第二十七話「ミリアでの日々」
あれから、二週間が経過。
俺達は、ミリアの復興活動に勤しんでいる。
復興活動は、急ピッチで進められている。
その大きな力となっているのは、ブルタ王国からの支援だろう。
二人の九星執行官の襲撃による災害によって甚大な被害を受けたことを聞きつけて、
一週間ほど前にブルタ国王の使いが何百人という人々を率いてやってきた。
金銭、人員、そして食料や生活用品なんかを大量に支援してくれたのだ。
更にその翌日、今度は別の使いが数千人の大群を従えて、実働的な支援を始めてくれた。
流石は都市国家だな。
王国との繋がりが深い。
こうして復興活動を手伝っていると、何だかラニカ村を思い出すな。
街の規模から何まで違うが、破壊されて復興に向かっているということに変わりはない。
「よく働いておるな」
「こんにちは、お爺さん。
いえいえ。いち早くあの綺麗な景観を取り戻して欲しいですから」
「小さいのに、立派なことじゃ」
サンタクロースばりの髭を引っさげたお爺さんが、杖をつきながら歩いてきた。
穏やかな顔で、可愛らしいおじいちゃんって感じだな。
こういうご老人は大事にするべきだ。
「――こっ、国王陛下?!」
……え?
今、国王陛下って聞こえた気がするんだが。
いや、まさかな……。
だって、どこからどう見ても普通のお爺さんだろう。
国王ならもっとこう、豪勢な服装だろうし。
俺の着ている半袖短パンとそう変わらないじゃないか。
「あの、その……」
「そう畏まることはない。
確かに私は国王、ポグマンじゃが」
「――もっ、申し訳ございませんでしたぁぁぁ!」
やってしまった。
「こんにちは、お爺さん」とか言っちまったじゃねえか。
ブルタ王国のトップともあろうお方に、俺はなんて無礼な……
腹を斬ります。あなた様の目の前で。
「それより、君が噂の、ベル君なのかい?」
「はっ、はい。ベル・パノヴァです」
「おお、君がそうだったのか。
君が、あの九星執行官を撃破した勇敢な子供じゃったのか」
「は、ははは。まあ」
正確には、俺が倒したわけではない。
とどめを刺したのは、シャルロッテの自爆魔法だ。
どうやら、俺が撃破したという噂が広まっているらしい。
「ありがとう。我がブルタ王国が第一の都市国家を、滅亡から救ってくださった。
君はまさに、我が王国の英雄じゃ」
「英雄だなんて、そんな……」
そう言われるべきなのは、俺じゃない。
俺は、何もできなかったんだ。
あの時魔術を撃つ決断すら、自分ひとりじゃできなかったほどの腰抜けだ。
ポグマンは、にこやかな表情で俺を見る。
守りたい、この笑顔。
「これから、復興にどれだけかかるか分からない。
じゃが、この街は我が王国の大切な都市国家なのじゃ。
どうか、復興をさせてくだされ」
「……お任せください。
絶対に、以前のミリアを取り戻してみせます」
ポグマンは何度もうなずいて、ゆっくりと歩いて行った。
挨拶をして回っているようだ。
なんか、いい意味で国王らしくなかったな。
結局、ああいう人に人々はついていくのかもしれない。
ミリアの街は、三分の二が破壊された。
建物は流され、瓦礫がそこら中に散らばっている。
だからまずは、瓦礫の処理からやらなければならない。
「やっ! おはよう、ベル」
「おはようございます、エルシア」
「今日も頑張ってるね~!
後で膝枕してよしよししてあげる」
「お願いですから、エリーゼの前では絶対にそんなことしないでくださいね。
本当に僕が殺されかねないので」
「誰の前でなんだって?」
「――ひっ!」
心臓が口から出そうになった。
いや、多分ちょっと出た。
俺の頭に手を伸ばしかけたエルシアの背後に、エリーゼが腕を組んで立っていた。
エリーゼもまた、動きやすそうな服装だ。
言ってしまえば、かなり薄着だな。
組んだ腕で、二つの山を持ち上げている。
「ベルは、あたしの膝枕じゃ満足できないって言うの?」
「別に、そうとは言ってないじゃないですか」
「あたし、この前見たわよ。
あんたがエルシアに膝枕されて鼻の下伸ばしてたの」
「ははは。ご冗談を」
「冗談でこんなこと言うわけないでしょ」
「ですよね」
「まあまあ、二人とも喧嘩しない」
エルシアが仲間に加わってからというもの、
エリーゼは彼女に謎の対抗心を燃やしている。
まあ、理由は何となく察しが付くが。
エルシアは、あの日からかなり距離が近い。
俺を見つけた途端に駆け寄ってきて、俺を抱きかかえたり、撫でてきたりする。
全然、嫌な気はしないけどな。
エルシアも、エリーゼに負けず劣らずの美人だ。
それに、程よいサイズのバスト。
そして極めつけは、このフレンドリーな性格。
正直、好みのタイプだ。
そんなエルシアを、エリーゼは嫌っているように感じるんだよな。
嫉妬心を燃やしているのは可愛いが、仲が悪くなるとそれはそれでまずい。
エルシアは俺にそんな気はないってことは知ってるし、
エリーゼにもそれをわかって欲しいんだけど……。
そもそも、エルシアは18歳。対して俺は9歳だ。
高校三年生が小学三年生に恋心を抱くなんてことはないだろう。
ないとは言い切れないかもだけど。
「エルシアは、ベルが大好きだもんね」
「ちっ、ちちちち違うわよ!
ぶった斬るわよ!」
「分かった分かった、冗談だって……うわっ! 本当に剣を抜くのはダメだよ!」
「はぁ……」
エリーゼは剣を抜いて、エルシアに斬りかかった。
勘弁してくれ。
仲違いされるのは違う。
「エリーゼ、分かりましたから。
後で、一緒にお昼を食べましょう」
「夜も一緒よ!」
「はいはい」
何というか。
また、日常が戻りつつあるな。
---
更に二週間。
被災から一か月が経った。
復興活動は順調である。
ようやく、全ての瓦礫の除去が完了したらしい。
ここから少しづつ、家が建っていくのだろう。
あの美しい景観が戻る日はまだ遠そうだが、当初の状況に比べると大きな進歩を遂げたと言えるだろう。
そういえば昨日、俺達の今後について話し合った。
どのくらい、ここに滞在するか。
俺達はそもそも、ラニカ村に戻るために旅をしている。
ぶっちゃければ、あまり長い時間ミリアの復興を手伝っていると、どんどんラニカに帰るのが遅くなってしまう。
俺達の事情を優先させるなら、今すぐにでも出発して少しでも進んだ方がいいだろう。
だが、それはあまりにも非情というもの。
街を守るためとはいえ、俺達は多少なりとも街を破壊した。
そして、恐らく数年はかかるであろうこの復興活動を、俺達は手伝うという結論に至った。
もちろん、完全復興するまで手伝うというわけにもいかない。
具体的な期限は設けていないが、極力街に残って支援をすることになった。
心配なのは、金銭面だ。
俺が衛兵に捕まる前にいた、あの綺麗な冒険者ギルド。
あれも、全て流されてしまった。
そして、ここから一番近いギルドのある街までも、かなりの距離がある。
つまるところ、金を稼ぐ手段が全くないということだ。
今はまだいいかもしれないが、今後のために貯蓄を増やしておきたかったんだよな。
まあ、ないものねだりをしても仕方がない。
「――はっ!」
エリーゼの声と金属音が聞こえる。
今日もやってるんだな。
「うん、いいね。かなりいい動きしてるよ」
「当然よ。お父さんの教えをしっかり守ってるんだから」
リベラの教えも守ってやってくれ。
リベラの方が教えていた歴としては長いんだから。
ここ数日、エリーゼはエルシアとの剣の打ち合いに励んでいる。
しかも、鳴っているのは金属音だ。
そう、二人は本物の剣で打ち合っているのだ。
下手をすれば死にかねないし、少し心配だ。
まあ、エルシアの実力は本物だから大丈夫だとは思うが。
あれだけの速さで動くエルシアを目の当たりにした俺が言うんだ。間違いはない。
だが、
「――!」
俺は思わず息を吞んだ。
エリーゼ、あんなに速かったっけか。
エルシアには遠く及ばないが、最後にエリーゼの剣術を見た時よりも速く感じる。
街で魔物と対峙したとはいえ、一か月ぶりのはずなのに、動きが鈍っていない。
船の上で鍛錬を積むこともできただろうが、エリーゼは船酔いがひどすぎたからな。
ほとんど剣すら握っていなかったのに、どうしてここまで速くなったんだ?
それでも、エルシアはいとも簡単にその剣撃を受け流す。
――これが、上級剣士と聖級剣士の差だっていうのか。
風剣士は全属性の中で最も速く動く剣士ではあるが、
それでもエルシアの速さは今まで見た中で一番速い。
瞬発的な動きはもちろん、走る速度だってかなり速い。
「はい、ストップ!」
「はぁ……はぁ……」
エルシアの合図で、エリーゼは剣を振るのをやめた。
てっきり、振り続けるのかと。
「お疲れ様です、二人とも」
「ありがと」
「エリーゼちゃん、強いね。
流石は『剣帝』の弟子って感じ」
「僕も驚きました。
一か月以上もブランクがあるはずなのに」
「何か分からないけどね。
エルシアに教えてもらい始めてから、ちょっとだけ速くなった気がするの」
なるほど。
何となく合点が行った。
エルシアは剣術の威力も凄いが、何より彼女の魅力はその「速度」にある。
以前のエリーゼも十分戦えるくらい速かったが、
屈指のスピードを誇るエルシアからの指導は貴重なのだろう。
いいな、人から教えてもらえるの。
教えてくれる人は、もういなくなってしまったからな。
悲しいことを考えるのはやめにしよう。
とにかく、エリーゼが更に強くなろうとしているのだ。
これは素直に喜ぶべきだろう。
でも、シャルロッテがあの時俺に全てを委ねてくれたおかげで、俺は聖級魔術師になることができた。
まさかシャルロッテの言った通り、上級の雷魔法が使えない聖級魔術師になってしまうとは。
結構、この世界における階級の基準ってガバガバなんだよな。
剣術にしても、称号を与えられた指導者の独断で決められるわけだし。
……っていうか、
「エルシアは、剣術の指導資格を持ってるんですか?」
「免許は貰ってるから一応ね。
称号は貰えなかっただけで」
あ、そうか。
ルドルフやリベラのように称号を貰っていなくても、
免許を持っていれば教えられるのか。
俺も剣術が使えたなら、エルシアに教わりたい。
ルドルフの指導は痛かったからな。
「ベルも剣術やってみればいいのに。
あれだけの速さで動けるなら、素質はあると思うけどなぁ」
「魔術で手一杯なので、まだ剣術はいいですかね」
「じゃあ、魔術を完全制覇したら剣術もやるってこと?!
その気なら、ベルにも教えてあげるよ」
「ま、まあ、考えておきます……」
魔術を完全にマスターするということは、神級魔術までという意味だ。
つまり、俺は剣術を学ぶ気はさらさらない。
剣術も魅力的だが、俺には魔術の方が合っている。
適材適所って言葉があるように、俺は魔術、この二人は剣術を担当すればいいんだ。
俺も早く、魔術の練習がしたい。
だが復興支援で忙しいのと、場所がないためしばらくは難しいだろう。
俺は、シャルロッテの遺志を継ぐと決めた。
だから、極める属性は雷に決めた。
今までは、「何となくかっこいいから」というごく単純な理由で火魔法を極めるつもりでいた。
でも、今回は明確な理由をもって決めることができた。
シャルロッテの後継者となり、そして、シャルロッテを超える。
俺は、世界随一の雷魔術師になるのだ。
だが、一つ迷っている点がある。
俺は、近接型の魔術師だ。
最近新しいオリジナル技まで編み出して、それを実戦で使うことに成功している。
結論から言えば、今までのような近接戦闘をする上でこの杖は邪魔になってしまう。
こっちの短い杖の方が、俺の戦闘スタイルには適している。
おまけに、聖級以上の魔術はほとんどが「大技」となっている。
シャルロッテが使ったあの「ライディング・ヴォルト」は唯一の突撃系の聖級魔術だが、あそこまで詠唱が長いと短期決戦では不利になる。
……改めて考えてみると、俺みたいな戦い方で雷魔法を極限まで極めるのは難しいかもしれない。
何より、この杖が逆に足枷となってしまう。
でも、俺はこの杖を手放したくはない。
――いや、何も超近接戦闘にこだわらなくてもいいんじゃないか?
大きな杖を持っているからと言って、接近戦が全くできないわけではない。
上手く立ち回って上手く使えば、これまで以上にいい戦い方ができるかもしれない。
色んな戦い方を磨くための、冒険者だろう。
色んな魔物を倒すことで、多彩な戦闘術を磨けるじゃないか。
それに、俺は一人じゃない。
仲間たちと協力すれば、十分いい戦い方ができるはずだ。
「鍛錬はそのあたりにしておいて、こっちを手伝え、三人とも」
「……はーい」
まあ、冒険者活動を再開できるのは、いつになるか分からないけどな。
---
冬になった。
雪が降る中、ミリアにいる人々は手を休めることなく働いている。
吐く息は白く、薄着で外出しようものなら凍り付くような寒さだ。
民家の建設にも徐々に着手し始め、だんだんと家が建ってきた。
ラニカ村の時も思ったんだが、家が建つのがとても早い。
人員の数が半端じゃないから、作業効率がいいんだろう。
ブルタ王国に感謝してもしきれないな。
そういえば昨日、エリーゼが誕生日を迎えた。
あんなに小さかったエリーゼも、13歳になった。
すらっと背が高く、程よく肉のついたいい体だ。
剣士として模範となるべき体だな。
そんな彼女は最近、あることにハマっている。
「出来たわよ!」
エリーゼは両手に皿を持って、笑顔でこっちに歩いてくる。
ハマっていることとはズバリ、料理である。
最近とは言っても、数日前からだが。
海が近いということもあって、魚が豊富にとれる。
被災直後は魚が激減していたが、半年近く経つとその数もかなり増えてきた。
一時はどうなるかと思った食料難だったが、王国側からの支援もあって何とかなった。
「今日は魚の煮付けですか」
「きっと美味しいはずだわ! 今度こそ!」
「い、いただきます」
エリーゼの手料理が食べられるなんて、こんな幸せなことはない。
なんて思っていたのは、初日だけだった。
エリーゼの作った料理を食べる時は、覚悟を決めなければならない。
何故なら、
「どう? 美味しい?」
「おっ……美味しい……です……」
あまりこんなことは言いたくないんだが、エリーゼの料理は決して美味ではない。
言ってしまえば、不味い。
でもそんなことを言ったら怒るだろうから、俺は毎日残さず食べている。
食事の時間がこんなに苦痛に感じるなんていつぶりだろうか。
まだ始めたばかりなんだから、これから伸びしろしかない。
そうだ。これからに期待だよな。
「うぷっ……!」
「……不味いの?」
「いっ、いえ……ゲップが出ました」
「そうよね」
やばい。
これ以上口に入れたら全部出てしまう。
かといって残すのは、せっかく作ってくれたエリーゼに申し訳ない。
ここは、意地で食べきるんだ。
ネプと戦った時よりしんどいかもしれない。
「……分かってるわよ。本当は、あんまり美味しくないんでしょ」
「……そんなこと、ないですよ」
「いいのよ。顔見てたら分かるわ。
もっと上手くなりたいけど、料理って難しいわね」
バレた。
顔に出すぎたか。
料理は、慣れるまでは難しいだろう。
俺も、レシピさえ見れば作れるだろうと一度だけ挑戦したことがあったが、
それでも全く美味しくできなかった。
これは生前の話だが、きっとこっちの世界でも同じことだろう。
「どうして急に、料理なんて始めたんですか?」
「そっ、そりゃ、将来のための練習よ」
「将来? 誰かに振る舞うってことですか?」
「むぐッ……なっ、何でもないわ! 早く食べるか残すかしなさい!」
顔を赤くしたエリーゼ。
ははーん、そういうことか。
まあ、皆まで言わないでおいてあげようじゃないか。
---
二か月が経った。
現在、二月の頭。
まだまだ以前の姿には程遠いが、順調に街の復興は進んでいる。
「ハァッ!」
「よしょっ! 二人とも!」
「任せなさい!」
「バニッシュボルト!」
何より、冒険者活動ができるようになったのが何より嬉しい。
冒険者ギルドの再建が急速に進められたため、
予定よりもかなり早く活動を再開することができた。
どうやら以前勤めていた受付嬢は無事だったらしく、久々に顔を合わせた。
なぜか、俺の顔を知っていた。
会ったことも話したこともないはずだが。
「久々にこんなに体を動かしたな」
「調子は大丈夫ですか?」
「少し鈍っている感じはするが、どこにも痛みはない」
一番怪我が酷かったランスロットだったが、やっぱりタフな男だな。
本人は鈍っていると言っているが、俺からすれば違いが全く分からない。
以前と変わらない俊敏な動きから繰り出される、研ぎ澄まされた槍術。
いつ見ても惚れ惚れする、洗練された動きだ。
「それにしても、エルシアの動きが凄すぎてびっくりしちゃったわ」
「そうかな?」
「僕達、要らないんじゃないかってくらいですよ」
「いやいや、皆がいてこそのあの動きだからさ」
腕を伸ばして、背伸びをして笑うエルシア。
いや、本当に。
俺達が何もしなくても全て一人で倒せるくらいの強さだ。
それに関してはランスロットにも言えることだが。
俺はこんなパーティのリーダーを務めているというのか。
恐らく、この四人の中で最弱の俺が、このパーティーを率いているのだ。
俺の魔術の階級はエリーゼの剣術の階級よりも一つ高いが、戦ったら多分楽々負ける。
瞬間的な速さは「雷脚」を使えばエリーゼを上回るかもしれないが、
剣士であるエリーゼに速さ勝負を挑むのは無理だろう。
魔術師って楽しいし便利だけど、仲間が居ないと普通に詰む。
一人で冒険者をやっている魔術師とかいたら、マジで尊敬する。
「――エルシア! 後ろ!」
「びっくりしたぁ!」
エリーゼの叫ぶ声に咄嗟に反応したエルシアは、真上に飛んで攻撃を避けた。
何だ、あの魔物。気持ち悪いな。
巨大なカエルのような魔物だ。
「ぎゃぁぁぁぁ! キモい! 気持ち悪い!」
「エルシア、落ち着いてくださ――」
「無理無理無理無理無理無理無理無理!」
エルシアは剣を抜かずに、走って逃げ回る。
大きなカエルの魔物は、走り回るエルシアを追いかける。
魔物は一体だけなのに、エルシアは必死に逃げ続ける。
いや、剣を抜けよ。
エルシアなら一撃で仕留められるだろ。
「……やっぱり、エルシア一人じゃダメっぽいわね」
「僕達は必要だったんですね……」
「早く助けるぞ」
エルシアの決定的な弱点が、露見してしまった気がする。
後でいじってやろう。
「エルシア! 避けてください!」
「ひゃいっ!」
俺は杖に魔力を込めて、火魔法を撃つ。
やっぱり、この杖はレベルが違うな。
シャルロッテから託されたこの杖は、特殊な魔石が埋め込まれている。
この魔石が所有者から込められた魔力を増大させるため、威力も倍増する。
俺が一生懸命金を貯めて買った杖よりもよっぽど使い心地がいい。
その杖も一応、ローブの内側に忍ばせてはいるが。
「ランスロット! 行くわよ!」
「ああ」
二人は地面を蹴り飛ばしてカエルへ突っ込む。
俺の魔術は、牽制程度のものだ。
エルシアのみに向いていたヘイトを分散させる意図だ。
「『黒炎』!」
エリーゼの剣が、黒い炎を纏う。
そして、鋭い突きでカエルの体を貫いた。
が、
「えっ――」
「エリーゼちゃん!」
カエルの体に剣が突き刺さったまま、抜けなくなった。
エリーゼは長いカエルの舌に絡み取られて、空高く体が浮いた。
「はっ!」
怯えてしゃがみ込んでいたエルシアは素早く立ち上がり、風の斬撃を繰り出す。
その斬撃はカエルの舌だけを斬り落とし、エリーゼを救い出す。
地面に真っ逆さまに落ちるエリーゼを受け止め、
更にカエルに刺さったエリーゼの剣を回収して、
エルシアは俺の隣まで飛んできた。
「うえぇ……ヌルヌルしてて気持ち悪いわ……」
エリーゼの服は、所々がカエルの唾液に溶かされたのか破けてしまっている。
見えてはいけないところも見えてしまいそうなくらいだ。
ちょっとこれは写せないかもしれない。
「アクア」
「ぶわっ」
俺は顔を逸らしながら、エリーゼの体を洗浄する。
後でやるべきことなんだろうが、ちょっとこのままではエリーゼの体が気になりすぎて集中できない。
「ありがと」
「エリーゼは休んでてください」
俺は杖を、地面に刺した。
「エリーゼ。僕が合図を出したら、あの二人に退くように叫んでください」
「わ、分かったわ」
深く息を吸って、吐く。
精神を落ち着かせて、心を無にする。
そして、いつものように魔力の流れをイメージする。
「黄昏を裂く稲妻よ。
眠れる力を解き放ち、我が意志のままに奔れ。
瞬きすら許さぬ閃光となり、その軌跡を空に刻め」
きっと今頃、上空に魔法陣が出来上がっているはずだ。
失敗していたあの頃とは違う、はっきりと「使っている」という手ごたえがある。
自分の体の中にある魔力が、そのまま空に昇っていくような感覚。
冗談抜きで、そんな感覚なのだ。
「鼓動の先を駆け抜け、すべてを斬り裂け!」
そう唱えて、エリーゼに合図を送る。
「ランスロット! エルシア! 下がって!」
目を開き、二人がカエルから離れたのを確認する。
カエルは目の前から突然消えた二人を、キョロキョロと探している。
今だ。
「――『ヴァルクルス・ヴォルト』!」
地面に突き刺した杖を引っこ抜き、カエルに照準を定める。
そして、上空から一筋の雷が落ちてきて、カエルに直撃した。
凄まじい轟音と共に、衝撃波と土埃が一帯に広がる。
「……ふぅ」
「凄いじゃない、ベル!
本当に聖級魔術が使えるようになったのね!」
「驚いた。まさか9歳にして聖級魔術を習得したとは」
称賛の言葉に、思わず頬が緩んだ。
俺、ちゃんと使えるんだ。
あの時まぐれで使えたわけじゃなくて、ちゃんと習得したんだ。
「ありがとっ、ベルぅぅ!」
「おわっ!」
突然、ふわっと体が宙に浮く感覚がした。
両脇に手を挟んで、エルシアが俺を持ち上げていたのだ。
俺の体もめちゃくちゃ小さいってわけじゃないのに、
エルシアはどうしてこんな簡単に持ち上げられるんだ?
「ちょっと、エルシア!」
「なになに? エリーゼもして欲しいの?
ならまずは服を着なきゃね」
「ちっがうわよ! 覚えときなさいよ!」
エリーゼはエルシアのことが好き何だか嫌いなんだか。
最近は結構よく一緒に居るし、嫌いではなさそうか。
今はエルシアがエリーゼの剣の指導をしているし。
思わぬ奇襲だったが、何とか勝てた。
下手すりゃ二人死ぬとこだったが。
――シャルロッテ。
俺はちゃんと、聖級魔術師になったよ。
今度は、上級の雷魔術を勉強します。
……やべ。
「オロロロロロロロロロロ!」
エルシアに振り回されたから酔ってしまった。
昼ご飯が、全部出た。
---
春になった。
早いもので、俺はとうとう10歳を迎えてしまった。
グレイス王宮で誕生日会をするという約束は果たせなかったが、エリーゼ達が盛大に祝ってくれた。
エリーゼ達からだけではなく、色んな人からお祝いの言葉を貰った。
俺の誕生日を迎えたということは、
俺とエリーゼがラニカ村から天大陸に転移してから、大体一年が経ったということだ。
あの災害から、もう一年も経ったのか。
長いようで、あっという間の一年だった。
天大陸の真ん中から始まったこの旅は、一年をかけてようやくデュシス大陸の南の港町。
最短で行けば二年で帰れると言っていたが、ここでかなり足踏みしてしまった。
もちろん、残って復興を手伝うと決めたのは俺達の意思だが。
「ただいまー!」
「おかえりなさい」
冒険者任務に行っていたエルシアとエリーゼが帰ってきた。
エルシアは元気がいいなぁ。
いつでもどこでも笑顔を絶やさない、本当に女神みたいな人だ。
虫とカエルを相手にした時だけは別人になるが。
最近もたまにカエルの魔物の討伐に行くことがあるが、エルシアはその任務だけは同行しなくなった。
小さな頃に、村を出て一人で道を歩いている時に小さなカエルに群がられてからトラウマなんだそうだ。
子供の頃に植え付けられたトラウマって、未来永劫残り続けるものだよな。
「あたしにおかえりは?」
「おかえりなさい」
「……何か違うのよね」
「何でですか! 変わらないでしょ!」
エリーゼは肩を落としてため息をつく。
何が違うって言うんだ。
頭を撫でたりした方がいいのだろうか。
そんなことをしたら殴られる気しかしないんだが。
「帰ったか」
「ええ、ただいま。
そういえば出発って、明日だったわよね」
「そうだ」
俺達はついに、明日この街を発つ。
約十か月ほど滞在したミリアを出発して、次なる街へ向かう。
長かったなぁ。
この十か月、めちゃくちゃ頑張った。
子供であることから肉体労働はあまりしなかったが、俺に出来ることを精一杯やった。
王国側からの人員支援のおかげもあって、街の40パーセントほどが回復したと聞いた。
確かに、当初の瓦礫だらけの街の景色からすれば、だいぶ戻ってきた感じはする。
人の力って、すごいんだな。
長く滞在しすぎたからか、マイタウン感がすごい。
俺達は元々大陸を渡ってきた人間だったため、家はない。
取っていた宿も流されてしまったから、俺達はずっと避難所生活を送っていた。
来る日も来る日も床で雑魚寝だったから、腰と首が痛い。
ちなみに、俺が元々使っていた杖は売った。
二本持っていても仕方がないしな。
あれもシャルロッテと一緒に決めた杖だったからちょっと寂しかったが、
いつまでも持ったままその思い出を引きずるのも良くないと思ったから、決断した。
だから、これからはこの杖が相棒だ。
シャルロッテから託されたものを、俺は継ぐ。
「杖を見つめても、何も出ないわよ」
「分かってますよ。
ただ、これからこの杖が僕の第一の相棒になるんだと思うと、感慨深くて」
「シャルロッテも、ベルに使ってもらえて嬉しいんじゃないかしら」
「そうだといいですね」
まだ、一人でいる時にこの杖を見るとシャルロッテを思い出す。
でも、泣くことはしないって決めたあの日から、泣いたことはない。
シャルロッテも、「いつまで泣いているんですか」って笑ってくるだろうしな。
「エリーゼは、剣を新調しないんですか?」
「そうね……もう長いこと使ってるし、もう替え時なのかもしれないわね。
でも、中々動く気になれなくて」
「どうしてですか?」
「これ、テペウスから買ってもらった剣でしょ。
この剣を失くしたら、テペウスとの思い出も消えちゃう気がして」
「――」
エリーゼはどこか儚げな顔をする。
その意味は、何となく察しが付く。
テペウスはきっと、あの災害の時も王宮にいたはず。
そして、あの転移隕石はアヴァンに落ちた。
つまり、テペウス含むエリーゼの家族は全員、あの災害に巻き込まれたということになる。
まだ、どこかで生きている可能性がないとは言い切れない。
だが、テペウスには腕が片方ないというハンデがある。
エリーゼも、薄々感づいてはいるのだろう。
「エリーゼ。
なにも、剣を新調したからと言って、捨てる必要はないじゃないですか」
「どういうこと?」
「使わずとも、持っていればいい。
持っているだけで、そばにいるように感じますよ。
実際、僕はこの杖を握っているとシャルロッテを近くに感じますし」
「……そういう、ものかしらね」
エリーゼは、テペウスが大好きだった。
アヴァン市街へ出かけた時も、王宮でエリーゼの誕生日会をした時も、つくづく思っていた。
パーヴェルやジェラルドに対して冷たかったなんてことはないが、
テペウスが一番好きなんだろうなということは、当時の俺でも分かった。
そんな最愛の肉親から買ってもらった剣を手放したくないというのは、理解できる。
「エリーゼ、はっきり言うけどね。
その剣、摩耗が激しくてあんまり状態が良くないと思うんだ。
毎日手入れをしてても、使ってたらいずれはそうなっちゃう」
「エルシアの剣は、どうしていつもそんなに綺麗なの?」
「これは特別な剣だからね。
師範が『実力を少しでもかさ増しできるように』って授けてくれた魔剣だから」
そんな理由だったのかよ。
こういう世界的に有名な剣って、相応の実力者にしか与えられないんじゃないのか。
「……分かったわ。
次の街で、新しい剣を買うことにする」
「うん、そうした方がいいよ。
ベルの言った通り、その剣は持っておいてもいいんじゃないかな」
「ええ。アドバイスありがと。
てかあんた、どっから出てきたのよ」
「気配を消して、スススってね」
「何よそれ。盗賊にでもなるの?」
「昔憧れてたなぁ」
盗賊……。
――あ。
何か大事なことを忘れていたと思ったら。
「ちょっと、急用ができたので行ってきます」
「う、うん」
ミリア監獄で一緒に脱獄を計画していたあの三人だ。
---
「あっ、いた!
おーい、ゾルト!」
どうやって呼んでいたか忘れてしまった。
それくらい、長い間記憶から消えていた。
「おっ、お前……もしかして、ベルか!?」
「そうです! 他の二人は?」
「あっちにいるけど……お前、生きてたなら会いに来いよな!
心配だったんだぜ……!」
「すみません、忘れてました」
「おい! 絶対忘れるな!」
良かった。
全員、生きてたんだ。
「おーい、お前ら! ベルだ!」
「ベル?! アンタ、生きて……」
「無事だったのか、ベル。 良かった」
「はい、何とか。無事ではなかったですけど」
死にかけたけどな。
あまり長い期間一緒に居たわけではないが、
この三人がいなけりゃ、俺はどうなっていたことやら。
錯乱して、頭がおかしくなっていたかもしれない。
「皆さんは、監獄が崩落した後、どうなったんですか?」
「えーっとな。確か――」
事細かに、あの時のことを話してくれた。
ゾルトとダリアは、運よく一緒に流されたらしい。
その後ミリア市街まで流れ着き、瓦礫の中で暖をとって寒さを凌いだ。
そんな時、ランスロットという竜人族が現れて、助けてくれた……。
……ん?
ランスロットだって?
「ランスロットさんと会ったんですか?」
「そうだぜ。
あいつが、怪我をしたダリアと俺を逃がすために、命懸けで戦ってくれたんだ」
「そんなことが……」
『天王』とランスロットが戦っている間にダリアを背負って逃げたゾルトは、偶然倒れているシェインを見つけた。
そしてランスロット達から十分離れて、そして人目につかない場所を探して、
徘徊する魔物から身を隠していたんだと。
ちなみに、ランスロットによると、魔物が徘徊していたのは『天王』の権能だったらしい。
自分の血液から武器やらなにやらを作り出して戦うような奴だったと聞いた。
ってことは、その魔物達も全部『天王』の血でできてたってことか。
気持ち悪いな。
どんだけ血使ったんだよ。
「そんで、目の前にいた魔物が突然弾けたんだ。
お前が聞いたランスロットの話が正しければ、その瞬間にあの執行官が死んだんだろうな」
「なるほど……大変でしたね」
「あの野郎、アタイの体に変なもん刺しやがって。
あの世で会ったらただじゃおかねえからな」
ダリアの目が燃え滾る。
あんたじゃ勝てっこないと思うけどな。
「それはそうとベル、お前は何しに来たんだ?」
「ああ。明日街を発つので、挨拶をしておこうと」
「そうか。お前は旅をしているんだったな。
仲間とは合流できたのか?」
「はい、おかげさまで。
一人は、亡くなってしまいましたけど」
「……そうか。それは、残念だったな。
だが、お前の旅はまだ終わりじゃないのだろう?
亡くなった仲間のためにも、絶対に生きて故郷に帰るのだぞ」
「ありがとうございます、シェイン」
その強面からは想像もできない、穏やかな笑顔。
こんな人が盗賊だなんて信じられない。
もっと真っ当に生きてくれ。
「出発するときは、アタイらも見送るよ。
ね、アンタたち」
「ったりめぇだ!」
「もちろんだ」
「皆さん……本当に、ありがとうございます」
この人達と出会えて、本当によかった。
またどこかで会えるといいな。
……なんてことは、明日の別れ際に言うものか。
第三章 少年期 「ミリア編」 -終-
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第四章 少年期 「デュシス大陸編」




