第二十八話「『月神』ルナディア」
翌朝。
ランスロットが早めに起きて、馬を借りてきてくれた。
「忘れ物はないか?」
「わたしは大丈夫」
「僕も大丈夫です」
「ちょっと待ってー!」
エリーゼはドタバタと準備をしている。
どうして昨日のうちにやっておかないんだか。
良くも悪くもマイペースなとこあるからな。
持ち物としては、そこまで多いわけではない。
各々の武器と衣類、そしてランスロットにはお金を預けている。
数か月間冒険者活動を頑張ったから、割とお金は貯まった。
最初はお金を稼ぐ方法がなくて焦っていたが、何とかなった。
「待たせたわね。
あ、ちょっと待って!
剣を忘れてきたわ!」
「朝から忙しい奴だな……」
ようやく準備完了かと思ったが、またドタバタし始めた。
昨日、テペウスとの思い出がどうとか言ってた割には忘れてんじゃねえか。
次の街で新調することを決めたらしいが、元々持っているあの剣はどうするつもりなのだろうか。
エルシアの言う通り、腰に提げたままにするつもりか。
いざという時にもう一本あったら便利かもな。
普段は邪魔になるだろうけど。
「よし、今度こそお待たせ」
「本当に大丈夫なら、出発するぞ」
杖も背負ってるし、衣類やら非常食やらを入れたリュックサックも持った。
いよいよ、再出発だ。
「――おーい! ベル!」
「あっ! 皆さん!」
馬車に乗り込んでいる途中、俺を呼ぶ三つの声が聞こえた。
振り返って見ると、ダリア達が走ってきていた。
「はぁ……はぁ……!
ごめんな、遅くなっちまって」
「いえいえ、とんでもないです!
来てくれただけで嬉しいですよ」
正直、忘れられているのかと思っていた。
ギリギリだったが、来てくれてよかった。
「誰よこの人達」
「僕がミリア監獄に収監されてた時に出来た友達です。
この人達のおかげで、今の僕が生きているとも言えますね」
「アンタ、それは大袈裟だって!」
「ワハハハ」と激しく俺の背中を叩くダリア。
痛い痛い。
ちょっと強すぎるかも。
あの場で冷静でいられたのも、この三人が居たからだと思う。
何度でも言うが、この三人に出会えて良かった……痛い痛い痛い!
「久しいな、ゾルト、ダリア」
「本当に、勝っちまったんだな。
正直オレ、お前じゃ勝てないかもしれないって思ってたんだ」
「厳しい戦いだった。
だが、お前とダリアを守らなければならないという気持ちが、俺を突き動かしてくれた。
感謝したい」
「ダリアは怪我しただけだし、オレは逃げただけだけどな」
ランスロットとゾルトは仲睦まじい姿を見せる。
ダリアも俺の横で、二人の様子を見て微笑んでいる。
そうか。
ランスロットは、この二人を逃がすために戦ったんだったな。
ランスロットが『天王』に勝ったからこそ、俺もこの三人との再会が叶ったのだ。
「お前が、ランスロットか。
本当にありがとう。お前のおかげで、私も命拾いをした」
「気にするな。無事に、二人と合流できたのだな」
何か、ゾルト達がランスロットと話しているこの状況、違和感が凄い。
仮にも、この三人は盗賊だ。
悪は絶対に許さないランスロットが悪い奴らと仲良くしているというこの図が、何だか面白い。
「話したいことは山ほどあるが、そろそろ出発しなければならん」
「ああ。最後に話せただけで満足だ」
ゾルトは白い歯を見せて笑う。
ダリアも俺から離れて、ゾルトとシェインの元へ戻った。
何だか、寂しいな。
十か月もミリアにいたんだから、思い入れは深めだ。
長さで言えば、ラニカ村の次に長くいた街だったな。
「そんじゃ、またな」
「恋しくなったら、いつでもアタイらの所に帰って来い!」
「必ず、無事に故郷に帰るんだぞ」
「ありがとうございます、皆さん。
またいつか会えた時には、ご飯でも奢らせてください!」
俺達は馬車に乗り込み、ゾルト達に別れを告げた。
馬車が動き出し、三人の姿がどんどん小さくなっていく。
……やっぱり、別れってどうしても寂しいものだな。
胸にぽっかりと穴が空いたこの感覚は、何度も味わいたいとは思わない。
「永遠の別れではないのだ。
またきっといつか、どこかで会える日が来るだろう」
「……そうですね」
あいつらは、ミリアに永住すると言っていた。
だから、会うならまたミリアでだな。
――その時には、ミリアはかつての姿を取り戻しているといいな。
---
「そこまで遠くないんじゃないかな」
「大体三日だな」
「じゃあ近いわね」
近くはないと思うが。
今までが今までだから、感覚が狂ってしまっている。
三日かぁ……また野宿だろうな。
気持ちよく寝ているのに、見張りのために起こされた時のあの気持ち。
ストレスフル以外のなんでもない。
そこら中に魔物がうじゃうじゃしているってわけでもないが、
何があるか分からないからな。
寝ている時が一番無防備だから、お互いにカバーし合うのが重要だ。
「次の街は、リンドという街だ」
「どんな街なの?
また変なトラブルに巻き込まれたりしないでしょうね?」
「それは俺にも分からん」
「リンドは、観光地で有名な街だよ。
特に、『ルナディア湖』って名前の湖が有名かな」
「ルナディアって、どこかで聞いたことあるわ……」
「『七神』の第七位、『月神』ルナディアの名前をそのまま取っている」
月神……そんな名前だったのか。
めちゃくちゃ二つ名に合っていていい名前だな。
ニュアンス的に女の人だろうか。
『月神』の名前をもじったということは、
リンドの街は『月神』と何か関係があるのだろうか。
無許可で名前を使ったら怒られそうだし、きっとそうだろう。
「ルナディアって、今も生きてるんですか?」
「どこで何をしているのかは不明だが、死んだという情報は一切出回っていない」
「『七神』に数えられるくらいだから、きっと強いんでしょうね」
「何かの本で読んだことがあるんだよね。
確か、剣術を使うんだけど、『月剣』ってのを使って戦うらしいよ」
「何よそれ」
「ほら、剣術には四つ、属性があるでしょ?
そのどの属性でもない、五つ目の属性の剣術を使うんだって」
「チートじゃないですか」
「ちーと? って何よ」
「ええと……ズルいって意味です」
そうか、この世界だとチートって言葉は通じないのか。
理不尽なことを何でも済ませられる便利な言葉なのに。
まあ、世界で一番強い七人ともなると、そういうオリジナル技があるんだろうな。
響きだけでもめっちゃ強そうなんだが。
厨二心をくすぐられるぜ。
「それで、リンドにはどのくらい滞在するんですか?」
「大体、二週間くらいだな」
「そんなに居るの?
思ったよりゆっくりした旅なんだね」
「旅の途中で資金が足りなくならないように、余裕をもって滞在期間を長めに設定してるんですよ」
「なるほど……長旅って思ったよりも深いんだね」
旅をするなら、長い目で見ないとな。
考えなしにどんどん進んでも、どこかで必ず躓く。
それにしても、この辺りは何もないな。
見渡す限り草原、草原、草原。
目に優しい場所で助かる。
こうして馬車に揺られるのも、かなり久しぶりだ。
最後に乗ってから、もう一年以上経つのか。
時の流れって早すぎやしないか。
……もう、一年経ったのか。
なんてことを、最近はふとした時に考えてしまう。
ルドルフとロトア。
今頃、どうしているだろうか。
あの二人に限って死ぬなんてことはないだろうが、
転移後に置かれた環境がどんなものなのかが分からない以上、生きているとも言い切れない。
それに、リベラとアリス。
アリスも、もう三歳になったはずだ。
リベラと一緒に転移したはずだから、ひとまずは安心できる。
アリスは、もう離乳食を卒業して、普通の食べ物を食べているだろう。
おしゃべりも上手になってるだろうなぁ。
……俺のこと、覚えてるかなぁ。
グレイス家の人達も、ほぼ確実に全員別々の所に飛ばされたはずだ。
生きているといいが……。
これもまた、どうなっているかは分からない。
それもこれも全部、ラニカに戻ってからだ。
ミリアに長期間滞在した分を取り返すために、なるべく急ぎたい。
「一つ、提案があるわ」
「何だ?」
エリーゼが突然、手を挙げて発言した。
エリーゼから意見を言うなんて珍しいな。
今晩の天気は荒れるぞ。
「あたし達は、ミリアでかなりの時間をロスしたわ。
だから、あんまりゆっくりはしていられないと思うのよね」
おっと。
俺が考えていたことをそっくりそのまま口にしてくれた。
やっぱり、もう心と心が通じ合っている関係になってしまったのね。
「リンドに滞在するのは、一日だけにしましょう」
「――」
そこまで極端だとは思わなかった。
三日かけてリンドに行って、滞在するのは一日だけ。
流石にそれは……。
「なるほど。いいだろう」
「えっ、いいんですか?」
「ミリアにいた間に、十分な金は稼いだ。
これだけあれば、一気に大陸の中心部まで行けるだろう。
御者、少し……というか、かなり長い期間の旅になるが、大丈夫か?」
「報酬次第です」
「後で休憩をする時に見せてやる。
それで納得がいったら、頼めるか?」
「承知いたしました」
何か、成り行きで決まった。
エルシアと俺は呆然としている。
まあ確かに、エリーゼの言うことにも一理あるな。
エリーゼの言葉通り、あまり悠長にしている時間はない。
一刻も早くラニカに戻って、ルドルフとロトアを捜すべきだ。
場所的には、まだデュシス大陸の南端。
ここから北上して更に東に行くとなると、かなりの時間を要する。
ちなみに、ここから真っ直ぐデュシス大陸の東端の港まで突っ切る方法もあるにはあるんだが、
あまりにも道のりが危険すぎるらしい。
ボレアス大陸にある『飛龍山脈』にも引けを取らない危険度を誇る、『地龍山脈』がある。
この「地龍」は、乗ったことのある「地竜」とはまた別物だ。
分かりやすく言えば、
魔物であるのが「地龍」で、動物なのが「地竜」って感じか。
所要時間重視で行くならその山脈を通ってもいいが、
全滅する可能性が高いらしい。
なら、回り道するしかないってわけだ。
死んだら元も子もないからな。
---
三日後。
無事、リンドに到着した。
いや、無事ではないか。
二日目だっただろうか。
もはやもう見慣れてしまったカエルの魔物が、エルシアの寝込みを襲おうとした。
その時の見張りは俺だったんだが、うっかり居眠りをしてしまっていた。
ランスロットが気づいてくれなければ、どうなっていたことやら。
今日は、エルシアは丸一日口をきいてくれなかった。
御者はどうやら報酬の額に納得してくれたらしい。
そしてなんと、馬車を丸ごと譲ってくれた。
ランスロットは俺達の事情を話したらしく、
御者が半分の値段で馬車を売ってくれた。
なんていい人なんだ。
たっぷりとお金が残った俺達は、贅沢に一人一部屋の宿をとった。
まあ滞在するのは一日だけだしな。
エリーゼは少しだけ駄々をこねたが、渋々頷いてくれた。
普通に部屋に来ればいいのに。
現在はもう、月が天高く昇っている時間帯だ。
さて、ナニをしよう。なんつって。
……凄くデジャヴュを感じた。
目が覚めたらまた赤ん坊になって空から落ちるとかないよな。
第一、俺の息子はまだ育っていない。
せいぜい10歳のモノだ。
まだ毛も生えそろっていないケツの青いガキだ。
何故か分からないが、中々眠れない。
外に出て、街を散策してみようか。
……またデジャヴュを感じた。
衛兵に捕らえられて投獄されそうだ。
「ベル。少しいいか」
「ランスロットさん? どうぞ」
ドアを二回ノックして、ランスロットが部屋に入ってきた。
毎度のことながら、武装していないランスロットを見るのは新鮮で面白い。
「どうかしましたか?」
「今後の展望だ」
「なるほど」
他の二人には、まだ話していないらしい。
というか、もう寝てしまったから話せなかったとのこと。
「明日、ひと月分の食料を買い込んで、馬車に積む」
「ひと月!?」
「エリーゼに言われて、気が付いたのだ。
ミリアの復興活動に費やした十か月は決して無駄ではなかったが、
その分お前たちを送り届けるのが遅れてしまったのも事実だ。
だから、これからは急ピッチで旅をすることにした」
「なるほど」
「明日出発してからは、一か月はどの集落にも寄らずに大陸中心部まで行く。
まあ、何かあれば寄ることもあるかもしれないがな」
実質一か月、馬車に乗りっぱなしってことか。
大体馬車の速度は時速50キロくらいだ。
一か月走り続ければかなり進めるだろう。
馬車ごと譲ってくれたから御者の負担もなくなったし。
「一か月進んだ後は、どこかの街に寄るんですか?」
「街というか、森だな」
「森、ですか」
「獣族の森だ」
獣族の森っていうと、犬系獣族だな。
猫系の獣族はボレアス大陸にいるから、接触する機会はないかもな。
犬の方が好きだからちょっと嬉しいかも。
それに、勉強してきた獣人語を試してみるいい機会だ。
実はコツコツ勉強していたから、大体話せるようになった。
流石に、竜人語との両立は大変だったな。
「懸念すべきは、雨季と被らないかだな」
「雨季? もう少し遅いはずでは?」
「この辺りの雨季は早いのだ。
早い所だと、もう二週間ほどしたら雨季に入る所もある」
どうやらここは、俺の常識が通用しない大陸らしい。
だが、雨季と被ったら何がまずいんだろうか。
雨が降るだけじゃないのか?
「雨季になると、それはもう雨がよく降る。
すると、洪水が発生する。
これが厄介なのだ」
「そんなに大洪水になるんですか?」
「森の下の方は全て水に飲まれるからな」
「やばいじゃないですか!」
「だから、獣族は水が上がってこない高さに家を作って暮らしているのだ。
地面にそのまま家を建てれば、一年もしないうちに流されてしまう」
水害はもう懲り懲りだ。
家が流されるとかいう言葉をもう耳にしたくない。
やっぱり、民族によって文化が違うというのは面白いものだな。
その環境に適応するために工夫を凝らしているんだから、立派なもんだ。
「ランスロットさんは、獣人語が話せるんですか?」
「ああ、話せる」
マジかよ。
獣人語は人間語に近い、方言のようなものだと聞いたことはある。
日本で言うと、津軽弁みたいなもんか。
あれは本当に理解できない。
「エルシアは分かりませんが、エリーゼは獣人語なんて話せませんよ。
コミュニケーション取れますかね」
「最悪、お前と俺で通訳をすればいい」
「簡単に言ってくれますね……」
通訳ってどんだけ難しいか、知ってて言っているのだろうか。
言葉を聞いて、それを瞬時に別の言語に変換、翻訳して伝える。
テレビなんかでプロの通訳を見た時、感銘を受けたほどだ。
まあ、自分の勉強の成果を試せると考えればいいか。
勉強嫌いなエリーゼだが、一か月で少しでも獣人語を教えておこう。
エリーゼは獣族に会ってみたいと言っていたから、もしかしたらやる気を見せてくれるかもしれない。
「またトラブルに巻き込まれないといいですね」
「万が一巻き込まれても、俺がお前たちを守る。
命に代えてもな」
「……ランスロットさんは、どうしてそこまでしてくれるんですか?」
俺はずっと気になっていた。
元は全く見ず知らずの子供だった俺達に、どうしてここまで尽くしてくれるのか。
「お前達が、俺を救ってくれたからだ」
「僕達が、ランスロットさんを?」
救ったなんて覚えはないんだが。
どちらかというと、救われたのは俺達の方だ。
ランスロットがあの時に助けてくれなかったら、俺達は今頃大地に還っていただろう。
「過去犯した過ちから、俺は何度も自殺を考えた。
そんな時に現れたのが、ベルとエリーゼだった。
俺を見ても恐れることなく、受け入れてくれた」
「エリーゼは、最初は怖がってましたけどね」
「そうだったな。
だが、今となっては俺を慕ってくれていると思っている」
「僕も、同じですよ。
ランスロットさんは戦士としても、そして一人の人間としても、尊敬しています」
「……お前の俺に対するその接し方で、どれだけ俺が救われていることか」
……きっと、ランスロットは昔から、優しさを知らなかったんだろう。
同族の大量殺戮という大罪を犯して、誰からも相手にされなくなってしまった。
そしてソガント族の村を追放され、100年以上も大陸を流浪した。
そんな時に、俺達が現れたと。
あの時、救われたのは俺達だけじゃなかったのだ。
救って、救われたんだ。
「お前はいい子供だ、ベル。賢くて、強い。
エリーゼも、少しわがままなところもあるが、そこもまた可愛いところだ」
「分かってますね、ランスロットさん」
「もう、一年も一緒にいるのだ。
もはや、家族のようなものだろう」
ランスロットの言う通りだな。
一年間、毎日同じ時を共有している。
まあ、ミリアでは何日間か会わない時もあったが。
「もう夜も遅い。
早く寝て、明日の朝に備えるとしよう」
「そうですね。おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
ランスロットは立ち上がり、俺の部屋を後にした。
明日から、また長旅が始まるのだ。
とっとと寝て、気持ちの良い朝を迎えようじゃないか。
---
グッドモーニング、マイワールド。
あの後、死ぬように眠った。
というか、一回死んだんじゃないかというレベルですぐに寝落ちした。
それで……。
「……で、ここはどこだ?」
いや、どこだよここ。
しかも全然朝じゃねぇし!
また攫われたっていうのか?
空を見上げると、綺麗な満月が俺を見ていた。
体を起こして周りを見渡す。
「――!」
俺は思わず、息を吞んだ。
目の前に広がっているのは、綺麗な湖だ。
神々しささえ感じる青白い光が、その湖から放たれている。
もしかして、これが「ルナディア湖」ってやつか。
意図せず観光に来てしまった。
「――目が覚めましたか」
聞こえたのは、女の声。
鈴の音のような、揺れるような綺麗な声だ。
「あの、どちら様でしょうか?
あと、どこにいるんですか?」
「ここに居ますよ」
うおっ!
びっくりした!
真っ青な髪の毛を、両耳の辺りでクルンと巻いている。
キリッとした青い眉に、キリっと上がった眦。
一言でいえば、絶世の美女だ。
今まで見てきたどの女性よりも、美しいという言葉が似合う。
クレオパトラを初めて見た人とかこんな気持ちだったんだろうな。
いや、エリーゼが一番かわいいけども。
「――余は、『月神』ルナディアです」
「るっ、ルナディア!?」
あ、やべ。
驚きのあまり呼び捨てにしてしまった。
『七神』ともあろうお方を呼び捨てにするなんて、まずいことをしてしまっただろうか。
「どうして、こんなところに?」
「余は、たまにこうしてこの湖で月光を浴びるのです。
定期的に満月の光を浴びないと、この『月光剣』は使い物にならなくなってしまいますから」
そう言って、ルナディアは剣を見せてくれた。
「触ってみますか?」
「えっ、そんな。いいんですか?」
「減るものではないので」
なら、体を触っても文句は言わないってことか。
ルナディアは肩と腹を出して、胸元だけ隠している。
締め付けられていて苦しそうだから、解放してあげたい。
下心とかは、一切ないぞ。
ないぞ。
「凄い……」
「この世界にこの一本しか存在しない剣です。
余も、もうこの剣を使い始めてから何十年も経ちます」
え?
ってことは、この人ももしかして結構歳がいっているのか?
シャルロッテみたいな感じで、長命族ってことか?
「僕は、何でこんなところにいるんですか?
寝ていたはずですけど」
「余が、貴方を気に入ったから、連れてきました」
「やってること誘拐じゃないですか」
「それは……ごめんなさい」
まあ、こんな美女に誘拐されるなら許せるか。
どんな誘拐のされ方をしたんだろうか。
変なことをされていないだろうか。
変なことの一つや二つくらいはされててもいいけどな。
「その代わりと言ってはなんですが……。
見返りに、何でも一つ欲しいものを与えます」
「何でも、一つ?」
あなたが欲しいです。
なんて言ったら、こんなに優しい目もゴミを見るような目に変わるのだろうか。
いざ軽蔑の目で見られたら普通に傷つくんだよな。
「例えば、何があるんですか?」
「そうですね……過去には、この剣を求める人も多くいましたが」
「流石にそれは、ダメですよね」
「これを失えば、いよいよ余が戦う術がなくなってしまいますから」
少し笑いながら、ルナディアは『月光剣』を見つめる。
金色に光り輝くその剣は、見ていてとても惚れ惚れする。
そりゃ、できることならこの剣が欲しいが。
いやでも、俺は剣術が使えないしな。
「そうですね……余が与えられる能力ですか……。
例えば、『月詠眼』はいかがですか?」
「何ですか、それ?」
「簡単に言えば、未来が見える『魔眼』です」
「魔眼……」
これまた厨二心がくすぐられる響きだ。
しかも、未来予知ができる目ときた。
これは、貰えるなら貰っておいた方がいいな。
「それにします」
「分かりました。では、こちらに来て下さい」
「どうやってその目を授かるんですか?」
「貴方の眼球を取り出して、月詠眼を埋め込みます」
「やめときます!」
「えっ」
俺は即答した。
あまりに早い返事だったためか、ルナディアは大きな目を丸くした。
「どうしてですか!」
「そこまでして欲しくないです!」
「でっ、ですが、一瞬の痛みに耐えれば、貴方は未来予知ができるようになるんですよ?」
「いいえ! 大丈夫です!
痛いのは嫌いなので!」
せっかくの機会だったが、やめておこう。
眼球を取り出すなんて、聞いただけで目ん玉が飛び出そうだ。
「では、戦闘に直接役立つ『能力』を一つお教えしましょう」
「能力、ですか?」
「ええ。剣術は使えますか?」
「使えません。一応、魔術は雷聖級ですが」
「わぁ……! その歳で雷聖級とは、驚きましたね」
そうだろう。
シャルロッテ師匠のおかげだ。
いずれは神級魔術師になる予定です。
「それなら、魔術を教えましょう」
「お願いします」
ルナディアは優しい笑顔で手招きをしている。
導かれるままにルナディアの元へ歩いていく。
「それでは、失礼します」
「えっ?」
俺の返事を待たずして、ルナディアは手を伸ばした。
俺の目に。
「ギャアァァァァァァァ!」
左目に激痛が走った。
ジタバタともがくが、全然動けない。
なんて力だ。
逃げられない。
「あまり騒ぐと人が来ますよ。
大人しくしてください」
「大人しくしろって言う方が無理だろ!
何すんだギィアァァァァァァァ!」
ものもらいが出来た時の100億倍痛い。
だって、眼球取り出して目をはめてるんだろ? これ。
「はい、終わりました。
よく頑張りましたね。よしよし」
「そんなんじゃ足りません。
抱き締めてください」
「はい、これでいいですか?」
柔らかい。
痛みが全て飛んだ。
いや、それは嘘だ。
めちゃくちゃ左目が痛い。
「ゆっくり、目を開けてごらんなさい」
そう言われ、俺は恐る恐る目を開ける。
すると、
「み、見えません」
「あ、術をかけるのを忘れていました」
右半分しか見えない。
ちゃんと目はついてるのだろうか。
「――『月神』ルナディアの力を以て、この者に『月蝕』の権能を授ける」
「――」
ルナディアの声と共に、頭が柔らかな熱に包まれる感覚を覚える。
反射的に目を閉じて、それを受け入れる。
「今度こそ、大丈夫なはずです。
目を開けてごらんなさい」
今度こそ大丈夫なんだろうな。
俺はゆっくりと目を開ける。
すると、さっきとは違ってちゃんと目が見えるようになった。
でも、何か見えにくいな。
左の方だけ異常にぼやけるというか。
地面には小さな血だまりができている。
これ、全部俺の目から出た血か。
生臭さで少し気分が悪くなってきた。
「数日は慣れないかもしれませんが、我慢してくださいね」
「僕は何の能力を授かったんですか?」
「『月蝕』です」
「何ですか、それ?」
「月が出ている間は、魔力が著しく増大します。
別名、『月の加護』ですね」
「そんなものがあるんですね」
「今考えました」
何だそれは。
見かけによらず、意外と人間っぽい一面もあるんだな。
「でも、月が出ている間だけなんですか?」
「そうですね。
ですが、日中に弱体化するなんてことはないので、安心してください」
なるほど。
単純に、強くなれたってことか。
でも、それだけか。
正直、味わった痛みに見合ってないような気がする。
それこそ、痛みに耐えた褒美に『月光剣』が欲しい。
「僕の目、どうなってるんですか?」
「左目は、赤色になっています」
「それ、充血してるわけじゃないですよね?」
「いえいえ。 それは『月蝕眼』。
一種の『魔眼』ですよ」
待てよ。
つまりだ。
俺は、オッドアイになったということか。
ちょっと嬉しいな。
だが、エリーゼ達にはどう説明しようか。
『月神』に会って魔眼を授かったと言っても、信じてくれるかどうか。
「月が出る夜に魔術を使うと、その目が赤く光ります。
それが、魔力が増大しているというサインです」
「……本当でしょうね」
「余は人生で、嘘をついたことがありません」
得意げに胸を張るルナディア。
どうだかねぇ。
「では、余はそろそろ行きます
少しの間相手をしてくださり、ありがとうございました。
また逢えた日には、その魔眼の感想を聞かせてください」
そう言って、ルナディアは目の前から消えた。
ドップラー効果を残して、文字通りどこかへ消えた。
本当に神様みたいな人だったな。
やり方は全然神様じゃなかったけど。




