第二十九話「出発」
夜が明けた。
魔眼に全然慣れなくて、ほとんど眠れなかった。
ずっと目がゴロゴロしている感じがして、気持ち悪かった。
でも目が覚めると、不思議と昨日よりは違和感がなくなった。
思っていたよりも早く慣れそうで良かった。
起床後、俺はすぐに全員にこの目のことを報告した。
『月神』ルナディアと会って『月蝕眼』という魔眼を貰ったと、
単刀直入に事実を伝えた。
だって、他に言いようがないし。
別に包み隠すことはないと思うし。
「『月神』か。まさかこんなところにいたとは」
ランスロットは大層驚いた。
やっぱり、ルナディアってレアキャラだったのかな。
「わたしの右目と同じ色になったね」
確かに。
エルシアの右目とよく似ている色になった。
「ズルいわ! あたしも魔眼が欲しい!」
ははは、いいだろう。
でも、めちゃくちゃ痛い思いをしなきゃ貰えないんだぞ。
俺は別に魔眼が欲しいとは言わなかったのに、
半強制的に眼球を引っこ抜かれて埋め込まれた。
……あいつ、やってることかなりやばいよな。
そういえば、俺の眼球はどこに行ったんだろうか。
コレクションとかしてたりしたら、本気でドン引きするぞ。
喋ってた感じ変人の片鱗は見えてたし、割とあり得るのが恐ろしい。
「何でこんな街にいたんでしょうか」
「ここは、ルナディアが生まれ育った故郷だ。
だから、湖の名前に使われているのだろう」
やはり、思っていた通りだったか。
こんな辺鄙な街で生まれ育ったのか。
ここの住民は誇らしいだろうな。
「だが、『月神』は神出鬼没だと聞いたことがある。
何年も現れていないと言われていたしな」
「じゃあ、ベルは相当ラッキーだったわけだ。
いいなあ」
眼球穿り出されましたけどね。
今まで経験した痛みの中で一番痛かったかもしれない。
「あたしも会ってみたいわ!」
「まだ街にいればいいですね」
いや、気づいた時には目の前から消えてたし、その可能性は薄そうだな。
もしもう一度で会えたら、魔眼の感想を聞かせて欲しいとは言ってたが……。
神出鬼没なら、二度と会えないと思っておいたほうがいいな。
「ベルにはもう話したんだが、今後のことを二人にも説明しておかねばならん」
そう言って、ランスロットは昨晩俺に話した今後の予定を話し始めた。
「……ひと月分って、そんなにあの馬車に乗るかな?」
「お前達の荷物にも、入るだけ詰め込むつもりだ」
「『つもりだ』って……何で勝手に決めちゃってんのよ」
「そうしなければ、お前達の飯が減るだけだぞ」
「それは嫌! 好きなだけ詰め込みなさい!」
最近、エリーゼは食欲が凄まじい。
ミリアにいた頃から、バクバクと飯をかき込んでいた。
やはり、成長期だからお腹が空くのだろう。
いい体に成長してください。
俺ももう少し大きくなったら、食欲が凄いことになるのだろうか。
俺の場合、食欲と睡眠欲じゃない方の三大欲求が大きくなりそうだが。
---
「つ、疲れたわ……」
かなりの量を買い込んだ。
ひと月分どころか、一生分ありそうな気さえする。
これがひと月後には、空になってるのかもしれないのか。
多分、エリーゼがたくさん食べるからな。
俺はそんなに食べられないし、ランスロットは自分はいいと言い出すだろう。
エルシアは見た目からして大食いだから、そこらへんで均衡は取れてるのか。
「じゃあ、行くか」
「はい」
予定では、買い込んだ後にすぐ出発する予定だったんだが、
思ったよりも時間がかかってしまった。
だから、出発は明日に延びた。
これから、少しだけだが観光をすることになった。
エリーゼがルナディア湖に行きたいと言い出したので、最後にそこに行く。
それまでは、適当に散策だ。
「綺麗な街だよね、リンド」
「観光地になるというのも、頷けるな」
昼間とはまた違った景観になるな。
個人的には、夜の景色の方が好きだ。
この街に限らず、街の景観というのは夜になった時に際立つ。
「そういえば、このパーティのランクってどのくらいなの?」
「あ、忘れてたわ」
「確かに、俺も最近は気にしたことがなかった」
うわ、そんな制度あったな。
俺も全く気にしていなかった。
確か、最後に確認した時はB級のパーティだったはず。
結構長い間確認していないから、A級くらいにはなってるかもしれない。
もしかしたら、S級パーティになってたりしてな。
「確認しに、冒険者ギルドに行ってみますか」
「賛成!」
「わたしも知りたいから賛成!」
「なら、ギルドに行ってみるか」
ギルドは、24時間営業だ。
受付嬢が交代交代でカウンターに立っている。
そういえば、ハズレの受付嬢とか見たことがないな。
皆可愛いし、スタイルがいい。
ス○バみたいな感じで顔採用とかあるのか。
そんなのがあるかは知らないが。
俺達は少し歩き、ギルドに到着した。
流石は観光地の冒険者ギルド。
綺麗な外観だ。
扉を開けると、受付嬢がこちらに気づいて笑顔で会釈してくれた。
可愛いなぁ、やっぱり。
受付嬢と結婚したい。
将来、エリーゼも受付嬢とかになってくれないかな。
……いや、ダメだ。
聞いた話ではあるが、受付嬢って割と冒険者に襲われたりするらしい。
襲われるというのは、まあそういう意味だ。
退勤後に路地裏で男だけのパーティに囲まれて、そのまま為す術なく、みたいな感じで。
エリーゼがそんなことになったら、なんて考えたくもない。
俺は寝○られ趣味なんて持ち合わせていないからな。
てかそもそも、エリーゼは受付嬢よりも冒険者側か。
受付嬢と結婚するという夢は、たった今潰えた。
「こんばんは。どのようなご用件ですか?」
「俺達の、今のパーティランクを確認したい」
「かしこまりました。
パーティのカードはございますか?」
「はい、あります」
俺はローブのポケットから、パーティカードを取り出した。
そして、カウンターに提示した。
「少々お待ちください」
そう言って、受付嬢は裏に引っ込んでいった。
どうやら、確認には五分ほどかかるらしい。
ここでじっとしているのも退屈だな。
掲示板でも覗いてみるか。
「こんなに夜遅いのに、依頼を受けるパーティとかいるんですかね」
「結構いるみたいだよ。夜は報酬が跳ね上がるからね」
「え、そうなんですか?」
「夜は魔物が多いから、危険度が増す。
俺達もそろそろ、夜の依頼を受けてもいいかもしれんな」
そんな、パートの時給みたいな感じなのか。
夜間の勤務はプラス200円、みたいな。
働いたことがないからあんまり分からないが。
ルナディアによると、夜になると魔力が増大するらしいし、
夜の戦闘をやってみたい自分もいる。
あ、夜の戦闘って別に変な意味じゃないぞ。
ちなみに、俺の魔力最大量はまだ分からない。
でも、聖級魔術を使っても大丈夫だったし、普通の魔術師よりはあるのかもな。
初めて成功した時は、それまでの消耗もあって倒れてしまったが。
「どうする? 今からでも受ける?」
「今日は疲れたから動けないわ」
「僕もちょっとしんどいです」
「子供にはしんどかったかー」
「俺もしんどいんだが」
「老人にもしんどかったかー」
おい、ランスロットは老人じゃないぞ。
いや、もうすぐ180歳だから老人どころじゃないのか?
単純計算で、人生を二周しているってことだろ。
それに関しては俺もそうだけど。
「寄り道しない間にも、冒険者活動はするのかしら」
「いや、今後一か月はひたすら進むぞ」
「街に寄らないとギルドに寄れないので、換金できないですしね」
「あ、そっか」
任務とは別に、魔物とは出会うだろうがな。
馬車を守りながら戦わなきゃならないから、いつもよりも大変かもしれない。
馬車が壊されたら、一巻の終わりだ。
移動方法も食料もなくなってしまったら、いよいよまずいことになる。
この辺りの魔物は、天大陸に比べれば弱い。
だが当然、手こずる魔物もいる。
例えば、エルシアが苦手なカエルの魔物とかな。
あいつには物理攻撃が効かないから、まともに攻撃を入れられるのは俺の魔術しかない。
それも、体が粘液で湿ってるから、大体の属性の魔法が効かない。
その代わり、最近多用している雷魔法はよく通るから助かっているが。
「確認が終わりました」
「ランクは何だったの?」
「『碧き雷光』は、B級パーティです」
あれ。
相当な数の依頼をこなしたはずなんだけどな。
B級まではすんなり上がれたけど、そこからは進んでいないってことか。
「何でよ! たくさん依頼をクリアしたじゃない!」
「B級からA級に上がるには、莫大な数の依頼をクリアする必要があります。
もちろん、A級からS級に上がるときも同様です」
「後どのくらいでA級に上がれるのかは、分からないのか?」
「残り三分の一ほどで、A級に必要な経験値に達しますね」
「じゃあ、もうちょっとってことね!
……よね?」
そうか。
エリーゼは算数ができないんだった。
とりあえず頷いたが、実際はそこまでもう少しって感じではなさそうだ。
ここまでこなしてきた以来の数は、かなり積み上げてきたはず。
それでまだ三分の二程度なら、まだまだかかりそうだな。
ラニカに着く前にA級になれたらラッキーくらいに思っておこう。
まあ、そんなにランクは気にしていないから正直どうでもいいが。
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宿に戻り、トイレに行ってから部屋に戻ると、何故かエリーゼが居た。
いつもに増して薄い寝間着を着ている。
もはや下着だろ、これ。
「どうしたんですか、エリーゼ。
明日の出発も朝早いので、早く寝ないと寝坊しますよ。
ただでさえエリーゼは寝坊助なんですから」
「う、うっさいわね。
寝る子は育つって言うでしょ。
こっちにいらっしゃい」
エリーゼは顔を赤くしてそっぽを向いた。
おやおや、髪の色と頬の色が随分と似ているぞ。
「ねえ、ベル」
「はい」
「……セッ○スって、知ってる?」
「セッ……!?」
な、何だ急に。
エリーゼの口から出る下ネタは、レベルの低いものばかりだったのに。
こんなに高度なモノを、どこで覚えてきたんだ。
「し、知らないです」
ここは、一旦泳がせてみよう。
「じゃあ、教えてあげるわ」
そ、そりゃ一体どんな意味で!?
いかんいかん、冷静になるのだ。
エリーゼとて思春期真っ盛りの女の子。
そういうことに興味が出てきてもおかしくはない年齢だ。
前世でいうと、中学一年生の歳。
中一の時なんか、普通に人前で下ネタを連呼していたレベルだったな。
今思うと非常に恥ずかしい。
「セッ○スっていうのはね、愛し合ってる男女がするものなのよ。
ハグとかキスとかよりも、もっと楽しいことなんですって」
「へ、へぇ……」
「男の人のチ○チ○と、女の人の……」
いやぁぁぁぁぁぁ!
エリーゼの口から具体的なやり方の説明なんて受けたくない!
思いっきり耳を塞いで目も閉じているが、エリーゼはペラペラと話し続けている。
ど、どんなことを言っているんだろうか。
「それで、場合によっては赤ちゃんが出来ることも――」
「やめてください! これ以上は!」
「どうして逃げるのよ!
いつも勉強を教わってたから、お返しに教えてあげてるのに!」
「余計なお世話ですよ! 返すならもっと別の形でお願いします!
ちょっと、離してくださいよ!」
ちょ、力強!
13歳の女の子とは思えない力で、俺は握られている。
「た、助けて誰……んむぅっ!?」
「静かにして! 皆起きちゃうでしょ!」
「んー! んー!」
キスされているわけではない。
手で口を覆われているだけだ。
何て力していやがんだこの娘は。
やってることレ○プ魔と同じだぞ!
「今から、どうやってやるのかをもう一回だけ教えてあげるわ!」
「じゃあ何で僕のことを押し倒してるんですか!」
「ヤるのよ! 今、ここで!」
「!?」
おい、それって……。
エリーゼと、今ここで?
これは、そういうことでいいんだよな?
もう、流れに身を任せてしまえば、エリーゼと……。
――いやいやいやいや!
百歩譲って、エリーゼはいいかもしれない。
……俺、まだ10歳だぞ?
息子は全く成熟していないし、毛の一本も生えていない。
おね○ョタ系の○ョタ側って、何であんなにデカいんだろうか。
いや、そんなことは今はどうでもよくてだな。
「まだ、心の準備がっ……」
「あたしは準備万端よ!」
「第一、愛し合っている二人がするものなら、僕達はまだしたらダメじゃないですか!」
「えっ……」
俺に馬乗りになりかけたエリーゼの動きが止まった。
まずい、これは言っちゃダメだったか。
「……た、確かに。
あたし達、まだそんな関係じゃないわよね」
「そ、そうですよ。
将来、もし愛し合うなんてことがあれば、僕は喜んで付き合いますよ」
「本当!?
……じゃなくて、その、あの……」
エリーゼは焦っているのか、さっきよりも顔が赤い。
いや、そういう気分になって汗ばんでいるのかもしれない。
「ごめんなさい、ベル」
え?
振られた?
「確かに、ベルはまだ小さな子供だったわ。
あたし、何言ってるんでしょうね」
「……」
「べ、ベルがもう少し大きくなったら、その時は、その……か、考えておくわね!」
そこまで来てツンデレ発動かよ。
そのままデレを貫き通してくれよ。
「じゃ、じゃあ寝るわね。
おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
---
翌日。
いつもは朝早くに出発していたが、今日は珍しく昼頃の出発となった。
ランスロットによると、「ゆっくり寝られる最後の日だから」らしい。
そうか、これからは代わる代わる見張りをしながら旅をしなきゃならないのか。
ああ、考えただけで鬱になりそうだ。
それにしても、昨日の夜のエリーゼは凄かったな。
本当にエリーゼだったのか疑うレベルだ。
それはそれとして、何か体調が悪いな。
馬車のちょっとした揺れで「うっ」ってなる。
「あの、エリーゼ……おはようございます」
「あら、おはよう。今日は珍しく、夜のうちに荷造りを済ませておいたのよ。
偉いでしょ」
「え? 夜のうちに?」
「そうよ」
あれ。
おかしいぞ。
「夜は、僕の部屋に居ませんでした?」
「何言ってるの? 昨日はずっと自分の部屋に居たわよ?
夢でも見てたんじゃないの?」
え?
じゃあ昨日のは何だったんだ?
まさか、夢オチなんて言わないよな。
「そういえば昨日の晩、街にサキュバスが出たって騒いでたよね」
「ああ」
「さ、サキュバス?」
「男の人が寝ている時に術をかけて、エッチな夢を見せるってやつね。
最悪の場合、術をかけられた人が死んじゃうこともあるんだって」
いや、それは熟知していますけども。
ということは、俺はサキュバスに精気を吸い取られていたってことなのか?
だから体調が悪いってこと?
「ベル、もしかしてサキュバスにやられたの?」
「いっ、いえいえいえいえ!
そもそも、全く記憶がないですし……」
「どんな夢を見たのだ?」
「確か、あたしがベルの部屋に居た、みたいなこと言ってたわよね」
「――」
……まずい。
これ、どうすんだ。
説明しても、説明せずに隠してもまずい。
「あのー、そのー、ええっとですね――」
「ははーん。さては、エリーゼちゃんと変なことした夢でも見たな?」
「えっ」
「違います違います違います違います」
自分でもびっくりするほどの早口で否定した。
お前、覚えとけよエルシア。
カエルに襲われた時に助けてやらないからな。
「え、エリーゼ? これは違くてですね。
僕は決して、そんな夢を見るつもりなんてサラサラなかったわけで、
エリーゼに対してそんな邪な気持ちなんて微塵も――」
「最低!」
「ぶっ!」
ぶたれた。
盛大にぶたれた。
加減を知らないだろ、こいつ!
めちゃくちゃ痛い!
……さて、昨晩のことなんてきっぱり忘れて、別のことを考えて気を紛らわせよう。
魔眼には、だいぶ慣れてきた。
視界がぼやけるなんてこともほとんどなくなり、普通に俺の目として機能している。
夜に戦うのが、今から楽しみだ。
そういえば、月の出ている夜に魔力が増大するなんて言ってたな。
ということは、新月みたいな月が出ていない夜は何も起こらないってことなのだろうか。
なんか、サ○ヤ人になった気分だ。
「――テメェ! 舐めたこと言ってんじゃねぇぞ!」
何だ何だ。
昼間から物騒な怒号が聞こえた。
あの店の感じは、多分酒場だろうな。
将来大人になっても、酒場で昼間から飲んだくれるような大人にはなりたくない。
……あの声、どこかで聞いたことがあるような気がする。
なんて思っていると、声の主らしき男が酒場の扉を勢いよく開けて出てきた。
これまた、見たことがある黒髪の男だな。
顔までは、見えなかったが。




