第二十六話「彼女の生きた証」
「――」
目を覚ましたベルは、虚ろな目で天井を見る。
ここは、ミリアで唯一無事だった避難所だ。
つまり、エリーゼとシャルロッテが最初に避難してきた場所ということになる。
「――! ベル!」
「――っ」
「良かった……! 良かったよぉ……!」
「――リーゼも、――ったです」
「ごめんなさいっ……!
あたしっ……! あたしのせいでっ……!」
「――」
エリーゼに抱き寄せられたベルは、なおも目に光が戻らない。
望んでいた再会が叶ったはずなのに、全く何の感情も沸いてこない。
声すら、まともに出すことができない。
否、出す気になれないのだ。
エリーゼの謝罪の意味すら、気にもならない。
「ベル。目を覚ましたのだな」
「…………はい」
エリーゼの後ろから、ランスロットがゆっくりと歩いてきた。
「聞いたぞ。シャルロッテが――」
「――っ」
「何考えてんのよ! ランスロット!」
「……すまん」
ランスロットはそう言って俯き、その場に腰を下ろした。
エリーゼは、涙をこらえながらベルを抱きしめる。
――此度の一件による被害は、甚大なんてレベルでは済まなかった。
『海王』ネプが起こした巨大な津波によって、街の3分の2程度が流された。
また、海上に浮かんでいたミリア監獄は、跡形もなく消え去ってしまった。
人的被害も、目も当てられないような現状が明らかになっている。
街の総人口の3分の1が死亡、もしくは行方不明となっている。
街のほとんどが流されたのにも関わらず人的被害をここまで抑えられたのは、奇跡としか言いようがない。
シャルロッテ含む治癒魔術師の尽力のおかげで、
運び込まれた生存者は全員一命を取り留めたという。
しかしながら、今の生活環境はかなり劣悪だと言える。
避難所の面積に対して、被災者の数が多すぎる。
つまり、何百人もの人々が、外での生活を余儀なくされているのだ。
幸い、今は昼夜の寒暖差が激しくはないため、まだマシな方ではあるが。
そして、あの二人。
――『海王』と『天王』だ。
まずは、『天王』ウラヌス。
彼は、ランスロットによって撃破された。
互いの全力の限りを尽くして、戦い抜いた末に、ランスロットが胴体と下半身を二つに斬った。
『捧血の契』という権能を持った相手に、ランスロットは一本の槍のみで勝利したのだ。
ウラヌスが倒れた後、ランスロットもその場に倒れた。
撃破した途端に全身の力が抜けてしまい、すぐに意識を失った。
近くに魔物がいれば、格好のエサだっただろう。
その後、咆哮を聞きつけて避難所から来た衛兵によって発見され、この避難所に運び込まれた。
そして、『海王』ネプ。
彼の亡骸は、黒く焼け焦げた状態で発見された。
いわゆる、「焼死体」だ。
ネプは、エルシア、ベル、シャルロッテによって、死闘の末に撃破された。
だがこの勝利には、あまりにも大きすぎる代償を払ってしまった。
――シャルロッテ・ミトーリア。
彼女は、凄惨な死を遂げた。
ベルが『ヴァルクルス・ヴォルト』を放った後、
すぐさまネプは腕を結集させ、繭を作ってその魔力を吸収しようと試みた。
ネプの腕には、魔力を吸収するという特性があったのだ。
実際、魔法陣から放たれたベルの魔力はかなり吸収されていた。
シャルロッテは自らの命を犠牲にして、魔力を吸収させまいとした。
――『最期の爆発』。
読み方は、『ラスト・インパクト』。
文字通り、最終手段としてごく稀に用いられる攻撃魔法である。
いわば、「自爆魔法」。
術者の体の中に秘められた魔力の全てを体内の一か所に集め、魔力を爆発させるだけの魔術だ。
メカニズムとしては簡単といえばそれまでなのだが、
自爆魔法であるこの魔術を使えば、当然術者も命を落とす。
シャルロッテは、全属性の全魔法の中で唯一の突撃系聖級魔法である「ライディング・ヴォルト」で、
捨て身の覚悟でネプとの距離を詰めた。
掌に込められた魔力でネプの腹部を貫き、
水魔法でありながら氷の華を咲かせる「フロストブルーム」で、相手と自分の身動きを封じた。
そして、シャルロッテはネプと共に勇敢に散っていった。
「……外の空気、吸ってきます」
「分かったわ。行ってらっしゃい」
ベルは生気のない顔でよろけながら立ち上がると、避難所の外へと歩き出した。
---
生き残ったベルもエルシアも、軽傷では済んでいない。
もっとも、ベルには目立った外傷はなかったが。
ベルは、人生で初めて、聖級魔術を撃った。
これで、ベルは晴れて聖級魔術師だ。
しかし、ベルは残りの魔力を全てあの一撃に注いだため、魔力枯渇で倒れた。
倒れたベルを避難所まで運んだのは、エルシアだった。
エルシアは、生還した味方陣営の中ではランスロットに次ぐ重傷だった。
体の欠損こそないものの、深い傷が多く、出血多量で意識が朦朧としていた。
加えて、全身の骨が何本も折れていた。
だがそれでも、ベルを避難所まで背負って歩いたのだ。
魔術を放った瞬間に倒れたベルとは違い、
目の前でネプの撃破とシャルロッテの死亡を見たエルシアは、
ベルだけでも助けようという強い思いで、必死に歩き続けた。
「――」
虚無感を漂わせながら、避難所の外を歩く。
荒廃した街の中を、どこに行く当てもなく。
外で生活している人々の視線が、ベルに向けられた。
その手には、シャルロッテの杖が握られている。
懐にしまっている杖も、シャルロッテの杖と同じ店で買ったものだった。
二人で一緒に杖を見に行った、あの店だ。
「――くうっ……! うぅっ……!」
ベルは歩きながら、すすり泣く。
目が覚めてからというもの、ふとした時にシャルロッテの顔が浮かぶ。
目の前から消える瞬間の、覚悟を決めた顔。
あの顔が、何度もフラッシュバックする。
もうどう足掻いても、シャルロッテは戻ってこない。
巻き戻せるなら、シャルロッテがネプへ突撃する前に戻りたい。
自分がもっと、強ければ。
ネプなんて一撃で仕留められるくらいに強ければ。
誰も傷つけずに、誰も死なせることもなかった。
「……もう、死のうかな」
ベルは、その場に膝をついた。
まだ濡れている地面を見つめ、両手をつく。
その目に、右手に握るシャルロッテの杖が映る。
それをゆっくりと持ち上げ、杖先を自らの首筋に当てる。
そして――、
「フレイム、ブラス――」
「――ダメ!」
自殺を図ったベルを、何者かが止めた。
シャルロッテの杖を取り上げて、ベルの視界に入ったのは、
「そんなことしたらダメだよ、ベル!」
「……エルシア」
顔を覗き込むようにして、エルシアが立っていた。
ベルはその顔を見るなり、無性の怒りが湧き上ってきた。
「……何すんだよ! 返せよ!」
「ダメだよ」
「返せよぉぉぉ!」
「返したら、ベルが死んじゃうじゃん」
「死ぬんだよ!
俺は死んで、シャルロッテの所に行くんだよ!」
ベルはそう言って、泣き叫んだ。
エルシアに縋りつくように、ベルは杖に手を伸ばす。
身長差もあって、その手が届くことはない。
ベルの爪が、エルシアの体を引っ掻く。
エルシアは痛がる様子も見せず、ただ慟哭するベルを見つめる。
「ベルが死んじゃったら、意味がないじゃん」
「……?」
「命を懸けて君を守ったシャルロッテの覚悟が、無かったことになる」
「――うるさい! 何も知らないくせに!」
ベルの心に一瞬、さざ波が起きる。
だがすぐに、また感情を爆発させた。
悲痛を孕んだその声に、エルシアは胸の内を掻き毟られるような痛みを味わう。
ベルの爪による引っ搔き傷よりも、心を引っ掻くベルの声の方が、何百倍も痛い。
「何も、知らないよ。当たり前じゃん」
「なら、知ったような口聞くんじゃねぇよ!」
「――」
エルシアは拳をグッと握る。
まだ小さなこの少年が味わっている苦痛は、計り知れないものだ。
だから、今どんな言葉をかけるべきなのかを、必死に考える。
「どれだけ泣いても、どれだけ願っても――」
「――」
「死んだ人の命が戻ってくることは、もうないんだよ」
「――!」
辿りついたのは、ひどく、冷たい言葉だった。
ベルは、その言葉に感情を抑えられなくなった。
懐にある杖を取り出して、エルシアにその杖先を向けた。
「……いいよ。撃ちたければ撃って。
恨まれて、当然だと思う」
「……」
「最後に君の背中を押したのは、他でもないわたしだからね」
「――」
目を伏せてそう言い放ったエルシアの顔を見て、ベルは杖を下ろした。
エルシアは言葉通り、無抵抗だった。
剣を抜く素振りも、見せなかった。
ただ真っ直ぐに、涙がにじむベルの目を見つめていた。
ベルは、シャルロッテの必死の叫びを聞いても、決断をすることができなかった。
そんなベルに魔術を撃つように言ったのは、エルシアだ。
エルシアはあの時の自分を、責めている。
まだこんなに幼い少年には大きすぎる決断を強いた自分を。
「私は、後悔してないよ」
「――」
だが、後悔はしていない。
寧ろ、正しい判断だと思った。
ベルに魔術を撃たせずに自分がシャルロッテだけ救い出しても、結局は同じことだった。
きっとそうすれば、全滅していただろう。
それでも、エルシアは、
「――でも、私が何も思わずに君に指示したと思う?」
エルシアだって、苦渋の決断だったのだ。
エルシアにとっては、シャルロッテはたまたま増援に来てくれたベルの仲間程度の認識しかなかった。
しかし、ベルや自分のために必死に戦う顔をしてくれていた彼女の顔は、
痛いほどエルシアの脳裏に焼き付いている。
ましてや、シャルロッテはベルの大切な仲間。
そんな彼女ごと殺させるなんて、本当はしたくなかった。
でも、そうするしかなかったのだ。
「私は、今この世界をすごく憎んでる。
まだこんなに小さな君に、あんな決断を強いるこの世界が、すごく嫌い。
神様がそう仕向けたなら、今すぐにでもその顔を殴ってやりたい」
「――」
エルシアは再び拳を握り、声を震わせる。
ベルは、その様子をじっと見つめる。
「でもね、ベル。君は、間違ったことをしてない」
「……もっと他に、方法があったはずなんだ。
シャルロッテだけ助けて、ネプだけ殺せるような、最善の方法が」
「――うんん。ないよ」
「――っ!」
ベルは再び、怒りの感情が湧いてくる。
エルシアの言葉は、今のベルをことごとく逆撫でする。
それはあまりにも、無神経な言葉かもしれない。
だが、エルシアはベルを傷つけに来たわけではない。
「自分を傷つけるようなことは、しちゃダメだよ。
シャルロッテが、悲しむよ」
「……でもっ」
「ベルが、シャルロッテの分まで生きるんだよ」
「……っ」
エルシアは涙を浮かべながら、そう言った。
優しくて、柔らかな微笑みを浮かべて。
ベルの脳内で、シャルロッテの笑顔が再生される。
そして、最後の瞬間の顔へと変わる。
それが、目を覚ましてから永遠と繰り返されている。
エルシアはゆっくりと、ベルに歩みを寄せる。
腰を下ろしてしゃがみ込む。
そして、ベルの頭に手を伸ばす。
「大丈夫。君は間違ってない」
「――」
「君は、独りじゃない」
ベルはその言葉を聞いて、目を見開いた。
エルシアは、ベルをそっと抱き寄せた。
「シャルロッテが君に杖を渡したのはね。
突撃するのに邪魔だからって理由だけじゃ、ないと思うんだ」
「……他に、何の理由があるって言うんだよ」
ベルの感情は、爆発寸前だ。
しかし、問い返されたエルシアは間髪を入れずに、
「――君に、未来を託したんだよ」
「――!」
そう、言い放った。
ベルは、エルシアの胸の中でハッとした。
初めて「ヴァルクルス・ヴォルト」を教わった、あの日。
シャルロッテは、「私の後継者になるに相応しい」と言った。
ベルは、シャルロッテの思いを託されたのだ。
ベルの目に、大量の涙が浮かび上がった。
エルシアの胸に滲む熱い涙は、体を伝って地面に落ちる。
「シャルロッテは、きっと君を見守っている。
あの子のことをあまり知らないから分からないけど、
君が来るのがあまりにも早すぎたら、怒っちゃうんじゃないかな」
「――」
「その杖は、シャルロッテが生きてた証。
そして、シャルロッテの願いの証」
ベルは、咽び泣いた。
しゃくりあげて、エルシアを抱きしめて泣いた。
エルシアもまた、ベルを抱きしめ返して涙を流した。
「僕、強くなりますっ……!」
「……うん」
「誰も敵わないくらいに、強くっ……!」
握っていた杖が、ベルの手から滑り落ちた。
コツンと、地面に触れた瞬間に、
「――あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ベルの感情が、決壊した。
なおも浮かんでは消える、彼女との記憶。
この先しばらくは、頭から離れないだろう。
だが同時に、ベルは決心した。
――『九星』を、滅ぼす。
完膚なきまでに、叩き潰す。
――――この瞬間初めて、ベルはこの世界に生きる目的を見つけた。
---
「あっ、良かった。ここは無事だった」
涙が枯れるくらい泣いた後、ベルとエルシアはある場所に来た。
「綺麗でしょ?」
「はい……」
泣きすぎて目が腫れているためあまりはっきりとは見えないが、
ベルはその景色に思わず感嘆の声を漏らす。
それは、広い大海原だった。
二人は今、ちょうど水平線に日が沈んでいく様子が見られるベンチに座っている。
「ここは、私がこの街に来たばかりの時に初めて腰を下ろした所なんだ」
「よくそんなこと覚えてますね」
「記憶力には自信があるからね」
エルシアは沈んでいく夕日を見ながら、笑い交じりにそう言った。
夕日に照らされるエルシアの顔が、赤く光る。
「エルシア、その……本当に、ありがとうございました。
それと、ごめんなさい」
「わたしは何もしてないよ。
ベルが自分の意思で、生きていく決断をしたんだから」
「いいえ。エルシアがあの時杖を取り上げてくれなかったら、僕は死んでいました」
「……それは、そうかもしれないけど」
ベルの命も、そして心も、間違いなくエルシアに救われた。
彼の言葉に、嘘もお世辞もどこにもない。
「エルシアは、命の恩人です」
「やだなぁ、照れちゃうよ」
エルシアは頭を掻いて、照れる素振りを見せる。
その姿を見るベルの表情は、先ほどと比べて随分と穏やかになった。
吹っ切れたわけでは、決してない。
まだ脳内には、事あるごとにシャルロッテの顔がちらつく。
そのたびに、涙が出そうになる。
だが、
「僕、もう泣かないようにしようと思います」
「どうして?」
「男だからです」
「なんだそりゃ」
エルシアはがっくりと肩を落とす。
ベルはそれを見て、頬を緩ませた。
「……本当は、違いますよ。
だって、いつまでも泣いてたら、シャルロッテも悲しむじゃないですか」
「……」
「エルシアは、僕に言ってくれましたよね。
『シャルロッテは、僕に託してくれた』って。
その意味を、僕なりに理解したつもりです」
「ベル……」
エルシアは、自分の目頭が熱くなっていくのを感じる。
その目には、夕日に照らされる少年の横顔が、立派な青年のように映った。
「僕は、シャルロッテの弟子です。
シャルロッテはちょっと嫌がってましたけど、僕はこの世で親と同じくらい、彼女を尊敬している。
そんな人から願いを託されるなんて、僕は幸せ者ですよ」
「……っ」
真っ直ぐに夕日を見つめながらそう語るベルの隣で、エルシアは涙を流した。
小さな体で大きなものを背負う少年を、彼女は心から応援したいと思った。
……否。
「ベルはこの後、どうするの?」
「この後?」
「故郷に戻るために、旅をしてるんでしょ?」
「あぁ、そういうことですか。
そうですね……しばらくはこの街で、復興活動の支援をするつもりですけど。
まあ、その辺はまだみんなで話し合わないと分かりませんが」
「復興活動が終わったら、また旅に出るんだよね?」
「もちろんです」
しばし、沈黙が流れる。
外を出歩く者などほとんどいない中、波の音だけが二人の鼓膜を揺らす。
そしてエルシアは、意を決した。
「良かったらなんだけどさ」
「はい?」
「――君たちの旅に、同行させてくれないかな?」
「――」
ベルは、ポカンと口を開けた。
エルシアは、本気である。
そのくらい、ベルにも分かっている。
「何年かかるか、分からないんですよ?
それに、無事に辿り着けるとも限りませんし」
「うん、分かってるよ」
「僕は、おすすめしません。
何回も命を助けてもらって、その上で旅についてきてもらうなんて、そんな……」
「わたしが、着いていきたいんだよ」
エルシアは赤と青の双眸で、ベルのエメラルドグリーン色の瞳を見つめる。
その瞳は濁りが全く見えず、目の前に広がる海のように澄んでいた。
「だ、ダメならダメって、はっきり言ってくれていいんだよ?
ただ、その……こんなところでさよならなんて、嫌だなって思って」
「どうしてですか?」
「ここで君を……君たちを見送ったら、次いつ会えるか分からない。
会えるかどうかすら、分からないでしょ?」
「ええ、まあ……」
「わたしはね。ベルが大きくなっていく様子を、近くで見守ってたいんだ」
「……!」
エルシアは顔を赤くして、しかし視線は逸らさずに、はっきりとそう言った。
黙ったまま見つめるベルの瞳に、耳まで熱くなっていく。
「愛の告白ですか?」
「そ、そんなわけないでしょ!!」
エルシアは更に顔を赤くして、声を上げる。
ベルは、少し考えこむ。
ベルとしては、別に着いてきてもらうのが嫌だというわけではない。
命を救ってもらっておいて、拒否なんてできるはずがない。
だが、助けられすぎたからこそ、これ以上迷惑をかけたくないと思う自分もいるのだ。
ベル達がしている旅は、限りなく過酷であるといえる。
いつ命を落とすかも分からない冒険者活動をしながら金を集め、
自分たちの足のみで中央大陸の東側にあるラニカまで帰らなければならない。
まして、ラニカへの到着が最終ゴールではなく、その後ルドルフとロトアを捜さなければならない。
そこまで付き合わせるのは、都合がよすぎると感じているのだ。
「今こんなことを言うのは違うのかもしれないけどね。
……シャルロッテの代わりになれたらなって」
「――」
「単純に聖級魔術師が一人抜けたってことは、戦力的にもかなり痛いと思う。
だから、わたしがあの子の穴を埋めたいというか……。
わたしなんかに務まるかは分からないけど、精一杯やってみせるから!」
エルシアの言う通り、戦力的な穴は大きい。
後衛の魔術師が一人いなくなったことで、今このパーティーは前衛三人のみになってしまった。
エルシアが入ったところで一人前衛が増えるだけだが、エルシアの戦闘能力は本物だ。
穴を埋めるという点では、エルシアで十二分に事足りるだろう。
「幸せになりたいなら、この街に残った方がいいですよ」
「多分、この街にずっと居ても、幸せにはなれないと思う。
復興にどれだけかかるかもわからないし。
もちろん極力復興の支援はするけど、君たちが旅立つタイミングで、この街を離れたい」
「……」
「わたしね、嬉しかったんだ。
ベルとシャルロッテに、必要とされてた気がして」
エルシアは、遠くを見た。
水平線のその先を眺めるようにして、話し始めた。
「生まれた時からずっと、誰もわたしなんて必要としてくれなかった。
強いて言えば、親はわたしを大切に想ってくれてたけどね。
でも、唯一想ってくれてた親は、どっちもわたしのために死んじゃったし。
それから村を出るまでも、村を出てからも、一度だって他人に『あなたが必要です』だなんて言われなかった」
エルシアは笑いながら、語り続ける。
しかしその笑顔に、明るい感情などひとつもなかった。
「でも昨日の戦いで、ベルとシャルロッテは何回も、わたしを頼ってくれた。
それが、すごく嬉しかったんだ。
どれだけ痛くて辛くても、わたしを立ち上がらせる原動力になったの。
だから、まだまだベル達の力になりたい」
エルシアの言葉には、噓偽りが全くなかった。
紛れもない、本心である。
エルシアはもう一度ベルに向き直り、頭を下げた。
「――お願いします。わたしを、仲間にしてください」
ベルはその真っ直ぐな姿勢に、目を丸くした。
自ら火の海に飛び込むような話なのに、エルシアはここまで本気なのだ。
もう、断る理由などどこにもない。
「分かりました。これからもよろしくお願いします」
「……ほんとに? やったぁ――」
「……と言いたいところですが、喜ぶにはまだ早いかもしれません。
ランスロットさんとエリーゼにも聞いてみないことにはまだ分かりませんから。
最終決定権が僕にあるわけじゃないので」
「えぇぇぇ!?」
喜びを爆発させた彼女の体は、一瞬浮いて一瞬で沈んだ。
---ベル視点---
エルシアと一緒に避難所に戻ると、エリーゼが突然俺を抱きしめてきた。
そして俺の顔を見るなり、「ごめんなさい」と何度も口にしてきた。
エリーゼに何かされた覚えはないんだが。
と思って理由を聞いてみると、どうやら自分のせいで宿を出て行ったと思い込んでいたらしい。
まあ確かに、あの時のエリーゼの態度はいつになく冷たかったけど、あまり気にしていなかった。
逆に、そこまで気にしていたエリーゼに申し訳なくなったから、俺も謝った。
「ランスロットさんは、もう大丈夫なんですか?」
「ああ。一時は危なかったが、治癒術師たちのおかげで何とか回復した」
「それは良かったです。
エリーゼは、何もなかったですか?」
「ええ、何ともないけど……。
皆命懸けで戦ってたのに、あたしだけこの避難所から動かずにただ待っていただけだったから、申し訳ないの。
あたしが直前まで一緒にいたのに、シャルロッテをそのまま見送ったせいで、シャルロッテが……。
だって……まさか怪我人の治療をした後にっ、外に出て行ったなんてっ、思わなかったからっ……!」
「――――」
エリーゼは喋りながら、泣き出してしまった。
……そうだったのか。
シャルロッテがこっちに来る直前まで、エリーゼはシャルロッテと一緒にいたのか。
だからといって、エリーゼが悪いわけがない。
悪いのは、全部あの執行官だ。
あいつさえ来なければ、誰が死ぬことも、街が壊されることもなかったんだ。
「エリーゼちゃん、だっけ。
大丈夫だよ。あなたは悪くなんかない」
「……誰よ、あんた」
「わたしはエルシア。ベルとシャルロッテと一緒に戦ったんだ。
ごめんね、シャルロッテを守れなくて。
わたしがもっと上手くやれば……」
「謝らないでちょうだい。あなたは悪くないわ」
そう。
誰も、悪くないんだ。
ランスロットもエルシアも俺も、そしてシャルロッテも、最後まで戦い抜いた。
そして、『九星』の執行官に勝ったんだ。
犠牲になってしまったシャルロッテが居なければ、俺達は全滅していただろう。
もちろん、納得はいっていない。
どうして、彼女が死ななければならなかったのかと。
でももしかしたら、シャルロッテは最初からああするつもりだったのかもしれない。
その場で考え付いて、自爆魔法なんて使わないだろう。
悲しい。
そりゃ、めちゃくちゃ悲しいよ。
一度会話がひと段落するごとに、シャルロッテの顔が思い浮かぶ。
そのたびに、涙が出そうになる。
でも、決めたんだ。
もうシャルロッテの顔を思い出して、泣かないと。
「シャルロッテは、死んでいません」
「……え?」
「シャルロッテは、ここにいるじゃないですか」
「――」
シャルロッテは、ここにいる。
この杖は、シャルロッテが俺に託してくれた大切な杖だ。
シャルロッテはきっと、一番近くで見守ってくれているだろう。
裏を返せば、シャルロッテに監視されていることになる。
魔術の練習をサボったりしたら、杖から手足が生えて怒られたりして。
それはちょっと怖いな。
「それで、二人とも。一つ、相談なのですが」
「何だ?」
「エルシアが、僕達の旅に同行したいと言ってくれているんです」
そう言うと、エルシアも体がビクンと跳ねた。
心の準備をしておけよな。
ランスロットとエリーゼは、互いに顔を見合わせた。
予想外、だろうな。
正直、エルシアからこの話を持ち掛けられた時は俺も感情の収拾がつかなかった。
「ベルは、どう思うの?」
「もちろん、僕としてはお願いしたいです。
シャルロッテが抜けてしまった今、戦力的にはかなりまずいと思います。
エルシアは聖級剣士なので前衛になりますが、エルシアが加わってくれれば、すごく心強いです」
「ふむ……」
エルシアは固唾を飲んで、二人の顔をうかがっている。
もし断られたら、どうするつもりなのだろうか。
この場から逃げ出したりしそうで怖いな。
そうなったら、今度は俺が彼女を諭す番だな。
「ベルがいいなら、いいんじゃないかしら?」
「……えっ? 僕ですか?」
「――やったぁぁ!」
「俺もエリーゼと同感だ。
シャルロッテの次に頭が使えるのはお前だ。
だから、シャルロッテの後はお前を継がせようと思っている」
……え?
今、なんて?
「僕を、継がせる?」
「パーティのリーダーにするということだ」
「――!」
俺が、この三人を率いるってのか?
エルシアの加入を喜ぶよりも先に、そっちに驚いてしまっている。
……でも、シャルロッテの後を継ぐ、か。
早速、シャルロッテが喜びそうだな。
ともあれ、エルシアが加わってくれるのはとても大きい。
申し訳ないなんて思う方が失礼だろう。
それに、シャルロッテは「頼られたい」と言っていた。
それなら、お言葉に甘えさせてもらうしかない。
「改めて、よろしくお願いします、エルシア」
「……うんっ! よろしく、みんな!」
この日、エルシアが新たな仲間に加わった。




