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空中転生 - 落ちこぼれニート、空の上でリスポーンしました -  作者: 蜂蜜
第4章 少年期 アラキア編

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間話「滅亡後のグレイス王国」

「……」


 鼠色の髪の女剣士は、廃れてしまった街に立っている。

 その腕にはまだ小さな金髪の幼女を抱いて、目の前に広がる光景を何となく見つめていた。


「お腹空いたよ、リベラ」

「……もう少し、我慢してくれ」

「うぅ。分かった」


 そう言いながら、幼女の頭を優しく撫でる。

 幼女を見る柔らかな表情は、再び目の前の光景を見ると一瞬で変わった。


 生暖かい風が、女剣士の体に吹き付ける。

 やけに、風通しがいい。


「大丈夫? ママ」

「……ああ。少し、昔のことを思い出してな」

「ふーん」

「ごめんな、アリス」


 ――アリス・パノヴァ。

 ルドルフ・パノヴァとロトア・パノヴァの実の娘であり、ベルの妹にあたる。


 そして、アリスを抱いているこの女剣士は、『剣王』リベラータ・アンデルだ。


 ――あの、転移災害の日。


 ベルとエリーゼとは別の馬に乗って、まだ二歳だったアリスを抱きながら、光に飲まれた。

 抱いたまま馬に乗っていたのが幸いして、二人は同じ場所に転移した。


 転移先は、中央大陸南東部。

 これもまた幸いなことに、グレイス王国の近くに転移したのだ。

 具体的に言えば、レルス王国第二都市、スクラル。


 そのスクラルの町で、リベラは約一年を過ごした。

 金なんてほとんどなかったが、肉体労働で必死に金を稼ぎ、何とか食いつないだ。

 まして、リベラはアリスの世話もしなければならない。

 まだ幼い幼女であるため、そこまで食費はかからなかったのが救いであったが。


 アリスが成長し、ある程度身の回りのことが自分でできるようになってからは、

 冒険者になって魔物を狩りつくし、また金を稼いだ。


 そんな生活を続けて一年弱。

 リベラは、故郷に帰ることを決意した。


「アヴァン……分かってはいたが、やっぱり辛いものだな」


 馬を借りて二か月ほど北上し、アヴァンに帰ってきた。


 人間なんて、一人もいない。

 いるはずも、ない。

 ここに住んでいた人も、観光に来ていた人も、全員世界のどこかに転移してしまったのだ。


 リベラはアリスを地面におろし、歩き出した。

 アリスはリベラの手を握り、それに一生懸命に着いていく。


 全ての建物が、ことごとく瓦礫の山となっている。

 見てわかる建物なんて、一つもない。


 リベラは長いことアヴァンに住んでいたため、大体の街の様子は覚えている。

 だが、どれを見ても何一つ、原形が分からない。


 口を噤んだまま、リベラはゆっくりと歩く。

 アリスは時々リベラの顔を覗き込むが、その表情の真意はまだ三歳のアリスには理解できなかった。


「――」


 リベラは足を止めた。

 鮮明に、記憶が蘇る。


 ここは、かつてグレイス王宮があった場所だ。

 剣神道場を出てから初めて、忠誠を誓った場所。


 最初は、あまりこの場所が好きではなかった。


 たまたま、夜中に襲われていたテペウスとエリーゼを助けて以来、

 やや強制的に王宮に仕えさせられた。


 グレイス国王・コーネルは、傲慢な人間だった。

 いつも命令口調で、よく癇癪を起こすし、扱いが雑だと何度も思った。

 それでも、同じく仕えていたメイドや、次期国王候補の王子達はいつも、リベラによくしてくれた。

 そうして、段々とグレイス家が好きになっていった。


 エリーゼに剣を教えることになった時は、正直面倒に思っていた。


 誰かに剣を教えるということは、道場にいた頃からやってはいた。

 だが、どうも自分には「人に教える」ということが向いていなかった。

 自分には簡単にできるのに、どうして教わっている側は出来ないのか。

 それが、全く理解できなかった。

 リベラは感覚型だった上に短気だったから、余計に向いていなかったのかもしれない。

 

 だが、リベラは根気強く教えた。

 苦手ながらも、教え方の本を買ってまで、熱心に指導をしていた。

 その結果、エリーゼを中級剣士にまで育てることができた。


「――ッ」


 少しでも記憶が蘇ると、芋づる式に蘇ってくる。


 そして同時に、エリーゼ達のことを想う。

 もう一年以上が経ったのだ。

 未だに音沙汰がないから、もしかすると……なんてことを、何度も考えた。


 でも、リベラは信じている。

 どこかで皆、生きているということを。

 二度と会えないかもしれなくても、無事に生きていてくれれば、それでいい。

 願わくば再会したいが、彼女は多くは望んではいない。


 長居すると、かつての記憶にやられてしまう。

 そう思ったリベラは踵を返して、来た道を戻り始めた。


「リベラ?」

「アリス。今から、お前の生まれた村に行くぞ」

「生まれた村?」

「ああ。ラニカ村だ」


---


 半日ほど馬で歩くと、ラニカ村に到着した。


 道中で、見覚えのある道を通った。

 一年前、転移隕石の光に飲まれた時に。必死に逃げていた道だ。

 思い出したくもないが、よく覚えている。


 そして、ラニカ村の景色も変わり果てていた。

 アヴァン同様、建物なんて一つもない。


 だが、アヴァンとは違う点が一つだけあった。


「リベラ、人がいるよ」

「……ああ」


 (まば)らではあるが、人間がいた。

 テントがいくつか張られており、生活の気配がする。

 馬から降りて、アリスを抱きかかえる。


 片手で馬を手綱で引きながら、もう片手でアリスの手を引きながら、リベラは歩く。

 かつての活気などどこにも垣間見えることがなく、全体的に閑散としている。


 歩いていると、テントの中でも特に大きめの、赤いテントが目に入った。


「こんにちは」

「ああ、こんにちは。ここは?」

「転移災害の被災者たちの、難民キャンプです」

「難民、キャンプ……」


 その後テントの中にいた女性は、こう説明した。


 転移災害で世界各地に飛ばされた村民の中でも、十数人ではあるが帰還した者がいた。

 その十数人でテントを張り、繋ぎではあるもののここラニカの地で生活することとなった。

 今でも、リベラとアリスのように帰郷する者がたまに現れるという。


「そうか……これは?」

「行方不明者のリストです。

 ここには、アヴァンの方の名前も多くあります」

「――!」


 リベラは、食いつくようにしてそのリストに目を通す。

 探す名前は、たくさんある。

 その中でも、リベラはエリーゼの名前を探した。


「この、線が引かれているのはどういう意味なんだ?」

「生存が確認された方の名前には、こうして線を引いています」

「……なるほど」


 一つ一つの名前に目を通す。

 知らない名前ばかりだが、時々見覚えのある名前もある。


「――」


 目を凝らして名前を探すリベラの目に、二つの名前が入った。


 ルドルフの名前と、ロトアの名前があったのだ。


「アリス。お前の母親と父親の名前だ」

「ママと、パパ? 全然読めない」


 アリスは、まだ字の読み書きができない。

 生きていくのに精いっぱいで、読み書きの勉強などしている余裕なんてなかったのだ。


 二人の名前には、どちらにも線が引かれていない。

 つまり、未だに行方が分かっていないということになる。


 再び目を凝らして、名前を探す。


「――!」


 リベラは見つけた。


 ――エリーゼ・グレイス。

 彼女の名前にもまた、線は引かれていない。

 まだ、生存している可能性も、そして死亡している可能性も残されている。


 そしてそのすぐ下に、ベルの名前もあった。

 これも、線が引かれていることはなかった。


 その後、続けて行方不明者のリストを探しても、エリーゼの家族の名前は見当たらなかった。

 リベラは覚悟を決めて、死亡者リストに目を向けた。


 ――その姓は、一番上に並んでいた。


「コーネル様……!」


 コーネル・グレイス。

 リディア・グレイス。

 ジェラルド・グレイス。

 パーヴェル・グレイス。

 

 エリーゼの家族は、四人の死亡が確認されていた。


「王族の方々は、運悪く紛争地域に転移してしまったとお聞きしました。

 そこで、戦火に焼かれてお亡くなりになったそうです」

「それは、誰から聞いた?」

「テペウス様です」

「テペウスは、生きているのか!?」

「はい。行方不明者リストの名前に、線を引いてあるはずですが……」


 リベラはもう一度、リストを見た。

 そこに、線が引かれたテペウスの名前があった。

 見落としていたようだ。


「もちろん、これから死亡者リストに名前が増えることもあるだろうな」

「はい。一人でも多くの生還を祈っております」

「……そうだな」


 リベラは頷いて、アリスの顔を見る。

 アリスは心配そうに、リベラを見つめていた。


「心配するな、アリス。

 きっと、お前の家族は皆無事だ」

「……うん」


 リベラはアリスの頭を撫でて、抱きしめた。

 アリスに抱きしめ返されてたリベラは、肩を震わせて泣いた。


「――リベラータ」

「――! テペウス!」

「テペウス様!?」


 抱き合う二人の背後に、テペウスが現れた。

 テントの中にいる女性とリベラは思わず大きな声を上げて、勢いよく立ち上がった。


「生きていたのか……!」

「うん、何とかね。

 本当に、今度こそ死ぬかと思ったけど」

「テペウスも、紛争地域に転移したのか?」

「そうだよ。僕は何とか生き延びたけど、父上も母上も兄妹も、皆死んでしまった」


 テペウスは、目を伏せてそう言った。


「その子は?」

「ルドルフとロトアの娘の、アリスだ」

「そうか。こんにちは、アリス」

「こ、こんにちは」

「ちゃんと挨拶ができるのか。偉い子だね。

 ところでリベラ、君の話を聞かせてくれないかな」

「ああ。分かった」


 リベラは、過ごした一年を事細かに話した。


「なるほど……本当に、よく生きて帰って来たね。

 それもこんな小さな子を連れて」

「テペウスは、いつ帰って来たんだ?」

「ついさっきだよ。君と大体同じタイミングだと思う」

「そうか」


 テペウスが転移したのは、中央大陸の中心部、ヤルダという街の郊外だった。

 中央大陸の中心部は紛争がかなり激しく、旅行客や旅人はそこを通ることはまずない。

 その中でも最も激しい紛争が起こっているヤルダに、グレイス家の家族は皆転移した。


 そしてそこで、テペウス以外の家族は命を落とした。

 遺骨すら、持って帰ることができなかった。


「片方腕がないのに、よく生きていたな」

「本当だよ。正直、自分でも生きているという実感がまだ湧かないよ」


 テペウスは軽く笑った。

 片腕がないというハンデを背負いながら、テペウスは生き延びて、ラニカまで帰って来たのだ。

 リベラは、改めてこの人間の凄さを実感した。


「アヴァンには行ったのか?」

「いいや、まだ行っていないよ。

 でも、もう行かないかな」

「何故だ? お前の故郷だろう?」

「……故郷、だからだよ」

「――」


 リベラは、やってしまったという顔をした。


 自分が生まれ育った街だからこそ、テペウスは、アヴァンの惨状を見たくないのだ。


「これから、どうするんだ?」

「僕はここに残って、しばらくテント生活をするよ」

「いいのか?」

「どこにも、行くあてなんてないしね」

「……それはそうか。なら、アタシもここに残るよ」

「それが、一番得策かもしれないね。

 きっと、無事な人はいずれこの地に戻ってくるはずだ」

「そうだな」


 テペウスとリベラは、そう言って互いに笑った。

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