第二十四話「ランスロットVS『天王』」
---ベル視点---
斬った。
絶対に斬った。
間違いなく、手応えはあった。
斬ったのは、腕のはず。
俺の感覚が正しければ、片腕を斬り落としたはずだ。
それなのに――、
「――何でだよ」
ネプの腕は、全くの無傷だった。
どこからどう見ても、傷一つない。
まるで全く俺の攻撃が無意味だったみたいじゃないか。
「クソっ――」
「待って、ベル!」
「!?」
「……あいつの腕、見て」
言われるまま、ネプの腕を見る。
腕が、どうかしたのか。
もしかして、少しは手傷を与えられたのか?
「――っ」
……俺が今見ている光景は、果たして現実なのだろうか。
悪い夢とかじゃ、ないんだろうか。
俺が斬ったはずの腕。
そして、もう片方の腕。
腕の皮膚が裂け、内側から鱗と鉤爪が這い出す。
誰がどう見たって、人間の腕ではない。
――両腕が、「龍」になっている。
「我の最大の権能、『龍腕』。
我にここまでさせたのは、貴様らの他には数えられるくらいしかおらぬ」
俺の攻撃は一切効いていない、ということだな。
あの龍腕とかいう権能が、俺の渾身の一撃を無に帰したわけだ。
「もう一度だけ、チャンスをやろう。
今ここで命乞いをすれば、一撃で楽に殺してやる」
「結局殺すなら、命乞いなんてしても意味ないでしょ!」
「ならば、いたぶりながら殺してやってもよいのだぞ?」
「――」
気味の悪い笑みだ。
見ているだけで虫酸が走る。
命乞いをしたところで、確実に命は助からない。
こいつは今、はっきりと「殺す」と言った。
ひと思いに殺ってもらうのが、一番楽なのかもしれない。
だがもちろん、そう簡単に死ぬわけにもいかないんでね。
「エルシア」
「分かってるよ」
俺は片手に握っていた『風龍剣』をエルシアに返し、懐から杖を抜く。
「ハハッ。まだ我とやり合うつもりか?
楽に殺してやると言っているだろうに」
「生憎、まだ死にたくはないので」
「どう足掻こうと、貴様らが向かう先は死だ。
これだけ猶予を与えているというのに、まだ分からぬのか」
ネプは呆れたように、手を額に当てた。
龍のような、禍々しい手を。
「一つだけ聞かせろ」
「なに?」
「貴様らがそこまでして戦うことに、何か意味があるのか?
そこまでして我と戦い続ける理由が、分からないのだ」
ネプは攻撃をしてくる素振りも見せない。
今奇襲をかければ……とか考えたが、無駄だろうな。
あいつは、人間じゃない。
あの手を見たら分かる。
ネプは、人間ではない別の生命体か何かなのだろう。
竜人族のランスロットでも、腕が龍になることはなかったし。
「お前が、許せないからだよ」
「ほう? 何故だ?」
「言わないと分からないその残念な脳みそ……同情するよ」
「我は何か、間違ったことをしたのか?」
「――この街の惨状を見て、それでも自分の犯した過ちが分からないのか?!」
こいつは、頭が悪いなんて次元じゃない。
脳みそが頭に詰まってないのだ。
「これだけ街を壊して!
これだけ人を殺しても!
お前は! 自分が何をしたのかが分からないのか?!」
「さてな。我は、必要以上に物事を考えない質なのだ」
「――ッ!」
エルシアが、先陣を切って飛び出そうとする。
俺はそれを、すんでのところで止めた。
「ベルっ……?」
「無闇に動いても、勝ち筋は見えません。
一旦、落ち着いてください」
「ベルだってあんなに叫んでたじゃん……」
「そっ、それは……」
「我の目の前で耳打ちか? 良い度胸だな」
うるせえな。
イチャついたら悪いかよ。
何だ?
妬みか? お?
そんな性格じゃ女も寄り付かないだろうよ。
「貴様のためだ」とか言って暴力でもふるっていそうだ。
「質問は以上だ」
「――」
「――さらばだ、小僧、小娘」
「来るっ――」
ネプは、半笑いで攻撃態勢に入る。
俺たちは、ネプの接近に身構えた。
が、ネプはその場から動かない。
「――噓でしょ!?」
「エルシア!」
俺達の間合いに、ネプの姿はない。
それどころか、ネプはさっきよりも俺達から距離をとっている。
ネプの代わりに、何かが伸びてきている。
あれは――、
「――腕だよ」
ネプの腕が、『龍腕』が、俺達に向かって凄い速度で伸びてきている。
「――はっ!」
エルシアの剣に、龍腕はあっけなく斬り落とされた。
しかし、再生して伸びてくる。
「ベル! 後ろに下がってて!」
「分かりました!」
俺では、太刀打ちできない。
あのクネクネした気持ち悪い腕は、縦横無尽に動き回りながら、俺達を攻撃してくる。
少なくとも、俺の魔術の精度ではあの腕の攻撃に対応することはできない。
「ほら、どうした?
その場に留まっているだけでは、貴様の体力が尽きていくだけだぞ?」
「くぅ……!」
まずい。
このままだとジリ貧だ。
あの感じだと、ネプはほとんど消耗していない。
実際、俺達が与えた攻撃といえば、さっきの俺の『雷脚』しかないし。
そして、それも完治しているときた。
2対1なのに、どうしてここまで押されてるんだ。
そりゃ、単純な実力差しかないわけだが。
何か方法を考えなければならない。
俺とエルシアの、命が懸かってるんだ。
「エルシア。僕が『せーの』と言ったら、後ろに飛び退いてください」
「何かっ……! 思いついたの?」
「やってみる価値はあります」
俺は杖に魔力を込め、杖先へゆっくりとそれを流す。
ついでに、脚にも。
「行きますよ。
――せーの!」
「はいっ!」
俺の合図とともに、エルシアは後ろに飛び退いた。
それと同時に、俺は叫んだ。
「『雷脚』!」
さっきよりももっと速く、ネプに突撃する。
思っているよりも遠いが、
思っているよりも速く、ネプに到達してしまう。
まさに、稲妻のような速度で、
「はぁぁっ!」
ネプの顔面に、火魔法を炸裂させた。
ちゃんと、攻撃が入った。
「小癪なッ……!」
「余裕ぶっこいてるくせに、僕に対しては無警戒なんですか?
心外ですね」
「図に乗るなよ、小僧!」
「ぁ……!」
エルシアに攻撃していた龍腕は、物凄い勢いで俺を締め上げた。
受けたこともないような凄まじい力が、気道を塞ぐ。
「ぁ……ぁ……!」
声が出ない。
とんでもない力で、首を絞められている。
杖を取り出したいのに、太い龍腕のせいで懐に手が入らない。
「『蒼竜の嘶き』!」
龍の咆哮のような風の刃が、エルシアの剣から放たれた。
心なしか、斬撃が竜のようにも見えた。
目には目を、竜には竜を、か。
危ないところだったが、助かった。
ネプの顔には、火傷の痕が残っている。
再生できるのは腕だけらしい。
俺が使ったのは、「フレイム」だ。
つまり、無詠唱でも使える初歩魔法である。
「調子に……乗るなァァァァァ!」
「ぐっ……!」
鼓膜が破れそうなくらいの叫び。
さながら魔獣の咆哮だな。
耳を塞いでいる間もなく、ネプの龍腕が俺達に襲い掛かってくる。
「――!」
それは、二本だけではなかった。
八本ほどの龍腕が、四方八方から襲ってくる。
「任せて!」
エルシアはまた俺の前に立ちはだかり、二本の大剣、『風龍剣』を振り回す。
しかし、みるみるうちにエルシアの体の傷は増えていく。
八本の腕の攻撃を全て防ぐなんて、相当強い戦士じゃないと無理だ。
エルシアもかなりの手練れだが、流石にすべては防ぎきれない。
どうする。
エルシアが力尽きるのは時間の問題だ。
少しでもエルシアの手が止まれば、二人そろって即死は免れないだろう。
何か打開策はないか。
ああ、頭が回らない。
エルシアは、いつ力尽きるか分からないんだぞ。
何か、何か、何か――――
「――『雷爆』!」
背後から、聞きなじみのある声が聞こえた。
そして、頭上を雷魔法は飛んで行った。
それはネプに一直線に向かっていき、大きな爆発を起こした。
何度も見たことのある、雷魔術。
それを得意とする魔術師など、俺の知っているうちでは一人しかいない。
「お待たせしました、ベル」
「――――シャルロッテ!」
---
少し前。
「シャルロッテさん! こっちこっち!」
「はい!」
シャルロッテは、頬張っていたパンを口に詰め込んで、手招きする方へ向かう。
そこには、担架に乗せられた人たちが四人、横たわっていた。
「酷い怪我ですね。
瓦礫の下敷きにでもなったのでしょうか……。
あっ、こっちは火傷が酷い……」
治癒魔法を使えるシャルロッテは、避難所に来てからは過労に見舞われている。
ほとんど魔力は使っていなかったため、温存はしてある。
しかし、ただでさえ満足な食事がとれていないし、睡眠もほとんどとれていない。
魔力云々の話ではなく、本人の体力がかなり限界に近付いているのだ。
それでも、シャルロッテは献身的に治療に取り組んでいる。
事実、この避難所でまだ死者は出ていない。
運ばれてきた人間も、まだ誰一人として命を落としたことはない。
(さっきの雷……遠いようで近いような……)
エリーゼに背を向けて、怪我人の方へ歩き出した瞬間に鳴り響いた、落雷のような轟音。
それが、シャルロッテにとってかなり気掛かりであった。
空はかなりの晴天。
暑い夏であれば、晴天の中で雷鳴の音が聞こえることは珍しくないが、
現在のミリアはそれほど気温が高いわけでもない。
「癒しの光よ、痛みを包みて穢れを祓え。
その輝き、命へと還れ――『エクストラ・ヒール』」
怪我の程度に応じて、使う治癒魔法の階級を変える。
当然だが、階級が上がるほど、使う魔力量は増える。
なりふり構わず階級の高い魔法を使っていたら、すぐに魔力は尽きる。
シャルロッテの最大魔力量は、常人を遥かに凌駕している。
ポテンシャルとしては、十分に特級魔術師になれるものを持っている。
だが、己の魔力を過信してはならないのだ。
「……ふぅ。すみません。
少し外に用事があるので、行ってきます」
「外に? さっきの雷を聞いただろう?
今外に出るのは危険だよ」
「……行かなきゃ、ならないんです」
シャルロッテは制止を振り切って、避難所を飛び出した。
(あの音……! 間違いない……!)
シャルロッテは、確信があった。
天大陸からデュシス大陸に渡る船の中で、ベルと交わした会話。
* * *
「独自の魔術?」
「はい。まだ名前は決めてないんですけど、
足に雷魔力を流して、一気に爆発させる。
そうすることで、とんでもない速さで動けると思うんです」
「確かに、近接型魔術師において、動くスピードというのは大事になってきますけど……。
そんなこと、可能なんですか?」
「デュシス大陸に着いて、また冒険者活動が始まったら、試してみるつもりです。
僕の見立てでは、落雷みたいな大きな音と共に、稲妻のように速く動けるはずです」
「そう上手く行きますかね?」
「弟子の可能性を信じてくださいよ、師匠」
「……だから、師匠は恥ずかしいのでやめてください」
* * *
その時のことを、シャルロッテははっきりと覚えていた。
偶然の異常気象で発生した、ただの落雷かもしれない。
それでも、少しでも可能性があるなら、行かないわけにはいかない。
もし勘違いだったなら、また避難所に戻ればいい。
(そばにいてと言ったのは私なのに、エリーゼを置いてきてしまいました……)
シャルロッテは走りながら、そんなことも考えた。
ただの魔術師であるため、走る速度は普通の人と変わらない。
落雷の音がした方へ、シャルロッテは自分の出せる全速力で向かった。
---
「良かった……無事だったんですね、シャルロッテ!」
「ええ、なんとか」
「あなたは?」
「シャルロッテです。彼の仲間です」
「増援に来てくれたの? 助かるよ!」
ベルは、目頭が熱くなる。
初めて、仲間が無事であることが分かったのだ。
「次から次へと、我の邪魔をするなァ!」
「させないよ!」
激昂するネプに、エルシアが突撃する。
八本の腕を斬り刻みながら、ネプへ突っ込んでいく。
「ベル、あれは?」
「九星執行官です。
第九位、『海王』ネプ」
「九星……どうしてこんなところに……」
情報共有をする二人の先で、エルシアは剣を振り回す。
『風龍剣』特有の、細かい風の斬撃の発生。
これが、かなり効果的に働いている。
ネプの龍腕は、斬っても斬っても再生する。
これを細かく斬り刻むことで、僅かながら再生を後らせることができるのだ。
この僅かな差が、極限状態の戦闘においては鍵になってくる。
「『蒼嶺の轟』!」
剣の周りに渦巻く蒼い気流。
淡く光る剣身を、エルシアは力いっぱいに振り抜いた。
放たれた一閃は、ただの風ではない。
風よりも速く、音を置き去りにした。
その斬撃は、八本の龍腕を悉く斬り刻んだ。
そして、ネプの姿が露わになった。
「――『烈風一閃』!」
その一瞬の糸口を逃すまいと、エルシアは更に速度を上げた。
だが――、
「――ふはッ!」
ネプは、不気味に笑った。
満面の笑みともいえるほどの、笑顔。
そして――、
「ハァァァァァァァ!」
ネプの顔面の前に出てきた二本の龍腕から、青白い光線が放たれた。
エルシアは、至近距離にいる。
避けようが、ない。
「エルシアぁぁぁぁぁ!」
「大丈夫だよ!」
叫ぶベルに、そう応えるエルシア。
目と鼻の先ほどの距離から放たれた光線を、
エルシアは、斬った。
二つに分かたれた光線は、瓦礫の山をまとめて消し炭にした。
もしあれが当たっていたら、と考えると、ベルは肝が冷える感覚に襲われた。
「何だと?!」
「甘く見たね、わたしを!」
「――ッ!」
「がっ……!」
ついに首を捉えようかというところで、ネプはエルシアの横腹を蹴り飛ばした。
「エルシア! あぶっ……ごはっ!」
「ごめんっ、大丈夫?」
「治癒します!」
飛ばされたエルシアを受け止めようとしたベルは、エルシアの尻に押しつぶされた。
シャルロッテは治癒魔法を唱え、負傷が激しいシャルロッテを治癒する。
「攻撃魔法も使えて、治癒魔法も使えるんだ。器用だね」
「いえいえ」
柔らかく微笑むシャルロッテ。
エルシアは再び立ち上がり、剣を構えた。
「エルシア。時間を稼げますか?」
「稼ぐだけなら、いくらでも大丈夫だよ」
「奴を、観察したいんです」
ベルはそう言って、ネプを凝視する。
多すぎる腕のせいで中々観察するのは難しいが、目を大きく開いて、ネプの隅から隅まで、舐め回すように見る。
「はぁぁぁぁっ!」
エルシアの雄叫びは、もはやベルの耳には入っていない。
「エルシアさん! 下がって!」
「はいっ!」
「――『バニッシュボルト』!」
シャルロッテの詠唱も、聞こえない。
ベルは完全に、ゾーンに入っているのだ。
ネプの腕、脚、胴、首。
舐め回すように、下からも上からも、何度も見つめる。
「ハハッ!」
「くぅっ……!」
まるでこの戦闘を楽しんでいるかのように笑うネプ。
それと対峙するエルシアの表情は見えない。
だが、確実に消耗が激しく、限界が迫っていることは明らかである。
「――――!」
ベルは息を呑んだ。
土煙で、はっきりとした姿は見えない。
しかし、土煙の中でもひと際目立った赤色。
見間違いではなく、確実に見た。
「――――目だ」
そう、ぽつりと呟いた。
---
ウラヌスは、短剣を片手に、ランスロットに向かって走り出した。
先ほどよりももっと速い速度で、鋭い攻撃を繰り出す。
ランスロットは、それら全てを槍で弾く。
それ以外に、方法がないのだ。
ランスロットは、特別な能力を持っていない。
ベルやシャルロッテのように魔術が使えるわけでもなければ、
エリーゼのように属性を駆使した剣術を使えるわけでもない。
単純な戦闘能力のみで、ここまで生きてきたのである。
そんなランスロットはにとって、この戦闘はあまりにも不利だ。
様々な異能を持つ敵に対して、正攻法しか攻撃する術を持たない。
これでは、攻撃の手口が変わり映えしないため、ウラヌスは自然と慣れてしまうのだ。
故に、現にランスロットは押されている。
先の太腿への一撃も効いているのか、動きが衰えている。
「ぐっ……アァァァァ!」
腹の底から声を上げるランスロット。
ウラヌスはそれでも、攻撃の手を緩めることはない。
「これが、名高いソガント族の戦士ですか?」
「――」
ウラヌスはランスロットを蹴り飛ばし、自らも後ろに退いた。
ランスロットは、敢えて距離をとったウラヌスに腹を立て、地面を蹴って飛び出した。
長い槍を振り回し、どうにかウラヌスに一撃を与えようと必死に攻撃する。
ウラヌスはそれをもろともせず、涼しい顔で受け流し続ける。
ウラヌスは後ろに飛び退き、五本の短剣をランスロットに飛ばす。
ランスロットは体勢を低くして地面を蹴り飛ばし、それを躱した。
太腿の刺し傷が、ランスロットの胸を焼くように痛む。
歯を食いしばって痛みを堪え、雄たけびを上げて痛みを力に変換する。
「――っ!」
ウラヌスは思わず、口を開けた。
ランスロットが、ウラヌスが握っていた二本の短剣を弾き飛ばしたのだ。
ランスロットは更に槍を振り、ウラヌスの首を狙った。
ウラヌスは首を傾けて、ギリギリのところで躱した。
「クッ……!」
完全に避けきることは、できなかった。
ウラヌスの頬が、僅かに切れた。
――その傷が、ウラヌスの癪に障った。
「――!」
ウラヌスは、今日一番の力で地面を蹴った。
ウラヌスのいた場所は円形に抉れ、衝撃波が炸裂した。
普通に走り出すだけでは発生するはずのない音が聞こえた直後には、ウラヌスは既にランスロットの鼻先にいた。
「終わりです」
「――まだ終わらせん!」
ランスロットの首を捉えようかというところで、ランスロットはウラヌスの横腹に蹴りを入れる。
凄まじい威力の蹴りに、二人の足元の地面から再び衝撃波が生まれる。
吹き飛んでいくウラヌスを横目に見るランスロットの銀髪が、突風に吹かれて揺れた。
瓦礫の山のない空中を、速度を落とさずに飛んでいく――否、飛ばされていくウラヌス。
その表情には、余裕がない。
止まることなく、景色が流れていく。
切られた頬から出る鮮血が、ウラヌスの目に映る。
そして後ろを見ると、もはや見慣れた瓦礫の山がみるみる近づいてくる。
それを見て、ウラヌスの背筋が凍った。
「速度を落とさなければ……!」
空中で腕を後ろに伸ばし、赤黒い壁を作り出す。
ウラヌスは、勢いよくその壁に突っ込んだ。
作り出した壁は柔らかく、ウラヌスを吸収するように受け止めた。
「―――っ!」
ウラヌスは目を開くと、再び息をのんだ。
「……これだけの速さで飛ばされていたのに、どうして追いつけたのですか?」
「知らん。貴様の油断が招いた好機を、俺は逃さなかっただけだ」
ランスロットは、瓦礫に背を預けるウラヌスに槍先を向ける。
ウラヌスは、苦し紛れに笑っている。
ポタポタと、ウラヌスの頬から血が滴り落ちる。
ランスロットは血が滴る様子をじっと見つめる。
「これで、私を追い詰めたつもりですか?」
「誰がどう見たって、勝負はついている」
「――さて、それはどうでしょうか」
「――何ッ?!」
ランスロットは、衝撃波に飛ばされた。
何とか槍で衝撃を和らげて、地面に槍を突き刺して飛ばされないように踏ん張る。
ウラヌスはゆっくりと立ち上がり、薄ら笑いを浮かべる。
ランスロットは槍を構え、攻撃に備える。
ウラヌスの立っている周りの空気が、悲鳴を上げている。
転がっている小石は、カタカタと音を立てて揺れている。
「ハハハッ……フハハハハハッ!」
高らかな笑い声をあげて、ウラヌスはランスロットに襲い掛かった。
「――ッ?!」
――速い。
これまでで、一番速い。
ランスロットでも、初見で目で追うことはできなかったほどだ。
そして、ランスロットはウラヌスの握っている武器を見て、ランスロットは目を見張った。
――ウラヌスが握っているのは、短剣ではなかった。
長い剣、いわゆる「長刃」だ。
ウラヌスは短剣ではなく、武器種を変えて再起したのだ。
赤黒く、長い刀身の長刃。
ウラヌスを受け止めた壁と、同じ色である。
先ほどまでとは打って変わって、リーチの長い武器。
戦い方はまるで違う。
ランスロットは一度距離を取ろうと、後ろに飛んだ。
しかし――、
「――ッ」
ウラヌスの長刃が、ランスロットの胸部を斬り付けた。
もう少しランスロットが飛び退く距離が短ければ、
ウラヌスの刃はランスロットの体を上下真っ二つにしていただろう。
ランスロットが後ろに飛び退いたその一瞬という時間は、
ウラヌスが距離を詰めるのに十分なのであった。
ヒリつくような痛みが、再びランスロットの脳を焼く。
しかし、痛がっている余裕などどこにもない。
ウラヌスは狂気じみた笑みをこぼしながら、ランスロットへの攻撃を続ける。
ランスロットは全ての痛みを忘れて、槍で攻撃を防ぎ続ける。
連続した金属音が、波に流されて荒廃してしまった街中に響く。
両者は、まさに目にもとまらぬ速さで攻撃と防御を繰り返す。
異能を持つウラヌスと、槍一本で迎え撃つランスロット。
二人の武器と武器がぶつかり合う音で錯覚してしまうが、確実に互いの体にダメージは刻まれている。
「どうした、ランスロットォ!」
「――」
ウラヌスは、もう完全に冷静さを失っていた。
穏健な口調から一転、狂人のような目をしながら剣を振り回している。
ランスロットは動揺する様子もなく、相手の一挙一動を見逃すことなく戦う。
――否、見逃せないのだ。
一瞬でも気を抜けば、ウラヌスの刃に首を捉えられる。
ここで敗北することは即ち、ランスロットの「死」だけでなく、
逃げたゾルトやダリアの「死」を意味する。
相当な時間を稼いだため遠くに逃げたことは間違いないだろうが、彼らを追う途中で二人以外にも犠牲者が出る可能性もある。
だから、ここでウラヌスを止めなければならない。
それをできるのは、この場ではランスロットただ一人なのだ。
これまでに戦ったどの敵よりも、手強い相手だ。
ランスロットはその全霊をもって、槍を振り続ける。
――あの頃は、罪のない同族を殺してしまった。
償えるとも、贖えるとも思わない。
だが今は、守るべきものがたくさんできてしまった。
「――ッ!」
ランスロットは一度、力を入れて攻撃を弾く。
ウラヌスはあまりに強い衝撃に、バランスを崩しかける。
「私に勝てると、思うなァ!」
「――」
「ゴハッ……!」
ウラヌスは、口から血を吐いた。
脇腹に、ランスロットの槍が深々と刺さっている。
「クッ……!」
だがそれと同時に、ランスロットの表情も歪む。
ランスロットの肩にも、ウラヌスの長刃が刺さっているのだ。
「何故……! 何故そこまでして、お前は私を……!
私を殺すことで、罪滅ぼしが出来るとでも……?」
「何度でも言おう。
俺は、俺のために戦っているわけではない。
俺は、人のために、お前を殺すのだ」
ランスロットは低い声で、そう言った。
ボタボタと、二人の傷口から血が滴る。
ウラヌスは何とか抜け出そうと、ランスロットの顔面に拳を飛ばす。
しかし、ランスロットはそれを素早く躱した。
凄まじい威力だったためか、避けたのに頬が切れた。
だが、ランスロットは表情を変えることなく、突き刺した槍は手放さない。
「俺は既に、貴様の権能を見破っている」
「――」
ウラヌスの目が、小さく揺らぐ。
ウラヌスは小さく笑って、
「さあ、どうでしょう」
「――自らの血を、武器や壁に変換する。
それが、貴様の権能だろう」
「――!」
今度ははっきりと、ウラヌスは動揺した。
肩に突き刺した長刃を握る手が、カタカタと揺れ始めた。
その揺れがランスロットの肩と脳を蝕む痛みとなるが、
ランスロットはなおも槍を刺したままだ。
――『捧血の契』。
九星執行官・第八位、『天王』ウラヌスの権能だ。
ウラヌスの体内に流れている血を代償に戦う、という権能だ。
赤黒い短剣の雨も、
赤黒い壁による防御も、
そして、赤黒い長刃も、
全てウラヌスの血液を犠牲にして作り出されたものなのだ。
つまり体外への出血というのは、ウラヌスにとってかなりのハンデとなる。
武器や防御壁をつくるための血を失ってしまえば、戦えなくなるのだ。
「……驚きました。まさかそこまで見破られているとは」
「これだけ大量に出血していれば、もう満足に戦うことはできないだろう。
投降しろ、ウラヌス」
「そうですね……これ以上やり合っても、私に勝ち目はないでしょう」
ウラヌスは目を閉じ、ため息をつく。
叫び出しそうな痛みを堪え、ランスロットの肩に刺している長刃を素早く抜こうとする。
「――!」
「――逃がさん」
だが、その長刃は抜けない。
深々と突き刺さった長刃は、微動だにしない。
ウラヌスは、逃走を図ろうとした。
ガッシリと地に足をついて踏ん張り、突き刺した槍を力いっぱいに握る。
ランスロットの肩からは、血がとどまることなく流れ続けている。
しかし、ランスロットはもはや、痛みなどとうに忘れてしまっていた。
(まずい……逃げなければ! 死んでしまう!)
ウラヌスは立ち上がろうと、脚に全力を込める。
何とか尻は浮いたが、しっかりと立ち上がることはできない。
腹部に突き刺さった槍はウラヌスの体を貫通し、瓦礫に刺さっている。
ウラヌスの体は、固定されてしまっていたのだ。
「ウアァァァァァァ!」
「――」
まるで魔物の咆哮のような声が、開けた街中に木霊する。
これは、ウラヌスの口から発せられた声である。
ランスロットはそれでも、槍を握って離さない。
「退けェェェェェェェ!」
「――ッ」
人間の力とは思えない力で、ウラヌスはその場から離れようと踏ん張る。
ランスロットも同じように、地面に釘を打っているかのようにしっかりと足を固定している。
「――ガッ」
ランスロットの背中に、何かが刺さった。
二本の、短剣だ。
ウラヌスはせめてもの抵抗に、残り少ない血を振り絞って、短剣を作り出したのだ。
ランスロットの視界が、一瞬揺らぐ。
少しでも気を緩めれば、ランスロットは倒れてしまう。
「――んぐッ?!」
「――アァァァァァァァァァ!」
ランスロットもまた、魔物のような咆哮を上げる。
痛みも、憎しみも、悲しみも全て忘れる。
感情の一切を捨て、ランスロットは槍を捻る。
「グッ……アァァァァァァァ!」
「ウオアァァァァァァァ!」
二人の雄叫びが、共鳴し合うように鳴り響く。
それが互いの鼓膜を破り、体の髄まで響き渡る。
徐々に、ウラヌスの体が斬れていく。
背中に突き刺さった短剣の痛みも、もう何も感じなくなった。
今はただ、この男を葬り去るために――、
「ウアァァァァァァァァ!!」
「やめッ……やめろ……」
懇願するようなウラヌスの声も、もうランスロットの耳には届かない。
顔を見れば、懇願しているのは分かる。
しかし、ランスロットは腕の力を緩めようとはしない。
肩にも、背中にも、刃は刺さっている。
ランスロットの体力も、既に限界を超えている。
それでも、ここでやらなければならない。
――――例え、ここで相討ちになろうとも。
「――アァァァァァァァァァァ!」
振り抜いた。
ランスロットは、槍を横に振り抜いた。
――ウラヌスの体は、上下に真っ二つになった。




