことは正しい。
エルシアの愛剣である『風龍剣』は、二本で一つ。
一本欠けてしまうことで、剣の威力は半減してしまうのだ。
第一、エリーゼとエルシアでは得意属性が違うしな。
エリーゼでは使いこなすことは難しいだろう。
「まあ、アラキアで買わなくてもいいけどね。
どうせ買うならいい剣が欲しいし、お金に余裕が出来てからでもいいわ」
え、エリーゼが大人になっているだと。
そうか、もうすぐ十三歳だもんな。
エリーゼの誕生日が12月だから、あと二か月足らずだ。
もしかすると、船の上で誕生日を迎えるなんてこともありえるかもしれない。
「――やあ! 珍しいねぇ、観光客かい?」
背後から、明るく軽い声が聞こえた。
振り返ると、そこには白金色に近い金髪の……少女のような人間が立っていた。
ゆるやかな外ハネ、髪型としてはショートボブに属するのだろうか。
あまり髪型には詳しくないが。
そして、黒いマントのようなものを羽織っている。
「通りすがりの冒険者だ。中央大陸に渡るために来た」
「へえ、中央大陸に。定期便は昨日出たばかりだから、次は来週だよ」
「そうか」
「良かったら、ボクが街を案内しようか?」
何だ、この人。
結構グイグイ来るな。
歳としては、17か18あたりに見える。
エルシアとそう変わらないくらいだろう。
「いいのか?」
「ああ、もちろんいいとも!」
金髪の少女はにっこりと笑った。
流れに身を任せ、俺たちはこの少女についていくことにした。
初めての場所だし、ガイド役を買って出てくれるのはありがたい。
……ん、待てよ。
何かデジャヴュを感じるぞ。
ガラウスの街で出会った、ナルシスとかいうクソ男。
あいつは確か、案内役という名目でエリーゼを攫おうとしていたよな。
性別が違うとはいえ、完全に信頼しきってはいけない。
いつでも杖を抜けるように、スタンバイしておかねば。
「あっ、まずい! 隠れて!」
「え?」
突然、少女に押し込まれるようにして、路地裏に入った。
少女は壁からゆっくりと通りを覗き込み、状況を確認する。
何か危険なものが迫ってきているのか?
もうトラブルに巻き込まれるのは嫌なんだけど。
「――隠れても無駄ですよ、陛下」
「あぅっ!」
少女の眼前に、長い銀髪の女が現れた。
淡く金色を含んだ、「月光色」。
丁寧に結われ、後ろで低く束ねてある。
――ん?
今、「陛下」って言わなかったか。
「私は何度も言っていますよ。何回抜け出しても、必ず見つけ出すと」
「だって、仕事はつまらないんだもん!
たまには外の空気も吸いたくなるんだ!」
「たまにはって、毎日城を抜け出しているじゃないですか。
ただでさえ忙しい私に、余計な仕事を増やさないでください」
「『忙しい』って、キミはずっと城にいるだけじゃないか――」
「私がどれだけ貴女の代わりに仕事をこなしているか……。
城から抜け出しているレオナ様には分からないでしょうね」
なんだ、なんだ。
状況が全く呑み込めないんだが。
「ボクは理由もなく街に出ているわけじゃないんだぞ!
国民とのコミュニケーションも、国王としての立派な務めじゃないか!」
「また屁理屈を……とにかく、城へ帰りますよ。
今日という今日は全て、レオナ様に任せますから」
「わっ、やめろ! おい、キミ達!
見ているだけじゃなくて助けてくれ!」
右を見る。
エリーゼは、表情一つ変えずにただ目の前で起きている光景を見つめている。
左を見る。
ランスロットとエルシアは、無表情のまま二人を見つめている。
「おい、どうして無視をするんだい! ボクは国王だぞ!
アラキア国王、レオナ・アラキアだぞ!
うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
国王・レオナと名乗った少女は、銀髪の女に引きずられていった。
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「申し訳ございません。お見苦しいものをお見せしてしまって」
「い、いえいえ」
あの後、銀髪の女はこちらに戻ってきた。
どうやら、何も言わずにあの場を去るのは後味が悪かったらしい。
「私は、リノと申します。
こちらのアラキア国王、レオナ陛下の側近を務めております」
そして今は、どういうわけかアラキア城にいる。
陛下の無礼な態度をお詫びしたいと、わざわざ城へ招待してくれたのだ。
美味しいお茶と茶菓子まで出してくれて、とても居心地がいい。
それにしても、城内もとんでもない豪華さだ。
グレイス王宮もすごかったが、正直あれを超えてしまったかもしれない。
だって、どこを見ても金色に輝いているんだもの。
「それで、レオナはどこに行ったのよ?」
「エリーゼ! 仮にも国王陛下の名前ですよ!
敬称はつけなければダメです!」
「そこは、ご心配なく。
先ほどもご覧になられた通り、陛下は誰にでもフラットに接する寛大なお方です。
呼び捨てだろうがあだ名で呼ぼうが、彼女の気に障ることなどありません。
私は『側近』という立場上、嫌でも敬称をつけて呼ばなければなりませんが」
へえ。
そんな国王なんているもんなんだな。
俺が今までに接してきた国や街のトップで、そこまで寛大な人はいなかったな。
レオナは、良くも悪くも国王っぽくないというか。
まあ、今思い返せば、どことなくカリスマ性は感じた。
国王っぽくなくても、オーラはあったかも。
「レオナ様は、溜まりに溜まっていたお仕事に追われている最中です。
サボってらっしゃったツケですね」
「あはは……」
この人、側近なのにズバズバ言うな。
国王に対する扱いじゃなくないか。
流石に愛想笑いをするしかない。
「私でよければ、皆さんを案内いたしましょうか?」
「えっ、レオナ様は放っておいて大丈夫なの?」
「……」
リノは押し黙る。
目を閉じて、しばしの沈黙の後、
「……レオナ様も、お連れ致します」
と、苦渋の決断を下したのだった。
「王の帰還だ! 称えたまえ!」
「では、出発します」
「どうしてさっきから、無視ばかりするんだい!?
冷たいじゃないか!」
この場合、反応しないのが正解な気がする。
変によいしょしたら調子に乗るタイプだと、一目見たらわかる。
とはいえ、このまま無視し続けるわけにもいかないので、各々自己紹介を済ませた。
そして、城を出発した。
「えっと、ベラ君、だったかな?
キミ達は、どうしてこの国に来たんだったっけ?」
「中央大陸に向かう船が出ると聞いたので。
あと、僕の名前はベルです」
「ああ、なるほどね!
すまない、ボクは忘れっぽい性格なんだ」
ほんの二分くらい前なんだけどな。
それに、アラキアに来た目的もさっきランスロットが話したはずなんだが。
極度の忘れん坊ってことか。
こりゃまたキャラが濃いやつが現れたものだ。
「中央大陸には、旅行に行くのかい?」
「いえ、旅行ではないです」
「あたし達は、帰らなきゃならない場所があるの」
「どういうことだい?」
「僕とエリーゼは、『転移隕石衝突災害』に巻き込まれたんです」
「――」
リノとレオナは、目を見開いた。
何か、知っていることでもあるのだろうか。
「ベル。貴方の名前は、何といいましたか」
「え? パノヴァですけど」
「――っ!」
リノは再び、驚いたような顔を見せた。
そして今度は、足を止めた。
「レオナ様も、覚えていらっしゃいますよね?」
「ああ、覚えているとも」
「……皆さん、落ち着いて聞いてください」
リノに続いてレオナまで足を止めた。
そして、リノはそう前置きを置いて、
「――ルドルフ・パノヴァという男と数人の男女が、数か月前に中央大陸に渡りました」
「――!?」
--- 三か月前 ---
「……ここが、アラキア公国か」
ルドルフ一行は、陽光を反射している「黄金の城」を見つめる。
ルドルフは目を直接刺されるような強い痛みに襲われたため、すぐに腕で光を遮った。
「ここから、やっと中央大陸に渡れるんですね!」
一行の中にいる女魔術師の言葉で、ルドルフはようやく実感した。
着実に、ラニカに近づいていると。
リンドの街で二手に分かれてから、ルドルフの率いる隊は一番近い道を街の住民に聞き出した。
ベル一行が通った道とは別のルートを用い、
さらに馬車を利用して四六時中走り続けた。
獣族の集落を経由せず、多少のリスクを背負ってまで最短ルートを通ったのだ。
そうまでして急いだ理由は、ただ一つ。
雨季が始まる前に、アラキアに到着しておきたかったためだ。
アラキアは、雨季の影響を受けない。
国の中央にある巨大な人工湖が、大量の雨水を吸収してくれるのである。
アラキアに辿り着く前に雨季に捕まってしまえば、地上にいる生物は皆溺れ死んでしまう。
つまり、ルドルフ達はかなりの賭けに出たのだ。
ベル達と同じように獣族の森で雨季を凌ぐのが確実ではあったが、
ルドルフ達は一刻も早くラニカに戻り、状況を確認したいのだ。
仲間の反対も振り切って、ルドルフは雨季が始まる前に森を強行突破したのである。
「ルドルフ。ここにも、冒険者ギルドはあるのか?」
「あの銀色の建物が、そうなんじゃないか?」
金色の城の次に目立つ、銀色の建物。
屋根の上に、冒険者協会の旗が風になびいている。
ルドルフ達は巨大な門をくぐり、街に入った。
「やあ! 観光客かい?」
「いや、観光客じゃない。オレ達は、中央大陸に渡りたくてこの国に来たんだ」
「ふむ、なるほど。
定期便は明日出るから、乗るならそれが一番早いよ。
明日の便を逃すと、次の便は来週まで出ないから、気を付けるといい」
金髪の少女は明るい口調でスラスラと説明した。
出会ったばかりの割にはやけに馴れ馴れしいと思いつつも、ルドルフは柔らかい笑顔を作った。
「ああ、親切にサンキューな」
「ははっ、ボクはこの国の王、レオナ・アラキアだからね!
国王として、当然のことをしたまでさ!」
「おう……ん? 国王だと?」
ルドルフの作った笑顔は、一瞬にして驚嘆の表情へ変わった。
レオナは、「どうしたんだい?」と首を傾げ、ルドルフの顔を覗き込む。
「レオナ様。また城を抜け出したんですか」
「リノ。この旅人たちに、次の中央大陸行の便のことを教えてあげていただけだよ」
「今何をしていたのかなんて聞いていません。
城へお戻りください。まだ仕事が山ほど残っていますよ」
「おい! 離すんだ!」
---
「……ということがあったんだ」
「待ってください。レオナ様は、父さんの様子をずっと見ていたってことですか?」
「ん? あ、ああ。ほら、門の近くに茂みがあっただろう?
リノに見つからないように、なるべく城から離れた所に隠れていたんだ」
「陛下は、そういう無駄なことは本当によく覚えていますね」
レオナはリノに指摘されて苦笑する。
いや、話だけ聞くとただの変質者なんだが。
茂みで盗み聞きして、タイミングよく現れたように振る舞うなんて。
もしかして、俺たちも監視されていたのか?
怖っ!
でも、初めて身内の情報が得られた。
転移してから、もう一年以上経っている。
ようやく、手がかりを掴んだぞ。
「中央大陸に渡ったってことは、お父さん達もラニカに帰ろうしてるのかしら」
「そうとも限らん。中央大陸とはいっても、世界で一番広い大陸なのだ。
俺達と同じ目的でラニカに帰っている可能性もあるが、別の目的で大陸を渡った可能性もある」
「ともあれ、家族の情報を得られたんだよ。
やったじゃん、ベル、エリーゼ!」
エルシアの手が、俺の頭とエリーゼの頭に伸びる。
手を前後左右に動かし、優しく撫でられた。
だが、一つだけ問題点がある。
それは、この情報は少し古いということだ。
教えてくれたのはとてもありがたいことだが、レオナが話した情報はあくまで三か月前のもの。
三か月もあれば、かなり進んでいてもおかしくない。
まあ、人望の厚いルドルフのことだ。
きっと何人も仲間を引き連れて、上手くやっているだろう。
願わくば、ラニカに帰っていてほしい。
そして、ラニカに残っていてほしい。
誰でもいいから、知っている人と再会したいんだ。
「早いとこ中央大陸に渡りたいだろうけど、残念ながら便は一週間後にしか出ない。
だから、それまでは我がアラキア公国でゆっくりしていくといい。
国王として、キミ達を歓迎しよう!」
レオナは元気のいい声で、俺たちに歓迎の言葉をくれた。
抜けてるとこはあるけど、何だかんだ慕われてるんだろうな。
「さて、気を取り直して街を回りましょう。
私についてきてください」
「リノ、ここはボクが持つ場なんだぞ。
キミは引っ込んでいなよ」
レオナが不満げに口を尖らせる。
その様子に、リノはため息をついた。
「本来なら、貴女は今頃城で執務中のはずなんです。
私が仕方なく、連れ出して差し上げたんですよ。
少しは感謝してください」
「むぐっ……それとこれは関係ないだろ――」
「今すぐに、城へ強制送還させることもできますが」
リノがそう言うと、レオナは小さく縮こまってしまった。
……リノの方が、国王に向いている気がするんだが。
エルシアはレオナの肩に手を置いて、「まあまあ」と慰めている。
レオナは半分泣き顔でエルシアに体重を預けながらトボトボと歩いている。
この一瞬の暇の後に、地獄のような仕事が待っているんだろうな。
気の毒だが、国王たるもの、そんなものに屈していてはならんだろう。
「今私たちが歩いているのは、『居住区』と呼ばれるエリアです。
ここから真っ直ぐ進むと、『商業区』というエリアに。
左に進むと、『冒険者区』というエリアに入ります」
「そんなに細かく分かれてるんですか?」
「先代の国王陛下が築き上げたものですので、私にはその意図は分かりかねます。
それとも、レオナ様は何かご存じですか?」
「え? あ、ああ! もちろんだとも!」
「これは分かっていない時の返事なので、スルーで大丈夫です」
「まだ何も言っていないじゃないか!」
こんなに雑な扱いでいいのだろうか。
ちょっと可哀想になってきた。
今まで訪れた国に、ここまできちんと区画整理された国はなかった。
グレイス王国にも「商業エリア」はあったが、きめ細かな整理はされてなかった。
世界にはこういう国もあるってことだな。
俺たちは居住区を抜けて、冒険者区へと入った。
そう、あの大きな銀色の建物がある区画だ。
やはりあの建物が冒険者ギルドであるらしく、アラキアは小国の割には冒険者達は活発に活動しているという。
今回は金に少しばかり余裕があるから、天大陸にいた時ほど頑張らなくていい。
あ、でもエリーゼが剣を買うなら話は別か。
またシフト制の仕事になるのだろうか。
「あの二人、すごい速さで帰っていったわね」
ちなみに、レオナとリノはもういない。
流石に執務に戻らないとまずいと言いながら、大急ぎで帰っていった。
国のトップは大変だな。
少し歩くと、ギルドに到着した。
近くで見ると、意外と色あせている。
金属なんだし、雨が降れば酸化もするか。
レオナから聞いた話だが、アラキアは雨季の影響を受けないらしい。
さっき見た大きな湖は、俺の推測通り人工的に造られたものであり、
あの湖が雨水を貯え、それが生活用水やらなにやらに使われるという。
人間の知恵ってすごいなぁ、と感心してしまう。
ギルドに入ると、中は人々で賑わっていた。
扉を開ける音で、ほとんどの人間がこちらを見た。
一瞬で静まり返り、視線が集まる。
こういう空気、嫌いなんだよな。
遅刻して学校に行った時を思い出す。
周りからは、「新人か?」「ガキが二人もいるぞ」などと、決して気持ちはよくない言葉が飛んでくる。
まあ、こんなに小さな子供が冒険者をやっているなんておかしな話だしな――
「――ベル、見て!」
「はい?」
突然、エリーゼが大きな声を上げた。
俺の袖を引いたエリーゼの顔を見て、そして視線の先を見る。
エリーゼが指さしているのは、掲示板に貼られている一枚の紙だった。
近づいて凝視してみると、何やら文字が書いてあるのが見える。
『見つけたら、ラニカ村に手紙を送ってくれ。
グレイス王国 ヒグニス領 ラニカ村
ルドルフ・パノヴァより』
紙には、そう書いてあった。
エリーゼ、目がいいな。
近づかなければ読めなかった。
「ルドルフ……確かに、お前の父親の名だな」
「そっか、ベルのお父さん、『剣帝』ルドルフだったね」
「レオナ達が言ってたことは、間違いなかったみたいね」
ルドルフ達がアラキアを訪れたのは、三か月前。
でも、確かに「いた」という証拠はここにある。
「もしかして君たち、そこに書いてある転移災害の被災者か?」
「……はい、そうです」
一人の男が、背後から話しかけてきた。
酒を飲みすぎているのか、頬が紅潮している。
「待て、君たちは……」
男は、俺とエリーゼの顔を見るなり、わなわなと震えだした。
はて、どこかで会ったことがあるだろうか。
「――ライラの、お友達だろう」
「――」
俺とエリーゼは、絶句した。
――思い出した。
どうして、一目見て思い出せなかったんだ。
この人は、ヘコネ村に住んでいた魔族の少女、ライラの父親だ。
「もしかして、サルバさんも被災したんですか?」
「ああ。俺だけじゃない。ライラと、離れ離れになってしまった」
「……」
そうか。
サルバとライラが引っ越したのはスアルというグレイス王国東部の海辺の街だった。
そんなところにまで、被害が及んでいたのか。
「俺には、戦闘の才能はない。ずっと農作業ばかりしていたからな。
だが、どうしても娘が諦めきれなくてな。
たまたま再会したルドルフについてきてアラキアまで来たが……」
そう言いながら、サルバはズボンの裾をめくった。
「――!」
「どうしたのよ、その足……!?」
サルバの足は、義足だった。
俺の知る限りでは、サルバは少し瘦せて居ながらも健康的な体をしていた。
足もちゃんと二本、人間のものがついていたはずだ。
「アラキアに向かう道中で、魔物に襲われたんだ。
背後から突然襲いかかってきたから、何もできずに足を食いちぎられた。
流石に、この足じゃ旅に同行するのは不可能だから、もうアラキアに住むことにしたんだ」
「では、ライラは?」
「ルドルフが、約束してくれたんだ。
必ず見つけ出して、俺に手紙を出すと」
ルドルフですら察知できなかった魔物ということは、かなりの強敵だぞ。
背後を取られていても、ルドルフクラスの剣士なら気配で探れるはず。
これからそいつに出会うことがなけりゃいいが。
「君たちは、どこに転移したんだ?」
「天大陸よ」
「天大陸だと!? よくここまで無事に来られたな」
「このランスロットさんとエルシアのおかげ……あれ?」
いつの間にか、二人はいなくなっていた。
空気を読んで、席を外してくれたのか。
そういう気遣いができるのは、流石というべきだな。
「さっきいた、銀髪の男と白髪の女の人のことかな?」
「そうよ。あの二人、すっごく強いんだから!」
「そうかそうか。それで、この後君たちはどうするんだ?」
「父さん達は、中央大陸に渡ったと聞きました。
なので、後を追ってラニカに帰ります」
「……そうかい」
サルバは、どこか寂しげな表情を浮かべる。
「ルドルフに、よろしく頼むよ。
そして……」
「もしライラに会えたら、サルバさんは無事に、元気に生きていると、伝えておきますよ」
「……ああ。ありがとう」
サルバの顔に、僅かに笑顔が灯った。
まさかの再会ではあったが、こんなに進展があるとは思わなかった。
「ベル」
「はい」
「ライラ、元気でいるといいわね」
「……きっと、元気で生きていますよ」
ライラの笑った顔が、脳内に浮かび上がる。
もう、あの時のまま記憶が止まっている。
大きくなったんだろうな。
もしかしたら、俺よりもすごい魔術師になっているかもしれない。
嬉しいようで、悔しい。
彼女は俺の、初めての「生徒」だからな。




