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空中転生 - 落ちこぼれニート、空の上でリスポーンしました -  作者: 蜂蜜
第3章 少年期 『死を呼ぶ双星』編

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第二十三話「『それぞれ』の戦い」

 一方その頃。


「フンッ!」


 ランスロットは一人、槍を振っていた。

 相手は、大量の魔獣である。


 ランスロットは目が覚めてからすぐに、魔物に絡まれていた。

 人型の魔物から、動物型の魔獣まで。

 その全てと、少々の手傷を負いながらも対峙していた。


 殺しても殺しても、際限のない魔物たちの波。

 まるで突如として押し寄せて彼らを流した波のように、絶え間なくランスロットを襲う。

 それでも、ランスロットは一向に消耗している様子を見せない。


 ――否、消耗はほとんどしていないのである。


 ランスロットはソガント族の戦士。

 この程度の魔物の波など、蚊を相手にしているようなものだ。

 つまるところ、多少の疲れはあるものの、何ら支障はないということだ。


「はァ……はァ……」


 ランスロットにしては珍しく、息切れを起こしている。

 かれこれ数時間、ほとんど休む間もなく槍を振り続けているのだ。

 ランスロット自身は問題なくても、体の方は正直である。


 目が覚めてから夜が明けるまで、殺した魔物は数百どころではない。

 そこら中に、魔物の角やら武器やらが転がっている。


 ランスロットは落ちている魔獣の肉を、生で喰らった。

 魔術の類を使えないため、ベルのように何もないところから火を起こすことができない。

 そのため、肉を焼く術がないのだ。

 ソガント族含む竜人族は元来、狩猟を中心とした食生活を送っていたため、

 その時の名残であるのか、生で肉を食っても平気なのだ。


 ランスロットはベル達と出会う前まで、何十年も一人で放浪してきた。

 故に、独りでいること、独りで戦うことには慣れている。

 しかし、ランスロットは生まれて初めて、「寂しい」という感情を体感している。


 いつも賑やかだったランスロットの周りは、寂れてしまっている。


「……やめだ」


 ランスロットは首を振り、ベル達を捜し始めた。


「人だ……! アタイら以外に人がいるぞ!」


 ふと、右手の方から声が聞こえた。

 ランスロットは視線を声のする方へ移す。


 そこには、瓦礫の中で二人、人間が座っていた。


 ランスロットは槍を握ったまま、その三人に近づいていく。


「おい、アイツ、角があるぞ」

「竜人族か?」

「そうだ」

「すげえ! 本物だ!

 てか、人間語が話せるのか?」

「わけあってな」


 ランスロットはこの二人が敵ではないと判断し、槍を背中にしまった。


 男と女が一人ずつ。

 盗賊のような恰好をしている。


「お前もこっちに来いよ。

 飯分けてやるから」

「……お前達は、俺が怖くないのか?」

「怖い? アタイら以外に生きてる人がいるってだけで心強いよ。

 確かに見た目はちっと怖いけど、悪い奴ではなさそうだし。

 な、ゾルト」

「ああ」


 ランスロットは内心、呆気に取られていた。

 人族は皆、竜人族を恐れていると思い込んでいたためだ。

 ベルやエリーゼの場合は特殊であったが、ミリアの街を歩くだけで怯えたような眼差しを浴びることも多々あった。


 手招きをされるままに、ランスロットはその瓦礫の山の中にある小屋のような場所に入った。


「名前はなんて言うんだ?」

「ランスロット・ソガンティアだ」

「かっちょいい名前だな。

 オレはゾルトだ」

「アタイはダリアだ。よろしくな」


 目の前に差し出された手を数秒見つめたのち、その手を握って握手を交わした。


 ゾルトはランスロットに「食えよ」と、ビスケットを渡した。

 ランスロットは思わぬ優しさに釈然としないながらも、そのビスケットを口にした。


「美味いだろ?」

「美味い」

「水が入ってちょっとシナシナだが、味自体はそう変わっちゃねぇな。

 あっ、お前! ラスト一個だったのによぉ」

「油断は禁物だよ、ゾルト。

 常に周りに気を張っておかなきゃ、命はすぐなくなっちまう」

「オレはそんなにスケールの大きい話をしてない!」


 ランスロットが隣にいることを忘れているかのように、ビスケットを取り合う二人。

 この二人が、ランスロットには何故か、ベルとエリーゼと重なって見えた。


「その……俺は人を捜しているのだ。

 ビスケット、感謝する」

「おっ、奇遇だな。アタイらも人を捜してるんだ」

「良かったら、一緒に動かねぇか?

 外には何故か魔物がたくさんいるし、オレ達だけじゃ心細くてよ」

「……」


 ランスロットは少し考えこむ。

 利害は一致するが、一緒に行動するとなれば、動きも限られてくる。

 あくまで最優先なのは、エリーゼ、シャルロッテと合流し、そこからベルを捜すこと。

 この二人の捜し人まで捜してやる余裕は、はっきり言って、ない。


 だが、


「分かった」


 ランスロットは、断ることをしなかった。

 理由は一つ。


「ビスケットの借りだ」


 ランスロットは、非常に義理堅い人間である。


---


「それで、ランスロットが捜してる人ってのは、誰なんだ?」

「名前か?」

「ああ。名前を叫んでみたら、応答があるかもしれないからよ」

「捜し人は三人だ。

 エリーゼ、シャルロッテ、そしてベルだ」

「分かった、その三人の名前を……っておい、最後の名前はなんだって?」

「ベルだ」

「ベル?! アンタもしかして、ベルの知り合いなのかい?!」

「知り合いというか、仲間だ。

 お前達の方こそ、ベルと知り合いなのか?」


 ランスロットの言葉に、ダリアとゾルトは思わず足を止めた。


「オレ達は、ベルの隣の牢屋に入れられてた囚人なんだ」

「……そうなのか?」


 ゾルトはやや興奮気味に、ランスロットにそう伝えた。

 一方、ランスロットは冷静である。

 というより、この二人の話はほとんど頭に入っていない。

 周囲の警戒を一瞬でも怠れば、命の危険があるからだ。

 ランスロット一人ならまだしも、二人人間を抱えているとなると、普段以上に警戒しなければならない。


 ベルとエリーゼ、そしてシャルロッテは背中を任せるに足る戦士だと認識しているため、

 普段はそこまで気を張っていない。

 だが今回は、戦えるかどうかも分からない人間を守らなければならないのだ。


 ゾルトとダリアはそんなことも知らずに、談笑をしている。

 本当に人探しをする気はあるのかと半ばイラついているランスロットだが、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。


「――ランスロット! 横だ!」

「!」


 深呼吸の最中、ゾルトの声で我に返った。

 常人ならば目で追うことすらできないほどの速度で槍を引き抜き、敵を突いた。


「……助かった 感謝する」

「気にすんな。後よ、オレ達も一応人並みくらいには戦えるから、安心しろ。

 超人的な動きはできねえけどよ」

「元々盗賊をやってたから、コソコソ動いたり、パパッと動いたりするのは得意だしな。 

 動体視力には自信があるから、背後は任せな」

「……そうか。ならば、背中は任せた」


 ゾルトが居なければ、危なかったかもしれない。

 不覚をとったことを反省しつつ、ゾルトとダリア、二人の盗賊に背中を任せることにした。


「そういえば―――」


 刹那。

 ランスロットの背後で、ドサッと倒れる音が聞こえた。


 ランスロットが振り返ると、そこにはゾルトを庇ったダリアが血を流して倒れていた。


「ダリア……? ダリア! おい!」

「うっ……!」


 ダリアが血を流しているのは、背中からだ。


「ゾルト! 絶対に動くな!」

「わ、分かった……。

 何なんだよ、もう……!」


 ランスロットは、その場での静止を命じた。

 ゾルトは言われた通り、ダリアの応急処置をしながらその場に留まっている。


 槍を構え、周囲を見回す。

 しかし、それらしい姿は見当たらない。

 先ほどの奇襲は魔獣によるものであったが、今回は明らかにそうではなかった。

 空間認知能力に長けているはずの盗賊が、振り返る間もなく背後からやられた。

 これはどう考えても、魔獣や魔物の類ではないだろう。


 360度を、ゆっくりと見渡す。

 ランスロットの鼓動が、早くなっていく―――


「!」


 キンという甲高い金属音が、瓦礫だらけの荒地に響いた。

 ランスロットは、ノールックで攻撃を防いだのだ。


「――おや、竜人族の方ですか?」

「……貴様は、誰だ」


 いつもよりも遥かに低いトーンで、ランスロットは尋ねた。


 未だ、その姿は見えていない。


「私は、『九星執行官・第八位』、『天王』ウラヌス。

 名前だけでも覚えて、お逝きなさい」


 ようやく姿を現したかと思えば、瞬きする頃にランスロットの鼻先まで刃先が飛んできていた。



---


 体の震えが止まらない。

 怖い。怖い。


 かつてルドルフとロトアが対峙した執行官とは別人であり、序列も一番下だ。

 それでもなお、ひしひしと伝わってくる強者のオーラ。

 威圧感で倒れてしまいそうなくらいだ。


「一つ、いいですか?」

「! ベル?」

「何だ」


 彼は、話も聞かずに殺しにかかってくるタイプではないらしい。

 少し賭けの要素はあったが、話せばわかるタイプなのかもしれない。


「この街の惨状、やったのはあなたですか?」

「ああ。我の権能で海の水を巻き上げ、街を飲み込むように操作した」


「……何のために、こんなことを?」

「貴様らには関係のないことだ」


 関係のないこと。

 何故だか分からない。

 だが、その一言はベルの逆鱗に触れた。


「無数の罪のない人々を殺しておいて、それはお前達には関係がない、と」

「そう言っているではないか」

「――ふざけるなよ!」


 隣に立っているエルシアは、体をビクンと震わせた。

 ベルは顔の血管が浮き出る程に、声を荒げた。


 ネプは全く動じる様子も見せず、ただ毅然と、無表情を貫いている。

 ベルはその、ある意味無神経な態度に、更に激昂した。


「お前はどれだけのものを壊したと思っているんだ!

 人も! 建物も! 未来も!

 それでも、俺達には何の関係もないって、そう言うのか!?」

「うむ」


 ベルは感情任せに、脳に浮かんでくる言葉を投げつけた。

 なおもその場を一歩も動かず、表情一つ変えず、ネプはベルを見つめる。


 ベルは強く拳を握っている。

 その手のひらには爪が食い込み、地面に血が滴り落ちている。


 ――そして、ベルの周りに無数の火の玉が現れた。


「ほう。我と戦うか」

「違う」

「ならば、それは何だ?」

「――殺すんだ」


 ベルは生み出した無数の炎を、ネプに向けて一斉に放った。

 その炎は、無くなることはない。

 ベルが魔力を解き放っている限り、それは永久的に生み出され、放たれていく。


 魔術を初めて覚えてから七年間で培ってきたその魔力量は、既に常人を超えている。

 その魔力量を以て、ネプを仕留めるつもりなのだ。


 ベルは、息を切らすほどの量の炎を放った。

 だが、不思議と手ごたえは薄かった。


 通常、魔術が命中すると、確かな手応えを感じる。

 それは魔物であっても無機物であっても同じ。

 しかし、今回はほとんど手応えを感じなかった。


 ベルは杖を抜いて、その杖先を土煙の中へ向ける。


「――!」


 土煙が晴れた。

 ベルは確かに、かなりの数の魔術を浴びせた。

 ところが、ネプは変わらず目の前に立っていた。

 それも、無傷である。


 ベルの瞳孔が、左右に揺れる。

 杖を構えた手が、プルプルと震える。


「良かったのは威勢だけだったようだな」

「……」


 ネプは初めて、ニヤリと笑った。

 そして、一瞬のうちにベルの目の前まで来た。

 その拳が、ベルの鼻骨を砕く――


「ぐっ……!」


 その間際、エルシアの大剣が拳を弾いた。

 拳と剣から起こったとは到底思えない金属音が、ベルとエルシアの耳に突き刺さる。

 ネプはまるで分っていたかのように後ろに飛び退き、エルシアの反撃を躱した。


「わたしもいるってこと、忘れられちゃ困るよ」

「何だ、戦えたのか、女。

 この小僧の背に隠れているだけかと思っていたが」

「この二本の剣を見てもそんなことが言える?」


 エルシアは二本の剣を誇示するように両手に握り、鋭い眼光でネプを睨みつける。


「大人しくしていれば、楽に殺してやることもできたが……。

 命知らずというのは、末恐ろしいものだな」


 ネプは吐き捨てるようにそう言った。

 そして、地面を蹴った。


 ――狙いは、ベルだ。


 エルシアはベルを抱えて横っ飛びで攻撃を躱す。

 体勢が崩れたところを、ネプは見逃さない。


 鋭い蹴りでエルシアを吹き飛ばすと、今度はベルに拳を振り上げる。


「――」


 それを再び阻んだのは、エルシアだった。

 吹き飛ばされた直後に体勢を立て直し、

 積み上がっている瓦礫を壁にしてそれを蹴り飛ばし、

 物凄いスピードで二人の間に入ったのだ。


 エルシアは、風聖級剣士だ。

 一般に、風剣士は他の属性の剣士よりも動きが速い。

 動きだけならば特級レベルの風聖級剣士だって、決して珍しくはない。


 エルシアは、()()()()()の聖級剣士である。


 想像以上の速度で追撃をしてきたエルシアに、ネプは少しばかり動揺した。

 だが、彼にとってそれは何の問題でもない。

 エルシアの剣撃をのらりくらりと躱し、エルシアの腹に一発殴りを入れた。


「かはっ……!」


 視界が一瞬ぐらついたのち、エルシアは先ほどと同じような形で蹴り飛ばされた。


「『ライトニングブラスト』!」


 ベルの杖先から、紫紺の稲妻が放たれた。

 それは一直線に、ネプの頭を捉える。

 しかし、難なく躱されてしまった。


 ベルはそれに動じることなく、更なる追撃をする。


「フレイムブラスト!」


 先ほどよりも遥かに大きな炎の球を、ネプ目掛けて放った。

 だがやはり、手応えはない。


 (躱されてんのか? それとも、食らってるけど無効化している……?)


 思考を巡らせるベル。

 これまでの人生で回したことがないくらい頭脳を回して、打開策を考える。


「がっ……!」


 そんな(いとま)も許さないのが、九星執行官。

 ベルを殴り飛ばしたネプは一気に畳みかけようと、再び地面を蹴る。


「はぁっ!」


 ベルは後ろ向きに飛ばされながらも、飛び掛かってくるネプに魔術を放つ。

 ネプはそれを、腕で防いでみせた。

 目を凝らして腕を見ても、傷はついていない。


「あぁぁぁぁあ!」


 何発魔術をぶつけても、全てを腕で防がれる。

 躱しているのではなく、攻撃は確かに当たっていた。

 だが、食らってはいないのだ。


「終わりだ、小僧――」

「――させない!」


 三度(みたび)、エルシアが割って入った。


「邪魔をするな、女!」

「あの子だけは、絶対に守る!」


 エルシアの叫びが木霊する。


 ネプはその手のひらから、潤色の水魔術を放った。

 ――詠唱無しで。


 初級魔法にも満たない、「フレイム」や「アクア」のような初歩的な魔法ならば、無詠唱で使える人も多い。

 だが、今ネプが使った魔術は、誰の目に見ても初歩魔法ではないのが明らかであった。


「『風刃(ふうじん)』!」


 自らの体に迫り来る水を、風で斬り裂いた。

 その水魔法は左右真っ二つに割れ、二人の遠く背後にあった瓦礫を破壊した。

 直撃していれば即死は免れなかっただろう。


 エルシアは、既にかなりの傷を負っている。

 瓦礫に勢いよく衝突したことによって、全身を強く打ち付けた。

 切った額からは、赤い血が流れている。


「邪魔だと言っておる!」

「どうしてベルから狙うの?!」

「弱者から殺すのが、戦いにおけるセオリーであろう」

「――ベルは弱くない!」


 エルシアは、大剣を振り回しながらそう叫ぶ。

 技を使っていないのにも関わらず、エルシアの剣からは万物を斬り裂く程の風が起こっている。


 魔剣、『風龍(ふうりゅう)』。


 五行相生が元となった、「土」を除く四種類の魔剣、


 『炎龍剣(えんりゅうけん)

 『水龍剣(すいりゅうけん)

 『風龍剣(ふうりゅうけん)

 『雷龍剣(らいりゅうけん)』からなる『世界四大魔剣』の一つである。


 エルシアが使う二本の大剣は、二本で『風龍剣』として数えられるのだ。

 片方を失くしてしまえば、能力は半減してしまう。

 だから、戦う時は必ず二本で戦わなければならないのだ。


「――しっ!」


 エルシアは随時ネプから距離を取り、その大剣で(くう)を斬る。

 文字通り、「空を斬る」のだ。


「なっ!」


 目には見えない風の斬撃が、ネプの判断を曇らせる。

 近づきたくても、斬撃が飛んでくるために近づけない。


 ネプは、瞬時に思考を巡らせる。


 一瞬にも満たないその隙を、見逃さなかった。




---ベル視点---




 痛い。

 怖い。

 憎い。


 俺の中で、様々な感情が入り乱れる。


 今すぐにでも、逃げ出したい。

 本当に、ただ生き延びることだけを目的とするなら、

 エルシアを置いてここから逃走をするのが一番手っ取り早い。


 でも、そんなことできるはずがないだろう。


 エルシアとは、まだ出会って数時間程度だ。

 それでも、エルシアは何度も俺を救ってくれた。

 エルシアが居なければ、俺はとっくに殺されていただろう。


 そんなエルシアを、『命の恩人』を見捨てて、逃げるわけないだろ。


 初めて、九星の執行官と戦った。

 正直、レベルが違う。

 エルシアの戦闘能力は俺の予想をはるかに上回っていたが、それ以上に力量の差を感じる。


 だがしかし、エルシアは諦めずに戦っている。

 それも、この戦いに勝つために戦っているんじゃない。


 俺を守り抜くために、戦っているんだ。


 さっき俺が飛ばされたとき、エルシアの叫ぶ声が聞こえた。


 ――ベルを、絶対に守り抜くと。

 ――――ベルは、弱くないと。


 ……ああ、そうだよ。

 俺は、弱くなんてない。


「ふぅ…………」


 深く息を吸い、そして吐く。

 この一連とも呼び難い動作は、いつも魔術の練習を行う時に怠ることはないルーティーンである。


 そう、俺は今から、魔術を使う。

 だが、今まで使ってきた魔術とは少し違う。


 杖を懐にしまい、低く構える。

 指先を地面に突き、更に体勢を低くする。


 俺はその指先を、コツンと踵に当てた。


 俺の足は、三秒も経たないうちに熱を帯びた。

 パチパチと、何かが弾けるような音、感覚。

 ちゃんと使うのは、当然初めてである。


 エルシアが時間を稼いでくれている。

 エルシアのおかげで、ネプは足止めを食らっている。

 今しかない。

 決めるなら、今だ。


 俺が天大陸にいた頃からずっと温め続けてきた、秘伝の技――


「――――『雷脚(らいきゃく)』!」


 雷鳴のような轟音が、俺の足から鳴り響く。

 鼓膜が破れる程の、大きな音。

 鼓膜の安否なんて、気にしている余裕はない。


 稲妻のように速く、ネプ目掛けて突撃する。

 その道中で、エルシアが剣を片方、左側に差し出していた。

 合っているのかは分からないが、

 エルシアはきっと、「これを使え」という意図で左手のみを出していたのだろう。


 俺は剣を受け取り、呆気に取られているネプに剣を振り上げる。


 剣術は、滅法だめだ。

 だから、いい振り方とか、いい斬り方とかは、よく知らない。

 でも、これまでに見てきたたくさんの剣士達の剣の振り方は、なんとなく覚えている。


「――――はぁぁぁぁぁぁぁ!」


 腹の底から沸き立つような雄叫びをあげながら、剣を振り下ろした。


 ――確実に、斬った。


---


「――!」


 ランスロットは首を傾けて、その攻撃を避ける。

 素早く槍を抜き、更なる猛追撃を槍で弾く。


 ウラヌスと名乗った、九星執行官の第八位。

 この男は、ベルとエルシアが対峙しているネプとは違い、武器を用いる。

 使っているのは、短剣である。

 その短い剣で、ランスロットに凄まじい速度の剣撃を浴びせる。


 ランスロットはその全てを、自らの槍で弾き続けている。


 キンキンと、連続して金属音が鳴り響く。

 ランスロットは防戦一方の状況を抜け出すべく、一撃と一撃のその僅かな間隔で、後ろに飛んだ。

 その背後には、倒れたダリアとそれを抱きかかえるゾルト。


「どうして、その二人を庇うのです?」

「貴様に教える義理はない」

「まだ出会ってから、たかだか数十分でしょう?

 仲が深いわけでもないのに、庇う理由なんてあるのですか?」


 ランスロットはこの瞬間初めて、ずっと感じてきた違和感の正体に気づいた。

 誰かに監視されているような、奇妙な感覚。

 ウラヌスは随分と前から、ランスロットを尾行していたのである。


「ウラヌス。交渉をしよう」

「交渉?」

「この二人だけは、見逃してやってはくれないだろうか」

「ランスロット……!」

「俺を殺した後は、煮るなり焼くなり、好きにしろ」


 ランスロットは、槍先をウラヌスに向けてそう言い放った。

 その言葉に、ゾルトは言葉を失った。


 ウラヌスの言う通り、ランスロットとゾルト達は、出会った直後であると言える。

 それでも、ランスロットはこの二人の命を背負おうとしているのだ。


「分かりました。あなたを殺せば、何の問題もありませんからね」

「感謝する。……ゾルト。ダリアを連れて逃げろ」

「でっ、でも、それじゃお前が……」

「本当ならば、何十年も前に死ななければならなかった。

 だから、覚悟はできている」


 ランスロットは、ずっとあの時の罪を背負っている。

 表に出さないように心がけていたが、今でも毎晩、あの時のことを夢に見る。


 魔人竜戦役の時の、同胞の大量殺戮。

 正体不明の呪いによって精神崩壊を起こしたことを皮切りに、同族であるソガント族を半壊させた。

 戦争が終結して間もなく村を追放されてから、何度も、自殺を図った。


 悪運が強かったのか、ランスロットは一度も死ぬことができなかった。

 長い長い、孤独な生活を過ごした。

 その間、何度も何度も、「死んだ方が楽だ」と思うことがあった。


 元凶は呪いであるとはいえ、大きな過ちを犯したということに変わりはない。


 そんな彼を救った、二人の子供の存在。

 角の生えた竜人族を目の前にしても臆さず、自分を認めてくれた、彼らの存在が、

 当時のランスロットにとって、この上ないほどに救いだった。


 彼らに出会ってから、ランスロットはようやく、自分が生きる意味を見つけたのだ。

 同族に疎まれ、謗られた彼が、この世界に存在してもいいのだと。


「はァァッ!」


 金髪の少年と赤髪の少女、そして緑髪の魔術師に思いを馳せて、ランスロットは地面を蹴った。


 ウラヌスの喉元に、長い槍を突き刺さんとする。

 ウラヌスはランスロットの速攻を、悠々と躱す。

 素早く身を捻り、空中で手元から雨を降らせる。


「クッ……!」


 降ってきたのは、ただの雨ではない。

 ウラヌスが握っていたはずの、赤黒い短剣の雨である。

 無数の短剣が、ランスロット目掛けて降り注ぐ。

 それも、無造作に降り注いでいるわけではない。

 確実に、ランスロットだけに降り注いでいるのである。


 ランスロットは自らの頭の上で槍を回転させる。

 扇風機の羽根のように槍を回すことで、傘のような役割を果たす。

 降り注ぐ短剣の雨は、一本残らず弾かれた。


 短剣の雨が止んだ時には、既にウラヌスはランスロットの目の前で短剣を振りかぶっていた。

 ランスロットは間一髪のタイミングで攻撃を弾き、ウラヌスを蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばされたウラヌスは瓦礫の山に一直線。

 畳みかけるように、ランスロットはウラヌスを追いかける。


「――ッ!」


 ウラヌスは苦し紛れに短剣を作り出し、両手から投げ放った。

 その二本の短剣も弾き飛ばし、ランスロットはウラヌスの首を捉える。


 が、ウラヌスとランスロットの間に、壁が現れた。

 文字通り、大きな赤黒い壁。

 ランスロットの攻撃は、その壁によって阻まれてしまった。


 ――その刹那を、ウラヌスは好機に変えた。

 

 ふっと笑ったウラヌスは、吃驚するランスロットの太腿に、短剣を突き刺した。

 ランスロットは対応することができず、そのままウラヌスに蹴り飛ばされた。


 槍を地面に刺し、勢いを止めたランスロットは、膝をついた。

 顔を歪めながら、深々と突き刺さった短剣を抜き、ゆっくりと立ち上がる。


「……何故、竜人族の貴方が、人族を庇うのです?」

「……」

「ランスロット・ソガンティア。

 かつて同族であるソガント族を大量に葬り去った貴方が他人のために戦うとは、一体どういう風の吹き回しですか?」

「……何故、そのことを知っているのだ」

「名前と()()()()()ことくらいは、耳にしたことがありましたのでね」


 ウラヌスは攻撃の手を緩め、ランスロットに問いかける。

 ランスロットはその質問に、思わず槍を握りしめる。


「俺は、訳の分からない呪いのせいで、正気を失った。

 目が覚めた時には、生き残った同族はほとんどいなかった」

「それは、可哀想な話ですね。

 ですが、それが何の言い訳になると?」

「無論、俺はそのことを言い訳にするつもりはない。

 俺が仲間を裏切ったという事実は、揺らがないということは、分かっている」


 ランスロットは目を伏せて、低い声でそう言った。

 ウラヌスはその様子を見るなり、僅かに微笑んだ。


「だから、俺は誰かのために戦うのだ」

「誰かのために戦うことで、過去の罪滅ぼしをしようということですか?」

「違う。そんなことで罪が晴れるのならば、もう何十年も前からそうしている」


 ランスロットは槍を構え、再び体勢を低くする。

 ウラヌスは動じる様子もなく、また無数の短剣を自らの体に纏うように生み出す。


「俺は、あの時の俺とは違う」

「――」


 鷹のように鋭い眼光が、ウラヌスに向けられる。

 ウラヌスの笑顔は、まるで嘘であったかのように一瞬にして消えた。


「ランスロット・ソガンティアは、死んだのだ。

 あの、魔人竜戦役の時に」

「では、目の前に立っている貴方は、一体誰なんでしょうか」

「馬鹿真面目に受け取るな。

 俺は、新しい人生を歩んで行くということだ」


 ベル、エリーゼ、そしてシャルロッテに出会ってから見つけた、生きていく意味と、自分の存在価値。

 彼らは、一度だって必要とされたことがなかったランスロットを唯一、必要としてくれている存在だ。

 大切な仲間と共に過ごしている間だけは、辛い過去を忘れられる。


 初めてベルとエリーゼに出会った時に、ランスロットは決意したのだ。


 ランスロット・ソガンティアは、死んだ。

 これからは普通の『ランスロット』として、再び新たな人生を生きていくと。


「貴方の言いたいことは、大体わかりました。

 ですが、残念ですね」

「――」


 ウラヌスは再び不敵な笑みを浮かべて――、


「――ここで、貴方の人生は終わってしまうのですから」


---


 ――同刻。


「これ、そっちに運んでちょうだい」

「はいよ」


 ベルとエルシア、そしてランスロットが激闘を繰り広げている一方、エリーゼとシャルロッテは、避難所にいる。


 二人は合流した後、ベルとランスロットを捜して歩いていたところ、この避難所に招かれた。


 災害が起きた時のために、街中にいくつも避難所が設けられていたのだ。

 しかし、あまりにも大きな災害であったため、街に設置されていた避難所はほとんど流されてしまった。

 唯一残ったこの避難所は、ミリアの中で最も海から距離のあった場所であったため、ほとんど影響は受けなかった。

 そのため、この辺りの建物は無事である。


 周辺に住んでいた人、そして被害を受けながらも運よく命拾いした人々が、およそ300人ほど、この避難所にいる。

 一夜明け、人々の混乱もようやく落ち着きつつある。


「ありがとう、エリーゼちゃん」

「いいのよ」

「半分、分けてあげるよ」

「いや、いいわよ。 あなたが全部食べなさい」

「エリーゼ、こういう善意はありがたくいただくものですよ」

「うぐっ……そっ、そうなの?

 分かったわ。もらうわね」


 エリーゼは渋々パンを受け取ると、子供はパッと笑った。

 その笑顔を見て、エリーゼの頬も緩んだ。


「ねえ、ひゃるろって」

「ふぁい」


 半分分けてもらったパンを頬張りながら、エリーゼはシャルロッテに呼びかける。

 シャルロッテもまた、手元にある焼いた芋を食べながら、エリーゼの声に応じる。


「これから、どうなっちゃうのかしらね」

「さあ……私にも、全く見当がつきません」


 エリーゼはホッとため息をつく。

 無論、安堵のため息ではない。

 ようやく一息つけた、という意味でのため息だ。


 瓦礫の山に囲まれた道のど真ん中で目を覚まして以降、一度も休む暇がなかったのだ。

 それは、シャルロッテも同じである。


 シャルロッテは目が覚めてから今まで、一度も攻撃のために魔力を行使していない。

 エリーゼの治療の際に使った以外に、消耗はしていないのである。

 ただ、不眠不休で夜通し働いたこともあって、体力の限界は近い。


「私は、この災害は人為的なものだと思います」

「あたしも同感よ。そうでなきゃ、災害の直後に魔物なんて来やしないわ」

「ええ。心当たりは全くありませんが、必ず黒幕はいるはずです」


 シャルロッテは手に水を浮かべ、見つめながらそう言った。


「本当は今すぐにでもここを飛び出して、黒幕を叩き潰したいところですが、

 今も避難所に運ばれてくる人が絶えないので、治療に専念しなければいけません」

「じゃあ、あたし一人で外に出て、その黒幕とやらをぶちのめすのは?」

「何バカなこと言ってるんですか。

 全く状況が掴めない中でも迂闊な行動は自殺行為ですよ。

 お願いですから、この中にいてください。

 エリーゼだけでも、そばにいてください」

「……分かったわ。そこまで言われちゃ仕方ないわね」


 腰に提げた剣に手を回したエリーゼを、シャルロッテは必死に制止した。

 シャルロッテは平静を装っているが、内心では全くそんなことはない。


 一人ではどうしても、心細いのだ。

 ベルとランスロット、頼れる二人がいない中で、エリーゼと合流できたのはシャルロッテにとって大きな意味を持つ。

 きっと、あのまま一人でいたなら、恐怖と不安に押しつぶされていただろう。


「治癒術師の方! 新たに四人搬送されました!」

「四人も……行ってきます、エリーゼ。

 エリーゼはゆっくり休んでください」

「シャルロッテも、無理しすぎないようにね」

「ありがとうございます」


 シャルロッテは柔らかく微笑んで、呼ぶ声の方へ足早に去っていった。

 エリーゼはその背中を見ながら、一人の少年の顔、そして角の生えた恩人を思い浮かべる。


「――!」


 その時だった。


「――雷?」


 遠くの方で、雷鳴の轟く音が鳴り響いた。


 外には、雨雲は一切見られない。

 だが、はっきりとエリーゼの耳に入ったのだ。


 エリーゼは、途端に不安になってしまった。

 小さな頃から雷が苦手なのは、成長した今も変わっていない。


 エリーゼは腰を上げて、シャルロッテの歩いて行った方へ歩き出した。


「シャルロッテ?」

「シャルロッテさんなら、たった今外に用事があるとか言い出して、走っていきました」

「え? どういうことよ」

「俺たちにも分からない。

 制止を振り切って、飛び出して行っちまったからよ」

「分かったわ。そこをどきなさい」

「ダメだ」

「何でよ!」


 エリーゼは、出入口で応急処置を行っている男に行く手を塞がれた。


「シャルロッテさんからは、あんたを止めるように言われたんだ」

「止める……? 訳が分からないわ。

 いいから退きなさいよ」

「『赤い髪の少女が、追いかけようとするかもしれない。

 私は大丈夫ですから、追いかけてこないように』と伝言を頼まれたんですよ」

「――」


 男を退かそうと肩を揺さぶっていたエリーゼは、言葉を失った。


「……分かったわ」


 そう言って、エリーゼは避難所の中へと戻った。


「……そばにいてって、言ったくせに」


 エリーゼは再び座り込んで、吐き捨てるように呟いた。

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