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空中転生 - 落ちこぼれニート、空の上でリスポーンしました -  作者: 蜂蜜
第4章 少年期 アラキア編

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第三十話「獣族の森」

 約一か月が経った。

 ランスロットによると、もう少しで獣人が居る集落に到着するらしい。

 もう少しとは言っても、あと二、三日はかかるみたいだが。

 長旅をしていると、時間感覚がバグるんだよな。

 三日という時間は、体感だとものの数時間くらいに感じるほどだ。


「これから森に入る。

 森の中は魔物が多い可能性があるから、油断はするなよ」

「りょーかいですっ!」


 エルシアの元気のいい返事が、静まり返った森に木霊する。

 やっぱり、森に入ると途端に雰囲気が変わるな。


 いつどこから魔物が出てくるか分からない、この緊張感。

 竜車が走る足音のおかげで、少し緊張が和らぐような気がする。

 閑散としすぎていると、余計に気を張ってしまうからな。


「何だか、昔を思い出すわね、ベル」

「昔?」

「森って言ったら、ほら、ライラと出会った森があったじゃない」

「ライラ……! 懐かしいですね」


 両親に無断で森に魔物狩りに行った時に出会った、魔族の少女。

 俺が魔術を教えたら、すぐにコツを掴んで凄い速さで成長していったな。

 あの子が引っ越す前に花火を見せたら、とても喜んでくれた覚えがある。


「元気にしているかしらね!」

「あの子のことですから、僕よりも凄い魔術師になってるかもしれませんね」

「ライラはベルと同い年でしょ?

 その歳で聖級魔術師なんてベルくらいなんじゃないの?」

「ライラは、僕よりもよっぽど飲み込みが早かったんです。

 今は僕の方が上でも、いずれは抜かれそうな気がしてなりませんよ。

 まあ、抜かれないように僕も頑張りますが」

「ベルはあの子の先生なんだから、抜かされないようにしなさいよ」


 先生、か。

 何か恥ずかしいな。

 俺に「師匠」って呼ばれた時のシャルロッテの気持ちが分かったような気がする。


 ライラ。

 いつか、また会えたらいいな。


「森の中で野宿はできるのかな?」

「どうでしょうね。ていうか、出来なきゃ終わりだわ。

 寝不足でぶっ倒れちゃう自信しかないもの」

「ある程度開けた所があればいいが……。

 最悪、道の途中に馬車を止めてこの中で寝るしかないな」

「それも、交代交代で見張りをしなきゃですよね?」

「もちろんだ」

「はぁ……」


 もう一か月も、まともに眠れていない。

 起こされると分かっていると、余計に眠れなくなる。

 眠りにつけないまま自分の番が来て、終わった後に寝ようとしてもほとんど寝られない。


 そういえば、何度か夜に魔物との戦闘になった。

 この「月蝕眼」の効果は、絶大とまではいかないが多少は感じられた。


 特に「魔力の増大」というアドバンテージは、戦闘中にかなり恩恵を感じた。


 まず、放つ魔法の威力が高くなった。

 月蝕眼で魔力を増大し、更にこの杖で魔力を増大。

 撃つまでに、二段階の強化ができるってわけだ。


 後は、あまり疲れなくなった。

 魔力を使えば当然、多少なりとも消耗はする。

 どれだけ魔力最大量が多い魔術師でも、これは共通している。

 だが夜の間だけは、どれだけ魔術を使っても疲れないような気がする。

 無論、限界はあるだろうが。


 ちなみに、やはり月がどれだけ満ちているかによって月蝕眼の効果は変わるようだ。

 つまり、新月のときは効果がなく、逆に満月の夜に最大効果を発揮するということである。

 ちょっと、あまりあの痛みに見合っていない気がする。


 まあ総括すると、この魔眼はかなり優秀だ。

 あの痛みに耐えた甲斐があったかもしれない。

 まあ、もう二度と味わいたくはないが。


 魔力の増大ができるだけで凄い能力だが、

 もしかして魔力最大量も増大していたりするのだろうか。

 魔術を使っても疲れなくなったということは、そういうことなのか?

 倒れるほど魔力を使ってはいないから、今度試してみようかな。

 極力倒れたくはないが。


 それと、一つ忘れていたことがある。

 エリーゼの剣だ。


 エリーゼはミリアを出る際、「次の街で剣を新調する」と言っていた。

 そのことを、四人揃って忘れていたのだ。

 そのことを、昨日ふと思い出した。

 もう一週間早く気づいていれば、途中でどこか適当に街に寄れたのに。

 そんなことをしたら、エリーゼは面倒くさがるだろうな。

 どちらにせよ、リンドで買わなかった時点でどこにも寄らなかっただろう。


「眠そうだね、ベル」

「もう何日もまともに寝てませんから……」

「おいで。わたしの極上の膝枕でお昼寝しなさい」

「ちょっと! それならあたしがやるわ!」

「では、半分ずつお願いします」

「何言ってるの?」

「何言ってんのよ」


 え、急に裏切られた。

 背中からぶわっと汗が出た。

 せっかく、両方味わえると思ったのに。


「じゃあ、ジャンケンで決めましょう!」

「ふっふっふ。かかってくるがいい」


 ジャンケンの結果、エルシアが勝利した。

 エリーゼが定番の「三回勝負」を希望するもむなしく、

 俺はエルシアの()に寄りかかることにした。

 直前になって、膝枕は少し恥ずかしくなってしまったのだ。


「……エリーゼ?」

「これならいいでしょ」


 エルシアの肩に寄りかかる俺の肩に、更にエリーゼが寄りかかってきた。

 一番得をしているのは間違いなく俺だな。

 美女に挟まれるというのは、いくつになっても幸せなことだ。


「あまりくつろぎすぎるなよ。

 いつ魔物が襲ってくるか分からない」

「二人は寝ててもいいよ。

 わたしが周りを見張っておくから」


 エルシアにそう言われ、俺とエリーゼはそろって礼を言った。

 お言葉に甘えて、ゆっくりと目を閉じた。


 エルシアの肩は、安心感がある。

 こう見えて、彼女は聖級剣士だからな。

 速度だけなら、四人の中でダントツで速いだろう。


 この間、三日ほど全く魔物と遭遇しない期間があった。

 その時に、「二人が戦ってるところを見てみたい」とエリーゼが言い出した。

 あまり乗り気じゃなかったが、二人は俺達の前で一戦を交えてくれた。


 一言でいうなら、「異次元」だった。

 お互いを傷つけないように、どちらも手加減はしていただろう。

 だがそれでも、ものすごい戦いだった。

 俺も将来、あれくらい戦えるようになりたい。


 ランスロットの本当の強さは、未知数といえば未知数だ。

 命を懸けて戦っているところは、まだ見たことがない。

 だが、『九星』の第八位を単独で撃破したくらいだから、

 相当実力は上であることはまず間違いないだろう。


 あれだけの強さがあれば、戦っていて楽しいだろうな。

 生きている年月の桁が違うとはいえ、

 相当な努力を重ね、場数をこなしてきたからこその強さなのだろう。


 俺の目標とすべき人間は、この世界には多すぎる。


「――ん?」

「何の音だろ?」

「あたしも聞こえたわ」

「え、何か聞こえましたか?」


 別のことを考えていたからか、全然何も聞こえなかった。

 聞こえていないのは俺だけらしい。


 周りを見渡してみるが、何も見えない。

 だが、今度ははっきりと聞こえた。

 どうして、こんなに大きな音が聞こえなかったんだ。


「魔物かしら」

「恐らくな」


 大きな何かの足音。

 コンスタントに響く足音に、内臓が震える。


 一応、杖を出しておくか。

 普段は、この黒い袋に包んでいる。


 こんな森の中で魔物を相手するのは久しぶりだな。

 それこそ、ライラと出会った時以来じゃないか?


 どんどん足音は近づいてくる。

 ゴライアスみたいな巨大な魔物ってわけじゃなさそうだが、足音はかなり大きい。


「来るぞ――」

「!?」


 俺達は、絶句した。


「何よ、こいつ」


 俺達の目の前に現れたのは、大きな犬の魔物だった。


---


「……ヴォルガルムか」

「初めて見る魔物だよ……」

「俺もこの目で見るのは初めてだ」


 巨大というほどではない。

 サモエドの究極体みたいな感じだ。

 全身が白い体毛に覆われていて、翡翠色の双眸で俺たちをギロリと睨んでいる。


「とりあえず、モタモタしてたら食べられちゃうわよ!」


 エリーゼが真っ先に飛び出した。

 剣を抜き、その剣が炎を纏う。


「ウガアアアアアアアアア!」


 エリーゼの剣は、ヴォルガルムの巨躯を貫いた。

 ヴォルガルムの咆哮が、森林中に鳴り響く。

 木々が揺れ、悲鳴をあげるように枝葉が音を立てる。


 ランスロットとエルシアもほぼ同時に馬車を飛び出し、それぞれ武器を抜いた。


「ベル! 馬車からは離れるな!」

「ベルは後衛を頼んだよ!」

「分かりました!」


 誰かが馬車を見ていなければ、荷台ごと馬が姿を眩ませてしまう。

 馬の扱いに慣れているのはランスロット。そしてベルも一応馬の扱いは心得ている。


「はァァッ!」

「しっ!」


 斬り付けられたヴォルガルムから、紫色の鮮血が飛び散る。

 飛び出した瞬間に早くも返り血を浴びたエルシアだが、

 今はそんなことを気にしている余裕などない。


 今だけは全ての感覚を忘れて、剣を振り、目の前の巨獣を撃破することに全力を注ぐ。


「――はっ!」

「――『黒炎』!」


 二色の斬撃が、ヴォルガルムを斬り付ける。

 二人の斬撃は、あまり大きなダメージは期待できない。


 そもそも、大きな魔物を相手にする時に物理攻撃は効果的とは言えない。

 大きなダメージ、つまり致命傷を与えるには、やはり魔術が最適である。

 しかし、このパーティに魔術師はベルただ一人。

 四人のうち、剣士が三人……正確には剣士二人と槍使い一人だが、

 これは陣形としてはあまりにもバランスが悪すぎる。


 もっと言えば、ベルは後衛型ではない。

 無論、後衛に徹するなら話は別だ。

 しかし、ベルは前衛型の魔術師。

 ベル達が普通の冒険者ならば魔術師の補充が急務であるが、彼らの場合は少し特殊。

 故に、この条件で戦うしかないのだ。


「ウオオオオオオオオオ!」

「かはっ……!」

「エルシア!」

「『土壁(アースウォール)』!」

「ごえっ!」

「あ、すみません!」


 衝撃を和らげようとベルが生成した土壁に、エルシアは背中から突っ込んだ。

 全く衝撃が和らぐことはなく、ただ激突するまでの距離が短くなっただけだった。


 『土壁(アースウォール)』は、注ぐ魔力の量によって形状や硬さなどを自在に変えることができる。

 ベルは注ぐ魔力の量の調整を誤ったのだ。


「『アースウォール』」


 ベルは馬車を降り、再び土壁を作った。

 これは、馬を守るための壁だ。

 壁で馬車ごと包み込み、周りからの衝撃を守る。


「はぁ……。あいつ、めちゃくちゃ強いよベル」

「ええ……攻撃が通っている気がしませんね」

「ベルっちの大技で一気に焼き払う、ってのはダメなの?」

「森の中であの規模の魔術を使うのは流石に……今、ベルっちって呼びました?」

「きっ、気にしないで!」


 ベルの言う通り、ここは森の真ん中だ。

 こんな閉塞した場所で魔法陣を用いた大技を使ってしまえば、辺りは焼け野原になってしまう。

 以前「ボスミノタウロス」と戦った時に使った、

 雨を同時に振らせることによって発生した火を消すという作戦も、今回は使えないだろう。


 あの時にベルが使った魔術は、「紅蓮嵐(フレアストーム)」という技である。

 炎を巻き上げる竜巻を起こす魔法であるため、周りの木々が少々吹き飛んだ程度で済んだ。


 が、エルシアの言う大技、「ヴァルクルス・ヴォルト」は、辺り一帯を「薙ぎ払う」魔術だ。

 後から雨で鎮火したとて、一瞬にして荒地となってしまうだろう。


 そして、使えない理由がもう一つある。

 ここから近いところに、獣族の集落があるのだ。

 ここで大技を使ってしまえば、集落にも被害が及ぶ可能性がある。


 だから、ベルは不用意に大規模な魔術を撃てないのだ。


「僕も出ます」

「え? でも、ランスロットに馬車を任せられてるんじゃないの?」

「土の壁で覆っているので平気です!」


 ベルは勢いよく駆け出した。

 エルシアは少し呆気にとられたが、ベルに続く。


「『雷殺(サンダースレイ)』!」

「――『翠風の裁き』!」


 翠色の閃光が、エルシアの剣から放たれた。

 ベルはその長い杖に魔力を込め、雷魔術を放つ。

 ヴォルガルムの顔面に直撃したベルの魔術は、その体に広がっていく。

 雷魔術は、術者の力量によっては相手の体を麻痺させることもできる。

 ベル個人の持つ魔力量、そしてベルの杖の魔力増大能力が、それを可能にしている。


「ガアアアアアアアアア!」


 活発だったヴォルガルムの動きが僅かに鈍る。

 流石にベルの魔術でも、動きを封じられる時間はそう長くない。


「ナイスアシストだ、ベル!」

「畳みかけましょう!」


 物理攻撃が効果的ではないとはいえ、全く通らないというわけでもない。

 地道ではあるが、着実にダメージは与えられている。


「ギャアアアアアアアアア!」


 ヴォルガルムの悲鳴が森に木霊する。

 のたうち回って抵抗するが、四人の攻撃は止まることなくヴォルガルムを襲う。


 ――行ける。

 そう思った次の瞬間だった。


「ウガアア!」


 ヴォルガルムによく似た、しかしヴォルガルムから発せられたものではない雄叫びが、四人の耳に入った。

 一斉に声が聞こえた方を見ると、そこには、


「――人間?」



---ベル視点---



 犬のような耳の生えた人間が、数十人。

 一人を除く全員が四つん這いになって、こちらを向いていた。

 これ、絶対犬系獣族だろ。


『我らの守護獣様に、何をしている!』


 守護獣?

 このバケモンが?


 全員、上半身が裸である。

 まるで縄文人みたいな身なりだな。


『これがお前達の守護獣なのか?』

『そうだ。貴様らは、許されざる大罪を犯した』


 確かに、そういうことならまずいことをしたのかもしれないが。

 でも、先に攻撃されたのは俺達の方だし……。


 いや、違う。

 真っ先に飛び出したのはエリーゼだった。

 どう考えても俺達が悪い。


 エリーゼのやつ……昔から暴走機関車なのはやっぱり変わってないよな。

 まあ、後に続いて攻撃したから俺達も同罪なわけで。


『皆さん、すみませんでした。

 これだけ大きな魔物だったので、身の危険を感じて攻撃をしてしまいました』

『守護獣様は魔物ではない。

 そんな低俗な物と同じにしないで欲しい』


 やべ、失言だったな。

 だが、これが動物だなんてにわかには信じがたいぞ。

 どっからどう見ても化け物じゃないか。

 なんて口に出したら首が飛びそうだな。


『だが、悪気がなかったのであれば、見逃してやろう』

『ありがとう、ございます』


 ひとまず、許しては貰えた。

 ただ、この後だよな。


 俺達は、獣族の集落で何日かを過ごそうと思っていた。

 でも、初対面がこんなんじゃな……。


『……すまないが、一つ頼みがある』

『何ですか?』

『もうすぐ雨季が来る。

 だから、物資などを高台に運ぶ手伝いをして欲しいんだが』


 棚から牡丹餅とは、このことだな。

 正直、また何日か野宿を覚悟していた。


「エリーゼ、エルシア。

 物資を運ぶ手伝いをして欲しいそうだ」

「いいわよ。ゆっくり寝られる寝床があるなら何でもいいわ」

「わたしもいいよ! 肉体労働なら任せなさいっ!」


 エルシアは腕をまくって力こぶを見せた。

 いや、本当にムキムキだから困るんだよな。

 顔は可愛くても体は全然可愛くない。


『分かりました。お詫びと言ってはなんですが、是非手伝わせてください』

『ああ、助かるよ』


 獣人の集団を率いている屈強な男が、ふっと笑った。

 なんだ、実はいい人なんじゃないか。


 馬車を守らせていた土壁を解除し、俺達は馬車に乗り込んだ。

 そして、獣人達に導かれるまま森の奥へと進んだ。


---


 まず、一つ感想を言わせてほしい。


 スゲェ。


 こんな森のど真ん中に、これほどの規模の集落があるなんて。

 そりゃ、かつてのラニカ村に比べればちっぽけなものだが、それでもこれはすごい。

 先人たちの頑張りが、今に繋がっているのだろう。


 建物が大きいというよりも、高いな。

 ランスロットの言う通り、地上に民家も倉庫も何もない。

 ロープウェイのようなもので人々は高台と地上を行き来し、

 物資もそのロープを通じて運搬されている。

 ここだけ時代がタイムスリップしたみたいだな。


「凄いわ……」

「何か、テンション上がってきた」

「あまりはしゃぎすぎるなよ」


 もしこれがただの旅行なら、思い切りはしゃいでいたかもな。

 寝泊まりをさせてもらう代わりに物資の運搬を手伝うという条件付きだから、

 あまり羽目を外しすぎるのもよくないだろう。


 俺とエリーゼは、族長の家の一室を借りることになった。

 ランスロットとエルシアは、空き家を使わせてもらうらしい。

 どうせなら、四人一緒の部屋にしてくれよな。


「パパ、この人達誰ニャ?」

「物資を運ぶのを手伝ってくれる人たちだ」


 おい、待て。

 ……ニャ?


 猫系獣族って、ボレアス大陸にしかいないはずじゃ。


「この森には、猫系獣族もいるんですか?」

「ああ。半分くらいは猫系獣族だ」

「デュシス大陸にある獣族の森には、犬系獣族しかいないと聞いていたんですが」

「あくまで、族長がどちらの種族なのかで決まっているからな。

 族長である私は犬系獣族だから、この森は犬系獣族の森と呼ばれている。

 逆に、ボレアス大陸にある森の族長は猫系獣族だから、あの森は猫系獣族の森ということになる」

「なるほど。そういうことだったんですね」

「もう、二人とも何を話してるのかさっぱりだわ!」


 もちろん、エリーゼは獣人語が話せない。

 ここに来るまでの道のりで少しでも教えようとしたのだが、予想通り勉強を嫌がった。

 大人しく勉強していれば、少しは理解できたかもしれないのにな。


 それはそれとして、俺の認識していた獣族の森と違ったな。

 ランスロットですら謝って認識していたということは、あまりこのことは知られていないのだろうか。


「私は人間語が喋れるから、今日からは人間語で話すとしよう。

 では、今日はゆっくりしていくといい」

「ありがとうございます。おやすみなさい」


 族長の屈強な男は、部屋を出て行った。

 そういえば、名前を聞きそびれたな。

 明日聞いておこう。


「きみ、名前は何て言うニャ?」

「僕はベル・パノヴァだよ」

「ベル。いい名前ニャ。

 リュミナ・フェルシアニャ。よろしくニャ」


 リュミナは分かった。

 姓は、「フェルシアニャ」なのか、「フェルシア」なのか、どっちだ。

 全ての語尾に「ニャ」がつくなら、後者か。


「ねえ。今、自己紹介したの?」

「そうですよ」


 獣人語で自己紹介をしたが、当然名前はそのまま口にした。

 英語で自己紹介する時も、名前まで英語にはしないだろ?


「あたしも自己紹介したいわ!」

「だから、少しだけでも勉強しましょうって言ったのに」

「う、うるさいわね。勉強は嫌いなの!

 とにかく、自己紹介だけでも教えなさいよ!」

「はぁ……分かりました」


 世話の焼けるお嬢様だこと。

 俺はエリーゼの耳に、こしょこしょと獣人語を教えた。

 首をかしげてこちらを見つめているリュミナに「ちょっと待ってね」と一言かけながら、

 繰り返しエリーゼに耳打ちする。


『あ、あたしは、えりーぜ、ぐれいす、です』


 拙いながらも、エリーゼは自分の名前を獣人語で口にした。


『よろしくニャ、エリーゼ!』

「な、何て言ってるの?」

「よろしくって言ってます」

「あたしもよろしくって言いたいわ」


 仕方ない。

 俺は再び、エリーゼに耳打ちをした。


『よろしく、リュミナ!』


 エリーゼが元気よくそう言うと、リュミナは二パっと満面の笑みを浮かべた。

 笑顔が素敵な女の子だな。

 その笑顔を見て、エリーゼも嬉しそうに笑った。


---


 夜になった。

 手伝うとは言っても、俺やエリーゼのような子供に出来ることは少ない。

 肉体労働はランスロットとエルシアに任せて、俺達はというと。


「お前達は、リュミナ達の相手をしてやってくれ」


 子供達の相手をすることになった。

 俺は子供の相手をすることに対して抵抗がないからいいが、エリーゼがな。

 エリーゼも別に、子供が嫌いというわけではない。

 むしろ、子供は好きだと言っていたくらいだ。

 だが、エリーゼは獣人語が喋れない。


 つまり、


『ベル、何して遊ぶニャ?』

「何て言ったの?」


 俺は、通訳をしなきゃならない。

 俺が一番恐れていた事態になってしまった。


 と、思ったが、


「ちょとだけ、人間語、しゃべれる。ニャ」


 カタコトではあるが、人間語が喋れるらしい。

 俺はなるべく獣人語で喋るが、少しでも人間語が通じるならエリーゼにとっては良かったな。


 さて、相手をするとは言ったものの。

 何をするべきなんだ。


 さっき、ある程度の自己紹介は済ませた。

 エリーゼも俺も、大体リュミナのことは理解したつもりだ。


 ・族長・オルフェンの実娘

 ・七歳

 ・猫系と犬系のハーフ


 ……くらいだな。

 あんまし分かってなかった。


 ここが大きな街なら、どこかへ遊びに行くとかできたんだがな。

 ここは森のど真ん中だから、「ちょっとそこまで」と言って出かけるなんてことができない。

 この辺りにも普通に魔物は出るらしいし、迂闊に集落の外には出られないんだよな。


 ちなみに、昼に戦ったこの集落の守護獣。

 あれはランスロットの言った通りヴォルガルムで間違いなかった。

 だが、先代の族長が飼い慣らした特殊な個体であるらしい。


「ベル、魔術を教えてあげたら?」

「魔術ですか」


 ナイスアイディアだな。

 ライラのこともあるからあまり上手く教えられる自信はないが。


『リュミナ。魔術を教えようか』

『魔術?』

「――魔物だ! 避難しろ!」


 また魔物か……

 魔物と顔を合わせない日がないんだが。


『魔物……怖いニャ……!』

『リュミナはここに居てね』

『えっ……?』

「エリーゼ。行きますよ」

「ええ」


 俺達は、家を飛び出そうとする。

 だが、すぐに足が止まった。


「……そうだったわ。ここは高台よ」


 忘れていた。

 降りるにもロープウェイみたいなやつが必要なんだ。

 でも、モタモタしていられない。

 下にはランスロットとエルシアが戦っているのが見えるが、加勢はするべきだろう。


「エリーゼ。下の方は見えますよね」

「ええ」

「僕が先に降りるので、合図をしたら降りてきてください」

「分かったわ」


 ここで「何をするつもりなの」とか聞いてこない辺り、信頼関係はばっちりだよな。

 俺を信じてくれてるから、聞かなくても大丈夫だ。

 そう思ってくれているんだろう。

 これが俺の思い上がりだったら恥ずかしいが。


「『アースウォール』」


 杖を地面に向け、地面に土壁を作る。

 壁というより、床だけどな。

 魔力で硬さなんかを自在にいじれるから、柔らかくして衝撃を和らげる。

 上手く背中から落ちないと足をグネるかもしれないから、そこは注意だ。


 よし、行くぞ。


「げうっ」


 少し硬かった。

 あと少し硬かったら全身の骨が逝ってたかもな。


 更に柔らかくして、エリーゼに合図を送る。


「きゃっ!」

「大丈夫ですか?」

「ええ。ありがとう。

 ベルが居てよかったわ」


 エリーゼも俺に続いて降りてきた。

 上を見上げると、心配そうに顔を覗かせるリュミナの姿があった。

 あれだけ高いところにいれば、魔物に襲われる心配はないだろう。

 

「ランスロットさん! 状況は?」

「少し数が多いな。

 ヴォルガルム……守護獣様も相手をしているが、思ったよりもすばしっこいみたいでな」


 あ、もう俺達も「守護獣様」って呼ばなきゃならないのか。

 確かに、ヴォルガルムだと魔物感が凄いな。

 まあ、魔物なんだけどな。

 いや、そんなことを言ったら袋叩きにあってしまう。


「エルシアはどこなの?」

「前線で戦っている」

「そんなに数が多いんですか?」

「オルフェンが言うには、雨季の前は魔物も凶暴化するらしくてな。

 最近は大人しかったんだが、ここ数日で集落を襲ってくる魔物の数が激増したらしい」

「だから、昨日はパトロールをしていたってわけね」

「恐らく、そうだろうな」


 どうして俺達が集落に入ったタイミングで凶暴化なんてするんだよ。

 つくづく運が悪いな。


 とにかく、今は文句を垂れている場合ではない。

 集落を守るために、全力で戦おう。


 ――月は満ちている。

 俺の魔力が、最大限に発揮できる条件は整った。


「行きましょう」


 エルシアが戦う前線に向かって、俺達は走り出した。

 もう既に、前の方からは魔物の声が聞こえる。

 死人が出ていなければいいが……。


「エリーゼ。俺達は先に行くぞ」

「ええ」

「後ろから援護します!」


 走る速さは、魔術師である俺よりも二人の方がよっぽど速い。

 一刻を争う時に、俺に合わせてもらう必要はない。

 エリーゼとランスロットはスピードを上げて、前線へ真っ先に向かった。


 どんどん、剣が肉を引き裂く音が近づいてくる。

 この咆哮は、ヴォルガ……守護獣様だろう。

 本当に集落を守るために戦ってくれているのか。


 ――見えた。


「『消雷(バニッシュヴォルト)』!」


 杖先から放たれた雷は、一直線に飛んで行った。

 うおおおお!

 威力すげぇぇぇぇ!


 少ししてから、魔物の断末魔が聞こえた。

 当たってくれたみたいだな。


 走りながら、杖に魔力を込めては魔術を放つ。

 気持ちのいいくらいに、手ごたえが抜群だ。


「ベル! ストップだ!」

「――」


 ランスロットの合図とともに、俺は魔術を放つのをやめた。

 ……あっ、一発お漏らししちゃった。


「全部片付いたよ……ウォウッ!?」


 俺の杖から漏れた火魔法は、エルシアを襲った。

 犬のような声を上げたが、何とか躱せたっぽいな。


「ちょっと、ベル。わたしは一体、君に何回痛めつけられればいいのかな!」

「すみません。少し魔力が制御しきれなくて……。

 ですが、一体いつ僕がエルシアを痛めつけようとなんてしましたか?」

「お昼も、ベルの作った土の壁に背中から突っ込んだじゃん。

 あれ、すごく痛かったんだから」

「あれは、不慮の事故というものですよ……」

「これでも女の子なんだから、もっと優しく扱ってよね」

「はい。すんません」


 確かに、エルシアはなにかと俺の魔術の被害に遭うことが多いな。

 そういう悪運を持っているのかもな。

 俺だって、故意的にやっているわけではないし。


---


「まじゅつ! やってみたい! ニャ!」


 翌日。

 リュミナは、目を輝かせながら、人間語で俺にそう言ってきた。

 どうやら、昨日の光景が目に焼きついているらしい。


 俺が魔術を使う姿やエリーゼ達が剣を振り回す姿を見て、感銘を受けたのだろう。

 その中でも、俺の魔術に興味を引かれたというわけだ。

 そうだろう、そうだろう。

 俺の魔術は魅力的だろう。


「簡単なやつなら教えられるけど、やってみるか?」

「やってみたいニャ」


 ちなみに、今は俺とリュミナの二人だけだ。

 エリーゼはランスロットとエルシアの手伝いをしている。

 いや、本来なら男である俺が力仕事に行くべきなんだろうけど。

 単純な力なら、俺よりもエリーゼの方があるんだよな。

 大きくなったら筋トレでもして力を付けたいな。


 それはともかく、今は通訳をする必要がないから助かる。

 こうして考えると、俺結構すごくね?

 人間語、竜人語、獣人語。

 この三つをほぼ完璧に話せる俺は、トリリンガルを名乗ってもいいんじゃないか?


 ……とまあ、自賛はこれくらいにしておこう。


「まずは――」

「リュミナ。剣術の稽古をサボってこんなところにいたのか。

 魔術なんていいから、稽古を始めるぞ」

「ニャッ! 剣術は嫌ニャ!

 魔術がやりたいニャ!」


 リュミナはひゅっと、俺の後ろに隠れた。

 扉を開けて現れたのは、リュミナの父・オルフェンだった。

 おい、今さらっと「魔術なんていいから」つったな。


 それにしても、剣術の稽古って、こんなに小さな女の子にか?

 流石は族長の娘というべきか、英才教育がすごいな。


「ベル! 早く追い払ってニャ!」

「お、追い払ってと言われても……」


 実の父を「追い払う」って……。

 いやでも、魔術のことを馬鹿にされたしな。

 一発くらい食らわせておくか?


 ……いやいや、冷静になるんだ、ベル。


 この人は族長だぞ。

 攻撃なんてしてしまえば、森から追い出されてしまうかもしれない。

 それだけはまずい。

 こんなに物騒な森の中で野宿なんてまっぴらごめんだ。


 リュミナは嘆願するような目で俺の顔を見つめる。

 そ、そんな顔をされても、俺には効かんぞ。

 日々、エリーゼで鍛えられているからな。


「ベル。娘が迷惑をかけてすまない。

 我が一族は代々、剣士になることが決まっているんだ。

 だから、嫌でもリュミナに剣術を教えなければならない」


 一族で、剣士か。

 でも、これまでに獣人で有名な剣士の名前なんて聞いたことはないが。

 有名にならなくても、剣士に育て上げなければならないという一族のしきたりなのか。

 まあ、なにごとも有名になることがすべてではないしな。


 一族の伝統なら、しっかりやるしかないだろう。

 ここは俺も、心を鬼にして――、


「パパ。お・ね・が・い」

「……少しだけだぞ」

「意思弱っ!」


 見かけによらず、親バカなのかよ。

 リュミナはしてやったりといった顔をしている。

 最初からこの作戦だったのか。

 こんなに小さいのに、なかなかやる子供だな。

 小ささに関しては人のことを言えないが。


「その代わり、終わったら必ず、剣術の稽古もやるぞ」

「分かったニャ」


 リュミナは満面の笑みでオルフェンに応える。

 ……いや、この笑顔には裏があるな。

 きっとまた逃げ出すつもりなのだろう。

 まあ、俺にはこの子を拘束する義理もないから、逃げようが逃げまいがどちら側にも加担しないが。


「では、娘を頼むぞ、ベル」

「はい。任せてください」


 オルフェンはふっと笑って、部屋を後にした。

 出会った時は野蛮でとんでもない人だと思っていたが、実際は全然そんなことなかったな。

 家族思いでいい人じゃないか。


 俺はリュミナを連れて、家から出た。

 家は高台にあるため、原始的なつくりのエレベーターのようなもので地上に降りる。

 雨季が始まったら、ここも水没するんだろうな。

 一か月くらいは続くって聞いたし、またしばらく旅は中断することになるだろう。

 というか、もともとその予定でこの森に寄ったんだった。


「魔術って、どうやって使うニャ?」

「やり方は簡単だよ。

 まずは足を肩幅くらいに開く。

 右腕を前に出して、左手を添える。

 これで、もう準備は出来た」

「これだけでいいニャ?」

「後は、自分の体内に流れている魔力の流れをイメージするんだ。

 左手から右腕に魔力が流れ込んで、右腕を伝って指先まで流れる。

 そして、手のひらで魔力が爆発する――」

「何言ってるか分からないニャ!」


 やはり、俺には「人に教える」という行為が向いていないのだろう。

 俺に理解はできても、他人に理解はできない。

 俺は多分、典型的な感覚型だ。

 あまりにも国語力が壊滅的すぎる。

 結構本は読んできたはずなんだがなぁ。

 ラノベしか読んでこなかったからなのか?


「……おっほん。とにかく、やってみよう。

 何の属性の魔術が使いたい?」

「属性って、なにがあるニャ?」

「火、水、風、土、雷の五つだ」

「ベルはどれを使うニャ?」

「一応、全部の属性は使えるけど、一番得意なのは雷だな。

 でも、簡単なのは火属性か水属性だ」

「じゃあ、水魔法がいいニャ」

「オーケー。じゃあ、目を閉じて、『(アクア)』と唱えてみよう」


 俺がそう言うと、リュミナは二回深呼吸をして、目を閉じた。

 俺が教えた構えのまま、五秒ほどの沈黙が流れる。

 そして、


「アクア!」


 元気のよい大きな声が、森に響いた。

 作業をしている大人も、走り回って遊んでいる子供も、一斉に俺達の方へ振り向いた。


「何も出ないニャ!」


 結果としては、何も起こらなかったが。

 最初からそう上手く行くわけはないわな。

 そう考えると、初回で感覚をつかんだライラは、異質だったんだな。

 今は本当に、俺を超える魔術師になっているかもしれない。


「何してるの? 二人とも」

「あ、エリーゼ。

 リュミナが魔術を使ってみたいと言うので、教えていたところです」

「ベル、教えるの下手っぴじゃない」

「どうしてそんなこと言うんですか」


 もっとどうにか、オブラートに包む方法あっただろ。

 さすがにヘコむな。

 将来、魔法学校で教師になる夢なんかを持っていたら、今この瞬間に挫折していただろう。


「リュミナ、魔術っていうのはね。感覚なのよ」

「?」

「ちょっとベル。通訳しなさいよ」

「あ、はい」


 人遣いが荒いお嬢様だなぁ。

 獣人語に翻訳してリュミナに伝えたものの、なおも「?」という顔で俺達を見てきた。

 教えるのが下手くそだなんて、エリーゼにだけは言われたくないんだが。


「構えとか魔力の流れとか、どうでもいいのよ。

 やりたいようにやればいいの」

「やりたい、ように……」


 そんな理論もクソもないアドバイスで、できるようになるわけないだろう。

 ほらな、お前だって人のことが言えないという事実に気づくぞ――


「できたニャ!」

「ほらね! あたしの方が先生に向いてるわ!」


 ……もう帰って寝る。

 ふて寝してやるんだからね! 

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